鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
心は野球少年。最高は古希の選手もいる豊多摩マスターズ。

  

 

「マスターズ甲子園」とは、全国の高校野球OBが、世代、甲子園出場・非出場、

元プロ・アマチュア等のキャリアの壁を超えて出身校別に同窓会チームを結成し、

全員共通の憧れであり野球の原点でもあった『甲子園球場』で、

白球を追いかける夢の舞台を目指そうとするものだ。

 

都立豊多摩高校野球部OB会も活動の一部として「マスターズ甲子園」に

2014年に単独チームとして参加し、すでに4年が経った。

今年の東京地区は我々のブロックの日大二高、武蔵、中大付属の4チームを始め、

強豪の修徳、日大二高はじめ全東京で23校が参加している。

 

 

初戦は対中大付属が相手だ。

朝9時半から立川の日大二高グランドで対決した。

昨年まで、わずか1勝しかしていない。

なんとか初戦はモノにしたい。

勝てなかった時の負けていた悔しさと、勝ちを知ってからの負けの悔しさは

余りにも違う。メンバーにもその悔しさがあるはずだ。

そして、全員が勝つために立ち上がり動き出した!

今年は、予選リーグ2勝し、決勝トーナメントに進出し、優勝して甲子園を目指したい。

決して夢ではない。

 

 

ピッチャーの好投、バッターの粘り強い選球眼、バッティングはジャストミートが多い。

守備も内野ゴロは安心、6−4−3のダブルプレイも危なげなく見せてくれた。

外野フライは、すべてナイスキャッチと申し分ない。

打って良し、守って良し。いつの間にかそうなったのか。

 

 

硬式ボールの練習場は確保に難しい。

一昨年から新しい発想で軟式野球を取り込んだ。

元勤務先の後輩が所属する軟式リーグ「タヌキリーグ」への参加だ。

砧球場か世田谷球場で週末のナイターも参加が可能だ。

砧が主戦場なので「タヌキ」なのだ。

試合ルールは面白い規則で、いったん後退した選手も、再度出場できる。

打順は9番までだけでなく何人でも打席に立てる。

つまり全員がバッターボックスに立てる。

 

 

このメリットは監督の水沢さんが先輩後輩の選手の戦力把握ができる。

選手は野球を楽しめて、全員が野球勘を取り戻せる。

 

 

熱心な後輩が別のところでの早朝のグランド確保でチーム練習の機会を作った。

場合によっては紅白戦もできる。

そんな経過でマスターズの試合に集まってくる仲間が30人前後になった。

試合は、前半は35歳以下が中心、後半は35歳以上で試合を行う。

最近は35歳以上になっても試合が前述の理由でボロボロにならない。

 

 

水島監督と有望選手の黒田君の誕生日にわがチームは3対16で初戦を飾った。

 

 

次の試合は6月9日(日)朝8時半に江戸川球場で日大二高と当たる。

ぜひとも試合に勝ちたい。

 

 

ここまで書いている私は、すでに硬式野球は無理。せいぜい軟式野球がいい所。

なんせ、往年の三塁手の私は、守備位置のサードからファーストまでボールが届かない。

左側の吉田君は唯一の現役選手だ。

豊多摩マスターズでも、母校の六大学OB戦で神宮球場でも投げている。

 

後輩の野球少年たち、がんばれ。私は写真班で頑張る。

よろしく頼む。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 13:51 | comments(0) | - | - | - |
天皇陛下のお出まし。生まれて初めての一般参賀。進んで止まっての繰り返し。

 

今年はめずらしい初めての体験が続く。

英国人とドイツ人のお客様の鎌倉ご案内。

先週はハンセン病の療養所の訪問と吟行句会。

今回は令和の御代に初めての皇居の一般参賀に参加した。

令和が我々にとって良き日になることを祈り、生まれて初めての一般参賀だ。

 

 

鎌倉をほぼ始発に近い電車で東京へ向かう。

7時半に皇居到着。すでにたくさんの人が行列を成している。

 

 

まず皇居外苑で列の最後に並び少し進み、じっと止まる。しばらくして少し進み止まる。

この繰り返しが続く。周りの人と何気ない軽いおしゃべりが始まる。

だんだん外気温が上がってくる。人ごみの中で上着が脱ぎにくい。

 

 

セキュリティーのテントの前。空港と同じように厳しい手荷物検査。

そのあとは空港同様のボディチェック。

 

 

 

この後は番号ごとのグループになりじっと待つ。看板は5番だ。ここが我慢のしどころだ。

皇宮警察から熱中症を避けるために水分を取るようにと…。しかしトイレの問題がある。

開門時間が早まり910分に動き出した。

我々の5番も、やがて皇居正門から入場、なだらかな坂を人波につながって歩く。

 

 

お堀の向こうの遠くに二重橋を歩く行列が見え始める。すでに10時前。

一回目のお出ましの時間が近づいている。まだ宮殿までは少しありそうだ。

私は2回目の11時のお出ましには間に合いそうだ。進んでは止まるの繰り返し。

 

 

二重橋を渡るときに下の方を見ると皇居広場に大勢の参賀客が見える。

 

 

宮殿東庭へ門をくぐると、あの初めて見る長和殿が見てきた。

 

 

すでに前庭には、たくさんの参賀客が並んでいるが、人の流れに乗って前に進む。

あのお立ち台のガラスのお部屋のほぼ真ん前で止まり、自分の参賀の位置を確認する。

お出ましまで、まだ40分もあるが、じっとしてカメラテストなど準備。

大きなスクリーンの案内文は日本語、英語、中国語。韓国語はない。

 

 

場内アナウンスとともに定刻、私たちの前に天皇陛下、皇后陛下がお出ましになった。

秋篠宮皇嗣他、皇族の方々が色とりどりのカラフルなドレスで並ばれた。

 

 

周りでは「天皇陛下万歳」の声が聞こえ、日の丸の小旗が降られて、

ちゃんとお姿が拝見できない。

一斉にスマホなどのカメラの手が上がる。

案内役の声に続き陛下のお言葉があった。

あっという間に、おでましの時間が終わった。

 

 

次回のお出ましのために更に前に向かう方がいるが、

私は人の流れについて坂下門方向へ下った。

生まれて初めての一般参賀は長い時間待って、あっという間に終了した。

 

 

朝7時半から11時半まで4時間の人生初めての宮中参賀だった。

拝殿の真ん前に行けたのは幸運だった。

しかし、日の丸の小旗とカメラを撮る両手でほとんど陛下が………。

でも令和最初の貴重な体験だった。

 

 

多分、これからは自宅のテレビで一般参賀を拝見することだろう。 

なので、次なる人生初めての体験、または令和初めての体験を考えたい。 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 19:15 | comments(0) | - | - | - |
この療養所に入るとハンセン病患者は一生外部に出られなかった。

 

「今日の吟行句会を企画した幹事は偉いわね。花鳥風月でなく、ちゃんと生と死を考えている」

早朝出かける私を玄関で見送り、家人はひとこと言った。

 

『まだん』という俳句連がある。『ソウル俳句会』の帰国仲間が中心の会だ。

「まだん」とは韓国語で「庭(ひろば)」と言う意味になる。

 

 句会の幹事の貫(ぬき)韓山先生。

 

今日の吟行句会は西武線沿線の清瀬にある「国立ハンセン病資料館」のある『多摩全生園』。

この療養所はハンセン病患者の収容施設だ。

 

 

らい病は今や死語になったが、昔はハンセン病患者は一度療養所に収容されると、

一生そこから出ることはできなかった。

 

ハンセン病は感染力が弱く遺伝もしない。今では適切な治療で完治する病気だ。

平成8年の「らい予防法」廃止まで、国の隔離政策が続き差別と偏見を助長してきた。

設立時は武蔵野の雑木林が生い茂る中、東京ドーム8個分の広い園内は3万本の樹木がある。

あまり、よく知られていないが、ここには、とてもむごい歴史が刻まれている。

患者の居住地の周りには深い堀が掘られ、内側はその土で盛り逃亡を防止した。

居住地の周りには、いまは背の高くなった樫の木が植えられている。

 

 

 

園内には静かな街並みの中、教会、お寺、神社と、いかなる宗教も受け入れた地区がある。

 

 

には風呂の設備や、いまは使われていない図書館もある。

ハンセン病は、現在は治療法も確立されて、早期発見と適切な治療で、

後遺症を残さずに治すことができる。

 

 

しかし、今なお、ハンセン病の後遺症などで療養所に居住している方が相当数居住しているという。

 

 

住居には政治家のポスターなどがあり、ある意味で生活感もある。

 

 

春の日差しの中、介護スタッフに守られて散歩されている方を見ると、

母の高齢者ホームの施設を訪問したような錯覚を覚える。

 

ハンセン病資料館の中は、むごい生活を表現した模型や、患者をサポートする器具など展示してある。

すべて撮影禁止になっている。

 

親や兄弟と一緒に暮らすことができない。

実名を名乗ることができない。

結婚しても子供を産むことができない。

一生療養所から出て暮らすことができない。

死んでも故郷のお墓に埋葬してもらえない。

 

むごい歴史包まれたハンセン病療養所の資料館を訪ねた。

 

 

近くには面会人の宿泊所もあった。

ここの電話ボックスには、電話機がまだ残っていた。 

 

 

平成8年に「らい予防法」は廃止されたが、まだ問題はいろいろと残っている。

複雑な気持ちを感じながら資料館を出て、参加者全員で記念写真。

句会場へ向かった。

 

 

私の気持ちに重なった仲間の句を勝手に選んでみた。
見送りはここまでとあり樫若葉 
癩という一生ありし新樹かな

命継ぐ蒲公英の絮天高く

望郷の丘にさまよふ黒揚羽

樫の木に悲しき話若葉風

絶望の中で生きるや春の果て

捨てられて故郷遠き赤つつじ

全生園歩む患者に若葉風

電話無き電話ボックス黙の春

積年の怨みをはらむ梅古木

なりんぼうは今無き言葉春の風

 

 

緑立つメタセコイヤは秘話語る 武舟

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 15:38 | comments(0) | - | - | - |
鎌倉に桜が咲きはじめるとにぎやかな「鎌倉まつり」がやってくる。

 

年の鎌倉まつりは、4月14日から21日の間に開催される。

 

 

初日は若宮大路でのパレード、ミス鎌倉のお披露目、舞殿における静の舞が繰り広げられる。

地元の腰越では義経にご縁のある満福寺で地元の方々による「義経祭」が行われる。

最終日の21日には鶴岡八幡宮の境内で「流鏑馬」が行われる。

このイベントは復興支援事業になっており、観客席450席を3000円で購入できる。

 

 

2009年の鎌倉まつりでは、パレードの先陣を切ってパートナーシティを、

目指している韓国の安東市の仲間たちが行進した。

「韓国河回(ハフェ)仮面劇」のメンバーだ。

サムルノリの打楽器の音色に合わせて、いろいろなお面が登場したのだ。

 

 

行進の後、彼らは鶴岡八幡宮の境内で伝統的な「韓国の仮面劇」を、

たくさんの聴衆の前で演じてくれた。今となっては、懐かしい出来事だった。

 

 

今年はうっかりして、パレードの開始時間が早まっていることに気がつかなかった。

鶴岡八幡宮についたら、すでにパレードは解散して、法被姿の参加者たちは帰途に就くところだった。

 

 

この写真は、かつて「鎌倉プロモーショナルフォトコンテストに優秀賞になった作品だ。

『赤だ!そのまま止まれ』。パレードのフィナーレの一コマ。鳶職による梯子の演技だ。

優雅な鎌倉の景色ばかりの参加作品の中で、ユニークな作品と審査委員長から評された。

グランプリにも匹敵するほどだと。(ならば、せっかくなので、そうして欲しかったな)

そんな思い出にあふれる「鎌倉まつり」。

 

天気が良いので、そのまま午後から行われるミス鎌倉のお披露目だけ付き合った。

市政80年という割には、観光協会は力が入っているのかどうか。

観客の数は、いつもより少ない。なぜだろう。

市の広報の問題なのか、毎年、判でついたような、まったく同じ企画だからなのか。

まったく、工夫が感じられないと思わざるを得ない。

 

 

 

 

20日の土曜日は地元の腰越で「義経祭」。

平家を滅ぼして凱旋した源義経は、頼朝の命に背いたというの理由で鎌倉入りを拒まれた。

腰越の満福寺で頼朝へ対して鎌倉入りの許しを乞う「腰越状」を書いて頼朝の怒りを解くことに努めたが許されずに、逆に追われる身となった。有名な話だ。

 

 

腰越の龍口寺から腰越の電車通りを経て満福寺迄のパレードだ。

地元の高校や中学の吹奏楽団を先頭に、ミス鎌倉を乗せた乗り物。

いつもはN社の真っ赤なオープンカーなのだが、ある騒ぎのために自粛で借りることができない。

ならば、流行りの人力車にでも乗って、パレードに参加すればよいのにと思った。

 

 

義経姿の松尾鎌倉市長、地元の議員さんたちも法被姿で行進。

最後は地元腰越小学校の子供たちの「よさこいキッズ」たちの踊りが続く。

 

最終日は、やはり日本晴れなので、鶴岡八幡宮の「流鏑馬」に出かける。

少し出遅れたが、地元マスコミの撮影場所の近くになんとか陣取れた。

ナイスショットが期待できる場所だ。

1時間余の迫力ある名場面が始まった。

 

 

ナイススポットだが、馬のスピードとシャッターチャンスがうまく合わない。

スマホの連射撮影など駆使したり、数年間で撮りだめした中から名場面を紹介します。

 

話が変わるが鎌倉市の観光客は、年間2000万人。地元に落ちるお金は平均で3500円。

オリンピックが近づき、外人の訪問者が増えている。課題が山ほどだ。

街のインフラから考え直さないと、京都のように日本人の観光客に敬遠されることになる。

さぁ〜、どうする。

| team-mamiya | from-mamiya「鎌倉の話」 | 10:57 | comments(0) | - | - | - |
さば街道の小浜に行った。「さば街道」を歩くのではなく、「さば街道」を書いたからだ。

 

 

『かにかくに』という同人誌がある。

「かにかくに ひとはいふとも若狭路の後瀬の山の後も逢わむ君」坂上大嬢

万葉集に残る若狭の歌二首がおさまっている。

「かにかくに」とは、とやかく、あれこれ、いろいろ、という意味だ。

 

毎年春になると新宿のデパートで福井県物産展が開催されている。

「田村長」の田村仁志さんを、陣中見舞いがてら恒例の一献の夜が来る。

「今週中に原稿を書かねばならないんだ」酒席で言った。重ねて、

「間宮さんも、何か書いてよ」という流れで、急に寄稿することが決まった。

締め切りまでわずか3日しかない。

 

『日本のさば街道。韓国のさば街道』というタイトルで、

韓国にも日本と同じ「さば街道」があることを、広告会社の韓国赴任中に知った。

という書き出しで、約2000字ほどの原稿を寄稿した。

 

 

その同人誌第7号の発刊を祝う懇親会にわざわざ行くことになった。

小浜には「鎌倉−ソウルの徒歩の旅」でお世話になった方が、たくさんいるからだ。

久しぶりに会えたらうれしいなという気持ちで、すぐに参加を申し入れた。

 

 

二年ぶりの小浜駅。

前回は一昨年の5月GWの「さば街道根来峠越え」の京都まで一泊二日の歩きだった。

 

 

小浜駅前の「れんが亭」というビジネスホテルは、歩きのイベントごとにお世話になる宿だ。

 

 

懇親会までは時間があるので「田村長」のある和泉町商店街を訪問。

 

 

海辺の「若狭おばま食文化館」に行く。

食に関する展示物がたくさんあるのだ。ほんとうに久しぶりだ。

 

 

階の温泉で若狭湾に沈む夕日を拝むことにした。

 

 

湯につかり、いい気分になって、近くの懇親会の会場へ向かった。

なぜか私は同人誌の寄稿者として、今宵はゲスト扱いになっていた。

 

 

海の幸の寄せ鍋。茶碗蒸し、アマダイ、ホールの会長の手打ちそば。

食べきれないごちそうである。

 

ゲストスピーカーとして(私とさば街道との関わり)を、お時間いただきお話しした。

「鎌倉ーソウル2328キロを歩く」(講談社+α新書)を読んでくれた方もいる。

購読希望者の方は、その場でキンドルなど電子ブックを買ってくれた。ありがたい。

 

 

幹事さんが二次会もセットしてあった。

私も初対面の地元の方と打ち解けて飲んでいる。

 

 

地元の「ザ・ピーナッツ」のデュエットも飛び出した。

 

 

私も乗せられて何年ぶりかでカラオケ「北の旅人」を歌ってしまった。

まさしく「北陸の旅人」だ。

 

最後は円陣になって乾杯だ。

 

 

記念写真は撮ってもらったが、どなたがどの名刺かわからない。

ものの勢いというやつだ。

 

 

翌朝は元勤務先の後輩(朝倉君)とあった。

彼は10年前から地元にUターンで戻って、観光促進のプロジェクトの仕事をしている。

ようよう、結果が出てきたそうだ。

 

朝倉君が私と小浜(さば街道)のメンバーを結び付けてくれた。

おかげで、何年も続く「さば街道」イベントに結びついたのだ。

ほんとうに朝倉君のおかげだ。

 

 

帰りの電車の時間まで、彼の案内で近くの神武寺の桜を楽しんだ。

今回は、本当に小浜の仲間に、お世話になった旅であった。

ありがとう!

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 17:10 | comments(0) | - | - | - |
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