鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
これさえあれば、なにもいらない。パソコンの話です。

 
 

 現在、書斎で使っているパソコンは、東芝ダイナブック(ノートパソコン)だ。

2011年の東日本大震災の直後に、購入したので、かれこれ8年になる。

 

韓国から帰国して定年退職した時にはSONY(VAIO)からパソコン生活が始まった。

しかし、VAIOはしっかり働き、3年で故障して使えなくなった。

3か月で著作を書き上げのため、かなり酷使したとはいえ、あまりにも早すぎる。

冗談で「VAIO3年時限爆弾説」も耳にした。

つまり「ハズレ」。相性が悪かった。

 

その次が「DELL」。結構パーフォマンスが良かった。

姉妹都市の事務局長、八ヶ岳農場を愛する会の事務局長、宣伝会議のPP制作メール、
資料作りなど世話になった。。

ある晩、夕飯直前まで書斎のパソコンで作業していた。

夕飯を終えて書斎の机に向ったら、ONの電源を入れても、ウンともスンとも言わない。

画面は真っ黒のまま。DELLのパソコンは5年で、いきなり即死した。

コールセンターに連絡しても大連の中国スタッフが、たどたどしい日本語で対応。

「それはマニュアルで確認してください」と。なんだそれは……。

 

 

そこで、いろいろと店頭で研究して、東芝ダイナブック(ノートパソコン)を購入した次第だ。

即死状態のパソコンのデーターは、長男の友人の専門家の手で見事にデーター復活してくれた。

このダイナブック(ウィンドウズ7)は、あしかけ8年も活躍してくれた。


 

ところが、三崎港にひと月移住体験した時にスクリーンの液晶にシミのような黒い模様が出て来た。

なんだろうと思ったが、大事に至らないうちに、息子に相談して次の機種の検討に入った。

 
息子から長時間パソコンに向かう屈んだ姿勢は体に良くないと、家の書斎ではデスクトップを薦められたが、

やはり、私はノートパソコンにこだわった。

 


 

いろいろ検討した結果、マイクロソフトのSURFACEに決めた。
モデルは、Pro6、Laptop2に絞られた。

記憶容量は128GB(ギガバイト)か、256GBのどちらにするか。

結局は256GBを選んだ。

 

ところが最終検討している時に、ありがたい事が起った。

対象の品物のオフィスが2016に対して、2019にバージョンアップすることになった。

つまり購入予定の商品が、いわゆる「格落ち」になり4万円強ほど安くなった。

そのために、購入希望者が一気に殺到することにつながった。

一時は情報戦争と人気商品争奪戦の様相を極めた。

 

こちらも、あわてて大型販売店を通じて、抑えにかかったが、

最終的にはネット購入で、SUFACE Pro6のスクリーンは13.5インチにした。

ウインドウズ10。商品や付属品を無事に購入した。



 

A4サイズで原稿を書くにも、いまのダイナブックと見た目の感触が変わらない。

スマホ感覚、タッチスクリーンで、指で広げると原稿が大きくなったりする。

搭載オフィスは2016年版。


 

私の写真の画像管理が8万枚と非常に多くて、記憶容量が、すでに約350GBになっている。

同時にマイクロSDカードも購入し、本体と合わせて約500GBになり、

しばらくは記憶容量については問題なく安心だ。

 手元に置いてみると店頭で確認したが、やっぱり今までのダイナブックと勝手が違う。

短期間に息子の特訓を得て、何とか稼働することになりそうだ。

 

Windows7からWindous10へ。

ノートパソコンの快適さに、タブレットの軽快さを味わえる。モバイル性も高まった。

まずは原稿を書くこと、ネットのお気に入りの活用になれること。

タブやスタートメニューにある記号やマークの意味を理解するためにメモを作った。

年齢の割にはスマホ生活が長いので、意外と慣れるのは早かった

少しづつ、慣れていくしかないが、楽しんで向かい合おうか。
 

広告制作会社の仕事場の私の席にあるパソコンは、DELLのウインドウズ10のデスクトップだ。

制作スタッフや一部の営業担当の多くが、Macデスクトップを使用している。

数日ぶりに出社してパソコンを開いたら、新しい画面になっていた。

先ほどまで自宅の書斎で見ていたのと同じ画面なのだ。

仕事場でも、いつの間にかに私のパソコンが、ウインドウズ10になっていたのだ。

本来ならば戸惑うはずなのだが、あわてずに情報機器担当に感謝した。

時代は急速に変わっていく。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 16:20 | comments(0) | - | - | - |
藤沢七福神。久しぶりに歩いてみた。鎌倉七福神とは趣が違うようだ。

 

 

家人の友人の大学教授から、3月末に「国際AI関係のシンポジウム」に

参加する英国とドイツの学者を鎌倉、江の島に案内して欲しいと依頼があった。

ある日、その友人が鎌倉へ下見に来るというので同行した。

 

 

「弁財天」を祀る江ノ島神社の弁天堂に「藤沢七福神」のスタンプラリーの案内があった。

早速、(弁財天)のスタンプを押した。続けて、近日中に藤沢の街を歩いてみようと。

 



 

翌日の朝、天気が良いので家から徒歩10分の「龍口寺」(毘沙門天)から歩き始めた。

歩くのはモデルコース△嚢哨療鼎望茲辰篤B瑤泙如


 

ここからは電車やバスを利用した案内になっているが、私は全て徒歩でお参りする。

東海道線沿いに西に歩いて神明町の鵠沼第二踏切前まで歩く。



 

右に曲がり、しばらくすると「皇大神宮」(恵比寿さん)がある。

ここの祭神は天照皇大神。






ここから北西に国道一号線を向かって30分。

引地川の引地橋の麓にある。父の墓参りの渋滞の抜け道のあたりだ。
そこに「養命寺」(布袋さん)がある。




 

養命寺から国道1号線を藤沢橋方面に徒歩15分。

「白旗神社」(毘沙門天)がある。

藤沢七福神の中で、今日は一番賑わっている。
宮司の鈴木大次さんは、鎌倉市の都市提携で安東国際仮面舞フェスティバルに、

協力してくれた仲間の一人。お参りごとに挨拶している。
フェイスブックの友達でもある。


 

祭神は寒川比古命。源義経の首がこの地に葬られたことから、義経も合祀されている。

 

 

道中に「藤沢市民病院」があり、父はこの病院で36年前に67歳で亡くなった。

久しぶりに徒歩で近づいたので、病院の前で、しばらく父を偲んだ。

その瞬間、何故かちらほらと初雪が舞い落ちて来た。不思議なタイミングだ。

母はその時に「5年経ったらお父さんのもとに行きます。それまでお世話になります」と。

我が家に母の部屋をつくり15年同居した。

その母は現在97歳10か月で大船のホームで、年齢なりに健やかに暮らしている。


 

次は徒歩10分で「常光寺」(福禄寿)になる。

境内に続く寺林は旧宿場町(藤沢宿)の名残を残す風情がある。



 

このあたりの街道筋は、電信柱がなく、すっきりとした風景だ。

藤沢市は電線の地下化を推進している。

私の歩いたソウルへの徒歩の旅でも、多くの宿場町では電線の地下化が散見された。
私の好きな古江戸と言われる川越の街も、電柱がなく空が大きい。





 

残るは藤沢橋を挟んで、「感応院」(寿老人)だ。

人気もなく静かな寺院だった。社務所もしまっている。

当時、幕府から檀林所(仏教学研修所)に指定されて、

末寺14か所を教える大寺院だったというが、その面影は感じられない。
弘法大師が我々を迎えてくれる。

 


 

最後は「諏訪神社」(大黒天)だ。

箱根駅伝で有名な遊行寺の坂沿いにある。

七福神の赤い旗がたなびいて、長い階段を登ることになる。

遊行寺を創建した時は、遊行寺の鎮守としたが、明治の神仏分離のために、

東海道を挟んで向かい側の現在の場所にある。
これで、今日のすべてのお参りが終わった。



約2万歩で14キロ歩いたことになる。

 

 
 

実はこの「諏訪神社」の裏道の先に以前の私の実家があった。
大学を卒業後、結婚までしばらく、南斜面の日当たりのよい家で、
父、母と二人の妹たちの家族5人で住んでいた。

 

家に上る石の階段は40数年前と、少しも変わらない。

 

藤沢七福神は江の島から遊行寺の坂あたりまで広範囲なので、

私のように全部徒歩でお参りすることなく、車や自転車を利用したり、

ジョギング姿でお参りするシニアを多く見かけた。

 

 

おまけのカットだが帰り際の藤沢駅の広場で秋田フェアを行っていて、

現地からやってきた「なまはげ」のパーフォマンスに出会った。

一緒に写真を撮るサービスもあり、当然、名乗りを上げてスリーショット。

 

この日の出来事をFBに掲載したら「茅ヶ崎七福神」「三浦七福神」を歩いて欲しいとリクエストがあった。

そうだな、あわてずに歩いていようかと、好奇心が刺激された。

 

 

完歩したものには通常200円の記念手拭が半額の100円で戴くことができる。

 

現在、家の近くでは「藤沢市民マラソン2019」が行われている。
なんと7000人の参加者が江の島からスタートする
10マイルレース。たったの16kmだ。知人も参加して走っている。
今頃は穏やかな海と富士山を眺めながら走っているはずだ。子供など家族参加の短いレースもある。

昔ならば、「マラソンマン」として当然、私も参加しているに違いない。
だが、今は「歩く人」に留まっている。走れない自分を納得しているのだ。

走らずに、見物応援もなく、書斎でこうしてブログを書いている。

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 12:48 | comments(0) | - | - | - |
2019は、もう動き出した。何を目指そうかなと考えています。



【KAMA=TRIPULS】

 

昨年末に鎌倉市が協賛する「セカンドライフ鎌倉」というプロジェクトに参加した。


 

目的は「シニアのための観光スキルアップセミナー」というタイトルだ。

「鎌倉TRIPULS」という1回2時間の合計4回のセミナーだった。

セミナー参加者は55歳以上で、パソコンやネット情報の検索など日常的に慣れている人。

英語の日常会話力がある人に限られた。(別に試験があるわけではないですが)。

【訪日外国人向けに、リアルな「鎌倉日常体験」を提供してみませんか】

あなたならではの、鎌倉ローカル体験ツアーを創ろう!

 

鎌倉市が協賛するから(鎌倉ローカル体験)になる。

このセミナーを通じて参加者のみなさんは、鎌倉にこだわって企画を考えるようだ。

私はこの発想を戴いて、鎌倉にこだわらずに、ユニークな個別アイデアを企画しようと考えた。

 

 

企画ガイダンスは日本語より英語が良いとされる。

とっさに考えたのは、三崎港の古民家に泊まって朝市を見学し、その後城ケ島を散策する。


 

食事は、当然マグロ三昧。この計画を詳細に詰めて宿屋、食堂(料理屋)との詰めを行う。

鎌倉でネットワークを組むよりも、1ヶ月滞在した三崎の仲間の方が融通が効く。

 

【鎌倉ツアー】

 

 

このセミナーで知り合ったイトウユタカさんが、「鎌倉ツアー」という

外国人の方を鎌倉で案内する方々のための「徒歩ツアー体験ツアー」を企画した。

何でも参加するのが、Team MAMIYAの私の習性。

1月13日 北鎌倉に集合した。

 

北鎌倉=華蔵院=建長寺=鶴岡八幡宮=大仏次郎茶亭=幕府跡=ランチ=稲村ケ崎=鎌倉

 華蔵院


 大仏次郎茶亭

私の季節の歩き(七福神、梅、桜、アジサイ、紅葉)とはかなり違うコースだった。

 半僧坊の天狗
 半僧坊大権現 火盗除護符




幕府跡を歩いた。


 大蔵幕府跡(頼朝の私邸跡)

 若宮大路幕府跡


 宇都宮辻幕府跡


幕府が置かれた場所は転々とした。
最初は「大蔵幕府跡」(45年間)。源頼朝の邸宅で大蔵御所とも呼ばれた。
「若宮大路幕府跡」(97年間)、「宇都宮辻幕府跡」(11年間)。約150年続いた。
将軍の私邸と、侍所(軍事警察機関)、問注所(訴訟機関)と政務を行う公的エリアだった。
いずれも幕府跡は鶴岡八幡宮の至近距離にあった。

ほかに塔頭、大六天、安倍清明(陰陽師)、稲村ケ崎では十一人塚など、
メモを取らないとわからない説明があった。

分からないと日本人に対しても説明がつない上に、外国人にはもっと説明がつかない。

言葉が喋れても、コンテンツを理解していないと、説明できない。

「鎌倉検定」でも取得しないと・・・。
 

 

 

それよりも参加者20人のうち大半が【全国通訳案内士】の資格の持ち主だ。

今まで私の周りにいないタイプの方々だ。

それぞれ個性豊かなメンバーだ。何人かは友達になれそうだ。

歩きながら考えた。
鎌倉のおもてなしと、鎌倉のサービス(詳細情報)の違いは何だろう。
海と山と寺社に囲まれた鎌倉。
京都、奈良との違いは何か。
7つの切り通しの意味など、本来の鎌倉の持つ凡そな意味などを、まったりと説明できれば良いかな。

カタコト英語の私は、その方々の誰かにサポートなしでも実行できそうだ。

夕焼けの稲村ケ崎でグループと分かれて帰宅した。

 

【鎌倉七福神歩き】

 

10日の日は元勤務先の仲間と鎌倉七福神(10日夷を訪ねる)を歩いた。

平日でも集まれるシニアの仲間達だ。

 

いつものように北鎌倉駅の円覚寺前に15名の仲間が集合した。

 
 浄智寺(布袋尊)

 

 鶴岡八幡宮(弁財天)

 

 宝戒寺(毘沙門天)

 

 妙隆寺(寿老人)

 

 本覚寺(夷神)


 御霊神社(福禄寿) 


 長谷寺(大黒天)

 

 

ここで七福神参りは終了し、いつものように鎌倉駅に戻り「川古江家」で酒宴になる。

 

鎌倉市はオリンピックに関して、フランスのホスピタルシティーに決定した。

この後、年間2000万人の鎌倉市の観光客が、どこまで増えるのだろうか。

ところが、観光客が鎌倉市に落としてくれる金額は平均で3500円という。

訪問客を増やさずに、3500円をさらに+1000円〜2000円落としてもらうインフラを、

早急に考える必要がありそうだ。

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 21:53 | comments(2) | - | - | - |
新年の日本橋、石川文洋さんの日本縦断の後半の旅がスタートした。

 
 

1月7日、日本橋は朝から快晴だった。温度は7度。

9時前に石川さんの馴染みの仲間が日本橋に集まってきた。

両国高校の同級生、昔の職場の朝日新聞の仲間たち、
石川さんを追いかけている共同通信の記者さん、

徒歩の旅を映像で追いかけるジンネットのスタッフ、歩く仲間たち、

ベトナム旅行の石川さんのファン仲間たちが三々五々と集まってくる。

石川さんは年末に歩き終わった表情から比べると、全く元気を取り戻して、
見違えるように元気な様子だった。


 

ご縁の深い仲間に加えて、福島からは尺八の名人がやってきた。

徒歩の旅の無事を祈って、アメイジンググレイス、沖縄の芭蕉布、新相馬恋歌を演奏した。



日本橋を背にして記念写真を撮って出発だ。
もちろん見送りだけの人もいる。

 



 

仕事始めの人だかりの中、銀座通りを登山するような恰好の石川さん、真っ赤なダウンジャケットや、

石川さんの周りを取材の報道陣たちが、西に向かって歩きだした。



東京タワーを見ながら写真を撮る石川さん。また、その姿を映像班が撮っている。

 


 

「泉岳寺をお参りしたい」と石川さんが資料の地図を見ていった。

若いころに一度お参りしたことがあるだけだと。

田町を過ぎて、高輪ゲートウエイ予定地のあたりに目的地はある。

浅野内匠頭長矩、大石内蔵助など義士たちが眠っている。

大石内蔵助の前で記念写真。

 

いちいち記念写真を撮るのは、石川さんの歩きのペースの邪魔にならないか。

参加した仲間たちは、徒歩の記念になり、かなりうれしいのだ。

こういうことから、早く解放させてあげたい。と思ったりする。

 


 

 

品川駅では途中参加の友人も合流し、旅の装備をサポートしている

mont−bell(モンベル)のオフィスへ寄った。
 

 


 

 

ここでも記念写真だ。
 

 


 

 

そのビルの下のレストランで全員一緒にランチを取ることができた。

午後は御殿山の先から品川宿を抜けて、旧東海道を大森海岸駅まで歩く。
 

 

 
 

 

途中の商店街は平日昼というのに、珍しく賑わっている。
 

 


 

 

そこへ品川ケーブルテレビの若いスタッフとばったり出会い5分間の取材を受けた。

「品川宿のある旧東海道を歩きたくて」と話す石川さんの徒歩の旅を聞き、

若いスタッフは、想像できない旅の凄さに言葉を失った。
 

 


 

 

最後は鈴ヶ森刑場跡に寄った。丸橋忠弥、八百屋お七、天一坊が処刑されたという、

江戸の処刑史上重要な遺跡だ。

 

大森海岸駅前の今夜の宿のホテルに着いた。

 

そのあとは、みんなが待っていた石川さんとのいっぱいの打ち上げだ。

近くの居酒屋で一杯が二杯、3時間のも及ぶ宴会になった。

こうしてお祭りの第一日目は、無事に終わった。

 


 

 

「湘南の近くでは一緒に歩きたい」と、この計画を伺ったときは、

そう石川さんに伝えた。

打ち上げの前に「明日からは一人で歩きたい」とみんなに伝えたので、

私は納得して、その気持ちを十分に尊重し、翌日からの伴走徒歩はあきらめた。
これまでの北海道、東北、関東の徒歩の石川さんの映像を見ると、

私の時もそうだったが、一人で歩く姿が日本縦断踏破という言葉がぴったりと似会うと思う。


年末の日本橋到着の日も、新年の日本橋出発の日も、馴染みの方々に囲まれて歩く姿は、

一種のお祭りイベントだった。
翌日からは映像カメラマンと石川さんひとりの徒歩の旅を、

私はしばらく静かに見守りたいと思った。


いつかお祭りの日は是非、みなさんと一緒に歩きたいと思う。

たぶん、箱根峠を越えるあたりで、数人がサポートするかもしれない。

 

60歳の2328キロと80歳の約3500キロの意味は大きく異なる。

この信念とその重みは、やはり憧憬に値すると思った。

 

*)1月13日(日)24:55 NNN系ドキュメント。

    石川文洋さんの徒歩の旅の北海道、東北、日本橋までの前半のドキュメンタリー。

    是非ご覧ください。

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 23:39 | comments(0) | - | - | - |
平成最後の正月。しばらくは「平成最後の…」が続く。Team MAMIYAの今年は……。



あけまして、おめでとうございます。今年のブログの中でよろしくお願いします。

 

ちゃんと目覚ましを掛けていたが、家族のドタバタという音で目が覚めた。

「まずい!6時半だ!」

一気に起き上がり着替えを済ませて、すでに準備の済んだ家族と浜へ向かった。

いつもは自分が真っ先に家族を起こすのだが……。

私の目覚ましは6時37分に鳴った。(とんでもない!間違った)。

 

 

既に浜にはたくさんの人が出ていた。


 

しかし、逗子方面の三浦半島にはどっかりと雲がかかっている。

少し上には雲の切れ目がある。

初日の出は、かろうじて期待できる。

 

定刻の6時52分になっても陽は見えない。


 

7時を過ぎて雲の切れ目から真紅の太陽が輝きながら陽を放った。

シャッターを切りながら、何度も拝んだ。

近くには家人、長男家族4人と次男がいる。
 

家族みんなが揃って浜に出るようになったのは3年前の元旦からだ。

長男家族が葉山から大晦日に我が家に泊まるようになり、次男も東京からやってきて、

全員で浜に出るようになった。その孫は7歳と4歳になっている。

 

 


 

初日の出を拝んだ後は、浜辺を腰越に向かって歩く。


 

「小動神社」で初詣参りだ。

 

一旦、帰宅して朝の元旦の儀式だ。

 


 

大晦日の夜から元旦の朝も、にぎやかに家人のお節料理に、祝い酒で賑やかだ。

孫にとっても「大人系」の料理に満足げに付き合っている。

 

長男のKip君は「腰越のじいじの家は、オセロがあって楽しいけど、食べるものは(大人系)」と言われて、

それ以降、家人はメニューに気を使った。 

お節料理はそうはいかない。

正月の儀式を次世代に、次々世代に伝えていかねばならない。

家人の努力には頭が下がる。

車2台で母の「田谷の里」へ行くので酒は我慢したが、

「車でなく、バスと電車で行けば問題ない」と逆転の発想。お神酒に手を付けた。

 

 

田谷にはTeam MAMIYAの97歳のゴッドマザーの母がいる。
ひいおばあちゃんとひ孫の久しぶりの対面だ。

少しのお節を持参して、一階のホールでお正月の膳が始まる。

2時間近く、一緒に懇談。ホールで長男とは、また缶ビールを戴いた。

記念写真を撮り、それぞれ帰宅する。

 



 

2日の大きな目的は「鶴岡八幡宮」の本殿でのご祈祷だ。

家人と次男の三人に加えて、三の鳥居で偶然に家人の友人に会い、

一緒に祈祷を受ける事にした。

1時間の間、控室でのご祈祷の待機、本殿に上がりご祈祷。

しんしんと冷える控室と本殿だったが、ありがたい時間だった。

 

3日は午後江の島神社のお参りが待っている。

こんな風に我が家の三が日は過ぎていく。

平成の間にやり遂げたい願いもあるが、

4月には「広告業界生活50年」を迎え、5月には「新元号」になり、

8月には「元気」高齢者から「光輝」高齢者になる。

はたして、今年はどんな2019年になるのだろう。

 

7歳の孫のKipの言葉。


 

「じいじは、オセロの白で四隅を押さえたけれど、安心しすぎて負けたんだ」

私は2年ぶりにKip君とオセロを戦った。

順調にゲームを進めたが、31対33で負けた。こんなことがあるのだろうか。
(右列二列目の4段目のよっつ目は、上面が反射して白に見えるが、実は黒なのだ)。

 

4歳の孫の言葉。


 

「この黒いレゴをアップロードすると、潜水艦がパワーアップするよ」

大晦日に一緒に入った風呂の中で湯に浮かせたレゴの潜水艦の黒いボタンを押した。

「とおとが教えてくれたの」と聞くと「自分で考えた」だって。

 

この子たちとちゃんと遊べるのは、いつまでなのだろうかと、

うれしくも複雑な感じの正月だった。

| team-mamiya | from-mamiya「鎌倉の話」 | 12:07 | comments(0) | - | - | - |
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