【東日本大震災】
その日のブログ内容の一部です。
夕方東京で大学時代の同期メンバーの会合を企画していました。
福島に赴任しているテレビ局の仲間が週末は東京へ来られるということで仲間6人が集まることにしていました。
午後、いつものとおりフィットネスジムで、1km泳いでから東銀座の仕事場へ。
そして夜は日本橋で会合と。
午後2時46分、横須賀線が急停車、もうすぐ横浜というときに地震に会いました。
急停車した電車が横転しそうな勢いで、かなり長い時間大きく揺れていました。
生まれて初めての体験です。
真っ先に思ったのが、それぞれの家族はと・・・。
約1時間半程度、車内で状況報告を待つだけでした。
ようようはしごで電車を降りて線路伝いで近くの保土ヶ谷駅に向かいました。

向かい側の成田エキスプレスの横をあるいて。
(大きなかばんを持ってこの線路を歩くのは大変だったでしょう)。

保土ヶ谷駅から、最終的には鎌倉の自宅まで徒歩で4時間かかって帰宅。
自分自身は大変な思いで家路についたのですが、
その間、震源に近い宮城、福島をはじめ筆舌に表せない被害が起っていたのです。

やっと我が家に到着(21:01)。一安心。

わたしの書斎はこれだけの被害(?)。
棚の上の徒歩の旅の資料が散乱したまま。

翌朝の新聞のテレビ版。
NHKは白紙の番組表です。
早朝からラジオ、テレビの情報を見ると言葉がありません。
我家でも東京で行う義母の法事は中止で、一日中鎌倉で災害情報を見ながら、
身の回りの荷物をまとめてリュックに詰めて書斎の片隅に常時おいてあります。
その後の日本は、地震、津波、放射能問題と。
未来を思う議論は尽きません。
それ以来、未曽有の状況に面して「自分が出来ること」「自分がすべきこと」。
いろいろと考えて、出来ることから行動した1年でした。
日本が受けた試練、決してこの事実は風化させててはいけない。
これからも、自分で出来ることは何かを考えて行きます。
これ以上のコメントはあえて避けます。
【孫が生まれました。初孫です】

2月8日。三浦海岸駅にある病院で生まれました。
ほぼ平均的な大きさで元気に生まれてきました。
初対面は、やはり感激です。

そして夏には庭で行水を楽しみ、早くももうじき11か月。
感情も表し、掴まり立ち、一瞬の仁王立ちと、どんどん成長します。
孫来る日庭の盥の日向水 武舟

想像以上の「マミ爺」生活です。
かわいいですよ。
【母の一年。2回の入院と10年パスポート、そして個展計画】

母がこの春に満90歳になりました。
少し前から股関節の痛みで歩行に不便さを感じていたために筋力の補正のためにリハビリが必要になり入院しました。
3月8日。大地震の3日前のことでした。
病院に居るということは計画停電からの影響(暗さ、寒さ)も避けられて、むしろ幸運とも思えました。
治療の無い週末は長女の家に一帰宅もできるのです。
『母のコメントです』。
今日は私の誕生日だ。
ずいぶん元気に長生き出来たものだと、改めて子供たちやまわりの人たちの暖かい手助けのおかげだと、
しみじみと感じる気持ちを新たにしている。
冗談のように私の名前(九十代=ことよ)の同じ歳だけ長生きするように、
両親がつけてくれたのかと思うと感謝に耐えない。
これからも元気をモットーにやって行きましょう。


3月24日。午後から長女、次女と病院に集まり、ささやかな誕生会を行った。
手製のお赤飯とお祝いのケーキ。
入院から半月ほど、リハビリのおかげでだいぶ歩行が楽になったようだ。
そして連休を前に4月29日に50日の入院生活を終えて無事退院できました。
ところが秋に大腸の関係で緊急手術をして、一命を取り留め約2か月の入院生活を経験しました。
今はすっかり元気になり、一緒に正月を向かえるべく鎌倉の私の家にいます。
しかし2か月の入院生活で足が弱り、せっかく春にリハビリ入院したのですが、歩行の力が弱りました。
我が家の階段にも急遽、日曜大工仕事で手すりを付けました。
5月にパスポートを更新しました。
「5000円しか違いがないのなら、せっかくだから10年のパスポートが良いわ(笑)」。
近々鎌倉で『九十歳の九十代展」という「布の貼り絵」の久しぶりの個展を準備しています。
明るい未来に向けて、いつまでも楽しんでください。
【誕生!「にわっとり音頭」】
【にわっとり音頭】 作詞:間宮武美 作曲:森ミドリ 唄:美咲
昨年八ヶ岳農場の食材で作った駅弁「八ヶ岳農場 鶏めし にわっとり」。
読者の皆さんはよく覚えてくれましたね。
音楽家でチェレスタ奏者、原村仲間の森ミドリさんが作曲。
お囃子には篠笛奏者の松尾慧さん。
唄は地元のシンガーソングライター・美咲さん。
(この歌を唄うときは、芸名はココ・美咲)。もちろん冗談です。
6月には八ヶ岳農場で収録イベントをしました。
原村讃歌で八ヶ岳讃歌、大げさに言えば「村おこし」
そのために著作権登録せずに、皆さんが自由に楽しんでいただけるようにしました。
(一) こっこ こっこ こっこ こっこ
こっこ こっこ こっこ こっこ
ここは信州八ヶ岳 (あぁ よいっしょ)
ここは信州原村の (あぁ よいっしょ)
今朝もにわとり元気よく
農場狭しと放し飼い
うんだ玉子は7000個
おいしい鶏めしにわっとり
おいしい鶏めしにわっとり
モウモウメェ〜メェ〜コケコッコ
流れ流れる気をあびて
八ヶ岳農場 春がくる
ハラムラハラムラハラムラ
あぁ よいしょよいしょ よいしょよいしょ
(二) こっこ こっこ こっこ こっこ
こっこ こっこ こっこ こっこ
ここは信州八ヶ岳 (あぁ よいっしょ)
ここは信州原村の (あぁ よいっしょ)
今朝もにわとり元気よく
緑あふるる高原で
とりじゃがだんごネギソース
おいしい鶏めしにわっとり
おいしい鶏めしにわっとり
モウモウメェ〜メェ〜コケコッコ
流れ流れる雲見あげ
八ヶ岳農場 夏がくる
(*)くりかえし
(三) こっこ こっこ こっこ こっこ
こっこ こっこ こっこ こっこ
ここは信州八ヶ岳 (あぁ よいっしょ)
ここは信州原村の (あぁ よいっしょ)
今朝もにわとり元気よく
澄んだ空気に青い空
セロリ赤いも仲間入り
おいしい鶏めしにわっとり
おいしい鶏めしにわっとり
モウモウメェ〜メェ〜コケコッコ
流れ流れるせせらぎに
八ヶ岳農場 秋がくる
(*)くりかえし
(四) こっこ こっこ こっこ こっこ
こっこ こっこ こっこ こっこ
ここは信州八ヶ岳 (あぁ よいっしょ)
ここは信州原村の (あぁ よいっしょ)
今朝もにわとり元気よく
木の葉舞い散る農場に
おいしい鶏めしにわっとり
おいしい鶏めしにわっとり
人参ごぼうのキンピラで
モウモウメェ〜メェ〜コケコッコ
流れ流れ星空に
八ヶ岳農場 冬がくる
(*)くりかえし
地元マスコミも大きく記事にしたり放送してくれました。
「信濃毎日新聞」「長野日報」「諏訪市民新聞」「LCVテレビ」とおもな地元マスコミが全員集合してくれました。
まさに呉越同舟の取材合戦。
夏の間は農場のスピーカーから元気よく、歌声が流れていました。
おかげで本当に楽しい歌になりました。
【提案営業力養成講座】
足かけ6年も続いている「宣伝会議」の広告営業職養成講座。
ここにいる若者ではありませんが、
業界の不景気もあり採用の窓口が少ないこともありますが、
最近の若者達の広告業界への熱心な気持ちが希薄になってきていると気になります。
それでも受講生の30%以上は女性の受講者です。
女性としての生活者の視点が求められる化粧品、食品、ファッションの仕事は、
やはり女性の担当者が一番です。
ここにいる受講生とは違いますが、最近の若者にとって広告業界は憧れの対象ではなくなったと感じます。
営業職養成講座の12期生を前にモチベーションアップを狙いで、勢いよくしゃべっています。
宣伝会議とのご縁で始まった東銀座にある「広告制作会社」(110名)に参加して1年。
当初顧問で始まった会社との関係が、2年目に入り社長からの要請でさらに重い役柄になりました。
週4日ほど出社して戦略会議、営業会議、プレゼンに加わり、
広告会社との新しい関係づくりにも参加しています。
宣伝会議の講座でも元勤務先で学んだことを、いま100人の会社で実践し直し教室で話しています。
やはり現場感覚が一番ですね。
初期に比べて、さらに説得力のある講座になったと自負しています。
業界の若い人と一緒に現場を共有しているだけで、お蔭さまでこちらも若返ります。
「もう結構です!」と言われるまでは宣伝会議では教壇に立ち、また会社では後ろから応援し続けます。
【とある銀座のバー】

元勤務先を退社してからも季節ごとに何年もご挨拶を戴くお店があります。
つい最近、あまり懐かしいので電話をして立ち寄りました。
ママの「F」さんが昔のように暖かく迎えてくれました。
26年前(1985年)に得意先の洋酒メーカーの「ウィスキー復活」の論文大会で、
見事に入賞したお祝いに上司の重役が1本のボトルをプレゼントしてくれました。

キープボトルのタグラベルには「若者の心をつかむプロジェクト」という私の論文タイトルが書かれています。
ママはそのタグラベルを今でも大事に保管してくれていたのです。
ウィスキーのボトルは何度も空きましたが、最近はなかなか中身が減りません。(トホホ)。
しかし大事にしていただいたタグラベルに書かれた「若者の心をつかむ」。
今でも私の心の中に大事にしてしまっています。
Fママ、ありがとう!!
【「青少年写真文化交流展示会」と「子どもたちの撮った「鎌倉」「安東」写真展」】

「鎌倉安東友好交流会」「安東鎌倉友好協議会」で共同開催の写真展が【安東芸術の殿堂】(ギャラリー)で開催されました。
タイトルは「第1回青少年写真文化交流展示会」。



鎌倉市と安東市は「面掛行列」が【安東国際仮面舞フェスティバル】に参加したり、
「河回(ハフェ)伝統仮面劇」が【鎌倉まつり】に参加したり、4年間にわたり文化的な交流を続けて来ました。
今回の友好交流イベントは伝統文化を通じての交流から、視点を変えて「子どもたちの写真展」を企画しました。
【子供たちの撮った「鎌倉」「安東」写真展】に出展された作品数は、
鎌倉は「最優秀賞、優秀賞、入賞 50点」「佳作21点」。計71点
安東は「最優秀賞、優秀賞 入賞 50点」「佳作45点」。計95点
関係者として石渡前鎌倉市長、金暉東(キム・ヒドン)前安東市長は事務局の私も出品しました。
そして鎌倉では安東から15名の会員を迎えて、年明け1月に開催です。
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タイトル:【子ども達の撮った「鎌倉」「安東」写真展】
日時:2012年1月17日(火)〜24日(火)
時間:11:00〜18:00
(初日は13:0から、最終日は16:00まで)
会場:鎌倉芸術館 ギャラリー2
主催:鎌倉安東交流会
後援:鎌倉市教育委員会、鎌倉市観光協会
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1月17日(火)は午後5時からオープニング式典(開会式と表彰式)。
学校を終えた子どもたちを迎えて行います。
松尾鎌倉市長(予定)、市関係者、議員さんや観光局会会長など多くの関係者がお祝いしてくれます。
もちろん安東からの15名のお客様も一緒です。
平日の夕方ですが、お近くに方々は是非とも会場へおいでください。
日韓の委員会メンバーがお待ちしています。
都市提携(パートナーシティー)の実現もまじかになってきました。
足かけ6年の交流の成果がじわじわと迫ってきました。
【父の年齢を越えました】

10月18日は父親の29回目の命日です。
享年:67歳2か月5日。父の生涯です。
最近、私は父の生きた生涯年齢を超えることが出来ました。
ひとりの男として、とても複雑な思いです。
父は亡くなる前の2年間は病院の入退院を繰り返していました。
あの豪快な父が、どんどん痩せ、元気がなくなってゆくことを寂しく見守っていました。
それに引き替え、私は、
「八ヶ岳農場を愛する会」や「鎌倉安東友好交流会」のボランティア活動。
東銀座にある「広告制作会社」での若者たちと過ごせる毎日の仕事。
「宣伝会議」「マスメディアン」での業界講座、業界セミナーの講師活動。
年に何回かの週末の「隠れ家」へのドライブなど・・・。
最近、時にはうれしい「マミ爺」生活もあります。
お蔭さまで、私は元気に毎日を過ごして行くことが出来ます。
思いのまま元気に過ごせる肉体を与えてくれた両親に感謝します。
もうしばらくは「アジ、さば、回遊魚」楽しみたいと思います。
さて、来年はどんな年になるでしょう。
「間宮さん、来年も良い年になりますように」と。
「良い年にするのは、君たちだよ!」と若し社員に叱咤激励で応えました。
もちろん私も「良い年に・・・」。目指します。