鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
朝の気温は23度。歩くのにもってこいの季節になりました。

 
 

穏やかな朝の海です。
朝の気温は23度。歩くのにもってこいの季節になりました。

この夏は異常な暑さと、ひざの具合が悪く、しばらくウォーキングはサボっていました。

早速、坂道専門の七里が浜の住宅地を中心に歩きます。



 

いきなり浜上山の住宅街。坂道を上がります。




 

住宅街を抜けると134号線に抜ける下り道。

 

 

鎌倉高校前駅の手前で地元の「毎日歩き」の太田さんに久しぶりにお会いしました。

少し雑談タイムです。

 

太田さんは高度成長とバブルの頃の有名商社マンで退職して既に20年。

韓国への出張も多く話が通じます。

雨でも毎日歩くのです。継続は力だと、いったん止めると続かないので毎日歩く。

一日1万5000歩目標。(約10キロですね)

20年で記録によると1億1700万歩、歩いているそうです。

最終目標は1億2000万歩。あと300万歩です。一日1万歩でも300日。

太田さんは歩いた距離よりも、歩数が大事なようです。

私は「鎌倉ーソウル2328キロ」。歩数より距離を頭に入れます。この違いです。

大事なのは歩数です。ソウルへの旅の合計歩数はどうなるのでしょうか。

著書では毎日の距離の合計は計算されていますが、毎日の歩数の合計は記録されていません。
機会があれば80日分の歩数も計算してみます。
毎日の歩くコースは変えているようです。
稲村ケ崎往復、手広往復、新林公園往復、江の島往復とバリエーションを変えています。

 


 

こちらは鎌倉高校前駅をさらに七里ヶ浜駅にむかい。

途中から階段道を住宅街に上がります。坂、坂、坂です。




 

江ノ島の見える丘に来ます。

最近、右側の白い家の方とも知り合いになりました。





 

坂を下りてくると鎌倉高校前駅の踏切です。


 

『スラムダンク』で有名になったこの踏切は台湾の方に取っては聖地です。

午前中から毎日たくさんの観光客で大混雑になります。
きわめて危険な状態です。


 

この坂は日坂(にっさか)と言って、坂名の由来については、

鎌倉時代の武将・新田義貞が鎌倉攻めのおりにこの坂道を通ったことから

「新田坂」と名付けられたのですが、いつの頃からか、

それが「日坂」と変わっていったというのが有力説です。

 

なお「日坂」という名前については、この坂道が南に向いて日当たりがよいことから

「日の坂」と書いて日坂となった説が有力です。
また、坂道を歩いていると、山を掘って交通路として開いた切通し独特の景観も楽しめます。

ここは有名な鎌倉の七切通しとしては数えられていませんが、

新田義貞が生きていた時代から存在する古くて由緒ある坂道であることは確かなことでしょう。

 

 

この日坂を腰越中学校方面に下っていくと、もうじき我が家です。

約5キロですが坂道が多くて、脚に負荷がかかり、いいトレーニングになります。

 


という事で明日は、「セーリングワールドカップ江の島大会」でにぎわう江の島へウォーキングします

江の島の白灯台までは、ほぼ7キで平坦な道です。
今日は歩き終わっても、膝は痛くなりません。
この調子で、改善されると良いのですが……。 

 

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 13:15 | comments(0) | - | - | - |
「私の企画案がまずかった。ごめんなさい」。たった5人のハイキング。でも充実した歩きでした。



「私の企画案がまずかったんです。ごめんなさい」。

横須賀駅に集合した大学のハイキング仲間への第一声だった。

今日は晴れた!恒例の初夏のハイキング。しかし、通常は20名前後の参加者が居るのだが、

翌週末の「放研三田会総会」が続き、2週連続の放研三田会のイベントが重なり、

常連メンバーも含んで多くの不参加者が出たのだ。

生憎、幹事のひとりが健康上の都合で、私が一人幹事役で立ち回ることになった。

結果的には2人の当日キャンセルも含めて今回のハイキング参加者は私含めて5名になってしまった。

今回は横須賀の街散策で、海を渡り無人島の猿島散策も楽しもうという企画だ。


 

駅前のヴェルニー記念館の見学からスタートだ。

横須賀造船所を建設したフランス人のヴェルニー氏の功績を称えて、蒸気を動力としてハンマーを,

持ち上げ落下させる大きなスティームハンマーの陳列が楽しめる。

明治初期に導入したようだ。



 

次にランチでにぎわうまでには、ちょっと早いが「どぶ板横丁」を散策。

シンボルのTシャツも売っている。


 

徒歩30分で三笠公園に到着、日露戦争で知られた戦艦「三笠」の前に東郷平八郎司令長官の像がある。

早速5人の記念写真だ。逆光の割には良く撮れた。


 

11時半の連絡船に乗り、猿島を目指して船は進む。

かつては軍の要塞として使われた猿島は、今では豊富な自然と歴史的な建造物が残された無人島だという。

BBQを楽しむ家族連れ、若者たちで浜は賑わっている。


 

Welcomeの桟橋に降りて、さっそく島の中心部、旧要塞施設が並ぶ切通しを抜けて,
島の中央部へすすみます。




フランス積みの煉瓦造りのトンネルがある。中には砲台地下施設がある。



 

山の頂上にある司令塔施設に繋がる階段。



 

続いて砲台跡に繋がるトンネル。島の中には4,5か所の砲台跡がある。


 

海をバックに砲台跡で記念写真。


 

この後30mも下る階段を降りて、日蓮洞窟を見学する。蒸し暑い中、汗ダクダクの見学だった。



 

この後、島の中心部の散策路を下ったり登ったりで観音崎が望める広場でひと休憩。


 

向こう岸の山の上には防衛大学が見える。


 

乗船前に海を覗くと、本当に澄んだ海岸だ。思わず泳ぎたくなるような気持ちにさせる。


 

2時間ほどの猿島散策を楽しみ、船上のさわやかな風に吹かれて三笠桟橋へ戻る。

島の連絡船の最終便は5時である。

『もしも乗り遅れた方は連絡ください。その場合は別途料金を戴きます』

横須賀市の条例で猿島には泊まることは出来ない。火器の持ち込みもできない。
BBQなどは島の管理下で行う。
中には悪質な連中もいると聞き、その場合は警察が出動するか、
連絡船会社の場合のチャーター船手配はペナルティーで、
約8万円の請求のケースもあるという。

 


 

この後、横須賀中央駅を抜けて「自然・人文博物館」で、横須賀で化石が見つかったナウマンゾウの
骨格模型などを見学し、懇親会の店に向かった。



最後の中央公園に登ることは、パスして生ビールが早く飲みたいと。

 

約11キロの徒歩のハイキングの後はうまい魚と冷たい生ビールで、
時間の立つのを忘れるように、楽しい打ち上げになったことは言うまでもない。
昨年の秋のハイキングは秋の台風の影響で、前日に中止決定だった。
梅雨の合間の長雨の中、わずかな一日だけのの快晴。我々5人にとってはラッキーな一日であった。

 

次回は参加者が20名復活のコース案を考えてある。

武蔵野の玉川上水沿いを歩く企画で、今日のように登り坂、下り坂のないコースになるはずだ。

乞う!ご期待だ。

 

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 14:30 | comments(0) | - | - | - |
角を曲がると、旅がはじまる。知らない道歩きました。

 
 

平日の朝、湘南は朝から日本晴れ。早速短パンで歩き始めました。

今日は、坂道中心に歩くので七里ヶ浜住宅街を歩きます。

134号線を七里ヶ浜高校とプリンスホテルの間の坂道から上ります。

振り向くと青い海が見えます。


 

日蓮の雨乞いの池の前に来ました。ここから住宅街へ急な坂道になりますが、

いつもは通り過ぎる左の道へ入ります。


 

「角を曲がると、旅がはじまる」永六輔さんの言葉だ。


 

ここは車や人通りの少ない登り坂が続きます。


 

ひたすら上ります。

「この先行き止まり」が気になりますが、歩いているには関係ないでしょう。


 

まだまだ登ります。ここに生活しているお年寄りはどうしているのでしょう。


 

急な階段を降りると、江ノ電の側道。いつもの道にでた。

すぐ近くの細い生活道路を、踏切を越えて登ります。


 


 

階段をゆっくり上ります。

陽のあたる坂道。(石坂洋次郎の小説)石原裕次郎が主演の映画。

この道は少しイメージが違います。

 

右手には太平洋が見えます。


 

電信柱には七里が浜2丁目とあります。いずれにしても近くの町内には違いない。


 

いつも住宅街に出て来た。


 

アジサイが咲き始めています。


 

目の前は、いつもの江の島。白灯台が見える。

家から白灯台まで往復1万歩。7キロの場所だ。


 

海が開けて見えます。朝陽の中で好きな場所のひとつです。


 

見おろすと134号線の走る海。


 

坂を下ると鎌倉高校駅。


 

踏切にはどこかの国の観光客がたくさん集まっている。

住人には大変迷惑な話だ。

 

しかし、私がソウルに住んでいた頃は日本からオバチャン達が「冬のソナタ」の

人気場面の高校の正門に、このように平日もたくさん集まってきたことを思い出す。

歴史は繰り返すのことわざの通りだ。気にしない、気にしない。

 

さぁ、シャワーを浴びたら東京に出かけるぞ。

 

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 14:02 | comments(0) | - | - | - |
一人でハイキングの下見。迷った挙句に横須賀の街散策、海を渡り猿島へ。

 
 

大学のクラブ、放研三田会のハイキング。昨年の秋のハイキングは雨で中止。
半年ぶりのハイキング企画になります。今回は幹事団の事情に寄り、下見から幹事は私が一人です。

あっちにしようか、こっちにしようかと散々迷った末に「横須賀の街」にしました。


 

JRの横須賀駅を降りると、目の前はもう横須賀軍港。大きな軍艦が見えます。



 

ヴェルニー公園の木道を歩くと桟橋越しに「横須賀製鉄所(現在の横須賀造船所)」が見えます。

対岸に開けるドライドッグは、当時は欧米先進国にも負けないもので、

現在も現役の造船所として利用されている。



 

平日の午前中の「どぶ板通り」は、人通りもなく、シャターがまだ締まっていて、静まり返っている。

大きなエキゾチックな看板。

更に進むと米軍横須賀基地のゲート警備室を横目に、更に歩くと三笠公園に着く。

戦艦「三笠」のある広場には東郷平八郎司令長官の大きな像が我々を迎えてくれる。



 

この三笠は日露戦争で一躍世界的にも知られる軍艦で、

戦艦そのものが博物館になっている。本番の時には内部に入ることになるでしょう。

 

 

三笠公園から海を眺めると、少し先に緑あふれる島が見える。




 

東京湾に浮かぶ唯一の無人島「猿島」だ。かつて「東京湾要塞」のひとつで砲台や弾薬庫、司令部などが置かれていた。

船で10分ほど乗ると、周囲1,5キロの島に着く。ここで島一周の散策とランチを予定している。

今日は、雲行きが怪しいので、猿島の下見はパスする。
 

案の定、一転黒い雲が現れて、雷と同時に大粒の雨になった。

下見を休止してラーメン屋に飛び込んだ。
ざっつと一雨過ごすと、晴れ間が見えたので横須賀中央駅の北側にある「中央公園」に向かった。

横浜市自然・人文博物館の見学をする。


 

ナウマンゾウの化石や、大きな水槽の中には35年前に相模湾で捕獲された
ミツクリザメの標本が展示されている。



 

江戸時代の両市の生活がジオラマ風に展示されている。

天気が良くなったので中央公園に行ってみた。

横須賀市街が一望でき、海には猿島も見える。




 

中央公園を下ると、懇親会場が待っている。本番では仲間と共に海の幸を肴に楽しい一献が待っている。

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 16:39 | comments(0) | - | - | - |
いつもの徒歩に合わせて、冗談のように、わずかな字数で「間宮林蔵」を思っていました。

 

  

いつもの徒歩の写真とソウルへの徒歩の旅のシーンのコラージュです。
歩きながら13年前の大変な行動を思い出しています。
間宮林蔵は、もっと大変な歩きで偉業を成し遂げました。


こちらは太平洋。方向が違うので樺太は見えません。


 

間宮隼人は関東に攻め入る豊臣秀吉に対峙した北条軍勢を

海から守る間宮水軍の将であることはあまり知られていない。
間宮林蔵の7代前の先祖に当たります。



  

あの秀吉であれば一夜で城ができてしまったと北条軍勢は思ってしまったのでしょう。

一夜城の戦いに負けた北条方の間宮水軍はぐるりと房総半島を経て一気に常陸国の海岸に船を捨てて、

隼人は筑波郡上平柳村で帰農した。(ここが大事なところです)。



鎌倉からソウルへ続く134号線。海はありますが……。

 

安永9年、なんとこの地の農家に生まれたのが間宮林蔵である。

隼人の7代後の子孫であると前述した。
幼いころから利発な子と言われ、地元では有名であった。

わずか13歳にして役人の下僕として、普請役人と共に江戸に出ることになったのです。

 

 

江戸で測量技術や地図作成術を覚え24歳にして東蝦夷地、南千島の測量に従事し、

その後、海峡地帯を突破して、ついに間宮海峡を発見するのでした。わずか30歳の時だった。

私が鎌倉からソウルまで2328キロを踏破したのは、倍の年齢の60歳の時だった。



 

 


 

 

林蔵は、その功を褒められて役職についた。

私のソウルへの徒歩の旅は外務省の「日韓正常化40周年」の記念行事に認定されたのですが……。

マスコミにも取り上げられて、一人旅が大げさな話になってしまったのです。

 

 

 


 

江戸に戻っての林蔵は、公の職を離れて、
全国を歩き回り異国船渡来の見聞内偵の仕事のために隠密的な生活を送っていた。

晩年は「シーボルト事件」に巻き込まれて表だった役目から離れた。
 

 

一方、伊能忠敬は幕府の命により日本全国を測量し「大日本沿海興地全図」を作成したが、

忠敬の死後も林蔵は地図を書き続け、その日本地図の大半を完成したことは世にあまり知られていない。
 

64歳、江戸の深川でその生涯を閉じた。

 

 

天保15年2月26日の事だ。

今でいう1844年。その100年後に私は生まれた。

 

私は間宮林蔵の子孫かどうかは大きな謎である。

いつかは、その謎を解かねばならない。(続く)

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 14:02 | comments(0) | - | - | - |
今年の記念ウォークは、元箱根から箱根旧街道を下る楽しい企画になりました。


毎年3月9日は、「鎌倉ーソウル2328キロを歩く」の鎌倉出発記念日。
2006年から、あしかけ数えて13回目の記念ウォークになります。
当日の天気が小雨模様だったので、通常ならば中止のところを、
今回は新企画だったので、皆さんに図って26日に延期しました。


 
参加者各自、JR小田原駅に11時までに集合しました。
伊豆箱根バスで、箱根町港まで1時間余り乗車。一気に箱根山を登ります。

私の徒歩の旅の二日目は小田原を朝7時に出て、箱根旧街道を箱根峠まで。
昼食のあと三島までの旧街道を下り歩き、三島着は夕方の6時という記録がある。
これでは、あまりに厳しいコースで、とても仲間が集まらない。
逆方向に元箱根から小田原方面に旧街道を下り歩きの企画にしたら、9名の仲間が集まりました。




 
好天の中、観光客で二義合う中お店も混雑している。
並んでいる時間がないので元箱根のコンビニのイートインで軽いランチを済ませて、芦ノ湖畔で記念写真。
午後1時過ぎに小田原めざして歩き始めました。




 
箱根旧街道の石畳は、先日の雪がまだ残っていました。
注意深く歩かないと危険です。



おしゃべりも控えめに慎重に歩きはじめます。



今回は新しいメンバーの参加がありました。私が通うサークルのメンバーが静岡からご家族3人で参加しました
お揃いのファッションで参加しました。お父さんは、先に歩いています。


 
歩いてほぼ1時間、峠の「甘酒茶屋」でひと休憩。


 
陽だまりの中、縁台に座っておしゃべりが始まりました。


 
当時の大名が乗った籠。
籠に乗る人、かつぐ人、そのまた草鞋を作る人
思い出しました。




 
石畳の旧道が続きます。


 
母と、御嬢さんは全く同じ衣装で歩いています。とても仲が良いのです。



 
だれかが、折れた枝を使って金剛杖をつくり、歩きが楽になったようです。


 
たまには公道を歩きます。




 
江戸時代の石畳の表示。
ここまで大八車もつかえない。ここまで早川の石を運んだのだろう。
大変な工事だったに違いない。
どことなく石畳が丸みを帯びていて年月を感じさせます。
どれだけの旅人や通行人が歩いたのでしょうか。


 
もう少し歩こうか。そろそろバスのお世話になろうか。
迷いながら、歩き続けます。
とうとう時間切れもあり、あっさりとバス停で、バス待つ人間に戻りました。


 
今日一日小さなリュックに旅の間つけていたゼッケンを下げました。
箱根湯本まで乗車して、小田急線で小田原まで戻り、目指すは「魚国」。
美味しい酒とうまい肴を求めて、その為に一日歩いてきたような。




 
まずは生ビール。
魚三昧で、楽しいおしゃべりが続きました。


 
最後はお店の前で記念写真。
 
さて、次回の企画は普通ですと、小田原からバスで元箱根まで。
そこから箱根峠を通り、下りの旧街道を三島まで。
三島でうまい鰻で打ち上げでしょうか。
良く考える必要がありますね。
このままでは記念ウォークはソウル到着まで何十年かかるでしょうか。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 11:02 | comments(0) | - | - | - |
3連休の最後は「体育の日」。そうだ、ひさしぶりに三崎港まで歩こう。


秋晴れの好天気です。体育の日は、やはり体を動かさないとね。
久しぶりに「鎌倉から三崎まで35キロを歩こうの企画」の復活です。


 
しかし今回は、少し(ずるけて)逗子駅からのスタートです。
鎌倉の家から134号線、逗子の渚橋までの10キロを省略し、JR逗子駅から出発しよう。
途中で孫たちの家に寄っても、いたら一緒に遊んでも良いという考えもありながら・・・。
(結果は近くの地区運動会に参加していたので不在でしたが)。
2005年に行った「鎌倉からソウルまでの2328キロの徒歩の旅」。一日平均35キロの歩きだった。
鎌倉の家から134号線で三崎港まで35キロ。一日単位の距離です。
今回は逗子駅出発です。



 
駅から渚橋まで20分、海はレジャー気分で一杯です。



 
葉山海岸通り(134号線)を勢いよく歩き出します。


 
沖には裕次郎灯台と江の島が見えます。
灯台の上空にはうっすらと富士山があるはずですが、今日ははっきり見えません。



ラマーレ・ド・チャヤは昼時で人がいっぱいいますね。



 
一色海岸の近くに何本もススキが生えています。秋の気配を象徴しています。


 
葉山の御用邸です。ご主人はお留守です。


 
元S〇APのKTの個人宅と言われていますが、いつもお留守でしたが・・・。アレ!?。


 
ここの地点は家から三崎港までのちょうど真ん中。
という事は、三崎まであと17km。


 
二車線の134号線。大楠山の入り口付近で、事故。
大渋滞の中、なぜこんな事故になるのでしょう。
理由は確かめましたが、ここではちょっと・・・。
武山駐屯地まで来ました。目標まで、あと9km。


 
黙々と歩いています。
体育の日とは言え、頼まれたわけでもなく、何故、一人でこんなにロングウォーキングをしているのでしょう。
最近の人生の出来事、これからの人生進路とか、いろいろな事を考えながら歩いています。
ペットボトルの水も2本飲んでしまいました。
夕方に三崎港に到着したら、交差点の角のコンビニでビールを買って、海を見ながら達成感を味わおう。
いつものレギュラー缶ではなくて、ロング缶を一気に飲んだら、気分がいいだろうな。


 
とかいううちに、京浜急行の終点の三崎口駅を通過です。ちょうど4時。
港まで、あと一時間の歩きだ。5時には到着だな。
10年前は9時に鎌倉を出て、途中で簡単ランチを取って、5時には三崎でビールだった。
今日は逗子から出発。多少のエコウォークのつもりだったが、意外と時間が掛かっている。
年齢を重ねたので、仕方がないか。
明るいうちに着くだろうから、ビールもうまいだろう。
頭にはビールの事を考えながら、もうちょっとの道が続きます。


 
もうちょっと!
あっ!海が光っています。いつもは富士山がくっきりと見えるんですが・・・。




 
もうちょっと!もうちょっと!


 
ちょうど5時に海に到着。やったね。


 
海を見ながら、汗でぬれたTシャツを着替えて、新しいTシャツになったら、ビールタイム。



 
朝10時半に逗子駅を出てから三崎まで徒歩27キロ。何度も踏破した道のりだが、今日は気分的には、結構長かった。
やっぱり年齢かな。
次回はいつ歩くだろう。年内か、新年だろうか。
とにかく元気が一番。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 11:56 | comments(0) | - | - | - |
小雨決行!鎌倉のアジサイウォーク。残念ながら小雨でした。


いつもの昔の仕事仲間にシニア仲間の鎌倉ウォーキング。
今回は鎌倉のアジサイ歩きです。


 
今回は常連シニアの参加が少ないのですが、メンバーのIYOBEさんが、前日に新宿で古希コンサート。
韓国からの友人たちがコンサートを聞きに参りました。


 
その勢いで4人の仲間が初めての鎌倉観光(アジサイ歩き)に同伴しました。
さて、当日は毎回晴れ男なのに小雨です。しかし、アジサイには小雨が良く似合います。(負け惜しみ?)
北鎌倉駅に集合しましたが、「明月院」最後尾の看板が駅から近くの場所にあり、
あっさりとあきらめて作戦変更、第2案の「東慶寺」に向かいました。(想定内でした)。


 
さっそく線路を渡って東慶寺に向かいます。山門にはアジサイが咲いています。
 
羅(うすもの)の後ろ姿や東慶寺 武舟

かつての句会で私が詠んだ句です。
古くから「縁きり寺」として有名な東慶寺。
後ろ姿の女性はどんな運命だったのでしょう。


 
私は東慶寺は結構好きなお寺です。
小雨の中、しっとりとした庭園の風情は何とも言えません。



 
白アジサイに紫アジサイ


 
山門前で記念写真。
この頃から小雨は止んで来ました。


 
次に訪れたのは「長寿寺」。



 
季節限定で公開するこのお寺は、昨年も秋に訪問しました。
紅葉の時期に加えて、アジサイの時期の週末は公開してくれます。


 
限定公開というだけに、あまり多くの観光客に知られずに穴場としても、とても美しい寺です。
足利尊氏のお墓でも有名です。



 
静かな竹林のとアジサイの前で4人の異国の方々。
お顔だけでは、まったく異国の方とは分かりません。
日本語もお上手で、若い仲間は全く困りませんでした。


 
記念写真です。


 
鶴岡八幡宮をお参りして、源平の池の蓮も楽しみました。
鎌倉駅前の「生涯センター」。何時もランチタイムでお世話になります。



 
ランチの後は「瑞泉寺」。
ここのお寺も私は大好きなお寺です。
この頃から、また小雨が降ってきました。
途中に山肌一面にアジサイの咲きほころんでいる道があります。
いたずら坊主の後ろ姿です。


 
男坂を登ると瑞泉寺の山門があります。
庭には、我々の他にだれ一人いなく、アジサイ観察は独占状態です。



 
ここも、鎌倉の奥座敷。いつ来ても落ち着いた風情がたまりません。
遠景には鎌倉の山々。
帰りがけのおうちの玄関の前にも、何気ない一輪のアジサイが飾ってあります。


 
一輪のアジサイは、かえって美しい存在に見えますね。
 
夕方早めからいつものお店に席が取ってあり、楽しい会話でお酒が進みました。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 11:28 | comments(0) | - | - | - |
大磯に集まろう!島崎藤村を訪ね、吉田茂にも会える。旧東海道をおしゃべり歩き。


久しぶりの母校の大学の放研三田会のハイキングです。
大磯に集まろう!島崎藤村を訪ね、吉田茂にも会える。
城山公園(旧:三井邸跡)で海を眺めて旧東海道の松並木の中を歩く。〆は鴫立つ沢の秋の夕暮、鴫立庵に。
今回も晴れ男、晴れ女の幹事のおかげで日本晴れのハイキングです。
参加者17名の先輩後輩は、三々五々、定刻に大磯駅に集まってきました。 


 

初めての西湘を歩く企画です。余にふさわしき閑居なり。島崎藤村旧宅は終焉の地。

さっそく旧島崎藤村邸を訪問します。

 

 

ボランティア説明を聞いています。1943年8月22日が命日。

(私は丁度この1年後に東京で生まれました)。 



 

この後、大磯の住宅街を抜けて城山公園に向かいます。


 

公園の広場で記念写真。



 

竹林の涼しい風に吹かれながら、展望台からは180度の相模湾を望み、見事な富士を拝むことが出来ました。

ここでランチタイムそれぞれ旧交を温めながらのおしゃべりタイムです。

 


 

午後のコースはお隣の旧吉田茂邸へ。

旧吉田邸の火災後、見事に修復された旧吉田邸修復公開中で、全員が500円の観覧料を支払い邸内に入りました。





 

書簡集、檜風呂、居間などが復元されていました。

玄関にあった、焼け残った虎の置物。焼け焦げていました。

 

小山の上には遥かサンフランシスコ眺めるような大きな吉田茂像。

 

しばらくは海に沿った散策路を歩き、浜に出てみました。




 

最後は旧東海道の松林の中を歩き、鴫立庵で俳句の雰囲気を味わう。




 

西行法師がこのあたりの海岸を吟遊して、

「こころなき身にもあわれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮」という名歌を残したことは有名だ。

 

この後一部のメンバーは化粧坂の松並木まで歩いて、今日のハイキングは終了しました。

約11キロ前後の歩きです。

電車で大船に戻りなじみの店で打ち上げ会を行いました。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 12:17 | comments(0) | - | - | - |
2年ぶりです。朝鮮通信使友情ウォークに小田原から参加しました。


5月20日(土) 小田原〜藤沢。40km。
2007年に始まった「朝鮮通信使友情ウォーク」。ご縁があり第1次ウォークから、
地元の小田原―藤沢、藤沢=川崎、川崎―江戸城に参加しています。
今回は第6次ウォークです。


 
「ユネスコ・朝鮮通信使、世界記憶遺産登録」の祈願の旅でもあります。
小田原―藤沢(40km)、藤沢から戸塚まで10km参加しました。




 
炎天下の中小田原を8時45分に出発、1号線を東に向かって歩きます。
ところによっては1列縦隊になります。


 
大磯へ入る旧道です。この先には吉田茂邸、城山公園があります。



 
12時半い城山公園の広場に到着。それぞれが仕入れたお弁当タイムです。
シューズや靴下を脱いでの休憩になります。
13時10分、再出発。


 
大磯の松並木。


 
相模川を渡ります。




 
茅ヶ崎公園で休憩して、18時30分に藤沢の遊行寺前の藤沢交流館に到着。
藤沢市の関係者が歓迎してくれました。



 
5月21日(日) 藤沢〜川崎 35km。
私は午後から別の用事があるために戸塚駅までの10kmのお供です。


 
友人の金井さんと北海道から参加の元大学教授の奥谷さんです。


 
遊行通りを行進。学生時代はこの道を通って東京に出ていました。
懐かしい通りです。


 
藤沢橋を渡ります。


 
遊行阪を行進しています。
箱根駅伝で有名な場所です。


 
戸塚の原宿交差点近くの並木道です。
後2kmで戸塚駅です。


 
私はここでお別れです。

 
5月22日(月)最終日 川崎〜江戸城。
私は仕事の都合で、日比谷公園(江戸城)でみなさんお到着をお迎えすることになっています。
とにかく私より年齢の高い男性、女性が日本人、韓国人、在日の方々が約30名も
ソウルから約2000kmも歩いてきたのです。
私の12年前の「鎌倉ーソウル2328キロを歩く」で鍛えた足も、いきなりの40km歩きは応えます。
やはり日頃の訓練が大事だという事を思い知らされます。
足裏に小さな豆が出来てしまいました。情けないことです。

 

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 07:48 | comments(0) | - | - | - |
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鎌倉―ソウル 2328キロを歩く―定年退職、新しい自分に出会う旅 (JUGEMレビュー »)
間宮 武美
講談社+α新書より、2005/10/20発売!
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