鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
初秋のハイキングは武蔵野の面影を追い、緑の玉川上水の源流歩き。

 
 

「たまには湘南以外で企画してよ」

先輩から痛いところをつかれました。

 

そして考えました。

武蔵野の面影を追いかけて、玉川上水の源流を川沿いに歩きました。



 

まずは小作緑地公園


 

車の来ない道を歩く

青梅線の「小作(おざく)駅」から出発して、最後は二つ隣りの「福生駅」まで。

ゆっくり歩いて、約13キロのハイキングになった。

 

今回は同じ幹事だった佐藤真一さんを偲びながら歩きます。

彼は1年上級で同じ「制作」に所属してラジオドラマのシシナリオを書いていました。

仕事はテレビ朝日のディレクターとして、昼ワイドなどを仕切っていました。

最近は大人しい性格でしたが、頼りになる幹事でした。

ハイキングの下見のよき相棒でした。合掌



 

 

阿蘇神社。

推古天皇9年(901年)創建と伝わる羽村最古の社だ。

地元の方が七五三のお祝いをしていました。代々氏子だそうだ。

仲間は遠巻きにかわいい子供の儀式を眺めていました。

 


 

神社の前で記念写真。


 

すがすがしい風を受けながら、青空一杯の堤防道を歩く。

ここで少年野球を見ながら軽いランチタイム。

 
 

 

羽村堰(はむらぜき)。多摩川からの第一水門(取水口)の構造が分かる。

この「堰」は「投渡堰」と呼ばれ、今も昔も変わらぬ手法で取水が行われている。

 

 

玉川上水は承応2年(1653年)に工事が始まり指揮を取った玉川兄弟は、

羽村から四谷大城戸(現在の新宿)まで約43キロを僅か8ヶ月で完成させた。

 

私はその下流の下高井戸という町で生まれた。桜上水と言って桜の季節は見事な景観だった。

その頃は水流も滔々と流れて、上流ではあの太宰治も身を投げた事で有名な川だ。
 

 

 

玉川を渡って右岸を1キロ戻ると「羽村市郷土博物館」。

羽村と玉川上水の歴史、堰の仕組みが詳しくわかる。

羽村は長編小説「大菩薩峠」で有名な中里介山の生地だ。

羽村堰の近くの水車小屋で生まれたという説がある。
 

 


 

しばらくは玉川上水の流れを見ながら歩く。

 



 

宮本橋まで来ると「田村酒造場」がある。幻の酒「嘉泉(かせん)」の製造元。

タイミングよく酒造りの説明を伺うことができた。

数年前に天皇、皇后が酒蔵を見学されて、オーナーの家で休憩されたと……。

 

 

名誉ある話だと展示館に飾られた写真を紹介してくれた。

 

 

 

前日に作り替えた「杉玉」が青々と下がっていた。

「杉玉」は新種の酒が出来た知らせで新しい杉で作った玉を軒下に下げるのだ。

 

小作駅から多摩川に出て、玉川上水をゆっくりと歩くハイキングは、天気に恵まれて

印象的な歩きになった。

 

 

立川まで移動して予約した店で、おしゃべり&飲食タイム。

いつも集まる常連の仲間は元気な先輩後輩。

何杯も酒をお変わりして、夜の更けるのも忘れたようだ。

 

なお、11回続いた「三崎生活」レポートは、しばらくお休みです。

何か新しい進展があれば、レポート復活します。

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 12:56 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルステイ】第11弾 三崎生活を振り返って考えています。

 


10月14日(日)に三崎港の宿舎を引き払って、腰越に戻り半月が経ってしまった。
 

 


 

 

その間、軽井沢の友人の別荘に泊まり2日間ゴルフをしたり、
 

 

 


 

 

辻堂の「湘南T−SITE」で本を探しに行ったり、

孫の運動会に参加したり、
『食べる女』。映画を見たり、

 

 


 

 

大学のクラブ仲間との武蔵野ハイキングの下見をしたり、

書きおろした著作の読み直しをしたり、

ある大学でラジオドラマのシナリオの講義を受けたり、

ソウル仲間との鎌倉の俳句会に参加したり、

そのあと会社の先輩と深酒をしたり、

仕事場で社長と久しぶりに経営課題を話し合ったり、
 

 

 

川喜多映画記念館で「市川昆監督作品の裏方の方々のトークイベント」に参加したり・・・。

 

三崎の穏やかで物思いに更けた単調な生活と、うって変わってぐちゃぐちゃな生活に戻りました。 

その間、三崎生活のトライアルステイの「日誌」30日分を丁寧に書き込んだり、

ブログ風に写真を張り付けたり、

プロジェクトについての35項目のアンケートに真面目に答えを書き込んでいた。

三崎で出会った方々のことを、しっかりと書き込んだり、

行政については甘口、辛口、提案も含めての返答だった。

 

 この部屋が三崎の書斎。

ブログも書いていた。
もう一つの大事なレポートは「鎌倉から、こんにちは」の【三浦トライアルスティ】の

第1弾から第10弾までのアクセス数を検索した結果を三浦市へ報告した。

7月24日〜11月5日までのアクセス数は(1127アクセス)となった。

一つのテーマで、ここまでアクセスが増えたのは初めてである。

今日以降でも、まだまだアクセスは継続して続いている。

読者のみなさまへ、感謝!

 

三崎で出会った方々を通じて三崎生活の魅力を、もう少し考えてみようと。

後に何かの形になれば、それはそれで素晴らしい事だ。

辻堂の湘南T−SITEも、時間をつくって、ゆっくり行ってみたい。

施設全体が本とお茶のためにある。ゆったりした気分を味わえる空間だ。
 

 


 

 

ここは、三崎の「本と屯(たむろ)」も素晴らしい発想だが、三崎にはない空間だった。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 12:45 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルステイ】第10弾 1ヶ月の三崎生活を堪能しました。みなさまに大感謝です。

 

ある朝、テレビのワイドショーで「三浦市の移住計画支援」のニュースを偶然に見た。

人口流出、空き家問題、商店街のシャッター化など社会的な問題を解決するために、

新たな活動が動き始めたとのニュースだった。

腰越港と江の島、三崎港と城ケ島。冬は温暖な点、魚が上手い点で環境も似ている。

 


 

さっそく、今年度の募集に応募して、7月29日に第3期(移住体験)の狭き門突破の知らせを戴いた。

ソウル赴任以来のひとり暮らしが決まったのだ。

移住体験の滞在の間に、私は何をやろうか。いろいろと考えた結果、三崎生活を楽しむ。

いろいろと会って、しゃべって、また会って、またしゃべる。

その結果、見えてくるものがあるだろう。

9月14日、私の「移住体験」が始まった。

 

【私設移住相談所】

 
三崎銀座商店街
 

三崎銀座商店街を散策すると、かつてテレビ番組で見た「私設移住相談所」の看板があった。

古道具「ROJI」の安原芳宣さんが店の前に座っていた。

簡単な挨拶のつもりが、話が弾み三崎が抱える課題についての情報交換の場になった。

安原さんは昨年までの全3回の「トライアルステイ」の推進者であった。

簡単な情報交換が、きっかけになって町の方々との情報交換が始まった。
 

【CFネッツの倉橋隆行さん】



 

今年から「トライアルステイ」企画の運営をしているCFネッツの社長。

不動産コンサルティング会社として移住体験する家具家電付5物件を提供している。

運営スタッフのおかげで、三崎生活が満喫できた。

倉橋さん自らが横浜からの移住者で、いろいろと町の中で多方面での改革を推進している。

昔の住人からは「倉橋に町が乗っ取られる」との声も。そんなことはないと。

このままで良いと何もしない人と、前に進むために動く人とは天と地の差ができる。

倉橋さんの自著「教訓」を読んだ。不動産業の体験をもとにした実用書。

  1. 環境は自分で作る。
  2. ビジネスはできる人と付き合う。
  3. 若い時の時間は人間力を高めるために使う。
  4. 物事はまず良いか悪いかで判断する
  5. 一歩を踏みこむ経験の積み重ねが差をつける

滞在中に何度か直接お話をする機会を持った。今後もおつきあいが続く方だ。

 

【八木哲夫さん】



 

湘南産業の三代目で84歳、地元で蒟蒻の製造販売している。

三崎港へ下る道に面したお店で会った。

蒟蒻の粉は群馬、埼玉から買い、ここで製造している。

三崎のマグロ全盛時に政府の減船政策で漁師たちは仕方なく船を近くの外国に売った。

韓国、台湾はその中古の船で、当時はマグロ漁を続けて大いに稼いだ。

日本への影響は大きかったし、いまでもその影響は残るという。

マグロの歴史の発端を伺い、それをベースに各方面の方々の情報入手の手掛かりになった。

 

【朝、港を眺める古老から聞いた話】



 

台風がやってくる。ほとんどの漁船が北条湾に戻ってくる。

縦に舫う、横に舫う。どちらから吹く風でも、この湾ではびくともしない、大丈夫なのだ。

ほとんどの船は三宅、八丈で金目狙いの船だ。一時代に比べて船の数は大幅に減った。

昭和の減船政策でほとんど船を海外へ売却したと同じ話を聞いた。

最近は冷凍技術が高まり遠洋漁業が可能になった。個人の力では設備投資が追いつかない。

資金力を持った他地域からの経営者が冷凍技術を駆使して力を発揮。地元漁師は打撃を受ける一方だ。

次世代はここで働かずに都会へ。京急の最終電車は終点が三崎口の後は、三浦海岸、久里浜止まりになる。

親が深夜にそこまで車で迎えに行くが、次第に申し訳ないと次世代は都会に住むことに。

若者にとってここでは仕事が少ない。町の大きな課題だ。

 

【高野厚子さん】

NYの9.11のテロでLAに移り15年の米国生活を経験し帰国。

残りの人生を一人で楽しく過ごしたい。

帰国後ネットで調べて三崎の不動産屋さんに飛び込み、古民家を契約しその日に移住を始めた。
その行動力には驚いた。

そんな移住者もいる町だ。

 

【台風時の市の防災スピーカー】

「台風24号が近づいてきました。危険を感じたらお近くの避難所に避難活動を」

このアナウンスでは、いつどうしてよいかわからない。全国共通の問題。

 

【篠田和也さん】 


 

「蔵でアナゴのてんぷらがないので、キスのてんぷら定食を食べて来た」

「三崎港・蔵」はランチでもマグロ丼などリーズナブルな値段で楽しめる。

観光案内所にふらっと入って来た方だ。地元の一番古い廻船問屋「や印」の社長。

マグロ漁業に関して質問に対して1時間ほど熱心に答えてくれた。

おまけに地名の「花暮」の意味や、「浜流し」の実話を話してくれた。

城ケ島に桜を頼朝が植えて、暮れなずむ頃、こちらの湾から桜を楽しんだ逸話から「花暮」という。

三橋美智也、春日八郎は東北の港町から南へ港を廻り流しで歩いて稼いだという。
三崎堂書店の岩部かづみさん(後述)は、三崎館で幼子の頃、若いころの春日八郎に
抱っこされた写真がある。今、その理由がわかったと言ってくれた。
一方、北島三郎は新宿、渋谷の店を流したことは有名だ。

マグロの完全養殖の話は興味ある話だった。近畿大学の世界で初めての養殖に成功した話など。

この町の人は親切にたくさんの話をしてくれる。

 

【三崎港「蔵」の人々】



 

店長の福本啓太さんは移住者。

「城ケ島遊が崎リゾート」(隠れ家のようなホテル)を社長が社員の反対を押し切って手に入れた。

ホテルの料理を任された福本さんは、次第に週替わりメニューを考えて常連をつかまえた。

黒字経営への陰の立役者だ。


 

中川康太さんも移住者、スタッフとして、いつもお店に出ている。ニコニコ顔が印象的だ。

我々の移住体験者のサポート役でもある。

私のルームのワイハイ環境を瞬時に構築してくれた。これで毎日、PCもスマホも安心して使える。



 

黄川田亨さんも、隣の山田酒店で我々のサポート役で3年前から常駐している。頼りになる人だ。

苗字が読み難いので、みんなと同じように(とおるさん)ですませた。

 

【三崎銀座の三崎堂書店】


 

三浦で新刊本を販売しているわずか2店のひとつ。店主は岩部かづみさん。

「三浦や三崎の本が並んでいませんね」「誰も書いてくれないんですよ」。

店の半分くらいが漫画本。それも全巻そろっている。本の並べ方で疑問を持った。

「昔のマグロ船の船員さんが、長期の漁のために全部まとめて買いこんでくれたの」

コナン、ベルサイユのばら、黒子のバスケ、ワンピースが並んでいた。

「それが、最近は外人さんの乗組員は、漫画に見向きもしないんですよ」

昔は船員さんにH本も揃えていたが、「それは他の店に任せて今は止めたの」と。

この町は本の文化が少し違います。



 

薦められるままに「三浦図書館」へ。三浦関係の書物は、僅か棚一つだけに並んでいた。

三浦市の図書館は鎌倉市、藤沢市、逗子市、横須賀市の図書カード会員は、市同士が連携していて、

それぞれの地域で図書カードで本を借りられることができると初めて知った。

                                                                        

【三浦海岸のナガシマケイコさん】



 

元勤務先の広告会社の営業局員で、三浦マラソンの事務局の定宿だった民宿のお嬢さん。

縁があって三浦マラソンで5年も走ったときには、着替えや荷物保管でお世話になった。

もう35年前後も昔の事。気になって滞在中に消息を求めて訪ねてみた。

民宿のあった辺りは(長島)という苗字ばかりで探しようがない。

交番、近くの長島さんと。やっと近所の洋品店のご主人夫妻が心当たりを思い出した。

民宿のご主人はなくなっているが、弟さん(ケイコさんの叔父)が三浦海岸駅前の(いろは寿司)に居る。

その店のお嬢さんは市会議員の長島まり子さん。ケイコさんの従姉妹だった。

親切な輪で二日後に長島恵子さんと連絡がついて簡単な食事ができた。

いまは有名な作詞家でプロデューサーの(あきもとやすし)さんの専任秘書。すごい!

ここでは善意の人の輪に支えられた。鎌倉や都会ではありえない人情があった。

 

【オーシャン不動産】

 
白地図の部分の多い地図。

親の代からの地元の不動産を引き継いだ二代目社長の勝俣弘文さん。
私の住処のお隣にあるが、なかなかお忙しいようで会えなかった。
ある日、夕方オフィスにいらしたので挨拶をした。
「お住まいを探しているのですか」。
「ここは安くて、良いところというのでは、何もありませんよ」。第一声だった。
不動産に対する考え方は、親の代。子の代で変わってくる。
父親の経営する時代とは状況が大きく変わった。
三浦地区の不動産の課題を熱心に話してくれた。
市街化調整区域。地図を見ると白い部分が大半。家を建てたくても新築は出来ない。
「古い家を改築するのならできますよ」。
行政はどうやって他の地域から人口誘導するのか。行政の課題について聞いた。
いずれ、この地区のことは進次郎さんが考えてくれる。
行政は進次郎の行動力に学べと力説していた。説得力のある話が聞けたようだ。
また、ゆっくりとお邪魔しますと……。店を後にした。

【ミサキプレッソ、ミサキドーナッツ】



 
ミサキドーナツの行列

 

三崎銀座の一角に「ミサキプレッソ」がある。藤沢宏光さん。

10数年前に三崎に移住。しばらくは南青山の音楽事務所へ。

移住から6年目に三崎銀座に「ミサキプレッソ」を開店、一時はコーヒー以外にパスタも作っていた。

その2年後には「ミサキドーナツ」をオープンした。今では三崎マグロ切符のおかげで、いつも満席だ。

音楽関係の縁で「かもめ児童合唱団」の世話役も務めている。

業界ですれ違った関係で、町を変えて行くエネルギーを感じ、今後も交流を続けたい人だ。

 

【本と屯】




 

藤沢さんの関係から「ミネシンゴ」さんを知った。横浜で育って逗子から2年前に三崎に。

ご夫婦で出版社を営む。町の蔵書を楽しんで欲しいという思いから「本と屯(たむろ)」をオープンした。

雑誌、児童書、コミックなど所狭しと並んでいる。
同じく町を変えていく人だ。

移住生活の最終日の数日前に地元の若者10名近くの集まるBBQパーティーに声をかけてくれた。

この歳になっても、新しい仲間に遠慮なく溶け込んでいく自分に驚いている。
この町へのそれぞれの「思い」「考え方」を聞くことができた。


このたまり場の本棚に拙著「鎌倉ーソウル2328キロを歩く」が仲間入りさせて戴いた。

 

【三崎観光案内所】 



 

「三崎観光案内所」をまかされている斉藤富江さん。

澤田痴陶人美術館の1Fの観光案内所と3Fルームの関係で、毎日、三崎の話を聞いた。

とても親切で、人柄も良いので観光客が引いた夕方には地元の仲間たちが立寄ってくれる。

ここで知り合った人は数えられない。いちいち名前も覚えていられない。
夕方にはこんな方も現れる。

地元のピアノの先生であり、毎朝早朝に三崎港から城ケ島まで往復散歩をしている。

三崎港のロータリーのゴミ掃除を20年続けていて、体が健康なのはこのおかげという。

このボランティア活動に対して県警察から表彰状を戴いている。笑顔の自然な方だった。
この観光案内所には、いろいろな人が集まってきた、それぞれの生き方に触れることができた

 

【三浦市役所の担当者】


 

三浦市政策部 市長室の澤口大輔さん。「トライアルスティ」の現場責任者。

いろいろと最初から最後までお世話になった。

出来たら、来年の企画にも呼んで戴きたい。それは、たぶん無理ですね。

まだまだ紹介できなかった方々がたくさんいらっしゃる。
みなさん!また、近々お会いしましょう。

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 12:37 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルスティ】第9弾。いつもの鎌倉歩きの仲間が、三浦にやってきた。

 
 

一度セッティングした予定を私の急な事情で延期した。

私の移住体験の最終日前日に「小網代の森、三崎、城ケ島散策とマグロ三昧」企画になった。

当初、小雨模様の予想が、「晴れ男」現象で小雨模様が曇りに変わり、めでたく実施になった。


 

朝10時半に京急「三崎マグロ駅(三崎口)」に集合。

記念写真を撮ったら、目の前の134号線をすぐに目的地に向かい歩き出した。

引橋のバス停から「小網代の森」へ入る。

何回も鎌倉から134号線を歩き、三崎港までの35キロの歩きを経験しているが、

小網代の森へ入るのは、今回の下見を入れて2度目になる。



 

すぐに整った木道が始まる。おしゃべりをしながらの歩きが始まった。

静かな森の中を歩き、時々鳥の声を楽しむ。天気の心配はない。

森と干潟と海に繋がる約1時間の散策。

一度市街化地域に決まったこの広大な土地を市民が中心になって、

三浦市や京急電鉄に掛け合い、緑の森の保全の協力を求めて調整地域になった。
鎌倉市の広町公園と同じ思想で緑の森が守られた事になる。



 

干潟にはカニや蝶、トンボが生存して、シーズンには蛍が楽しめる。

森〜川〜海のつながりで多くの生き物を育んできたようだ。

 




小網代湾に出た。白髭神社にお参りして、シーボニアヨットハーバーを抜けて、

油壷湾、諸磯湾を眺めながら三崎港へ到着した。

 

さかな館、やさい館のある「うらりマルシェ」のベンチでサンドイッチなどの軽食。

三崎観光案内所で斉藤富江さんの三浦の説明を聞き、2階の澤田痴陶人美術館の案内を受けた。

三崎銀座の商店街散策でスタンプラリーに参加して子ども達はおもちゃを戴いた。

 

 

連絡事務所の「山田酒店」、「本と屯」の前で記念写真。

ちょうどタイミングよく来た城ケ島行きバスに乗り

いくつかのバス停を過ぎて「城ケ島大橋」で降りた。城ケ島大橋は歩いて渡るのだ。

この橋は「三浦マラソンで」何回も走った懐かしい景色だから、仲間にもゆっくり見てほしくて案内した。


 

歩きではマラソンの気分にはならないが、

橋の上から見る伊豆半島、房総半島の遠い風景も楽しめるのだ。

残念ながら今日は大きな富士山は見えない。


 

島内に入り、赤羽根海岸を見下ろしてウミウの生息地を眺める。



 

良く見ると獅子か猿の顔に見えませんか。





そのまま「馬の背洞門」へ降りて記念写真等撮って、

最後は岩浜を歩き最終目的地の城ケ島灯台に到着した。

 



 

バスで三崎港へ戻り、三崎で打ち上げです。

馴染みの「蔵」は横浜のそごうで「京急創立120周年記念企画の「沿線グルメ」で、

三崎では「蔵」が選ばれて、このところ本店は休みなので、

今回で知り合いになった女将さんの「鮮味楽」にお願いしました。

ご覧のようにマグロ尽くしの食事に、冷えた生ビールに、みなさん喜んでくれた。

今日の徒歩の距離は途中バスに乗ったりしたが16キロになった。

 

さて、次回はこのトライアルスティで出会った地元のすごい人、
移住してきた多くの名物の方々に迫ります。

「三浦トライアルスティ」 第10弾。 乞う!ご期待です。

おそらく総集編になります。 
続きがあるとすれば、それは、また時の運になります。

 

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 09:06 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルステイ】 第8弾 3連休の中日、快晴の城ケ島へ散策の下見で歩いた。

 
 

トライアルステイも終了まで残すところ、後1週間となった。

孫の運動会とダブルブッキングになった東京の仕事仲間達との「三浦半島歩き」。

今回は「小網代の森」と「城ケ島」を中心に散策してマグロ料理を味わう企画だ。

3連休の中日で朝から観光客が多そうだ。

 

【三崎朝市】



 

朝7時。朝市へ。

ほとんどのお客は大きな買い物袋を下げて帰りを急いでいる。

なにしろ5時に開場だが、6時前後で売り切れが多発している。

 

先週は空っぽだった駐車場は、川崎、足立、湘南、多摩、山梨、品川、世田谷、

なにわ、千葉と多彩なナンバーの車が並んで、ほぼ満車。

買い物の常連客で賑わっていた。
 

知り合いの売り場もご夫婦がわき目も振らずにお客の対応で大忙しだった。


 

迷惑を考え、声を掛けずに来場の記念に「朝市そば(うどん)」400円をいただいた。

ここでの買い物は一切せずに、アイショッピングだけで済ませた。

基本的には冷蔵庫の整理、外食経験の開始で、ほとんど買い物はしない。

アジの開きを1枚のみ購入。
 

朝市での買い物が終わり。8時半頃の駐車場は横浜ナンバーの車ばかりだった。

 

【城ケ島散策】


 

午後から城ケ島へ向かう。

丁度、城ケ島行のバスが来たので満員のバスに飛び乗った。

しかし、停留所をいくつか過ぎて城ケ島大橋のバス停で下車した。

橋は歩いて渡る事にしたからだ。


 

この橋を何度も三浦マラソンで走った。まだエネルギーは残っていて元気に走っていた。
橋を渡りきったところで約9キロ地点のはずだ。
帰りのコースは少し大回りで約21キロを完走するのだ。

 

坂を下って中央の大通りを観光線発着所あたりで折り返す。良い思い出だ。

 

まず島へ渡り、県立城ケ島公園へ。





 

松林の通りを抜けて一番奥の「安房崎灯台」のある岩場まで長い階段を降りる。

地元の江の島の岩屋へ降りる感じと同じだ。


 

3連休で家族連れが磯で、水辺で、元気に波と遊んでいる。

公園を出て西へ馬の背洞門に歩いている。

 

その時に、三浦海岸で消息を調べていた(長島恵子)さんから電話が入った。

5時に三崎口の駅で会おうと。(このことは、第7弾で詳しく触れています)

 


 

馬の背洞門に降り順番を待って人気の洞門を撮影する。


 

続いて海岸ハイキングコースを歩き「城ケ島灯台」へ。

この地点は、ここまでバスで直接やってくる人も多く混雑していた。

急な約束ができたので三崎港までは、バスに乗って帰る事にした

 

【三崎港「蔵」で一杯】


 

京急120周年記念イベント「沿線グルメ廻り」で沿線の品川、川崎、横浜、

上大岡、横須賀、三浦海岸、三崎口。三崎で選ばれたのが「蔵」。

10日から15日までスタッフが横浜に出向くために三崎の本店は休業。

あわてて二日連続で寄ってみた。



 

一日目は焼き鳥に、あら煮にビール、ハイボール。


 

店長の福本さんとカウンター越しに料理談義をした。

二日目は福本さんや中川さんが準備のために横浜へ行ったきりなので、

カウンターで簡単なつまみに「ミサキ ポート エール ビール」をいただいた。



 

飲み終わると、なんとグラスに泡の輪。エンジェルリンクが出来ている。

きめ細かい泡と、よく磨かれたグラス、上手な飲み方によってできる。
料理がうまいだけでなく、調理場のスタッフの仕事の丁寧さにも感心した。

 

 

三崎生活は、もうわずかになったが、楽しみはまだ続く。

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 15:57 | comments(0) | - | - | - |
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