鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
晴れ男のエネルギーが消えた。小雨の誰もいない鎌倉梅見歩き。

 

 

誰もいない鎌倉。段蔓も、ほとんど誰もいないような景色だ。

 

三日前まで朝から午後までは曇り、夕方から小雨の天気予報だ。

しばらく、この状態が続いていた。

原稿提出の関係で宣伝会議に行った。隣のマスメディアンに寄りMさんと会う。

「だめなら朝から新年会をしましょう」と。

ということで、参加予定の仲間に、とにかく朝10時半に北鎌倉駅に集合となった。

天気予報は、望みと逆に雨のタイミングは早くなる。それも降雨量は1mm、2mmだ。

 

定刻に全員が北鎌倉に集まった

相談の結果、円覚寺、東慶寺、浄智寺を回り、県道を一路鶴岡八幡宮へ。

段蔓を歩いて本日の鎌倉歩きは終了する。

打ち上げのお店の予約を夕方から昼過ぎに変えた。

 

 

さっそく円覚寺へ。電車が来たが駅で降りる観光客がいない。

円覚寺の階段はだれも登って行かない。我々だけだ。

大陸系からの団体客が来ない。日本語も聞かれない。誰もいないからだ。おまけに終日雨だ。

 

 

「こんな、景色を見たことがない」と仲間が言う。

私も、誰もいない鎌倉、誰もいない円覚寺。私の記憶にはない。

 

 

梅が見ごろだ。雨露に光っている。

 

梅の芽や雨露おいて銀と咲く 武舟     

 

ほんとうに、静かな境内で、ゆっくりと梅を眺めては、仲間だけが写真を撮っている。

 

 

こういう鎌倉の景色も、なかなかお目にかかれない。

 

 

境内のお土産店にもお客は一人もいない。

 

 

普段はこんな人迷惑な記念写真は撮れない。

撮ってくれる人がいないので自動シャッターで撮った。

 

誰もいない京都はマスコミのニュースで見たが、こんな鎌倉は見たことがない。

 

次の「東慶寺」をゆっくり拝観することにした。

 

 

東慶寺も人気がない。(にんき)がないではなく(ひとけ)がないと読んでほしい。

 

 

 

ゆっくりと梅を楽しむ。紅と白の梅が一本の木に咲いている。札に犹廚い里泙洵瓩箸△襦

このころになると小雨の雨がやみ、雲の切れ目から薄日も差す。ちょっとした爛魯戝豊瓩澄

 

 

次は浄智寺。目印の早咲きの黄色の蠟梅も、もう満開を過ぎている。
時間の関係で山門だけをお参りする。

普段より訪問客の少ない鶴岡八幡宮をお参りして、段蔓の通りを鎌倉駅まで歩く。

 

 

狠もいない京都瓩離謄譽喨麁擦陵名な観光地のシーンが視聴者を驚かす。

狠もいない鎌倉瓩諒麁擦蓮△△泙蠍たことがない。

その一片を紹介する。

 

 

このように古くは江戸時代、明治、大正時代の訪問客の少ない鎌倉を想像してみた。

 

途中で建長寺の近くにある鎌倉の有名な和食の精進料理、会席料理の店は、

昼時なのにお客さんがいない。社長は大学の仲間だ。

 「このところ団体客が100人単位で、毎日のようにキャンセルされます。

 法事もご年配の方が多いので、同じくキャンセルが続きます。早く回復してほしい」

 と苦笑いをしていた。

 

 

いつものお店には1時に入店。女将さんは大歓迎してくれた。

店の前では若い店員が、お客さんの呼び込みをしている。

お店には一組の西洋から来たお客さんがいるだけだ。

店主の女将は「いらっしゃい。このようにガラガラなの。いつもありがとう!」

 

これは京都と同じで大陸系の団体が、一切来日をしないこと、日本人も少しは遠慮している。

重ねて終日の雨模様が重なった。

 

実は私は3月中旬に100人規模の本の出版パーティーを計画して、仲間に呼び掛けている。

 

 

どうしようかと逡巡したが、本番のひと月前から案内状を発信した。

瞬時に参加表明してくる仲間もいて、心強く思う。

その後も参加の便りがぽつぽつと入ってきている。

主催者側の私たち幹事メンバーと粛々と、丁寧に、前向きに進めている。

 

そこに個人的な週末の定例会合は、わずか10名ほどだが、懇親会が中止になった。

なんでもかんでも、中止はどうだろうか。勉強会という不要不急の会ではないのに。

 

この後、この騒ぎが少しでも早く終息に向かうことを祈っている。

| team-mamiya | from-mamiya「鎌倉の話」 | 09:07 | comments(0) | - | - | - |
『僕たちの広告時代』発売まで1か月を切った。いろいろと学ぶことが多かった。

 

 

『僕たちの広告時代』発売まで、1か月を切った。

現在、最終本文修正ゲラ、表紙デザインの色校正を待つばかりだ。

 

ある日の編集部の会話だ。

A「間宮さんの本のゲラなんですけど、Bさん、どう思いますか」

B「うーん、のどが少し狭い気がするね。これ扉はどうなっているの」

A「のどは少し広くします。本扉はシンプルに、別丁扉は、今回はありません」

B「素敵な表紙だね、有名なキャラクターだね。あのビールのCMで昔見たな。

  見返しは、このくちばしの色なんかにしたら、おしゃれになるね」

A「編集長、ありがとうございます」

 

これは架空の話です。

前回(15年前)の『鎌倉―ソウル2328キロを歩く』では、

私は本文を必死に書いて、3か月で本になった。

新書なので基本的なルールは決まっていたのだ。

 

今回は本文執筆に加えて、表紙デザインは「Team MAMIYA」で担当する。

その為に書籍制作上のいろいろな専門用語、意味の解釈を学ばねばならなかった。

(のど)(本扉)(見返し)(別丁扉)、(本文ページの色)、(表紙や帯の紙質)。

本文文字の級数、書体、文字デザインフォーマットの選択。

言出したら、きりがない。

 

(のど)本を綴じている一番奥の部分。ここが詰まりすぎると内側の文字が読みにくい。

(見返し)表紙と本の中身を接着するために使う紙。表紙や本文とは紙質が異なる。

 見返しの色を何色にするかで、本を開いた時の印象が変わる。結構気を使った。

 私のラッキーカラーは青、緑、赤の順だ。青の反対色の黄色を選んだ。

 さわやかな印象になるはずだ。

(別丁扉)本の中身の最初のページ。署名と著者名、出版社が入る。

(本扉)別丁扉の次にあるページだ。タイトルのみ書かれている。

本によっては、別丁扉がなく本扉のみの場合もある。今回は、このケースだ。

 

作業の後半から、執筆者+編集部員になったような気分だ。

タイトルは、どうするかは本来の中身で自分の主張したい気分で決めるのだが、

いったん本屋の店頭に並ぶことを考えると、そちらからの制約も無視できない。

むしろ制約を基本にタイトルづくりが必要になる。

 

 

発売時点では、店頭の目立つところで、新刊として平台に置れたり、平置きの場合もある。

表紙は、思い切り目立つ方が良い。

 

 

次第に棚に並ぶとなると、そこからの勝負は背中(束幅)での勝負。タイトル、著者名、出版社名が並ぶ。

タイトル文字は、8文字ぐらいが良い。最大10文字以内だと決めた。

その為に、サブタイトルは、思い切り捨てた。

『僕たちの広告時代』は8文字だ。必然的に大きな文字が躍ることになる。

 

 

本文の書体も大事な要素になる。

明朝体にしても、こんなにたくさんあるのかと。

 

書籍のCコードのC2063は、実用書(2)、単行本(0)、商業(63)なのだ。

 

私の本文ページは、41字×17行。

図書館で同じ字組みの四六版の本を借り集めた。

今まで、なにげなく読んでいた本が、こんなに決めごとがたくさんあるなんて、

まったく知らなかった。ほんとうに気にしてなかった。

 

 

束見本が出来てきた。これに色校正で受け取った表紙カバーと帯された部分を切り取って,

四六版の束見本にカバーしてみた。中身の文字の無い本物の本になった

 

著者としての作業は、来週に本文ゲラの最終確認、表紙関係の色校だけになった。 

ようよう出版社からも要請のあった出版パーティーの準備だ。

これからは、いつものプロデューサー気分で進められる。

 

 

日程の決定、会場を探し、招待者リストの作成、案内状の文案づくりだ。

発起人は、本文に登場する方々を50音順に紹介すると、

浅葉克己、黒田征太郎、椎名誠、西尾榮男、倍賞千恵子、森ミドリの皆さんに友人の名前が並ぶ。

中には予定が合えばパーティーに参加していただける方々もいる。

楽しみな企画になりそうだ。

もう少し、お待ちくださいね

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 15:16 | comments(0) | - | - | - |
小雨からみぞれ。みぞれから小雪。赤坂の句会は寒かった。

 

 

今年初めての句会は、勉強句会を兼ねて赤坂界隈の吟行句会になった。

兼題は「冬凪」「日脚伸ぶ」に、当季嘱目(3句)、赤坂界隈の吟行句(3句)。

全部で8句出しになる。ひさしぶりの句会参加、これは、大変だ。

 

 

定刻に溜池山王駅に集合、目の前の日枝神社から吟行のスタート。

天気予報通り、とても寒い、雨が霙になり、おまけに雪になった。

 

 

初雪やビルの谷間の宮参り 武舟 

 

傘を持つ手に句帳を出し、手が凍えてペンが動かない。

 

歩を止めてかじかむ指に字の乱れ 武舟 

 

ひさしぶりに少しずつ、私の句が選ばれていきます。

「少し説明的で理屈っぽいが実感として感じ取れる句だ。

狙いは良い。今回結構抜かれました」と、神山代表の句会の後の講評だった。

 

 

次にミッドタウンを抜けて桧町公園。小雪が降る中、休憩もせずに前に進む。

吟行にしては、歩きっぱなしで、なんか雨中のハイキングっぽくなって来た。

「句会ではリーダーになれないが、ハイキングではリーダーをしますよ」

軽口をたたかないと、元気が出ない。

 

 

雨模様の中、ようよう氷川神社に到着だ

 

 

次に目指したのは乃木坂駅の近くにある乃木神社だ。

その脇には乃木希典大将が明治天皇に殉死した邸宅が保存されている。

そこから、道を間違えたものの高橋是清翁公園、豊川稲荷別院と吟行を続けた。

 

 

豊川稲荷別院とは、山号を園福山という曹洞宗のお寺なのだ。知らなかった。

現役の頃、得意先、プロダクションの行き来でこの辺は、よく知っているつもりだった。

 

あまりの寒さに境内にある「うどん屋」で、俳句仲間たちと体を温めた。

「煮込みうどん」520円。

 

 

豊川稲荷の側道を、昔ペンギンキャラクタ―でビールのCMを作っていたプロダクションの前を抜けて、

 

 

紀の国坂を上り、四谷に近づいた。

赤坂迎賓館の周りは工事中だったが、凛々しい建物と広い庭園、そして有名なエントランス。

 

句会場は、ここからすぐ近くにある。

 

 

とにかく8句の提出だ。短冊が並んだ。

 

 

新年なので、披講が始まるころから日本酒のサービスだ。

 

おもえば、赤坂、桧町、乃木坂、六本木は若い頃、よくタクシーで走り回った。

「虎屋の角を左に曲がって」「豊川稲荷の交差点を右に入って」

タクシーの運転手さんに数えきれないほど伝えた。

得意先もありプロダクションもあり、結構知っているつもりだったが、歩いてみると、

この赤坂界隈は結構坂道が多い。赤坂だからね。

 

 

赤坂の坂道多き冬句会 武舟 

 

【当季兼題】(3句)

 

 

無表情印刷だけの年賀状 武舟 

 

共感を得る句だったので、珍しく数名から点を戴いた。

神山代表からは、年賀状は楽しい句であってほしいと厳しい講評だった。

私の家に来る多数の年賀状には、ほとんどがコメントがあり、このような年賀状は数少なかった。

観念だけで詠んだ句になった。

 

 

 

数の子や伊達巻先か箸止まる 武舟

 

これも、数名から点を戴いた。

元句の下五は(迷い箸)だったが、品がないので(箸止まる)に変更した。

 

 

元旦の孫のお節はナポリタン 武舟 

 

これは長男の家族が元旦の昼に来たが、孫たち用にお節の中心に(焼きそば)を出した。

4文字なので安易に5文字の(ナポリタン)にした。工夫のない句だった。

 

 

【兼題】(2句) これは、事前に家で準備してきた句だ。

 

 

日脚伸ぶ朝の散策深呼吸 武舟 

 

冬凪に親に感謝の手を合わす 武舟 

 

湘南の海沿いを歩いていると、こんな海が凪いで、さんさんと陽が照る時がある。

健康に感謝して、深呼吸をしたり、思わず空を仰ぐことがある。

そんな気分を思い出して詠んだ。二人の方から点を戴いた。

 

いつもは拙ない句が多く、皆さんからスルーされて、

「今日は5打数1安打だ」と嘆いていたが、今日は久しぶりの参加の割には点を戴いた。

これに気をよくして、今年は参加の回数が増えるのではないか。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 09:52 | comments(0) | - | - | - |
俳句と韓舞とのコラボレーション。チャンゴの響きに合わせてですよ。

 

 

「俳舞」というタイトルの韓国舞踊の舞台を鑑賞した。

サブタイトルは、犇睛恵 俳句を舞う

 

 

それも伴侶の金徳洙さんがチャンゴ(長鼓)という韓国の打楽器で踊りに合わせて伴奏する。

息のぴったりあったパーフォーマンスだ、

場所は表参道の銕仙会能楽研究所(能舞台)だ。200名も入れば満席になる。

 

 

どんな舞台になるのだろうと、楽しみに伺った。

 

 

ひさしぶりに会う方を含めてソウルの仲間や、俳句の仲間と大勢、会場でお会いした。

 

 

私が金徳洙さんや金利恵さんと出会ったのは、1999年、韓国に赴任して間もなくだった。

(これは2017年の「韓日お祭り」でソウルの会場の楽屋です)

 

紹介してくれたのは、仕事でイラストを描いて頂き、CMに出て頂いた「黒田征太郎」さんだ。

黒田さんとは、20代、30代、40代、50代と60代になっても、息の長いお付き合いが続いている。

六本木のカウンターバーで、NYに在住で東京に居るはずの無い黒田さんにバッタリあった。

韓国赴任の数日前の事だった。

 

「黒田さん、来週から韓国へ転勤します」

「それでは、この方に連絡をしてみてください」と傍らのメモ用紙に電話番号を書いてくれた。

 

 

その方の名前は、金徳洙と書いてあった。

赴任早々、事務所のオープニングパーティーにお声をかけた時、電話に出てきたのが金利恵さんだった。

「その日はドクスは、ほかに予定はがありません。黒田さんのご友人の会社の開所式であれば必ず出席させます」ときっぱり言った。

 

金徳洙さんは、会場へ黒の韓服に黄色の襷をかけていらした。

サムルノリの正式な音楽衣装だった。

半数の韓国側の来場者は日本の会社が「あの、キムドクスが招待される会社だ」と……。

黒田さんに感謝だった。

 

それから、ご夫妻とも、足掛け約20年のお付き合いになる。

 

利恵さんは、私の赴任中にとあるご縁で爛愁Ε詛亢膕餃瓩貌会した。

2003年の事だ。

以来、ソウル俳句会の仲間の多くが、今でも利恵さんの親しい仲間になった。

 

 

征太郎さんと金徳洙さんとの関係も長くて深い。

 

 

2003年に征太郎さんは、ソウルの大学路(テハンノ)のスタジオで、イラストとチャンゴの競演をした。

目の前で、その特別なコラボレーションを堪能させてもらった。

その日のテーマは「雨(ピ)」だった。

2時間のパーフォマンスは、しっかりビデオ収録されて、ちゃんとした作品になっている。

共演の後で飲んだマッコリとカルビを思い出す。

 

 

金徳洙さんは『世界を打ち鳴らせ』、金利恵さんは『風の国 風の舞』を前後して出版している。

二人の出会いの場面は、もちろん重ね合わせて読んでも興味深い。

 

利恵さんは、黒田杏子さんの「藍生俳句会」に入会し、ますます俳句の力量を上げた。

 

 

今回の「俳舞」の中で、詠まれている句。

 

語るとき語らぬときも花の下

ひらひらと夢に火照りぬ酔芙蓉

鶏頭花胸の高さに佇ち炎ゆる

旅人に風の峠の飛花落花

 

どの句にも花の名前が添えられている。

俳句の五七五の韻の響きと、韓国語の波長の響きが混合された形で語られていた。

不思議な声の響きだった。

 

 

この舞台のために黒田征太郎さんは、絵手紙風にメッセージを寄せた。

「キム・リエさんの オドリを視ました。 リエさんは天と地を つなげている。と、感じました」

 

 

人と人とのつながりは、すべてがご縁だと思う。

人の縁は縁を呼ぶと、狄誉犬留鎰瓩魎兇犬震襪世辰拭6然が生んだ、不思議なご縁だ。

黒田征太郎さんは翌日の名古屋の公演に伺う予定だと聞いた。

 

 

このあいだ、金徳洙さん、リエさんといっしょに、久々でLIVEをやりました。

45分間でした。二人の力に、支えられて立っていました。黒田征太郎。

 

 

黒田征太朗さん、金徳洙さん、金利恵さんとの爐官鎰瓩砲弔い討蓮

『僕たちの広告時代』(宣伝会議:近刊)の第二章に詳しく記載されている。

 

 

長文にわたる原稿の確認いただいたときに頂いた絵手紙だ。

 

PS 素晴らしい舞台の様子を一切、写真に納められいので、このような物語になってしまった。

 『僕たちの広告時代』 発売まで、少しお待ちください。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 23:31 | comments(0) | - | - | - |
今年は、はじめから新しいことが、いっぱいありますね。

 

 

【正月料理は孫対応】

 

「腰越の爺じの家は、オセロやUNOなんかがあって楽しいけれど、お料理は大人系‼」

かつて孫が7歳の時に言われた。

なので、家人が工夫して、今年の正月料理は何か違うことになった。

 

 

元旦の朝は、近くの母の施設で集合して、おおばあちゃんとひ孫が楽しいひと時を過ごした。

 

 

おおばあちゃんからお年玉? 母へのお年玉?

 

 

昼になって、そのまま鎌倉の我が家に移動して、家族揃っての新年の食事会が始まった。

なんと、お節料理にランチ風の焼きそばが準備された。元旦の昼から孫対応だ。

 

 

そのあとは町内の龍口明神社への初もうで。さすがに天気が良いので温かく行列ができている。

 

 

元旦の夜は、若干大人系のお節が多めに並んだ。孫にはお肉がたくさん準備された。

 

 

 

2日目の朝は、ちゃんとお雑煮を食べている。

 

 

そのまま午後まで、だらだらと孫とゲームなどをして過ごした。

 

 

お節に飽きたら自家製「にしんそば」。日本酒がうまい。

 

【糖質制限】

 

 

昨年6月から始めた犲己流糖質制限瓩覆襪戮炭水化物を取らないようにした。

 

 

朝は爛ャベツの千切りとタマネギ畩々に猝楸名討瓩鮑椶擦討澆襦

 

 

昼は外出を含めて普通の食事。家では爛僖好燭笋Δ匹鶚瓩覆鼻外では爛蕁璽瓮鶚瓩覆氷イなものを選ぶ。

夜は最近自宅が多いので毎晩、軽く晩酌(ビールはなるべく避けてウィスキーか焼酎)。

 

 

野菜に肉か魚中心の食事で、ご飯は食べない。

 

 

5月は平均体重が72kgだったのが徐々に減り、12月には平均体重で69kg。

たまに68kg台の日が増えた。

懸案の爛悒皀哀蹈咼鵤腺隠鱈瓩、この半年で6.5を割るようになった。

喜ばしい結果だ。

「あまり、無理して下げないでください」担当の医者の言葉だ。

「いままで、下げてくださいばかリ言っていたのに」とむくれる自分。

BMIは平均で24,5。体脂肪率は平均で22から23.

内臓脂肪は、標準をはるか超えて、やや過剰。

筋肉量、推定骨量、足腰年齢は、おおむね問題はない。

最近の体重計は、何でも教えてくれる。

当分は、これにウォーキングで筋肉を鍛えていきたい。

 

【新しいスマホ】

 

韓国からの赴任を終えて帰国15年目に、ずーーと使用していたガラ携の携帯電話をスマホに変えた。

実は仕事先から貸与されていたスマホは、いつ返却しても慌てないように、新しいスマホを手に入れた。

ボディーの色は赤。そういえば従来から持っていた充電器も赤だった。

 

 

赤は、私のラッキーカラーだからだ。

 

 

最近、気にしはじめたのだ。そういえば、何気なく昔からジャケットも、マフラーも赤い。

現役時代は、大事な競合プレゼンでは真っ赤なネクタイで臨んだ。

重要な、負けられに交渉事では、真っ赤なネクタイを締め、

特にアメリカなどの海外出張で、大事な交渉の時は、何気なく赤の多いネクタイを締めた。

 

 

今までは古びたガラ携の携帯電話と仕事先から預かったスマホを、2台一緒に使い分けて持っていた。

これからは、新しい真っ赤なスマホを一台だけで行動できる。

新しい携帯は、小さなパソコンと同様に便利な生活ができる。

最新のスマホはバッテリーの持続力が長いので楽だ。

 

正月休みを挟んで、3月に発売になる拙著の出版準備に追われる毎日だが。

さぁ! 新年を迎えて、どれだけ行動的に動けるかな。

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「鎌倉の話」 | 19:17 | comments(0) | - | - | - |
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