鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
最近、地元の生活で、心がけている数々のエピソードです。

 

若いころの坂の登り方は見よう、見まねで、誰でもが少しでも上を目指して坂を登っていくことが出来た。

しかし、この年代になり一度登った坂の下り方は、だれも教えてくれない。

人それぞれの下り方を見つけないといけないのだ。

坂を下りながら、日常の広告人生活で経験した毎日を思い出し、駆け上がっていた頃の数々のエピソードの記憶を蘇らせながら、坂を下ってくるのも捨てたものではない。

執筆中の作品のあとがきだ。

 

最近、この著作の出版が決まり、編集部とのやり取りの毎日を過ごしている。

三年近く右往左往して書き下ろしてきた作品なので、ほぼまるごと内容は採用されている。

現在は(て、に、を、は、誤字、脱字)の類の修正中だ。

後はノンフィクションなので実名の方に、内容の再確認をしている。

その反応が楽しく勇気づけられて、新たに加筆したりしている。

あっという間に時間が過ぎていく。これも楽しい。

 

 

夏の間は、起き抜けの朝のウォーキングで、午前中から書斎か、

 

 

近所のファミレスにパソコン持参で文章作成を心掛けた。

そして夕方からは、近所の銭湯でサウナを楽しむ。帰宅して飲むビールがうまい。

 

 

最近はだんだん陽が短くなってきたので、朝のウォーキングを夕方のウォーキングに変えた。

海辺を歩くと、秋のつるべ落としのように、西の空が真っ赤に染まり、雲が芸をしている。

 

 

一日中机に向かっていたので、夕方ウォーキング。

海に出ると、大きなワニが口を大きく開けて何かを狙っている。

サーファーのみなさん!気を付けて!

 

フェイスブックで、たわいの無いヒトコトをアップした。100に近い(いいね)を戴いた。

 

 

この半年間、朝食はキャベツの千切り、さいの目にしたタマネギを炒めて、目玉焼きを乗せ、

マヨネーズ少々に、軽くソースをかけた糖質制限食を続けている。

 

 

昼は普通にサンドやラーメンで適当に糖質を取っている。

 

 

夜は適量の酒(ビール、ウィスキー)に肉、魚、野菜で納める。

このところ、お米は食べるのは、外食以外は家では極めて少ない。

これで体重が3キロ弱減った。念願の減量ができたのだ。

なんといってもヘモグロビンAICが7を切って6.5も切り始めた。

こんな素人療法が血糖値に良い効果をもたらしたのだ。

「その辺で止めておいて、低血糖も困るので」と医者に言われた。

 

余談になるが、毎年1123日、全国の神社において新嘗祭が行われる。

天照大御神はじめすべての神様に新穀をお供えして、

神様の恵みによって新穀を得たことを感謝するお祭りだ。

新嘗祭のうち新天皇が即位して最初のものを大嘗祭という。

 

神道の我が家では、大津米の新米を用意してあったので、我が家流の新嘗祭を行った。

ひさしぶりの米、それも新米。

 

 

佃島で求めた昆布とワカサギの佃煮、錦松梅を添えての新米は、あまみを抑えたおいしさだった。

久しぶりに米のうまみを感じた。

なにも足さない。なにも引かない。そのものの味を楽しんだ。

 

東京の仕事場に出かける回数も激減したので、鎌倉の秋を楽しんでいる。 

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 17:44 | comments(0) | - | - | - |
KOBSハイキングは混成チームで豊洲新市場見学から佃島、月島と秋の一日散策。

 

恒例の大学のクラブ仲間との秋のハイキング企画。

今回は1年後輩の豊洲市場内の「センリ軒」3代目店主の川島進一君のお世話になった。

 

 

 

「センリ軒」は大正3年創業の築地市場の老舗の市場では有名な喫茶店だ。

お寿司屋が多い中で唯一のコーヒー、サンドウィッチ、シチューが戴ける店で、

マスコミにもよく取材されている人気店だ。

最近は豊洲移転に伴い豊洲にも築地より少し大きめの店を出したのだ。

 

彼は毎朝3時に息子(4代目店主)と豊洲店に入り、早朝4時には開店、昼過ぎまで営業している。

早朝は市場関係者が主なお客だが、豊洲店は観光客で行列になる。

 

川島君が都の職員による市場案内係を準備してくれた。いいハイキング企画になりそうだ。

 

ところが多くの元気な常連参加者が、最近の連続大雨で行事が延期されて、

このハイキング企画に参加できなくなった。

朝になって4名が体調不良で急遽欠席となった。20名参加が15人近くに減ってしまった。

いつもの元気なハイキング仲間を誘っておいてよかった。

 

 

市場は朝が早いので、新交通ゆりかもめ「市場前」駅改札に10時集合。

「センリ軒」の川島君に挨拶して市場内見学だ。

 

 

 

都のスタッフが水産卸市場を観光客が入れない場所の見学を含めて、水産卸売り場棟をくまなく案内、屋上緑化広場まで2時間近く案内していただいた。

 

 

 

その後、環状2号線から豊洲大橋をわたり、晴海運河、朝潮運河を眺めながら歩く。

 

 

トリトンスクエアにある「さくらの散歩道」のガーデンで軽いランチ&おしゃべりタイム。

大学のクラブと地元仲間との交流タイムになった。

雲を突くような高層マンションの真ん中に、緑とテーブルとベンチは、ほっと息をつける空間だ。不思議な情景が続くのだ。

ランチの後は朝潮運河の佃水門を過ぎ相生橋を渡ると、すぐに古い町並みの佃3丁目に到着する。

佃島だ。

 

 

石川島重工が移転した後に大川端リバーシティーとして再開発され、立ち並ぶ木立を抜けると佃公園、住吉神社、灯台、渡し舟の桟橋跡がある。

ごく狭いエリアにひときわ過密な人と人の暮らしぶりが見え隠れする。

 

 

 

その中にわずか3軒だが老舗の佃煮屋が残っている。

私は食品添加物の含まれていないことを確認して、お土産に佃煮を100gの3点を購入した。

どっしりとした結構なお土産になった。

 

 

この地域は、ほんとうに高層マンションと古い町並みが交差する都会の不思議な空間だ。

 

 

近くの月島のもんじゃ通りの一角に、会社時代の後輩の家族の店がある。

現役時代によく宴会などでお世話になった「もんじゃ勝どき」。

ここを貸し切り、打ち上げをさせて頂いた。

今日の参加者は、シニア(半分以上が後期高齢者)にも関わらずよく飲む。

飲み放題にして助かった。

 

 

 

ここで解散したが、私も含めて数名は夜の新橋の地下街バーでハイボールとワインで1時間の延長戦。

 

 

今週は前号にアップしたように原村500km往復旅行、孫の七五三で回転ずし60皿食事会。お皿の数は息子たちとのお酒も含まれる。

そして前日の学園の創立86年記念パーティーに評議員として来賓で招かれ、たらふく飲ませて頂いた。

 

今朝の出がけに家人の見送りの声は、

「あなたはスケジュール入れすぎ。少し年齢を考えて行動すれば。転ばないように。良い一日を」

ありがたい一言だった。

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 13:10 | comments(0) | - | - | - |
ひさしぶりの原村。仲間のお墓参りの後は、懐かしい気分で仲間と飲んだ。

 

「八ヶ岳農場を愛する会」の高橋農場長が農場を引退したので「高橋さんを囲む会」と名称を変えた。

まずは、諏訪湖を見下ろす友の眠る慈雲寺へ向かう。

3連休の初日、少し時間をずらして我が家を出発。

いきなり圏央道に入ると中央高速の八王子ICまで渋滞20キロ。

ヤバイ(本来的な意味)!

新東名に逃げた。正解と思う間もなく御殿場まで20キロの大渋滞。

大井松田からの左車線がリニューアル工事の影響で封鎖されている。余計に渋滞だ。

既に集合時間が迫っている。現地の友人に集合時間の変更をお願いした。

目的地に着いたのが2時間半遅れ。雨続きの連休が久しぶりの晴れた3連休。

かるく考えすぎで侮どってしまった。信州は紅葉の時期でもあるのだ。

 

 

慈雲寺は鎌倉ともご縁があり、落ち着いた枯山水の庭の一角に原村仲間(広瀬さん)が眠っている。

今回も放研の仲間「愛する会」会長の小林節子さんに、放送作家の野田英夫さんが一緒だ。

 

 

信州を訪問するたびにお参りをすることにしている。

 

 

原村へ向かう前に諏訪大社下社(春宮)に近接の「万治の石仏」を訪ねた。

 

 

宴会が始まる前に節子さんの家で一休み。

 

 

夕方からリングリンクの隣組に新しくできた「MICハウス」が今日の宿だ。

 

 

オーナーのMICさんが今日の宴会料理を準備してくれた。

 

 

誕生日を終えたばかりの高橋さんが主賓として、

「ここが一番うまいんだ」と、最初に鯛の頭に手を付けた。

原村仲間の(さんどりよん)の山中さん、写真展を手伝ってくれた清水さんも参加してくれた。

目の前の大型テレビではラグビーの決勝戦を映している。

それを傍目に、話題はどんどん、あれこれとエネルギッシュに語り合い、あっという間に深夜になった。

 

 

この若い女性オーナーは地元育ちで、日本で初めてのペンション村の一角にバーコーナー付きのペンションを設けた。

通常のペンションはB&B(宿泊と朝食のみ)だが、MICはB&D&B(宿泊と居酒屋的ディナーにバー)の組み合わせになる。

 

 

死んでも朝食は出さない!それもそうだ深夜までバーにお客がいる。朝食づくりは無理だ。

地元育ちのオーナー人気で仲間がお店に集まってくる。

 

 

ペンション村に新しいネットワークの姿を感じた。

棚には私も知っている名前のキープされたボトルが並んでいる。

なかなか、ペンション村では見ない風景だ。

 

 

翌朝は、そういうわけで、目の前の「原村カフェ」で節子さん、野田さんと3人でモーニングだ。

これもペンションとカフェとの新しいコラボレーションだ。

高橋さんからはお土産の野菜がたっぷりと宿に届いていた。

山中さんのペンション(さんどりよん)に少しのつもりでお邪魔したら、何やら会議風な会話が始まった。

八ヶ岳農場の今後の生き残り、八ヶ岳自然文化園の新しい工夫に学ぶ、原村ぺンション村の今後と……。

「八ヶ岳農場を愛する会」の知恵を集めて、話は「原村の未来の宝探し」につながった。

気が付いたら2時間以上、マスコミ出身の4人の仲間の情熱に満ちた議論が続いたのだ。

「お腹がすいたね。行ったことのない話題の蕎麦屋に行きたい」と山中さん。

1台の車で30分近く走ったが、連休中の中日、名古屋など遠くから来た車で満車。

別の空いている店に変えて、また議論。

 

 

もう一人の原村仲間の昭恵さんは(とれとれの)ほうれん草をお土産にと家で待っている。

野菜のお土産を遠慮なく車に積んで、午後3時過ぎに中央高速に乗った。

はじめはスイスイ走っていたが、大月付近でふたつの事故の影響で、

結局は復路も通常の2倍の時間がかかってしまった。

しかし、久しぶりの「八ヶ岳農場を愛する会」の同窓会は、脳の新鮮な活性化に役立った。

 

 

来春の雪が解けたころに、また同じメンバーで集まろう。それまでは元気でいようねと別かれた。

| team-mamiya | from-mamiya「原村のイベント」 | 16:52 | comments(0) | - | - | - |
秋になると運動会で忙しい。忙しいけれど楽しい。晴れたらいいな。

 

 

幼稚園の(年中)さんと(小学校3年生)になった孫がいる。

二人とも家の中ではゲーム好きのやんちゃな男の子だ。

 

 

上の孫にある時、

「おじいちゃんの腰越の家はオセロやレゴがあって楽しいけど、料理は大人系だからな」

と、言われたことがあった。ドキッ!

以来家人は、大人系料理に加えて鶏のから揚げ、ポテトフライ、私は薬味なしの肉だけの餃子づくりを試みたりした。

最近は冷静な少年になり、当たり前に(べったり感)はなくなった。一人の少年へと歩み始めた。下手なことは言えない。気を遣う。

下の子は、顔を合わせると「おじいちゃん」と、まだなついてくる。

道を歩いていても、「クルマだ」というと、しっかりと手をつないでくる。かわいい盛りだ。

二人の孫は、当たり前だが、とても仲がいい。

私には男兄弟がいなかったので、うらやましい思いで眺めている。

 

 

自分の二人の息子の運動会に言った思い出が、あまりない。入学式、卒業式の参加した思いも少ない。

「当り前じゃない、仕事最優先だったからね」家人の一言だ。

時代が違うとはいえ「運動会なので、会社休みます」とは自分でも言わなかったし、部下に申告されても、いい顔はしなかった。

 

 

爺婆になって、必ず時間を作って運動会や文化祭には参加している。

孫の運動会では男親の多いことに驚く。保護者全員がスマホをもって、わが子を撮影している。

下の子は上の子と同じ曲で「お遊戯」をしている。「かけっこ」「つなひき」「ゆうぎ」「たまいれ」とプログラムを送ってくれるので注目する時間が、よくわかる。

玉入れはどこに居るかわからないが、たぶんこっちだなと思い大きな声で応援している。

幼稚園の園庭は小さいので、孫がどこにいるか、よく見える。

 

 

 

小学校の場合は、そうはいかない。1年生から6年生まで大きなグラウンドでの競技だ。

なかなか、孫がどこにいるかはわかりにくい。

 

 

上の孫の出番は「ダンス(Hero)」「障害物走」(競)の字がない。個人だからだ。

「綱引き」「団体競技」(ここには「競」が付いている。団体だからだ。

その都度、観客席を離れてグラウンドに近いところで写真が撮れそうな場所移動する。

全員同じ運動着に赤白の帽子。見分けがつかない。唯一運動靴の色を追いかけることになる。

やっと撮れたカットを紹介する。

 

 

幼稚園の運動会は午前中で終わるので、一緒に近くのお好みの食堂へ行きランチを済ませる。

 

 

小学校の運動会は午後まで続くので校庭の隅に手作りのお弁当を広げて輪になって食べるのだ。

とにかく良い天気に恵まれて、幸せ感のあふれた運動会が終わるのだ。

とにかく帰りのバスでは居眠りするほど、心地よい疲労感を覚えて帰宅することになる。

 

 

近々、下の子の七五三を迎える。

お兄ちゃんの紋付き袴のサイズ合わせをしている。

鶴岡八幡宮での行事に、今から楽しみな爺さんなのだ。

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 22:38 | comments(0) | - | - | - |
日吉で50年記念イベント、新宿で10年記念イベント。すべて積み重ねの結果ですね。

 

 

10月20日の日曜日は、朝から日吉キャンパスに向かった。

母校の「連合三田会」が行われるのだ。

卒業生(三田会会員)15000人以上が午前午後に集まってくるイベントだ。

クルマや海外旅行の豪華賞品が当たり、有名タレントの公演や有名選手のトークショーもある。

 

 

そこで行われる記念式典に卒業50年の我々は「塾」から招かれた。

 

 

受付でご招待がわかる名札カードや特製クォーツ時計などの記念品を戴いた。

会場の日吉会堂は卒業50年(110三田会)以外にもたくさんの三田会会員で満席状態だ。

開会宣言に続き、塾旗登壇、掲揚、「慶応讃歌」「塾歌」斉唱。

 

 

スクリーンには今回のスローガンである伝統と革新をテーマに

「Legacy&Future」=共に讃えん社中の絆=

 

 

福沢諭吉先生の大きな肖像画を背景に長谷山塾長の挨拶だ。

ラグビーW杯やオリンピックを例に挙げて数々の卒業生のスポーツ界での活躍を讃えて、

最近オックスフォード大学を訪問した時のエピソードとして。

「私たちの大学は良い学生と良い先生で成り立っている」との学長の言葉に対して、

「私たちの塾は良い学生と良い先生、それに良い卒業生に恵まれている」と返したという。

 

 

この後「若き血」「丘の上」斉唱で30分の式典は終了した。

「丘の上」は早慶戦(慶早戦)に勝った時にだけ歌い、「塾歌」は酒を飲んだら歌わない。

厳しいルールだ。

各三田会では乾杯の前にしか歌わないというエピソードもあるくらいだ。

 

 

続いて日吉キャンパスの中央にある大学食堂棟で学部別の懇親会が用意されている。。

ここで多くの友人たちと出会うことになる。

50年ぶりに会う仲間もいる。

 

 

 商学部M組、

 

片岡ゼミ(マーケティング)、放送研究会の仲間たちだ。

 

 

この会場でも塾長などの祝辞があり、応援指導部の指揮のもと「塾歌」「慶応讃歌」「若き血」を、

ワグネル・ソサエティー男性合唱団のリードで歌った。

今日はお酒を飲んでの「塾歌」も特別に(あり)だった。

懇親会の後は放送研究会の仲間と軽くいっぱい飲んで解散した。

 

この後は、新宿に移動だ。

豊多摩高校野球部OB会の創立10周年を祝う会が待っている。

「クルーズクルーズ」というコンテンポラリ―ダイニングで、個室パーティー、マイク、映像やベランダもついている店を予約してある。

ご招待の歴代の監督4名を含めて、卒業3期から一番若い70期までの仲間約80人が集まった。

70年の歴史の中で我々の15期は、ほとんど上から数えて7番目だ。

 

 

会場には歴代のユニフォームなどが展示してある。

一番古いユニフォームで15期はグランドで吠えていたのだ。

 

 

驚いたことに開会の辞の後にすぐ集合記念写真。お帰りまでにプリントで受け取れるサービスだという。

 

 

五代目会長の谷中さんの開会挨拶、祝辞、乾杯に続いて、一番上の池田初代会長(3期)のお祝い演目「かっぽれ」が始まった。

机上のプランでは(どうかな)と思ったが、おめでたいイベントの開幕にぴったりだった。

中でも各年代が登壇して自分の時代と野球部をテーマに、簡単な挨拶が大いに楽しく受けた。

 

 打者は吉田、次打者が私。神宮球場だ。

 

中学でどこ守っていた?との先輩の声に「サードです」に

「ちょうどよかった、サードは空いている」ということで1年生からレギュラーになれたとコメントした。

たった18名のチーム。都立受験校の野球部では不思議な話ではない。

高校3年でキャプテンになり、当たり前のように大学入試の準備は遅れた。

当然のように浪人。人より多い2浪だ。

今は60人ほどの部員になっている。かなりすごいチームになっている。

 

 

夏の大会の西東京でベスト8になった監督の挨拶の裏話が興味あった。

淡々とコメントする姿に好感を持てた。

平岩先生(監督)、ありがとう。

増島先生(助監督)、ありがとう。

 

 

 

ちなみに、この10周年イベントのスローガンは、昨年、広報担当理事の私の急ごしらえのアイデア。

「今も夢追う豊多摩球児 笑顔で迎える10周年」

スローガン通りに豊多摩野球部史上初のベスト8になった。

 

 

 

そして若いメンバーが、たくさん参加してくれた。

 

 

〆の言葉は前会長で今でも6大学OB戦で、神宮球場で投げている吉田前会長の閉会挨拶だった。

 

 

最後はいつものように慶応応援指導部で鍛えた15期の鬼頭君のエールで終わった。

楽しい3時間のイベントは和やかなうちにあっという間に終了した。

 

朝11時半から、1時間の異動を挟んで18時半まで、よく飲んだ。。

午前も午後も節目の記念イベントで楽しく、満喫した一日に感謝です。

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 16:22 | comments(0) | - | - | - |
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