鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
童心に戻って上野動物園。久しぶりのまだん句会は動物園。シャンシャンも見ましたよ。
『まだん』と言う俳句連があります。韓国駐在時代の『ソウル俳句会』の帰国仲間が中心の会です。
「まだん」とは韓国語で「庭(ひろば)」と言う意味です。
 
今年初めて参加した吟行句会は上野動物園です。
天気予報では、好天の今日は真夏日になるという。
 
我々はパンダのシャンシャン人気で大混雑を予想される表門(東園)を避けて、
不忍池の弁天門(西園)に集合した。
 

 
久しぶりの上野です。まずは上野の山に西郷さんの銅像に挨拶しなくては・・・。
山を登ると何とパイプフェンスが組まれている。
見ると「西郷南洲像清洗式」と書かれている。
年に一度の大掃除なのだ。黒服の紳士たちが式典の準備に邁進していた。
 

 
さて30分も早く集合場所に到着し、不忍池の弁天堂をお参りする。


 
定刻の10時に弁天門から西園に入場。16人の参加者は、65歳以上の入園料300円。
 
池の西側のコースを歩きながら吟行をはじめた。
この池にはペリカン、ニホンコウノトリ、オオワシなどに鴨も居る。
鴨は春になると北へ帰るのだが、一部にはそのまま留まる鴨が居る。
残る鴨には残された哀れさを感じたりする。

 
不忍に残る番の春の鴨  武舟(特選を戴きました)
 
しかし句会で(春の鴨)には残るという意味があり、(残る番)は意味が重なるという指摘があった。
 
不忍の池に番の残る鴨 武舟 
 
「残る鴨」も季語であり、このように詠み変えても少しの哀れさは出るだろうと思います。
 
ペリカンの家族だろうか、数匹が群れを成して同じような動き方をしている。


 
池のほとりの我々に向かってショータイムを愉しんでいるようだ。
 
ペリカンの群れなす列に水温む  武舟
 



 
池の周りには数々の樹木があり、ミズキが目立って花を咲かせていた。
 
風光る並びて競ふ花ミズキ  武舟
 
一つの幹から何本も垂直に枝が付いていて花を咲かせている。奇妙な光景に気が付いた。
 
池の北側にはフラミンゴやハシビロコウがいる。
フラミンゴがご存知でしょうが、ハシビロコウとはなんだろう。



 
中央アフリカに多く生存する鳥で、体長は大きいもので150cmほどになる。
ゆったりとした動きで、しばしば彫像のように動きを止めるため、「動かない鳥」として知られる。
 
私が見たときには羽根を大きく開き閉じるところだった。
一旦閉じたのでカメラをむけて再び開くまで私も動かない、ハシビロコウも動かない。
数分間の意地比べになった。
 
あきらめてフラミンゴの檻に移った。

 
春の昼一本の足なるフラミンゴ 武舟
 



 
(いそっぷ橋)を渡り猿山を見ながら、東園の入り口近くのジャイアントパンダの檻へ向かった。
話題のシャンシャン(香香)は整理券がないとみることができない。
生憎今日の整理券は配布が終わってしまった。

 



父親パンダを見て帰ろうとしたら、なんと檻の奥の垣根の向こうにシャンシャンが見えるではないか。
何枚もシャッターを切った。
全体の姿が見えていたのだが、次第に後ろ姿になったままだ。
句としては(後ろ姿)を詠みました。
 
香香の後ろ姿や春うらら 武舟  三点句(特選一句)。



なんでシャンシャンだけが人気者なんだ。父親パンダは若干ふてくされているようだった。
 

 
今日の上野公園は、小さな子どもを連れた親子連れが、とても多かった。
この家族の光景を見て、80年代に子どもを育てた私達には動物園に子ども連れて行った思い出はほとんど無い。
時代が大きく変わったのか、私たちがあまりにも家にも帰るのを忘れて働き過ぎていたのか・・・。
あのバブル時代の働きすぎの複雑な思いで若い家族たちを眺めて居ました。


 
句会はカッパ橋の近くの江東区生涯学習センターの会議室。


 
句会の後の記念写真。


 
そのあとは会費3500円の懇親会。飲み放題で飲みすぎました。
もちろん食べ過ぎました。
 
ところで、吟行句会のために参加できなかった母校の豊多摩マスターズの東大球場での野球の試合は、
麻布高校を相手に23対5で大勝利。満塁ホームランもあったようだ。あっぱれ後輩野球部員!
今年度の大会の初戦で豊多摩マスターズは初勝利を飾った。大きな成果だ。
次回の試合が楽しみだ。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 21:20 | comments(0) | - | - | - |
いつもの徒歩に合わせて、冗談のように、わずかな字数で「間宮林蔵」を思っていました。

 

  

いつもの徒歩の写真とソウルへの徒歩の旅のシーンのコラージュです。
歩きながら13年前の大変な行動を思い出しています。
間宮林蔵は、もっと大変な歩きで偉業を成し遂げました。


こちらは太平洋。方向が違うので樺太は見えません。


 

間宮隼人は関東に攻め入る豊臣秀吉に対峙した北条軍勢を

海から守る間宮水軍の将であることはあまり知られていない。
間宮林蔵の7代前の先祖に当たります。



  

あの秀吉であれば一夜で城ができてしまったと北条軍勢は思ってしまったのでしょう。

一夜城の戦いに負けた北条方の間宮水軍はぐるりと房総半島を経て一気に常陸国の海岸に船を捨てて、

隼人は筑波郡上平柳村で帰農した。(ここが大事なところです)。



鎌倉からソウルへ続く134号線。海はありますが……。

 

安永9年、なんとこの地の農家に生まれたのが間宮林蔵である。

隼人の7代後の子孫であると前述した。
幼いころから利発な子と言われ、地元では有名であった。

わずか13歳にして役人の下僕として、普請役人と共に江戸に出ることになったのです。

 

 

江戸で測量技術や地図作成術を覚え24歳にして東蝦夷地、南千島の測量に従事し、

その後、海峡地帯を突破して、ついに間宮海峡を発見するのでした。わずか30歳の時だった。

私が鎌倉からソウルまで2328キロを踏破したのは、倍の年齢の60歳の時だった。



 

 


 

 

林蔵は、その功を褒められて役職についた。

私のソウルへの徒歩の旅は外務省の「日韓正常化40周年」の記念行事に認定されたのですが……。

マスコミにも取り上げられて、一人旅が大げさな話になってしまったのです。

 

 

 


 

江戸に戻っての林蔵は、公の職を離れて、
全国を歩き回り異国船渡来の見聞内偵の仕事のために隠密的な生活を送っていた。

晩年は「シーボルト事件」に巻き込まれて表だった役目から離れた。
 

 

一方、伊能忠敬は幕府の命により日本全国を測量し「大日本沿海興地全図」を作成したが、

忠敬の死後も林蔵は地図を書き続け、その日本地図の大半を完成したことは世にあまり知られていない。
 

64歳、江戸の深川でその生涯を閉じた。

 

 

天保15年2月26日の事だ。

今でいう1844年。その100年後に私は生まれた。

 

私は間宮林蔵の子孫かどうかは大きな謎である。

いつかは、その謎を解かねばならない。(続く)

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 14:02 | comments(0) | - | - | - |
4月8日は鎌倉まつりの初日。お釈迦様の誕生日花まつりです。二つの(おまつり)を楽しみました。

 
前日までの強風は、ぱったりと止んで、日本晴れの鎌倉です。
東京の仕事場の若者達とのシーズン歩き。今回は桜をテーマに鎌倉を歩く予定でした。
今年の桜は咲いたと思ったら、一気に散り始めました。
なので、桜を追って歩くのではなく、今まで行ったことのない寺を踏破しようという試みに変えました。
 

 
まずは、若宮大路の鎌倉まつりのパレード。多くの神輿に神楽囃子が続きます。
中には鎌倉の顔見知りの仲間がパレードに出ています。
既に混み合っている道端に「こっちへおいでよ」と坂ノ下の顔見知りの古老が声をかけてくれたりしました。
御霊神社の前に住むイトウさんだ。
「最後から二度目の恋」(フジテレビ)の小泉今日子が住んでいる家の玄関として撮影に家を貸した人。
いきなり勢い良い神輿の行列を愉しみ、その足で極楽寺へと向かいました。
 

 
極楽寺の庭内は、少しだけ桜が残っていました。
 

 
あきらめていた若者達は「あっ、まだ桜が咲いている」と喜んでくれました。
今日はお釈迦様の誕生日。今日だけは、いたるところで花祭りを行っている。


 
お釈迦様の像に甘茶を注ぐのです。私にとっては子ども時代を思い出す懐かしい行事ですが、
この行事を若者女子は初めての事。甘茶も初めて飲むというのには驚きました。これも時代なのかと。

 
甘茶はユキノシタ科の落葉低木、またはウリ科のアマチャヅルの葉を蒸して揉み、乾燥させて煎じた黄褐色の甘い茶と説明書に書いてありました。
 
お釈迦様の誕生の時に甘露の雨が降ったという伝説から(灌仏会)には仏に注いでお祝いする。
4月8日だけのお祭りである。
 
転法輪殿は今日だけご本尊の釈迦如来立像が御開帳になっている。
(写真撮影は禁止されています)
参詣者は珍しいので500円の寄付でみなさんが入場しています。
開山の忍性菩薩の墓(忍性塔)も今日だけはお参りが出来る。
 
こんな事で「内緒にしておきたい鎌倉」をタイミングよく体験できました。


 
山門前で記念写真。今回は少人数でした。




 
普段はスルーする長谷の大仏を、まだ見ていないというメンバーが居るのでお参りします。
高徳院にも散りかけの桜が、まだ頑張っていました。
 
みなさんは20円払って大仏の内部(胎内)に入る体験をしていました。
私もおかげさまで、久しぶりに大仏にお参りが出来ました。


 
午後は朝比奈峠方面にある杉本寺に向かいます。
鎌倉駅から徒歩で20分あまり。
鎌倉最古の寺と言われる。長い階段には白い旗が林立している。
ご本尊の十一面観音像は国の重要文化財。


 
苔の階段は苔寺の風情がある。



 
本殿で参詣した後の、ここでも甘茶の提供があった。


 
最後は浄妙寺。



 
山門を過ぎると、手入れが整ったきれいな庭園が楽しめる。
早咲きのつつじが迎えてくれる。
庭内は紅葉の時も、さぞ美しい庭を愉しめそうである。



 
ここにも釈迦像。
甘茶を楽しんで注いでいます。今日生まれて初めての体験と喜んでいます。
私は今日戴いた甘茶の中で、浄妙寺の甘茶が一番だった。
それぞれ微妙に味が異なりました。


 
奥庭には石窯ガーデンテラス。
ガーデンの庭のベンチで少し休んで、今日の鎌倉歩きはここまで。
五大堂明王院、光触寺、十二所神社は、次回のお楽しみにすることにしました。



 
最後は鶴岡八幡宮内の旗上社の桜を楽しんで、駅前のいつもの「川古江家」で打ち上げ。
 
今日はシニア仲間の参加がなくて、残った若い女性メンバーとなんと4時間も時を忘れておしゃべり。
翌日の仕事も気にしながら、飲んだお酒も・・・。ウィ、ふぅ〜!!
 
今度は紫陽花歩きの約束をして別れました。
| team-mamiya | from-mamiya「鎌倉の話」 | 10:48 | comments(0) | - | - | - |
今年の記念ウォークは、元箱根から箱根旧街道を下る楽しい企画になりました。


毎年3月9日は、「鎌倉ーソウル2328キロを歩く」の鎌倉出発記念日。
2006年から、あしかけ数えて13回目の記念ウォークになります。
当日の天気が小雨模様だったので、通常ならば中止のところを、
今回は新企画だったので、皆さんに図って26日に延期しました。


 
参加者各自、JR小田原駅に11時までに集合しました。
伊豆箱根バスで、箱根町港まで1時間余り乗車。一気に箱根山を登ります。

私の徒歩の旅の二日目は小田原を朝7時に出て、箱根旧街道を箱根峠まで。
昼食のあと三島までの旧街道を下り歩き、三島着は夕方の6時という記録がある。
これでは、あまりに厳しいコースで、とても仲間が集まらない。
逆方向に元箱根から小田原方面に旧街道を下り歩きの企画にしたら、9名の仲間が集まりました。




 
好天の中、観光客で二義合う中お店も混雑している。
並んでいる時間がないので元箱根のコンビニのイートインで軽いランチを済ませて、芦ノ湖畔で記念写真。
午後1時過ぎに小田原めざして歩き始めました。




 
箱根旧街道の石畳は、先日の雪がまだ残っていました。
注意深く歩かないと危険です。



おしゃべりも控えめに慎重に歩きはじめます。



今回は新しいメンバーの参加がありました。私が通うサークルのメンバーが静岡からご家族3人で参加しました
お揃いのファッションで参加しました。お父さんは、先に歩いています。


 
歩いてほぼ1時間、峠の「甘酒茶屋」でひと休憩。


 
陽だまりの中、縁台に座っておしゃべりが始まりました。


 
当時の大名が乗った籠。
籠に乗る人、かつぐ人、そのまた草鞋を作る人
思い出しました。




 
石畳の旧道が続きます。


 
母と、御嬢さんは全く同じ衣装で歩いています。とても仲が良いのです。



 
だれかが、折れた枝を使って金剛杖をつくり、歩きが楽になったようです。


 
たまには公道を歩きます。




 
江戸時代の石畳の表示。
ここまで大八車もつかえない。ここまで早川の石を運んだのだろう。
大変な工事だったに違いない。
どことなく石畳が丸みを帯びていて年月を感じさせます。
どれだけの旅人や通行人が歩いたのでしょうか。


 
もう少し歩こうか。そろそろバスのお世話になろうか。
迷いながら、歩き続けます。
とうとう時間切れもあり、あっさりとバス停で、バス待つ人間に戻りました。


 
今日一日小さなリュックに旅の間つけていたゼッケンを下げました。
箱根湯本まで乗車して、小田急線で小田原まで戻り、目指すは「魚国」。
美味しい酒とうまい肴を求めて、その為に一日歩いてきたような。




 
まずは生ビール。
魚三昧で、楽しいおしゃべりが続きました。


 
最後はお店の前で記念写真。
 
さて、次回の企画は普通ですと、小田原からバスで元箱根まで。
そこから箱根峠を通り、下りの旧街道を三島まで。
三島でうまい鰻で打ち上げでしょうか。
良く考える必要がありますね。
このままでは記念ウォークはソウル到着まで何十年かかるでしょうか。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 11:02 | comments(0) | - | - | - |
母は3月24日に満97歳になりました。あんなに体が弱かった母が97歳。100歳まであと3年。


正月には、母を囲んで鎌倉の我が家で家族(7年前はひ孫まで入れて)13人が集まりした。
上は90歳、下は0歳。大変な食事会でした。
家人の準備、当日の対応の大変さを考えて、妹たちの提案で正月は間宮だけの会にして、
全員集まるのは母の誕生日にどこかのお店で集まろうという事になりました。
今年はちょうど24日の誕生日が土曜日なので、仕事で忙しい孫たち(母にとっては孫)も仕事を休める。
一人を除いて、私達子ども(3人+伴侶1名)、孫(5人+伴侶2名)、ひ孫(2名)に母。全部で14名。


 
地元の知り合いのレストランを借り切っての誕生会になった。
もともと釣り宿(秋田屋)で、1階は創作イタリアンの(鱗亭)。
肉はあまり出ないが、極上の魚が調理される。
カルパッチョ、鎌倉の新鮮野菜の前菜、野菜サラダ、ピザ、パスタ、魚の煮つけ、
デザート、コーヒー。



 ヒラメのカルパッチョ

 鎌倉野菜の盛り合わせ







 
ここで7歳と3歳のひ孫は、普段口にする刺身系(カルパッチョ)も手を付けない。
かつて「お爺ちゃんちは、楽しいけれど食べるものが、ぜんぶ大人系ばかり」と言われたことがある。
急遽、子供用のボンゴレパスタをお願いして、ご機嫌を取り直してもらった。



母も出てくるものは、すべて食べている。





 
母には魚は妹たちが食べやすい大きさに分けて、パスタはショートパスタに。
母は通常はキザミ食なのだが、、ここではみんなと同じもとを楽しんでもらえる。


 
大皿に大きな鯛の煮つけが出てきた。
味付けも口当たりが良い。



結構おなか一杯になりました。懇談が続きます。


 
いよいよ6人の孫達からの花束のプレゼント。ひ孫が代表でひいおばあちゃんへ。


 
花束を抱える母。


 
スピーチは、今年は座ったままで「みなさまのおかげで…(泣き始める)」
「この先も元気にしていきます。よろしくお願いします」。


 
ハッピーバスデ―の歌と共に、お祝いのデザートのキャンドルを吹く。


 
実はこの日は私の次男の誕生日でもあり、
それに合わせて長男夫婦の結婚記念日でもある。
加えて家人の母の命日でもある。
 


今回は室内で記念写真です。Kip君だけがお得意の変顔。
トッキーは、こちらを向かってカメラ目線。

 
今年もめでたく、おいしい誕生会になりました。

 2013年(92歳) 大船の友人のお店「新羅亭」
 2014年(93歳) 横浜中華街
 2015年(94歳) リハビリ入院中
 2016年(95歳) 地元レストラン 「クッチーナ」
 2017年(96歳) 地元レストラン 「クッチーナ」

子ども、孫、ひ孫と一族がみんなが、楽しみにしている母の誕生日会です。


 
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 08:06 | comments(0) | - | - | - |
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