鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
古い港のシャンゼリゼ。賑わっていた頃の三崎港の商店街を思い唄っています。

 
 

三崎の知人ミネさんと約束があり、鎌倉から三崎まで行ってきました。

車ではなくて電車です。

もしかして最後は「蔵」で挨拶代わりに一杯戴く予感があるからです。

朝から曇り空。なぜか気分が盛り上がりません。延期しようかな

なぜなら三崎は晴れていてこそ三崎。

何故だか1ヶ月移住体験中に比較して、なんかボルテージが上がりません。

鎌倉生活に戻って1ヶ月半。鎌倉人に戻ってしまったようだ。
 

 
 

電車を乗換え約2時間かけて三崎に着きました。

ちなみに我が家から三崎港まで、車で1時間強、歩いて8時間前後。

到着した途端に晴れ間が見えました。これでこそ三崎。

三崎に着いたら、気分も、ようようボルテージが上がってきました。

 

 

ところが約束の知人は急用で鎌倉へ。お店は留守でした。入れ違いでした。

帰りを待っている間に三崎銀座を散策です。



 

まずは「海南神社」へお参り。神社の銀杏を一袋、お土産に分けて戴いた。

 

商店街では古道具(ROJI)の安原芳宣さんが町内ミニ骨董市を開いていました。

彼は昨年までトライアルステイの主要メンバーで、町おこしをつづけています。

三崎のこれからについて少し立ち話をさせてもらいました。

 


 

隣りの「ミサキプレッソ」の藤沢宏光さんの店でコーヒーを戴きました。

こじんまりとした店内で大きな音が流れています。

地元の約40年の歴史のある「かもめ児童合唱団」の【古い港のシャンゼリゼ】です。

藤沢さんの作詞の楽曲です。

 

ひとけまばらな商店街

のんびりと猫が寝ています

時代遅れのショーウィンドウ

傾いた電信柱

どこから美味しい匂いがする

おなかがすいてきた

 

ギンギンと錆びついた自転車で

坂をこいできた

古い港のシャンゼリゼ

今日も日が暮れていく

 

三崎銀座の半径数百メートルの世界を、可愛い声の合唱で歌い上げています。

藤沢さんは、ここへ移住する前は東京で音楽関係の仕事をしていたのです。


 

月に数回、この店の中で合唱の練習指導もしています。

 

 

本と屯のミネシンゴさんが鎌倉から戻ってきました。

猫好きの奥さまには、原村の友人の写真集、眠る猫の本『寝児』を届けに来たのです。


 

ある方から是非と言われた「三崎移住物語」の腹案企画の可否を相談しに来たのです。

次回までしばらく考えるということで預かりに。


 

本と屯のミネさんは「アタシ社」という出版社としても活動しているのだ。

 

今日の用事は全て終わった。前の住処の1階は観光案内所。

斉藤さんのお茶を戴きながら雑談していると、

『鮮味楽』の女将のまさ子さんがやってきた。

「景気は、どうですか」の問いに、

「このところ中国、台湾、韓国と外人さんのお客さんが、マグロ料理たくさん食べに来る」と、

「アンニョンハセヨ」で対応しているわと、大変結構なことだ。

まさ子さんは韓国語も英語も達者な方のようです。

 


 

最後は、三崎港「蔵」によって福本さんの魚捌きを覗きながら、カウンター越しに近況報告。



 

久しぶりに熱燗とマグロの酒盗に穴子のてんぷらで、今日の仕上げとする。

福本さんの穴子のてんぷらは、前から評判で狙っていました。

 

次回はミネさんに借りた本を年内に返しに来るという約束を残して、

夕闇迫る中、三崎港を後にしました。

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 10:51 | comments(0) | - | - | - |
石川文洋さんと一緒に歩きました。宗谷岬から沖縄の那覇まで日本縦断。80歳の再挑戦。

 
 

 

戦場カメラマンの石川文洋さんは「日本縦断 徒歩の旅」=65歳の挑戦=(岩波新書)

80歳の今年にふたたび実践している。

今年の7月8日、宗谷岬を出発した。関東に来るのはいつだろうと思っていた。

前回は日本海側を歩き、今回は太平洋側を歩いて、同じ徒歩の旅に再挑戦している。

石川さんとは60歳の時「鎌倉ーソウルの徒歩の旅」で同じ日本海側を歩いて、

偶然、続いて2軒も石川さんと同じ宿に泊まったり、

萩の手前で偶然同じおばあさんと30分もおしゃべりしたり、

そんな共通体験をしたことから、12年前からお付き合いが始まった。


 

お住まいが上諏訪なので八ヶ岳農場で行った『農場写真展』」の審査員長をお願いしたり…。

今回は、かねてから関東に近づいたら一緒に歩きましょうと約束していた。

2日前に「浅草の雷門」から9時に歩きはじめるという連絡があった。

石川さんは、ゆっくりした歩きであまり長い予定を立てない。

従って、みんなさんに迷惑を掛けないように一寸刻みで連絡が入る。

この日は日本橋をゴールにして、今年の最後の歩きになるという。

なんとか予定を空けて、浅草に向かった。
 

 
 

 

雷門の前では多くのマスコミが取材をしていた。
 

 


 

 

今日は卒業した「両国高校」の友人たちが雷門に来ている。

後で訪問する両国高校やゴールの日本橋に多くの同期生が集まってくる。
 

 


 

 

今日は晴天の空にくっきりとスカイツリーが、どこからでも、よく見えるのだ。

文洋さんも立ち止まってスカイツリ―を撮っている。
 

 

 

11キロのリュックを背負ってみた。
そのずしりとした重みは、私の旅の時の重さを思い出させた。

 

 

横網町にある震災記念堂に寄った。

1923年(大正12年)の関東大震災の被害にあった方々の遺骨が納められている。

また第二次世界大戦の一連の大空襲で被害にあった方々の遺骨も納められている。
 

 


 

 

 親水公園でツーショット。
 

 



 

 

両国高校では平成21年に夜間部が廃校になった。

その同級生たちが祀った記念碑を囲んで当時の仲間が集まった。





 

清澄公園を抜けて、みなさんの待つ日本橋へ向かった。


 

「道路元標」の前で記念写真。


 

文洋さんは、とりあえず年内の歩きを、ここで中断して上諏訪で健康診断や正月を休んで、

新年になったら、ここ日本橋から再び徒歩の旅に向かう。

私は「鎌倉ーソウルの徒歩の旅」を80歳で再挑戦できるか考えてみた。

おそらく、体力気力では文洋さんにはかなわないと思った。

 

 

翌日は豊多摩高校野球部の先輩と同期が「東京六大学OB会(六球会)」の試合で、

慶應義塾野球部OBとして、神宮球場で試合に出るので応援に向かった。



 

石丸元旦さん(81歳)はサード。吉田正敏(74歳)は投手として出場する。

吉田君は3回無失点で明治を抑えた。あっぱれ。
ネット裏で考えた。
もしもこの野球部のユニホームを貸してもらえたら絶対にグラウンドに立ちたい。

昔、高校野球の一年の夏の大会で、この神宮のグランドでサードに立ったのだ。

あの長嶋茂雄と同じ位置で守ったのだから。

 

 

その翌日、私は表参道の宣伝会議「提案営業力養成講座」で教壇に立った。

広告会社の若者の前で「広告営業の役割について」2時間の講義をしたのだ。

 フェイス・トゥ・フェイスの大事さを熱っぽく語った。

 


日本縦断も、神宮球場も、宣伝会議の教壇でも……

「老兵は去らず。まだ消え去らないのだ」。

 

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 22:32 | comments(0) | - | - | - |
「にわっとり」について考えた。集まった。しゃべった。そして、しこたま飲んでしまった。

 

2010年秋に「八ヶ岳農場 鶏めし にわっとり」が誕生した。

『八ヶ岳農場を愛する会』の企画で農場の食材だけで作った駅弁。

商品企画、ネーミングは私である。

小判型のお弁当箱には八ヶ岳農場で作った食材があふれている。

鶏そぼろ、しし唐、入り卵、ジャガイモだんご、葱、シイタケ、ニンジン、ごぼう、

アンデスの赤いも、赤カブ、セロリ―のたまり漬け、八ヶ岳農場で平飼いされた鶏肉。

どこか懐かしい味付けになっている。

そのうちに駅弁『にわっとり』は定番商品になりゴールデンウィーク、夏休み以外も

直売所での販売はもちろんのこと、JR茅野駅の売店にも毎日置いてあるようになった。

 

 

そんな駅弁を今後、どう展開していこうかと、「八ヶ岳農場を愛する会」小林節子会長、

近々「八ヶ岳農場」をリタイアする農場長の高橋昭さん、

今年、駅弁を作って創業100周年を迎えた「丸政」の名取政仁会長。

それに事務局長の我が、諏訪湖畔の宿に泊まり、近くの割烹「仙岳」に集まった。

 

 

ふぐちりをつつきながら話は尽きない。

 

最近、駅弁を囲む環境が変わり、その価値自体が変わって来た。

列車販売では品物の数には制限があり、大規模な駅ではキオスクなどで、

地元のお弁当を所狭しと、たくさん売っている。

 

列車の中で食べようとすると「匂い」を気にして食べにくい。

ビールですら隣の方から「臭い」と言われて安心して飲めない時代だ。

東海道新幹線以外は、社内販売もなかなか、見かけない。

そんなわけで列車販売での一番の売上は、ポットで販売するコーヒーだそうだ。

 

「この特急電車は社内販売がありません。発車前に駅の売店でお買い求めください」

車掌さんの出発前アナウンスである。

 

では農場の直売所ではどうだろうか。

お昼の時間までに売り切らないと、売れ残る。

天気と曜日に関係する。

 

消費税の話にも飛んだ。

駅弁は食材なので軽減税率で8%。

では列車販売は、車内で食べるので外食だとすれば10%。

「お持ち帰りですか」その都度売るときに聞かないとならない。

列車で買った駅弁を自宅に持ち帰る人はいないだろう。

 

農場の直売所でも同じだ。「お持ち帰りですか」。

購入後、広い芝生の農場で食べるのは外食か?

イートインのような看板がなければ、問題がないと解釈する。いろいろと頭が痛い。

にわっとりも定番商品として、息長く皆様のお口に届くよう……。

みなさまのご支援に頼るしかない。

よろしくお願いします。

 

 

そんな議論百出でお銚子が何本も並んでしまった。

 

 

ホテルに帰る前に近くのバーにも寄ってしまった。

そんなわけで、翌朝は二日酔い気味で、少し頭が重い。

 

 

 近くの高島城を見学して茅野駅のレストランに向かった。

ミューシャンの「モンタナキング」さんを、友人の清水寛さんから紹介された。

 

 

Montana Kingさんは、アメリカのフロリダ生まれ。

70年代ソウルミュージックのパーカッショニストでデビュー。

その後ドイツに招聘されてベルリンを拠点にヨーロッパで活躍。

妻ヒロコさんとの出会いを機に来日。

国立音楽院で音楽講師としてゴスペルやパーカッション、ダンスを教えている。

キング牧師、B,B,キング氏の親戚にあたり、いきいき生きるスピリッツを

音楽を通して伝えている。

 

 

鎌倉でも、何かやれないかということで紹介された。

久しぶりに2時間余り、片言の英語でほぼコミュニケーション。本当に疲れました。

 

 

八ヶ岳にも雪が降りた。今朝の温度はマイナス3度だった。

午後は小淵沢の森の中で「グリーン・サム」を開いている長田千鶴子さんの店を訪問。

 

 

長田さんは映画監督の市川崑さんの片腕と言われるフィルムの編集担当者です。

サントリーのCM「すこし愛して、なが〜く愛して」。

大原麗子さんのCMは「市川組」のすべてのスタッフが撮影に関係した。

 

 

その中に若いころの私も長田さんも同じ東宝撮影所のスタジオにいたことが最近の出会いで分かった。

懐かしい映画の裏話で時間も立つのを忘れた。

 

そこへ戦争カメラマンの石川文洋さんが「65歳の時に歩いた徒歩の旅」

北海道から故郷の沖縄までの日本縦断徒歩の旅を、現在80歳で再び挑戦していて、

25日の日曜日に東京浅草(雷門)から一緒に歩こうという知らせが入った。

 

 

この日の地元の信濃毎日の朝刊に旅のレポートが乗っていた。

日曜日に本人に手渡ししてあげよう。

 

 

昨日ホテルに入る前に高橋さんと小林さんの共通の友人の広瀬英明さんを諏訪の慈雲禅寺にお墓参りをした。

原村仲間の広瀬さんは静かな佇まいの古刹に静かに眠っている。

このお寺はいつお参りしても心が洗われるようだ。

 

慌ただしい一泊二日の原村往復も、楽しい思い出となって終わった。

 

| team-mamiya | from-mamiya「原村のイベント」 | 11:38 | comments(0) | - | - | - |
初秋のハイキングは武蔵野の面影を追い、緑の玉川上水の源流歩き。

 
 

「たまには湘南以外で企画してよ」

先輩から痛いところをつかれました。

 

そして考えました。

武蔵野の面影を追いかけて、玉川上水の源流を川沿いに歩きました。



 

まずは小作緑地公園


 

車の来ない道を歩く

青梅線の「小作(おざく)駅」から出発して、最後は二つ隣りの「福生駅」まで。

ゆっくり歩いて、約13キロのハイキングになった。

 

今回は同じ幹事だった佐藤真一さんを偲びながら歩きます。

彼は1年上級で同じ「制作」に所属してラジオドラマのシシナリオを書いていました。

仕事はテレビ朝日のディレクターとして、昼ワイドなどを仕切っていました。

最近は大人しい性格でしたが、頼りになる幹事でした。

ハイキングの下見のよき相棒でした。合掌



 

 

阿蘇神社。

推古天皇9年(901年)創建と伝わる羽村最古の社だ。

地元の方が七五三のお祝いをしていました。代々氏子だそうだ。

仲間は遠巻きにかわいい子供の儀式を眺めていました。

 


 

神社の前で記念写真。


 

すがすがしい風を受けながら、青空一杯の堤防道を歩く。

ここで少年野球を見ながら軽いランチタイム。

 
 

 

羽村堰(はむらぜき)。多摩川からの第一水門(取水口)の構造が分かる。

この「堰」は「投渡堰」と呼ばれ、今も昔も変わらぬ手法で取水が行われている。

 

 

玉川上水は承応2年(1653年)に工事が始まり指揮を取った玉川兄弟は、

羽村から四谷大城戸(現在の新宿)まで約43キロを僅か8ヶ月で完成させた。

 

私はその下流の下高井戸という町で生まれた。桜上水と言って桜の季節は見事な景観だった。

その頃は水流も滔々と流れて、上流ではあの太宰治も身を投げた事で有名な川だ。
 

 

 

玉川を渡って右岸を1キロ戻ると「羽村市郷土博物館」。

羽村と玉川上水の歴史、堰の仕組みが詳しくわかる。

羽村は長編小説「大菩薩峠」で有名な中里介山の生地だ。

羽村堰の近くの水車小屋で生まれたという説がある。
 

 


 

しばらくは玉川上水の流れを見ながら歩く。

 



 

宮本橋まで来ると「田村酒造場」がある。幻の酒「嘉泉(かせん)」の製造元。

タイミングよく酒造りの説明を伺うことができた。

数年前に天皇、皇后が酒蔵を見学されて、オーナーの家で休憩されたと……。

 

 

名誉ある話だと展示館に飾られた写真を紹介してくれた。

 

 

 

前日に作り替えた「杉玉」が青々と下がっていた。

「杉玉」は新種の酒が出来た知らせで新しい杉で作った玉を軒下に下げるのだ。

 

小作駅から多摩川に出て、玉川上水をゆっくりと歩くハイキングは、天気に恵まれて

印象的な歩きになった。

 

 

立川まで移動して予約した店で、おしゃべり&飲食タイム。

いつも集まる常連の仲間は元気な先輩後輩。

何杯も酒をお変わりして、夜の更けるのも忘れたようだ。

 

なお、11回続いた「三崎生活」レポートは、しばらくお休みです。

何か新しい進展があれば、レポート復活します。

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 12:56 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルステイ】第11弾 三崎生活を振り返って考えています。

 


10月14日(日)に三崎港の宿舎を引き払って、腰越に戻り半月が経ってしまった。
 

 


 

 

その間、軽井沢の友人の別荘に泊まり2日間ゴルフをしたり、
 

 

 


 

 

辻堂の「湘南T−SITE」で本を探しに行ったり、

孫の運動会に参加したり、
『食べる女』。映画を見たり、

 

 


 

 

大学のクラブ仲間との武蔵野ハイキングの下見をしたり、

書きおろした著作の読み直しをしたり、

ある大学でラジオドラマのシナリオの講義を受けたり、

ソウル仲間との鎌倉の俳句会に参加したり、

そのあと会社の先輩と深酒をしたり、

仕事場で社長と久しぶりに経営課題を話し合ったり、
 

 

 

川喜多映画記念館で「市川昆監督作品の裏方の方々のトークイベント」に参加したり・・・。

 

三崎の穏やかで物思いに更けた単調な生活と、うって変わってぐちゃぐちゃな生活に戻りました。 

その間、三崎生活のトライアルステイの「日誌」30日分を丁寧に書き込んだり、

ブログ風に写真を張り付けたり、

プロジェクトについての35項目のアンケートに真面目に答えを書き込んでいた。

三崎で出会った方々のことを、しっかりと書き込んだり、

行政については甘口、辛口、提案も含めての返答だった。

 

 この部屋が三崎の書斎。

ブログも書いていた。
もう一つの大事なレポートは「鎌倉から、こんにちは」の【三浦トライアルスティ】の

第1弾から第10弾までのアクセス数を検索した結果を三浦市へ報告した。

7月24日〜11月5日までのアクセス数は(1127アクセス)となった。

一つのテーマで、ここまでアクセスが増えたのは初めてである。

今日以降でも、まだまだアクセスは継続して続いている。

読者のみなさまへ、感謝!

 

三崎で出会った方々を通じて三崎生活の魅力を、もう少し考えてみようと。

後に何かの形になれば、それはそれで素晴らしい事だ。

辻堂の湘南T−SITEも、時間をつくって、ゆっくり行ってみたい。

施設全体が本とお茶のためにある。ゆったりした気分を味わえる空間だ。
 

 


 

 

ここは、三崎の「本と屯(たむろ)」も素晴らしい発想だが、三崎にはない空間だった。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 12:45 | comments(0) | - | - | - |
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