2010.03.09 Tuesday
5回目の記念ウォークはみぞれ雪。こんなに着込んで歩いても汗ひとつ掻きません。
石渡市長が旅の紹介を。3月9日は鎌倉からソウルまでの徒歩の旅の出発した日。
あれから5年の月日が経ちました。
その間いろいろな出来事が起こりました。
と言うより、いろいろな出来事を起しました。
つまり、旅で蒔いた【種】が大きな【芽】を出したのです。
「日韓さば街道交流」「鎌倉市と安東市の友好交流、そして姉妹都市への道」
新しいネットワークが生まれました。
私にとって、あの旅はまさしく「新しい自分に出会う旅」です。
まだまだ進行中の話が、限りなく進行しているのです。
ソウル仲間の鍋倉正克さんが今日も一緒です。歩くと目の前の景色が変わるように、新しい出来事が、新しいネットワークが増えてくるのです。
しかし外気は5度。5年前のあの日の温度は25度。Tシャツになって歩いていました。
ところが今日は12時前後から雨の予想です。
とても寒いのでかなり着込んでスタートしました。
この寒さでサイクリングロードは“人っ子ひとりもいない”。
茅ヶ崎の【サザンビーチ】のモニュメント。今日は、寒いのでおそろいの黄色のヤッケ。
そんな中「何の調査をしているのですか」と黄色のヤッケの二人に声を掛けてきた方がいた。
茅ヶ崎にお住まいのTさんがリハビリで歩いていました。
「調査ではなく・・(略)・・・」と鍋倉さんが事情を説明すると、そのような新聞記事を当時読みました」と。
「そうなんですよ」と早速記念写真です。
この頃からポツリポツリと降ってきました。
柳島海岸まで来ました。片瀬江ノ島から10.2km。
万歩計もぴったり。「2328キロを歩く」の正確さを証明しています。
雨脚も強くなってきました。
目的地の「小田原」は積雪と言うニュース。あらら。
湘南大橋を渡ると毎回ここで昼食タイム。
やはり肉を食べます。「とんかつ定食」。
食事をしながら作戦タイム。
大磯の花水川までやって来ました。高麗山もかすんでいます。
小田原まで行くか、大磯でやめるか。看板を見ながら心の中で考えています。
大磯の町に入ってきましたが、雪が横殴りに降り始めました。
そんな中、けなげに「河津さくら」が咲いています。
大磯の松並木道です。小田原まで「あと18キロ」。まだ4時間弱掛かりそう。
元勤務先の先輩、三上美樹子さんが、今年は二宮方面の「デニーズ」で待っていました。
一回目からの習慣になりました。二年ぶりの再会。
大磯で小休憩ですが、いつもより長い時間お茶とデザートをご馳走になりました。
雪は降り続いています。
このお茶時間に今回の【記念ウォーク】は二宮でフィニッシュだ。と決めました。
5回目の記念ウォークは、汗を一滴もかかずに、あっけなく二宮駅で終了。
片瀬江の島から23キロ。
足りない部分は天気の良い日に一人で小田原まで歩きます。
徒歩の旅で蒔いた「種」が「芽」を出した。
3月末に昨年10月市長の座を降りた石渡さんと「鎌倉安東友好交流会」事務局メンバーが、安東市を訪問します。
石渡さん、山ノ井会長夫妻、鎌倉市役所の三留さん、「御霊神社」総代会副会長の木村さんと私の6名が、
松尾崇市長の信書を預かり金暉東(キム・ヒドン)市長と「安東鎌倉友好協議会」の皆さんと友好交流して来ます。
記念ウォークを終えて帰宅すると、先日あるパーティーで二十年ぶりに再会した写真家・菅昌也さんから、
拙著を読んだお礼に「お祝い電報」が届いていた。
私と同じ年齢の菅さんの電報を通じて戴いた読後感の一言は【ブラボー】。
それも漆の文箱に託して送ってくれました。
このようなお礼の表現法もあるのでと改めて知りました。
2月23日は『富士山の日』。
本に出てくる人物
「まずしい家に」
入門
入門
『ウムー』2部へ続く。
城ヶ島の灯台。
馬の背の洞門(めがね橋)
息子の住む久留和海岸から見る夕陽
同じく久留和海岸から見る影富士
小田原の辻村梅園の梅
箱根湯元の温泉
鐘ひとつ法衣の揺れて春近し 武舟
札納め両眼の達磨横となる 武舟
焚き火して客寄せ女将深大寺 武舟
冬日向いただきますと蕎麦羅漢 武舟
冬日向ごちそうさまと蕎麦羅漢 武舟
