鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
梅雨もなかなか明けない中、このところ、時はあっという間に過ぎていく。

【知能機能検査】

 

 

カタナ、アコーディオン、脚、テレビ、

かぶとむし、馬、かぼちゃ、包丁、

筆、ヘリコプター、パイナップル、ズボン、

すずめ、ひまわり、のこぎり、ソファ。

以上16個の絵が4枚ずつ4回にわたりスクリーンに数秒現れる。

次に簡単な別のテストを行い、白紙にすべて記憶した単語を16個のうち思い出した分を、

書かなければならない。

運転免許の更新における年齢が75歳になるすべての運転者が受ける「知能機能検査」だ。

 

 

このほか、ライフル、琴、おやゆび、…や、

大砲、オルガン、耳、…や、

タンク、大砲、目、…。

武器、楽器、人体の一部、家電、昆虫、動物と、それぞれ16個の単語の4つのパターンがある。

最初はその試験日が何年、何月、何日、何曜日を記入する事から始まり、

自分で丸く書いた時計の文字盤に指定の時刻を短針と長針を書き込むテストがある。

最後に救済があり、(武器は?)(楽器は?)(人体の一部は?)など思いだしてと聞いてくる。

これにより記憶が呼びもどり75点以上であれば、問題なく免許証がもらえる。

ある点以下であると医者の診察を受け認知症と判断された場合免許は公布されない。

 

高校のクラス会で100点を取った友人がいた。

彼はネットで調べて4種類の問題をすべて覚えた。私も真似てみた。

 

 

一番得意な組み合わせはタンク、太鼓、目で始まる組み合わせだったが、

与えられた時間で、カタナ以下の単語を、なんとかこなせた。

いつまでたっても試験は嫌だ。

 

【鎌倉の花火】

 

 

鎌倉の人気花火は、なんといっても水中花火だ。

これは、一度でも良いので鎌倉以外の他の地区の方でも楽しんで戴きたい。

観覧の中心は由比ガ浜と材木座海岸だが、坂ノ下、逗子マリーナからの観覧もお勧めだ。

沖合を走る花火船から海に投げ込まれる水中花火は圧巻だ。

 

 

彩とりどりの光が水面で大きく半球状に割れるさまは、鎌倉人にとっても感動的で、

初めてご覧になる方々は、少し大げさだが、あまりの美しさに絶句する。

ことしは例年よりも2週間早い7月10日に開催された。

その理由は2500発の花火の火薬は、通常港の無い鎌倉は近くの江の島港から運び出される。

ことしは、江の島で行われるプレオリンピックの準備のため江の島港が使えないために早まった。

そのために告知の徹底が弱く、通常は学校が夏休みでないために子供連れの観客が大幅に減った。

いつもの江ノ電の混乱も少なく、歩道を歩く観客数も、坂ノ下の浜辺の観客も、いつもより少なかった。

席取りのトラブルもなく、空いているスペースに楽には座れた。

 

 

ことしは特に打ち上げ花火も水中花火も、彩とりどりで、例年より本当に美しい。

昨年は風向きの関係で、花火の煙が文字通り煙幕となって、

後半は花火が浜から全く見えない時間帯が多かった。

 

【高校野球】

 

 

私の母校が杉並区の都立の進学校で、当時は部員も少なかった。

幸い1年生からポジションの空いていたサードでレギュラー選手になれた。

最近では当時と違って、部員も40人を超える少しは強いチームなり始めた。

我々OBは10年前に野球部OB会を創り、会員相互の親睦も大事だが、

現役選手の応援に努めている。

 

 

なんといっても、もともと野球少年は、今でも気持ちは野球少年なのだ。

応援には力が入る。

ことしは組み合わせ抽選の関係で2回戦からの出場だ。

しかし、相手チームは伝統的な専大付属高校(元専大京王高校)。

56年前、当時はシード校の3年生の時に15対0の3回コールド負けをした相手チームだ。

リベンジの気持ちで現役に試合を託した。

 

 

4対2でリードしていた9回の表、2アウトで2塁3塁。相手バッターがライト前のヒット。

3塁ランナーに続いて2塁ランナーもホームへ突入。

ライトからの見事な返球で、一瞬同点かと思った瞬間、タッチアウトでゲームセット。

同点を阻止した捕手の突き上げる右手、同点を信じてホームに突入した選手が倒れこむ。

一塁上でヒットを打った選手と傍らのコーチのうなだれる姿。

私はおぉーと大声で吠えるように、複雑な気持ちで写真に納めた。

4対3。56年ぶりの見事なリベンジ・シーンだった。

 

 

 

続いて3回戦の相手校は都市大付属高校。

 

 

これも手堅く5対2で勝った。

今この原稿を書いてるときに、鎌倉は小雨や大雨の中、八王子で行った試合で

松が谷高校が勝った。

明日の4回戦の相手校も同じ都立だ。

さてと都立同士の試合は、いったいどうなることだろう。

 

【そして……】

 

 

雨の心配をよそに、立川球場では予定通り12時半から試合は始まった。

連投の相手投手に手こずりなかなか打ち込めない。

まず我々が先取点取れば、有利に展開ができると思ったが、

4回に1点取られた。

6回に同点のまま息詰まる展開。

 

 

8回に大事なところで相手のエラーで逆転。

9回にも1点取り、3対1で勝ちました。

 

 

おかげさまで、西東京のベスト16.快挙でした。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 22:09 | comments(0) | - | - | - |
【再掲載】 この療養所に入るとハンセン病患者は一生外部に出られなかった。

 

最近、ハンセン病元患者の家族が差別を受けたことに関する裁判で国が責任を認めた。

裁判の結果、政府は控訴しないことにした。

 

このことを受けて、この春に清瀬にある「国立ハンセン病資料館」のある『多摩全生園』を訪問した話を、ここに再掲載する。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「今日の吟行句会を企画した幹事は偉いわね。花鳥風月でなく、ちゃんと生と死を考えている」

早朝出かける私を玄関で見送り、家人はひとこと言った。

 

『まだん』という俳句連がある。『ソウル俳句会』の帰国仲間が中心の会だ。

「まだん」とは韓国語で「庭(ひろば)」と言う意味になる。

 

 句会の幹事の貫(ぬき)韓山先生。

 

今日の吟行句会は西武線沿線の清瀬にある「国立ハンセン病資料館」のある『多摩全生園』。

この療養所はハンセン病患者の収容施設だ。

 

 

らい病は今や死語になったが、昔はハンセン病患者は一度療養所に収容されると、

一生そこから出ることはできなかった。

 

ハンセン病は感染力が弱く遺伝もしない。今では適切な治療で完治する病気だ。

平成8年の「らい予防法」廃止まで、国の隔離政策が続き差別と偏見を助長してきた。

設立時は武蔵野の雑木林が生い茂る中、東京ドーム8個分の広い園内は3万本の樹木がある。

あまり、よく知られていないが、ここには、とてもむごい歴史が刻まれている。

患者の居住地の周りには深い堀が掘られ、内側はその土で盛り逃亡を防止した。

居住地の周りには、いまは背の高くなった樫の木が植えられている。

 

 

 

園内には静かな街並みの中、教会、お寺、神社と、いかなる宗教も受け入れた地区がある。

 

 

には風呂の設備や、いまは使われていない図書館もある。

ハンセン病は、現在は治療法も確立されて、早期発見と適切な治療で、

後遺症を残さずに治すことができる。

 

 

しかし、今なお、ハンセン病の後遺症などで療養所に居住している方が相当数居住しているという。

 

 

住居には政治家のポスターなどがあり、ある意味で生活感もある。

 

 

春の日差しの中、介護スタッフに守られて散歩されている方を見ると、

母の高齢者ホームの施設を訪問したような錯覚を覚える。

 

ハンセン病資料館の中は、むごい生活を表現した模型や、患者をサポートする器具など展示してある。

すべて撮影禁止になっている。

 

親や兄弟と一緒に暮らすことができない。

実名を名乗ることができない。

結婚しても子供を産むことができない。

一生療養所から出て暮らすことができない。

死んでも故郷のお墓に埋葬してもらえない。

 

むごい歴史包まれたハンセン病療養所の資料館を訪ねた。

 

 

近くには面会人の宿泊所もあった。

ここの電話ボックスには、電話機がまだ残っていた。 

 

 

平成8年に「らい予防法」は廃止されたが、まだ問題はいろいろと残っている。

複雑な気持ちを感じながら資料館を出て、参加者全員で記念写真。

句会場へ向かった。

 

 

私の気持ちに重なった仲間の句を勝手に選んでみた。
見送りはここまでとあり樫若葉 
癩という一生ありし新樹かな

命継ぐ蒲公英の絮天高く

望郷の丘にさまよふ黒揚羽

樫の木に悲しき話若葉風

絶望の中で生きるや春の果て

捨てられて故郷遠き赤つつじ

全生園歩む患者に若葉風

電話無き電話ボックス黙の春

積年の怨みをはらむ梅古木

なりんぼうは今無き言葉春の風

 

 

緑立つメタセコイヤは秘話語る 武舟

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 15:38 | comments(0) | - | - | - |
ことし初めて、久しぶりの原村。面白い方を紹介されました。童顔の学者さんだった。

 

 

6月になると原村の友人の広瀬英明さんのことが思い出される。

彼が逝って、もう5年になる。

 

 

諏訪湖の湖畔の小高い慈雲禅寺の境内にある納骨堂を訪問した。

静かな古刹の納骨堂に静かに彼は眠っている。

原村仲間の後輩の野田英夫さんは、初めての慈雲禅寺のお参りになる。

 

 

ここは京都か鎌倉かと目を疑う雰囲気だという。

原村在住の小林節子さんと3人で静かにお参りができた。

 

そのあとは原村で一人の友人が新しい仲間と私を待っている。

原村移住体験ツアーで出会った女性と結婚して、原村に家を建てた清水寛さんだ。

彼は高校時代の野球部から大学通じて、

いままで付き合いが続いている私の友人の会社の元部下だった。

原村へ移住する以前から会っていて、よく知っていた。

その清水さんが私に紹介したいという方が大学名誉教授の細川英雄さんなのだ。

 

 

北杜市に住む知人が添付PDFの本を出版しました。

ご興味がある方で、読後ご感想をいただける方には

著者から本を贈呈させて頂きます。

「対話をデザインする」というタイトルの著書だ。

ちょうど私も「忘れられない60のセリフ」をテーマに執筆に勤しんでいるので興味を抱いた。

 

「感想を書いても良い」と清水さんに連絡したら、すぐに本が手元に届いた。

読み始めると、タイトルは少しイメージが遠い、

私にとっては本格的な哲学書に思えた。

細川さんのご専門が「言語文化教育学」で、その関係の著作が多いのだ。

しかし、どんな方なのか、近々原村へ行く用事があるので、

その時にお会ってお話ししましょうと。

その約束がその日だった。

 

 

私が宿泊するペンション(さんどりよん)で待ち合わせた。

白髪で白いあごひげを蓄えて、カジュアルなセーターにチノパンでニコニコと待っていた。

私より5歳若い。少し人懐っこい若干童顔の紳士だった。

 

コーヒーを飲みながら、私の感想の前にいろいろと質問を重ねた。

いつもは学術書の執筆が多いのだが、今回は一般書として楽しんで挑戦したと。

本文は固い表現が続くが、外人の若者に日本語を教育するケースを、

いくつものエピソードで紹介している。

エピソードは文章のリズムは本文と異なり、私が書いているエッセイの調子に近く、

すんなりと頭に入ってくる。

 

「対話は自分の興味関心から始まる」

インドネシアからの留学生が「多摩川に鮎を放流する」新聞記事を教材に持参した。

その記事を対話の材料として議論したところ、

その学生が自国の自然破壊にとても関心を持っていることが分かった。

その学生はスマトラ島の熱帯雨林で起こる森林環境が侵されて、

希少な野生動物が絶滅の危機に追い込まれている。

この内面のテーマで環境問題レポートを書き上げ、

のちの京都大学工学部に進み工学博士の学位を取得した。

その後祖国へ戻り。今では政府高官になっている。

 

「ちくま新書」刊。コアターゲットは編集部は40代から50代の男性を想定したが、

ご本人は特別にターゲットを定めた意識はなく広く読者にアピールしたという。

日頃、職業柄ターゲットを意識する私も、今回は細川さんのいう通りと感じた。

 

12の外国人と日本語のエピソードを中心に、本文は哲学的な内容で展開をしていく。

ご本人はマニュアル的な方法は避け、反マニュアルで描いたという。

言語文化教育にご興味のある方に進めたい。

私のいた広告業界にも共通する議論もあり、あっという間に読み終えた。

 

 

紹介してくれた清水寛さんは、原村以前に横浜であったときに頂いた、

「寝児(ねこ)」という写真集を出版している。寝ている猫のかわいい表情がいい。

 

 

さて、夕方から「八ヶ岳農場を愛する会」の仲間の久しぶりの宴会だ。

 

 

会長の小林節子さん、農場の高橋昭さん、放送作家の野田英夫さん、

ペンションオーナーの山中裕敏さんが今宵のメンバーだ。

 

 

原村の住人の小林さんは、3年前に「女ひとり古希に家を建てる」を出版している。

かつて東京でアナウンサーとして活躍していた2011年頃から月刊『すこーれ』で、

毎月書いていたエッセイ60編を、古希の歳に本にしてみましょうと、

編集長の甲斐幹雄さんに誘われて一冊の本にした。

 

タイトルはちょうど長い間住んでいたペンションとホールを手放して、

近くに新しい家を「終の住処」として建設中だった。その思いをタイトルにした訳だ。

50年も学生時代からお付き合いしている私としては、彼女のこれまでの生き方を見ていて、

「小林節子の出たとこ勝負」が良いと言い張ったが、無視された。

男っぽいタイトルよりも女っぽいタイトルになった。

 

 

最後の部分に「回遊魚1.2は愉快なきょうだい的同志」と私との出会いから、

最近の触れ合いを4ページに軽いタッチでまとめてくれている。

もちろん回遊魚1号は私、回遊魚2号が節子さん。

回遊魚0号は節子さんの師匠の永六輔さんなのだ。

 

私にとっては、最初から最後まで、ほぼ見聞きしていた内容なので親しみを込めて読める本だ。

 今週は「人となりと本」という報告になった。

 

私の目指している「忘れられない60のセリフ」で語る人生の歴史は、しばらくはお預けだ。

| team-mamiya | from-mamiya「原村のイベント」 | 17:32 | comments(0) | - | - | - |
今回はうまく行ったね。鎌倉アジサイウォークは一日降らなかった。

 

 

前回の大学の倶楽部のハイキング会は大雨で中止になった。

今回の常連メンバーの鎌倉の四季歩き。

アジサイウォークは午後からパラパラとの予報だった。

朝起きて予報を見ると、夕方までなんとか天気が持ちそうな感じだ。

久しぶりの「晴れ男」宣言をした。

アジサイ歩きは小雨決行が基本。なんとかなるさ。

 

 

定刻に北鎌倉駅に仲間が集まった。

今日は超混雑する明月院、長谷寺を避けて、徒歩プランを立てている。

「せっかくだから、混雑覚悟でも、どうしても明月院に行きたい」

静岡から片道2時間半かけてやって来た仲間が言った。

「うーむ。それでは円覚寺はやめて、アジサイ寺の明月院!行きます!」

 

 

ところが天候が不安定なのか明月院に向かう小径に長い行列がない。

なんと、山門までノンストップで歩いて行けた。

 

 

さすがに庭内は、観光客でいっぱいだったが、ちゃんと前に進む。

 

 

しかし、借景を生かした人気の本堂の「丸窓」。

本堂の奥にある「悟りの窓」を撮影する人の行列が半端ではない。

 

 

北鎌倉付近で円覚寺、東慶寺、浄智寺、長寿寺の4つのお寺を回って旧市街へと考えていた。

二つ目の寺は「東慶寺」だ。

 

 

アジサイを訪れる人が少なく、いつものように落ち着いて鎌倉を感じてもらえるお寺だ。

 

お正月の鎌倉七福神歩きの最初の寺。鎌倉五山第四位の「浄智寺」。

 

 

ここも落ち着いた雰囲気でお参りできるお寺だ。

「お腹がすいた」

仲間の誰かが言い出した。見ると俳句の吟行句会をしている方が座っている。

その横にもベンチがあった。

「しばらく、ランチタイム。静かに食べましょう」

天気も持ちそうなので、30分以上の休憩になった。

 

 

 

布袋さんのおなかをなでるご主人を撮るご夫婦。

桜ウォークとは異なるお寺巡りに、満足してくれている。

 

次は季節限定の土日に公開している「長寿寺」。

 

 

この庭園は足利尊氏のゆかりのお寺で、住職が丹念に手入れをして美しさを保っている。

苔と白砂のコントラストが素晴らしい。

私は秋の紅葉の長寿寺が好きだ。

 

 

いろいろな色の紫陽花の前で。

 

 

打ち上げの前に、今回、ぜひ行ってみたいのが「浄明寺」。

円覚寺前の観光案内のボランティアさんに今日の紫陽花の見どころを聞いたところ、

「浄明寺の石窯ガーデンの前庭にあるアナベルが一番」と教えてくれた。

バスを利用して行ってみた。

 

 

アナベルとは真っ白なアジサイで、花言葉は「ひたむきな愛」。

いつもは4時で閉店のティールームが開いていた。

庭のテーブル席に座り、それぞれの飲み物と休憩とおしゃべりを楽しんだ。

 

参加した全員が、一番感動的なアジサイと言ってくれた。

私も初めての経験だった。 

なんでもひとこと語り掛ける私の癖。朝いちばんに仕入れた情報が、

この日最後のウォークで実った。

ボランティアの女性に感謝だ。

 

最後は駅前の「川古江家」で、しっかりした一献が待っていた。

 

| team-mamiya | from-mamiya「鎌倉の話」 | 13:52 | comments(0) | - | - | - |
またハイキングの季節になった。地元の紫陽花ウォーキングが大雨で中止に。

 

 

初夏と秋には大学の倶楽部「放研三田会」のハイキング部会の企画をしている。

私が韓国から帰国して幹事に参加したときは、

数名の先輩幹事が居て、比較的若い私は湘南エリアだけを企画担当していた。

次第に年配の幹事が役目を降りて、やがて数年前から私がメイン幹事になった。

年齢の近い幹事が一人減り、二人減り、後輩の女性幹事が、

会計と私が作成した企画をメールや郵送でアシストしてくれていた。

 

 

今年からある事情で後輩女性も去り、

企画、下見、案内、実施と私が幹事の役目をすべて担うことになった。

1000人を超える倶楽部の運営は数年前から世代交代を考慮して、

事務局運営をうまくバトンタッチし、若い世代中心に組織が一層活性化した。

 

 

ハイキング部会だけは、そういうわけにはいかない。

たまには湘南以外の企画をしてほしい。当然のリクエストだ。

 

 

昨秋は玉川上水の源流を訪ねて、武蔵野の香りを楽しんだ。

企画は好評だった。

 

 

今年の初夏の企画は下見の機会を失って、安易な鎌倉の紫陽花ウォーキングとした。

案の定、ハイキング参加者の反応が少ない。

期待した常連の先輩後輩が孫の世話や旅行や他の約束との理由で欠席者が多い。

 

大いなる反省の元、観光協会とアジサイ場を聞き、地元の下見を行った。

観光客で混雑する北鎌倉の明月院や、長谷の長谷寺は避けて地味な名所を組み込んだ。

 

友人たちと四季折々に企画する鎌倉歩きでは「紫陽花ウォーキング」だけは小雨決行。

しかし、一度も小雨になったことがない。私は「晴れ男」なのだ。

 

 

 

しかし今回の本番当日は週間天気予報でも全国な大雨の模様。

早めに土曜日の企画を日曜日に延期した。

結果、日曜日はほかの要件があると、半数近くが不参加に。

日曜日は、見事に晴れたのに……。

 

 

 

秋の企画は、湘南を離れて武蔵野とか東京下町とか趣向を変えないと。

大いに反省をしながら、早めに下見を準備して、楽しい企画にしようと。

今から、気持ちを切り替えている

| team-mamiya | from-mamiya「鎌倉の話」 | 16:23 | comments(0) | - | - | - |
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