鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
春めいてきた朝のウォーキング。足の怪我の調子もよくなったし。

 

 

このところウォーキングをさぼっている。

昨年からの「座り病」からくる膝の調子が良くなかったが、復調したとたんに、

最近、不注意による転倒。左の膝頭を怪我した。完治まで一か月かかる。

このところ三寒四温。だいぶ春めいてきた。

 

 

午後から東京で会議だ。午後から雨模様という予報。

この天気で雨?

ならば出かける前に、朝のうちに少し歩こう。

 

いつもは海沿いの道に向かうのだが、今朝は静かな森林を歩く。

珍しくエフエム横浜の秀島史香「湘南バイザシー」をイヤホンで聞きながらだからだ。

 

 

家から歩いて10分の所に鎌倉市が管理している「広町緑地」がある。

外周コースを歩くと一時間ほどかかる大きな森林地域だ。

 

 

早速、木道を歩いて森に入り込む。

 

 

静かな小道をゆっくりと歩く。

「この先行き止まり」の標識。昔は探検気分で歩けたのだが、今は安全第一。

 

 

「市道峯が原1号線」。大げさな標識だ。

 

 

「マムシ、スズメバチがいます」の標識も。

 

以前は歩いている道の前を蛇が横切っていたこともある。

 

 

林の向こうにいつも歩いている七里ガ浜の海がのぞける。

 

 

さらに歩いていくと、大きく相模湾が現れる。向こうは逗子方面で、三浦半島が見える。

いつもは、この海沿いの道を歩いている。

 

 

富士山を眺望できるポイントに来た。

今日は春霞で見えない。

 

 

小径はだんだんと下っていく。

入口広場の管理棟が近づいてきた。

今日の歩きの終点だ。

 

心地よい汗をかいた。

秀島さんのDJ番組も、そろそろ終わりに近づいている。

 

さて、気分を変えて、東京へ同窓会の理事会だ。

午後の雨は、恵みの雨になるだろうか。

 

 

普段は七里ヶ浜の住宅地の坂道を楽しんで歩いている。

私の好きな景色だ。

 

 

夕方の歩きには、こんな黄金色の景色も楽しめる。

 

月末には私が主催する歩きの企画が2つもある。

鎌倉ーソウル踏破の「記念ウォーク」。

仕事仲間の若いメンバーとソウル関係のシニアで歩く「鎌倉の桜ウォーク」

 

とても楽しみだ。

少しお待ちください。

 

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 10:42 | comments(0) | - | - | - |
紡がれる家族の物語。映画の話です。久しぶりに推薦したくなった映画です。

 

土井康一氏の長編初監督作品「よあけの焚き火」を紹介します。

八ヶ岳でお付き合いしている知人のご子息が映画を作ったという話は昨年から聞いていた。

このほど作品が完成して「ポレポレ東中野」という単館上映の映画館の初日に行った。

 

監督が映画で描きたかったのは「家族」。その日常は、「伝える」というコミュニケーションの連続だ。

「伝える・伝わる」とは、どういうことなのか。

 

 

監督はその問いの答えを主演の大蔵基誠(もとなり)、康誠(やすなり)という、

能楽師大蔵流狂言方の実の親子に託した。

伝統芸能を継承・伝授していくことを宿命として背負った親子の姿を通して、

「伝えること」という普遍的なテーマを冬景色の蓼科で、映像に昇華させた稀有な作品となった。

 

【ストーリー】  見ていただくので、あまり饒舌には紹介しませんが…。

 

 

父と息子。職業。能狂言方。雪解けに近い山の稽古場。

650年の伝統を持つ狂言方の家に生まれた大蔵基誠と、10歳になる息子の康誠。

冬、父と息子は山の稽古場へ向かう。

二人の親子は、誰もいない稽古場で朝から一日、稽古に励む。

 

 

ある日、その親子を静かに見つめる少女、咲子が現れる。

家族の歴史を受け継ぐ康誠と、家族を失った咲子。

「運命」を背負った二人の心が静かに交差し始める……。

そこから物語は始まる。

 

私の好きな八ヶ岳(蓼科)の冬風景の中で映画は展開する。

ミュージシャンの坂田明が地元の猟師として重要な役割で主人公に絡んで好演している。

 

 

ある日、坂田(宮下勇)は、家族を失った親戚の少女・咲子を信州に預かり、大蔵親子に紹介する。

真っ白な雪景色の中での、二人の幼い子供の触れ合いが目を離せない。

ある朝、二人だけで入った森の奥で、咲子は大きな樹の下に横たわった牡鹿の頭蓋骨を見せる。

生と死、それを包み込む大きな時の流れ。

 

 

康誠は母から「お守り」として与えられたベル(鈴)を咲子へ与える。女の像のベル。

まさに二人の「よあけ」が始まるのだ。

 

 

冬の雪景色、真っ白な世界。グラフィック的な撮影の丸池納の映像は、

狭い古民家の中を静かに、カメラを移動させてモノクロ的な映像を展開している。

その映像は、むしろ暖かく感じる。

作品の舞台になる古民家は、東京から写真家で映画監督の本橋成一さんの祖母の家を、

昔、蓼科に移築したもので、そのまま空き家になっていた家を映画のセットにした。

狂言師の親子の技の伝道には、この上ない舞台だ。

よくぞ、見つけた。

 

親子二人で自然な関係で、囲炉裏を囲んでの朝食、そして夕餉のとき、

狂言ごっごで、普通の会話を狂言のセリフのように交わす親子。

栗がはじいて火が跳ねる瞬間、父に飛びつく息子。演技を超えた「素」が見えた。

 

 

音楽を担当したのは坂田学さん。坂田さんのご子息だ。

トークショーで坂田明さんが

「若いころは旅公演が多く、自宅には寄り付かず、狂言師の親子のような

むしろする気もなかったが、技の伝承などできなかった。学は自分で育った」と。

音楽のジャンルも全く異なる。

ふと、私自身のことを振り返ると、二人の息子には「背中」を見せているだけだった。

80年代の広告業界。家に帰るのも忘れてONOFFもなく走りまわっていた。

坂田さんのコメントを聞いて、同じような感想を持った。

 

 

今週の上映が終わると、おそらくしばらくは、東京では見られない。

もう一度劇場へ足を運びたくなる映画だ。

 

 

映画が終わって、ロビーの脇で、土井監督、坂田さんとご挨拶と映画の感想をお話ができた。

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 22:17 | comments(0) | - | - | - |
気候が良くなってきた。少し歩き始めるか。午後は昔の人が歩いた街道の話を聞きに行く。

 

午後に東京に出かける用事があるのだが、気候も良くなってきたので、

少しバラエティーをもって近所を歩いてみよう。

いつものように七里が浜の坂道に向かうのをやめて、久しぶりに江の島の西浜に向かった。
 

日曜日の海辺には、すでに朝から若い人たちがやってきている。

伊豆半島、箱根方面や富士山、丹沢方面は、春霞で靄の中。ほとんど何も見えない。


片瀬川の河口に海から漁を終えた船が波を切って帰ってくる。

 

 

今日は穏やかな海なので、スタンディングボードで沖に出て行く者もいる。

うっすらと富士山が姿を現してきた。


 

片瀬漁港の西プロムナードの突端の釣り場に行ってみる。

白灯台のあたりでは行儀よく、数名の釣りファンが竿を出している。

最近はシロギス、舌ヒラメなどが上がるようだが、今朝は小さなメゴチが入れ食いだった。

釣りのマナーをチェックしているリーダー格のお兄さんとおしゃべりが続く。

漁港の船の出入りには、漁師の仕事の邪魔にならないよう、

行儀よくみんなが糸を巻き上げている。

 


 

片瀬漁港の浜へ戻ると、昔、若いころに鵠沼の浜で地引網のお世話になった、

『堀川網』の若い衆が軽トラから降りてきた。

「昔は鵠沼の浜で、『堀川網』には、地引網でずいぶんとお世話になりました」

「今年は3月終わりから始めるだよ。3月までシラスが禁漁だしな」と。

「最近は地引一網で幾らくらいになるのですか」

「藤沢市の協定で一式で10万だよ」

「昔は一式6万で、てんぷらの食べ放題で、たくさん揚げてくれたんですよ」

「いまは、てんぷらは別料金だよ。時代だよ。時代!」と彼は自重気に言い放った。


 

そんな会話をしながら「片瀬漁港・鮮魚直販所」の中に入ってみた。




 

さっきより、だいぶ市場の中が賑わってきた。



ムギイカ、丸イカ、アジ、イナダ、さわら、太刀魚と氷漬けになっている。

「春のシーズンになると、もう少し種類が上がってくるんだけどな」と、

魚をさばきながら威勢よく話してくる。

 

10月に移住体験した三崎港の朝市と、少し雰囲気が違った。

なんだかんだで、日曜日の朝に2時間で7キロほど歩いた。

うっすらと体に汗をかいた。そんな季節になったんだ。


 



 

鎌倉の家を出かけるときに情報を得て、皇居で行う天皇陛下御在位30年記念の記帳会場へ向かった。

東京駅から皇居の宮内庁まで歩き、検問所で手荷物検査、セキュリティを受けて記帳会場へ。


 

「神奈川県 間宮武美」と記帳を済ませて、坂下門を出て竹橋へ向かい一橋講堂へ着いた。

東京駅から歩いても大した距離ではなかった。

皇居の周回をマラソン人が、どんどんと横を走り抜けていく。

 

午後からは東京の一橋講堂で行うシンポジウムに参加することになっていた。

『竹内街道・横大路(大道)』〜難波から飛鳥へ日本最古の官道(国道)〜。

いにしえの時代から続く街道浪漫、悠久の歴史を歩く話だ。

夢のある街道の話を聞くことになっている。



 

613年。推古天皇(33代天皇)や摂政の聖徳太子のころの話から始まる。

遣隋使を招いた頃に、幅30mほどの約40キロの難波(堺)から飛鳥へのまっすぐな道。

外交の道、経済の道、信仰の道といろいろな角度で3人の学者さんが話してくれる。

それに先だってゲストスピーカーとして、里中満智子さん、嵐山光三郎さんが加わる。

 

鎌倉−ソウル2328キロを歩いて考えたことを思い出して、

実りある楽しいシンポジウムの3時間だった。

1400年にわたる悠久の街道は、2017年に世界遺産に選ばれた。

 



 

東京駅周辺もちょっと見ないと、すっきりとした景色に変わっていた。
 

シンポジウムの終盤にあたり『竹内街道』今後のビジョンをどうしていくかの議論になった。

里中満智子さんの40キロで思いつくのはマラソン。

いっそ難波から奈良を抜けて伊勢までの駅伝なんて、夢があって楽しいと提案があった。

漫画家の里中さんらしいアイデアと思った。

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 18:11 | comments(0) | - | - | - |
梅は咲いたか、桜はまだかいな。何とかサマになった鎌倉梅見ウォーキング。

  
 

いつものメンバーに、梅見予定日について数案の提案をした。

5案のうち一番早いタイミングで全員がOKの返事をしてきた。

2月17日の日曜日だ。

昨年は2月22日でかなりの梅は満開だったが、今年はご存知の寒波襲来。

梅の開花が遅れている。寸前まで観光協会に相談してコースを考えた。

 

 

集合場所は昨年同様、湘南モノレールの湘南江の島駅前。

驚いたことに駅舎ビルが新しくなっている。最上階の改札までエスカレーターが出来た。


 

その横にはルーフテラスが出来ていて、大きなベランダから海が眺められる。




 

最初のコースの常立寺の枝垂れ梅は、まだまだだが、白梅は何とかみられる状態だった。

 

 

隣の龍口寺は月一の骨董市が開かれていた。

イヨベさんは英国に居る孫のために一個300円のウルトラマンを買いあさっている。




 

高台にある仏舎利塔に登ってみる。海が見える。

梅が満足でないので、既に他のエンタテーメントを考えてある。

 

 

江ノ電が走る腰越電車通りを抜けて万福寺に向かった。


 

義経状で有名なお寺だ。ここも高台の義経庵に登る。景色が素晴らしい。

今日は、うめよりうみだ。梅より海。

鎌倉駅前の生涯学習センターが工事中なのでランチの場所に困る。

今日の計画では長谷寺の見晴らし台のテーブルでランチを考えていたが、

ここ万福寺にも見晴らし台があり、早めのランチタイムにした。

スタートして約2時間たつが、梅はまだ一か所を見ただけだ。



万福寺の階段から江ノ電を撮る。観光客は誰でもしたがるのは不思議だ。
相変わらず、大人でも子供でも江ノ電は人気者だ。

 


 

ランチを終えて江ノ電で「長谷駅」へ向かう。

長谷寺の手前の「収玄寺」の梅が予想外だった。想定外の満開で案内人としては助かった。

白梅、紅梅が満開で梅の良い香りがする。

「Good Smell」。外人客が喜んでいた。




 

観光協会のおすすめの「長谷寺」は、山門を入ると庭の梅は満開だった。


 

いつものように赤い提灯の前で記念撮影をする。

大分、梅見歩きのメンツが立ってきた。



 

また江ノ電に乗り鎌倉へ。バスに乗り換えて「荏柄天神」へ。

ここも梅は満開で迎えてくれた。




 

そろそろ最後の目的地。二階堂を抜けて「浄明寺」へ。

鎌倉五山五位の禅寺で、庭園が丁寧に手を入れてあり、行き届いた気持ちで迎えてくれる。
私の好きなお寺である。昨年の桜ウォーキング以来だ。

午後遅めの落ち着いた雰囲気の中で、静かに梅が咲いている。


 

何処からか鶯の鳴き声が聞こえる。



 

「あっ!鶯がとまっている」「梅に鶯だ」

絵になる写真が撮れた。

 

 

奥庭にある茶堂喜泉庵の前庭で少しくつろいだ雰囲気になる。

さて、そろそろいつもの駅前の川古江家の予約時間が迫ってきた。

 

ここまで書いていたら、信州在住の元会社の同僚から、

「ブログが止まっていますね」と催促のメールが来た。
「今、書いているところ」
「生きていてよかった」

「もう少し待ってね」と返事を書いたので、ここら辺で終了にします。


しかし、ブログを10日もあけると、生存を心配してくれる友達もありがたいのか、それもどうなのか。
フェースブックは書かなくても、(いいね)していれば生存証明になるのだが。
複雑な気持ちになった。

 

打ち上げ宴会は、若い仕事仲間といつもシニアメンバーが、話題も尽きなく放談が続いた。

 

次回の桜は、逆に開花が早いらしい。

4月にならないうちに満開になるようだ。



片瀬江ノ島の竜宮城が、オリンピックまでに変わると聞いた。

広い駅舎の中に何ができるのだろうか。楽しみにしておこう。


 

  

| team-mamiya | from-mamiya「鎌倉の話」 | 22:54 | comments(0) | - | - | - |
これさえあれば、なにもいらない。パソコンの話です。

 
 

 現在、書斎で使っているパソコンは、東芝ダイナブック(ノートパソコン)だ。

2011年の東日本大震災の直後に、購入したので、かれこれ8年になる。

 

韓国から帰国して定年退職した時にはSONY(VAIO)からパソコン生活が始まった。

しかし、VAIOはしっかり働き、3年で故障して使えなくなった。

3か月で著作を書き上げのため、かなり酷使したとはいえ、あまりにも早すぎる。

冗談で「VAIO3年時限爆弾説」も耳にした。

つまり「ハズレ」。相性が悪かった。

 

その次が「DELL」。結構パーフォマンスが良かった。

姉妹都市の事務局長、八ヶ岳農場を愛する会の事務局長、宣伝会議のPP制作メール、
資料作りなど世話になった。。

ある晩、夕飯直前まで書斎のパソコンで作業していた。

夕飯を終えて書斎の机に向ったら、ONの電源を入れても、ウンともスンとも言わない。

画面は真っ黒のまま。DELLのパソコンは5年で、いきなり即死した。

コールセンターに連絡しても大連の中国スタッフが、たどたどしい日本語で対応。

「それはマニュアルで確認してください」と。なんだそれは……。

 

 

そこで、いろいろと店頭で研究して、東芝ダイナブック(ノートパソコン)を購入した次第だ。

即死状態のパソコンのデーターは、長男の友人の専門家の手で見事にデーター復活してくれた。

このダイナブック(ウィンドウズ7)は、あしかけ8年も活躍してくれた。


 

ところが、三崎港にひと月移住体験した時にスクリーンの液晶にシミのような黒い模様が出て来た。

なんだろうと思ったが、大事に至らないうちに、息子に相談して次の機種の検討に入った。

 
息子から長時間パソコンに向かう屈んだ姿勢は体に良くないと、家の書斎ではデスクトップを薦められたが、

やはり、私はノートパソコンにこだわった。

 


 

いろいろ検討した結果、マイクロソフトのSURFACEに決めた。
モデルは、Pro6、Laptop2に絞られた。

記憶容量は128GB(ギガバイト)か、256GBのどちらにするか。

結局は256GBを選んだ。

 

ところが最終検討している時に、ありがたい事が起った。

対象の品物のオフィスが2016に対して、2019にバージョンアップすることになった。

つまり購入予定の商品が、いわゆる「格落ち」になり4万円強ほど安くなった。

そのために、購入希望者が一気に殺到することにつながった。

一時は情報戦争と人気商品争奪戦の様相を極めた。

 

こちらも、あわてて大型販売店を通じて、抑えにかかったが、

最終的にはネット購入で、SUFACE Pro6のスクリーンは13.5インチにした。

ウインドウズ10。商品や付属品を無事に購入した。



 

A4サイズで原稿を書くにも、いまのダイナブックと見た目の感触が変わらない。

スマホ感覚、タッチスクリーンで、指で広げると原稿が大きくなったりする。

搭載オフィスは2016年版。


 

私の写真の画像管理が8万枚と非常に多くて、記憶容量が、すでに約350GBになっている。

同時にマイクロSDカードも購入し、本体と合わせて約500GBになり、

しばらくは記憶容量については問題なく安心だ。

 手元に置いてみると店頭で確認したが、やっぱり今までのダイナブックと勝手が違う。

短期間に息子の特訓を得て、何とか稼働することになりそうだ。

 

Windows7からWindous10へ。

ノートパソコンの快適さに、タブレットの軽快さを味わえる。モバイル性も高まった。

まずは原稿を書くこと、ネットのお気に入りの活用になれること。

タブやスタートメニューにある記号やマークの意味を理解するためにメモを作った。

年齢の割にはスマホ生活が長いので、意外と慣れるのは早かった

少しづつ、慣れていくしかないが、楽しんで向かい合おうか。
 

広告制作会社の仕事場の私の席にあるパソコンは、DELLのウインドウズ10のデスクトップだ。

制作スタッフや一部の営業担当の多くが、Macデスクトップを使用している。

数日ぶりに出社してパソコンを開いたら、新しい画面になっていた。

先ほどまで自宅の書斎で見ていたのと同じ画面なのだ。

仕事場でも、いつの間にかに私のパソコンが、ウインドウズ10になっていたのだ。

本来ならば戸惑うはずなのだが、あわてずに情報機器担当に感謝した。

時代は急速に変わっていく。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 16:20 | comments(0) | - | - | - |
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