鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
大磯に集まろう!島崎藤村を訪ね、吉田茂にも会える。旧東海道をおしゃべり歩き。


久しぶりの母校の大学の放研三田会のハイキングです。
大磯に集まろう!島崎藤村を訪ね、吉田茂にも会える。
城山公園(旧:三井邸跡)で海を眺めて旧東海道の松並木の中を歩く。〆は鴫立つ沢の秋の夕暮、鴫立庵に。
今回も晴れ男、晴れ女の幹事のおかげで日本晴れのハイキングです。
参加者17名の先輩後輩は、三々五々、定刻に大磯駅に集まってきました。 


 

初めての西湘を歩く企画です。余にふさわしき閑居なり。島崎藤村旧宅は終焉の地。

さっそく旧島崎藤村邸を訪問します。

 

 

ボランティア説明を聞いています。1943年8月22日が命日。

(私は丁度この1年後に東京で生まれました)。 



 

この後、大磯の住宅街を抜けて城山公園に向かいます。


 

公園の広場で記念写真。



 

竹林の涼しい風に吹かれながら、展望台からは180度の相模湾を望み、見事な富士を拝むことが出来ました。

ここでランチタイムそれぞれ旧交を温めながらのおしゃべりタイムです。

 


 

午後のコースはお隣の旧吉田茂邸へ。

旧吉田邸の火災後、見事に修復された旧吉田邸修復公開中で、全員が500円の観覧料を支払い邸内に入りました。





 

書簡集、檜風呂、居間などが復元されていました。

玄関にあった、焼け残った虎の置物。焼け焦げていました。

 

小山の上には遥かサンフランシスコ眺めるような大きな吉田茂像。

 

しばらくは海に沿った散策路を歩き、浜に出てみました。




 

最後は旧東海道の松林の中を歩き、鴫立庵で俳句の雰囲気を味わう。




 

西行法師がこのあたりの海岸を吟遊して、

「こころなき身にもあわれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮」という名歌を残したことは有名だ。

 

この後一部のメンバーは化粧坂の松並木まで歩いて、今日のハイキングは終了しました。

約11キロ前後の歩きです。

電車で大船に戻りなじみの店で打ち上げ会を行いました。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 12:17 | comments(0) | - | - | - |
2年ぶりです。朝鮮通信使友情ウォークに小田原から参加しました。


5月20日(土) 小田原〜藤沢。40km。
2007年に始まった「朝鮮通信使友情ウォーク」。ご縁があり第1次ウォークから、
地元の小田原―藤沢、藤沢=川崎、川崎―江戸城に参加しています。
今回は第6次ウォークです。


 
「ユネスコ・朝鮮通信使、世界記憶遺産登録」の祈願の旅でもあります。
小田原―藤沢(40km)、藤沢から戸塚まで10km参加しました。




 
炎天下の中小田原を8時45分に出発、1号線を東に向かって歩きます。
ところによっては1列縦隊になります。


 
大磯へ入る旧道です。この先には吉田茂邸、城山公園があります。



 
12時半い城山公園の広場に到着。それぞれが仕入れたお弁当タイムです。
シューズや靴下を脱いでの休憩になります。
13時10分、再出発。


 
大磯の松並木。


 
相模川を渡ります。




 
茅ヶ崎公園で休憩して、18時30分に藤沢の遊行寺前の藤沢交流館に到着。
藤沢市の関係者が歓迎してくれました。



 
5月21日(日) 藤沢〜川崎 35km。
私は午後から別の用事があるために戸塚駅までの10kmのお供です。


 
友人の金井さんと北海道から参加の元大学教授の奥谷さんです。


 
遊行通りを行進。学生時代はこの道を通って東京に出ていました。
懐かしい通りです。


 
藤沢橋を渡ります。


 
遊行阪を行進しています。
箱根駅伝で有名な場所です。


 
戸塚の原宿交差点近くの並木道です。
後2kmで戸塚駅です。


 
私はここでお別れです。

 
5月22日(月)最終日 川崎〜江戸城。
私は仕事の都合で、日比谷公園(江戸城)でみなさんお到着をお迎えすることになっています。
とにかく私より年齢の高い男性、女性が日本人、韓国人、在日の方々が約30名も
ソウルから約2000kmも歩いてきたのです。
私の12年前の「鎌倉ーソウル2328キロを歩く」で鍛えた足も、いきなりの40km歩きは応えます。
やはり日頃の訓練が大事だという事を思い知らされます。
足裏に小さな豆が出来てしまいました。情けないことです。

 

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 07:48 | comments(0) | - | - | - |
今年の12回記念ウォークは大磯から小田原まで、いつものシニア仲間で歩きました。


2005年3月9日に鎌倉からソウルへ向けての徒歩の旅の出発記念ウォークは、予定を変えて7日に実施しました。
いつもは、省略して鎌倉ではなく、小田急線(片瀬江の島)から小田原を目指して、二宮あたりでギブアップを繰り返していました。
今回は大磯から、第1日目の終着点の小田原を目指そうという事になったのです。
メンバーはいつもの高橋夫妻、伊豫部夫妻に毎回参加の鍋倉さん。
高橋夫妻は小田原までとか京都からのさば街道。伊豫部さんは韓半島の部分で歩いてくれました。


 
予定通り大磯駅に集合、人によっては未踏のコースになる。




 
まずは近くの島崎藤村邸を見学する。
1943年8月に藤村は、ここで亡くなる。当時の部屋はそのまま保存されている。
(余談だが亡くなった日から丁度1年後に私が生まれているのだ)。


 
大磯の松並木。当時の東海道を思い起こさせる。


 
一度、海側の道を歩く。横は西湘バイパスが通っている。




 
吉田茂邸は平成21年(2009年)3月に焼失した。大磯町が再建の為に動き、完成まじかになっている。
赤白の梅が見ごろだ。


 
丘の上には吉田さんの像が立っているが、向かっているのは霞が関の国会方面。いつも睨みをきかせているのだ。


 
一路、目標の小田原を目ざして、昼時を外してランチタイムだ。私はカツ丼、今日はカロリーは気にしない。


 
江戸(日本橋)から18里(約72キロ)の一里塚。説明を読み、しばらくは旧道を歩く。



 
国府津あたりから海が見え始める。
そして酒匂川。富士山東麓と丹沢山地を主な源流として、昔は暴れ川だった。


 
十国峠も夕景に染まっている。


 
いよいよ小田原城だ。
当時の合戦図。
こんなに完璧に囲まれては北条も手を出せないですね。




 
小田原城をバックに記念写真。








 
そして魚の旨い店を調べたら数名が一致した、海鮮横丁「魚国(うおくに)」。
そこそこに飲んで魚三昧で3500円割り勘。シニアにはぴったりのお勘定感覚だ。


 
シニアと言っても古希前後のメンバー。身も軽く、気持ちも若いです。
来年の企画は小田原から箱根峠を越して三島へ降りるコース。
三島では鰻を堪能しようという事で解散。

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| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 09:55 | comments(0) | - | - | - |
恒例の地元メンバーの「鎌倉七福神歩き」が復活しました。


 
毎年地元メンバー(関東史跡研究会)が主催する「鎌倉七福神歩き」が復活しました。
リーダーのひとりの伊藤さんが昨年急逝して、これからの企画はどうするか。
しばらくは取りやめになるのではと思っていました。
長老の田中さんが、この企画を復活させてくれました。

 
七福神は室町時代にインド・中国・日本の仏教、道教、神道の源をもつ神仏七体で成立しています。
江戸時代中期に開運祈願の正月行事として七福神めぐりが広まったという。

今年はとても暖かい毎日が続きます。




 
今回は平日の開催だったので北鎌倉の円覚寺前は我々だけのメンバーしか居ません。
紅葉とか紫陽花の時は足の踏み場もないくらいの人が集合していました。


 
いつも満開の蝋梅が我々を迎えてくれます。


 
まずは「浄智寺」です。


 
(布袋尊)は弥勒菩薩の化身といわれる福徳円満の神様です。
愛らしい笑顔で境内奥の洞窟に祀られています。


 
早咲の梅が咲き始めています。



 
鶴岡八幡宮の(旗上弁財天)は芸能・開運の神で、像は鎌倉国宝館にある。
次は「宝戒寺」の(毘沙門天)。病魔退散のご利益があります。


 
「宝戒寺」は(毘沙門天)を祀っています。仏教を守護する四天王のひとり。病魔退散の神様です。



そして「妙隆寺」の(寿老人)です。
長寿の神さまです。ケヤキの一木つくりの像が鹿を伴って鎮座しています。



 
「本覚寺」は(夷神)です。ちょうど十日夷でにぎわっていました。
「商売繁盛、ささ持って来い」という関西の掛け声とは少し違いますが、大金払って大きな熊手を買い求めています。

最後の二福を求めて長谷に移動します。


 
「御霊神社」の(福禄寿)が待っています。ちょうど境内の前を江ノ電がすれすれに通り過ぎていきます。


 
幸福・材福・長寿の神様。
面掛行列はこのブログで、何回も紹介しています。
鎌倉市と韓国・安東市との都市提携の原点です。
仮面行事を大事する両市の共通点で民間交流が始まり、2013年7月にパートナーシティになりました。


 
最後は「長谷寺」の(大黒天)です。財福の神さまです。


 
大黒堂には(さわり大黒天)が祀られています。
今回は、いつもと違って全員が写る記念写真は掲出しません。
 
この歩きが決まって、いつもの仕事仲間の若者たちとの「七福神歩き」は、新企画として「鎌倉の梅見歩き」に変更しました。
2月の中旬、梅見のグッドタイミングで歩きます。

 
ではでは。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 12:16 | comments(0) | - | - | - |
品川宿の歩き。品川と書いて(ほんせん)、品川と書いて(しながわ)。お寺と神社の違いです。


品川宿の歩き。品川と書いて(ほんせん)、品川と書いて(しながわ)。お寺と神社の違いです。

久しぶりに母校の大学の放研三田会のハイキングです。
朝、起きると一面の濃霧です。珍しい景色で一日が始まりました。



東海道歩きのプロの田出先輩の案内で品川宿から旧東海道を下り三田までの約10キロのハイキング。
東海道を京都に向かうのが上り、江戸へ帰るのは下りというそうだ。

土曜日は雨模様だったので、予備日の日曜日に変更。
天気は日本晴れでしたが前日の土曜日から日曜日へ順延になったために参加者は約半分になりました。
少し残念ですね。

約束通り、10時半に京急の「青物横丁」駅の改札に集合。

まずは品川寺(ほんせんじ)へ。沢庵和尚で有名な東海寺、品川(しながわ)神社、旧東海道本陣跡、
八つ山橋、二本榎公園、水野邸跡、泉岳寺、三田キャンパス。
キャンパスでは丁度三田祭の開催中で、後輩の特設スタジオでのプログラム公演を訪問する予定で歩きます。



まずは品川寺で全員に、ハイキングリーダーの田出先輩が、今日のコース案内をしています。
この後、旧東海道を歩きます。






 
目黒川の下流。荏原神社前に着きました。ここら辺はきれいな紅葉を楽しめます。






 
東海寺は徳川家光が沢庵和尚を招いて住職としたために、沢庵さんのお墓が祭られています。


 
同じ場所になぜか歌手の島倉千代子のお墓があります。彼女の地元らしいです。
近くの品川(しながわ)神社での歌謡大会に優勝して、プロデューサーの道を選んだそうです。


 
次は品川神社(しながわじんじゃ)。
何故か富士講をまねた富士塚がある。鳥居をくぐると登山道の1合目からスタート。一合目と彫った石段から階段い登ります。道幅にはゆとりがあるので軽々と登れます。


 
険しい山道を登りきり8合目、9合目、あっという間に「富士塚」の頂上へ到達です! 振り返ると、眼下には品川の街並み。


 
頂上で記念写真です。
鳥居をくぐっていくと、本殿の裏にぽつんと板垣退助の墓があります。


 
「板垣死すとも、自由は死せず」。佐藤栄作の書です。
再び旧東海道へ戻ります。


 
品川本陣の跡。
この品川宿は、江戸四宿の1つで、東海道53次の第一番目の宿駅(しゅくえき)として発達した。 ここはその本陣跡である。
東海道を行き来する参勤交代の諸大名や、 公家・門跡などの宿泊・休息所として大いににぎわったところである。


 
高輪から品川駅を見ます。


 
あっというまに泉岳寺まで来ました。


 
浅野長矩(内匠頭)のお墓


 
大石内蔵助の墓
お線香を求めてそれぞれが自分のファンの義士へお参りを済ませました。
 
一気に三田キャンパスに向かいます。
丁度三田祭の最終日。






 
後輩には内緒で、放送研究会の特設スタジオを訪問します。
先ほど4日間のイベントが終了し、後輩たちは後片付けをしていました。
代表の安井君が私たちを迎えて挨拶をしています。


 
先輩たちはステージに上がり記念写真を撮ってもらいました。
こうして約10キロの放研三田会のハイキングは終わりました。
後は「幻の門」の前の中華飯店の個室を借りて賑やかな打ち上げで、懇親を深めました。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 20:52 | comments(0) | - | - | - |
さば街道の二日目は楽しい会話で歩きました。そしていきなり京都泊、雨の京都散策。
 昨日の針畑峠の記念写真です。
 
【さば街道峠歩きの二日目】
二日目は朝から快晴。気持ちの良い歩きになった。
楽しい歩きのあとは、昨夜は楽しい懇親会で盛り上がりました。
気分も新たにウォーキングが始まります。
みなさん、たくさん飲んだ割には、本当にお元気です。




 
8時半に「久田」というところから「さば街道」に入りました。
今日は「オグロ坂」から「八丁平」へ進んで歩いていくことになります。

 川を渡り。
 谷を上り。
 
最初から林道を抜けて上り坂が続きます。


 
2時間歩いて、10時半にオグロ坂の峠に到着です。
ここでも記念写真です。



 
しばらく下りが続いて「八丁平」に着きます。
八丁平は関西では珍しい高層湿原で都市交流の森としても活用されています。
昔はもっと湿原だったそうです。


 
「二ノ谷」まで降りてきました。


 
11時45分。ここでスタッフが用意してくれた「お弁当」です。大きな鯖寿司も入っています。


 
12時半に「二ノ谷」を出発。1時間半かけて「大見の三叉路」に到着。
標識の前で記念写真です。
ここから、今日の目的地の花背峠までは林道を抜けて大見尾根を歩きます。
予定通り16時には花背峠に到着。
慌ただしく迎えのバスに乗り、鞍馬や貴船を抜けて出町柳の商店街まで約1時間。
うつらうつらしながら加茂川に出ます。



出町柳の記念碑の前で到着の記念写真です。


 
出町舛形商店街では、恒例の歓迎セレモニー。
懐かしい出口会長が歓迎のスピーチです。小浜の市長も当時の装束でお迎えです。


 
二日間に渡る「さば街道、峠越え」歩きは無事終わりました。
そしてまた、新しい仲間が増えました。

 
【突如、予定を変えて京都泊に】

 
関東圏からの歩きの仲間はほとんどが京都泊で、1〜2日京都散策を楽しむということです。
私も大連休直後の京都駅前のホテルに夕方遅くに予約確認をしましたら、なんと格安料金(投げ売り料金?)で、
一泊の予約が取れました。想定外でした。
ということで翌日は小雨の中で、久しぶりの京都散策を楽しみました。


 
まず思いついたのが「銀閣寺」。
一日パス(500円)を手に入れて終日バス移動で楽しみました。
「銀閣寺」は何年ぶりだろうか・・・。



 
「哲学の道」を「南禅寺」まで歩きます。


 
近くには「青蓮院」があります。
ここは高校時代の修学旅行に来て以来、初めてになります。



 
「青蓮院門跡」は、古くより皇室と関わり深く格式の高い門跡寺院とされており、物静かな佇まいは昔のままです。
欧州からの観光客が静寂を楽しんでいます。
続いてとなりの「知恩院」です。
ここも、初めての訪問になります。境内は大修理中でしたが、全国からの修学旅行の学生でいっぱいです。


 
「行く年来る年」の冒頭シーンで有名な知恩院の大鐘楼を見たくて参りました。
市内バスに乗って「清水寺」へ。



 
ここの参道は江ノ島と同じような混雑で、特に中国の人々がほぼ全員というくらい
「レンタル着物」に着替えて歩いています。
この異様さは「鎌倉」では見られない景色です。
また市内バスに乗り込み
最後は「三十三間堂」へ参りました。
中は撮影禁止なの写真はありませんが、1000体に及ぶ「千手観音」は圧巻です。
また、風神・雷神の他二十八部衆像が睨みをきかせています。



 
あっという間に夕方になってしまいました。
家人から頼まれた「三嶋亭」の肉を土産に帰途につきました。
また、京都を訪問できるのはいつのことでしょうか。
小浜、さば街道、京都散策ととても、短い間に良い経験を積むことができました。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 15:06 | comments(0) | - | - | - |
3年ぶりに「さば街道」針畑越え(根来坂)歩きに参加しました。今回は40数名で歩きました。


3年ぶりに「さば街道」針畑越え(根来坂)歩きに参加しました。今回は40数名で歩きました。
大連休が終わった週末、私は福井県の小浜にいました。
今回の「さば街道体験ウォーキング」は、針畑越えで根来坂を越えて京都までのコースです。
若狭から京都まで行く道は一つではなくて、その中でも「針畑越え」は京への最短距離の道で古代から中世まで盛んに利用されていました。
週末の土日で踏破するために一部を伴走バスを利用します。
いずみ町商店街がさば街道の起点になります。


 
出発前の私。
3年前と同じ装備だ。というよりも11年前に「鎌倉から韓国ソウルへの徒歩の旅」と基本的には同じ装備になる。


 
まずは出発式。そのあとで準備体操をしっかりと行います。


 
小浜のいずみ町を7時15分に出発します。スタッフ以外の徒歩メンバーは44名。大所帯である。
今回は大阪、関東各地と遠くからの参加者が目立ちます。
歩きの好きな方は一人で参加のご婦人もいます。

一部、お世話になる伴走用のバスです。


 
この企画の中心的なリーダーの杉谷さん。さば街道に関わって20数年のベテランである。
街道を歩きます。




 
神宮寺を過ぎて奈良への「お水送り」の鵜ノ瀬に向かいます。
だんだん登り坂が続きます。


 
ようよう林道を離れて「鯖街道」に入ります。


 
つづら折りの道が続きます。


 
一旦林道へ戻り、再び「鯖街道」へ入ります。



 
落ち葉を踏みながら細い昔の街道を歩きます。
健康で歩くことの楽しさを感じる一瞬です。ありがたいことです。


 
ようよう針畑峠です。
大きなブナの木の下で記念写真です。みんな元気です。
どんどん友達になっていきます。


 
峠から見る景色は雲がたなびいています。
小雨の予報も、みなさんの日頃の行いの良さでなんとか大丈夫のようです。
三年前の初日歩きは終日雨の思い出があります。


 
今度は下り坂が続きます。


 
昨日の雨の影響で川を渡ることになります。


 
ようよう今日のゴールの近く「山帰来」の近くまで来ました。


 
今夜の宿は「朽木」の街までバス移動。「くつき温泉てんくう」に到着。
ゆっくり温泉につかった後は、約50人の宴会です。



 
鯖寿司もある夕食、鍋にはお肉がたっぷり。
お酒も飲み放題。


 
歩きながら「まちづくり」の話をしていた小浜育ちの熊谷さん。
食事時もまち作りの話が弾みます。
 
湯河原からいらした方は、私の著作に興味を持ってアマゾンで購入してくれると約束してくれました。
とても歩きの好きな方です。
あるご婦人に歩きながら、どうしてこの企画を知ったのですかと聞くと「鯖街道」で検索するうちに、
この「鎌倉から、こんにちは」を検索で見つけて、3年前のさば街道歩きの写真を見て事務局に連絡して遠くから参加しました。
 
鎌倉在住で家人とお付き合いのある方もいました。鎌倉の間宮と苗字が同じなのでひょっとしたらと声をかけてくれたご婦人。
いろいろなご縁が生まれました。
次回は二日目。
久多というところから山に入り、オグロ坂、八丁平、二ノ谷、大見を経て花背峠まで。
そこからは伴走のバスで鞍馬を抜けて鴨川を通り、出町柳の商店街までのコースを歩きます。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 22:24 | comments(0) | - | - | - |
鎌倉ーソウル徒歩の旅。あれから11回目の記念ウォーク。楽しい仲間が集まりました。


3月9日は「鎌倉ーソウル2328キロ」の徒歩の旅の出発日です。
毎年、記念ウォークと称して同じ道を歩いています。

今年は、後輩クリエーターのお別れの会が重なり、一日延期しました。

 
1回目の記念ウォークは片瀬江ノ島から小田原、小田原から箱根峠の一泊イベント、結構仲間は辛かった。
2回目からは片瀬江ノ島から二宮ぐらいまでゆっくり歩いて藤沢に戻り打ち上げをするのが習慣になった。
(本当は鎌倉市役所から歩きたいのですが・・・)。
 
その時の都合でメンバーは変わりますが、ソウル仲間の鍋倉さんは皆勤賞。
鎌倉市役所での出発式に参加してくれ、旅の途中で仲間に連絡を取りながら支援してくれました。
高橋夫妻はご主人が鎌倉市役所から小田原まで。奥様の圭子さんは京都で鯖街道を一緒に歩いてくれた。
ソウル仲間の伊豫部夫妻も旅の途中で一緒に歩いた仲間です。みんな記念ウォークのレギュラーメンバーである。


 
小雨の予報も「晴れ男」「晴れ女」のおかげで曇りですが歩けます。
しかし、いつもの道に富士山は見えません。



 
強風注意報が出ています。
サーファーへのお知らせです。


 
浜ではサウンドテニスを楽しんでいます。今日は平日ですが、こんな時間に・・・。


 
辻堂沖で仲良く休憩。話は途切れません。


 
江ノ島も望遠レンズで近く見えます。


 
烏帽子岩です。前を走る船に比べると、意外と大きいことに驚きます。


 
茅ヶ崎に来ました。
Cマークで記念写真です。


 
柳島まで来ました。
サイクリングロードの終点です。片瀬江ノ島駅から10.2キロ。
12時50分。いつものペースより少し遅いです。


 
平塚大橋を渡ると10年連続でランチのために立ち寄る「デニーズ」です。
今日の私はのオーダーは「チーズハンバーグカレーリゾット」。
欲張りな名前のランチです。


 
食後はお店の前で恒例の記念写真。


 
私の背中には「安東から時計回りに安東まで」というゼッケンが張り付いています。
「日韓正常化50周年」記念の外務省の認定行事で作ったゼッケンです。
ある事情で計画を断念しましたが、ゆかりのウォーキングなのでリュックにつけました。





 
鍋倉さんがゼッケンの韓国語の文字を読んで意味を説明しています。

今日は少し変わったことをしようと「二宮」まで歩かずに、大磯の高麗山(168m)に登ることにしました。
まずは高来(たかく)神社でお参り。高麗(こうらい)が高来になった。字は異なっても読みは(こうらい)になりますね。


 
男坂と女坂があります。頂上へは25分かかります。汗をびっしょりかいて頂上へ。



 
糖分補給でおやつを食べて、下山します。


 
大磯駅に着いたのは17:39。
大船のお店の予約時間に大幅に遅れています。




 
いつもの韓国家庭料理「北斗七星」で打ち上げです。
まだ話し足りないと、おしゃべりはまだまだ続きます。
 
1年に1度のイベントですが「Team MAMIYA」のイベント企画は、これからも続きます。

今日の歩きは、38.832歩、27.1km。
みんな、よく歩きました。

 
来年の3月9日は木曜日ですが、誰が参加してくれるでしょうか。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 20:09 | comments(0) | - | - | - |
国分寺遺跡めぐりハイキング。連日のぐずついた天気から一気に晴れた。でかした晴れ男!晴れ女!。


母校の放研三田会の秋のハイキングは、久しぶりに湘南を離れて国分寺遺跡めぐりです。
諸国に国分寺が建立されることになったのは、聖武天皇がこの詔を発せられるに到った動機は、
当時大流行した疫病(朝鮮半島から九州に入り全国に蔓延した天然痘)と飢饉から国を護り、国民を救うことであったと記されている。
今回は武蔵国分寺あたりを歩こうと、母校の私の2年先輩の前国分寺市長(星野信夫先輩)が道案内をしてくれることになった。



 
早速駅前の案内板の前で、挨拶と説明になった。



 
まず史跡通りを歩き始めます。
縄文時代中期末に住居の床面に石を敷くことが流行り、この住居跡は当時の型どりを復元展示している。


 
「伝鎌倉街道」。この道は鎌倉道の「上道」と呼ばれ120mほどの切通した歩道が当時の雰囲気を感じさせてくれる。


 
「武蔵国分尼寺跡」。尼寺は東山道武蔵路に西側に建立され、現在は史跡の保存整備もされている。



 
「国分寺」。武蔵国分寺は新田義貞の寄進により薬師堂が再建された。現在の本堂は昭和になって改築されている。


 
星野前市長を囲んで記念写真です。


 
しかし、今日は午前中は小雨、午後から曇りという予報に、朝10時西国分寺駅集合(小雨決行)と前日に改めて連絡をいれた。
なにしろ25名の参加者が、振替の20日(金)だと、がたんと減るからだ。
集合から傘いらずで、昼前にどピーカン。晴れ男、晴れ女のおかげですね。


 
「七重の塔」。武蔵国分寺跡資料館にあるミニュチアの塔。七重の塔は、珍しい存在と説明があった。
都立武蔵国分寺公園で軽くランチタイム。おしゃべりタイム。


 
おたかの道湧水園の横には清流が流れている。


 
姿見の池までやってきた。ゴールはまじかだ。


 
都立殿ケ谷戸庭園。65歳以上で団体扱い。50円の入場料を払って紅葉を楽しんだ。
朝10時から歩いて、午後3時までやく10kmのハイキングを楽しんだ。


 
懇親会は近くのお好み焼きの店で食べ放題、飲み放題で夕方暗くなるまで、久しぶりに先輩後輩の域を超えて楽しんだ。
今日は上から下まで約20歳の年の差を超えて老若男女が楽しみました。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 10:03 | comments(0) | - | - | - |
朝ウォーキングで、ちょいと小道に入ると、思いがけない風景発見!


久しぶりに朝日が眩しい。何日ぶりだったかな。雨の降らない朝は・・・。
ということで、久しぶりの朝ウォーキング。




 
平日の朝にも関わらず、海にはサーファーがたくさん出ている。
沖縄付近は台風9号で大荒れなのですが、ご覧のとおり穏やかな海です。
少し大まわりして帰ろうかなと稲村ヶ崎の住宅街に足を踏み込んだ。



 
江ノ電が通り過ぎて、小さな踏み切りをわたり、行き止まりを覚悟で細い路地へ入り込みました。
方角的には、鎌倉プリンスの裏側あたりか、山の斜面にいろいろな住宅が立ち並んでいる。



 
すると小さな看板がある。
「寸心荘 西田幾多郎遺宅」
実は学習院大学の教授だった西田幾多郎の別邸だそうだ。学習院所蔵になっている。
石の階段は車も上り下りできるようになっている。こんなところが鎌倉的だ。


 
七里ガ浜から稲村ヶ崎の真ん中あたりに西田幾多郎の碑がある。
不思議な丸みを帯びた(おしゃもじ)のような石碑には、

七里浜夕日漂ふ波の上に伊豆の山々果し知らずも 寸心
 
と言う歌が掘られています。
あまりこの石碑の前で立ち止まっている人は少ないようです
鎌倉はこのような石碑や歌碑が多いのでつい見過ごしがちなのかもしれませんね。
今度、ゆっくり拝見してみようと思います。
 
昔、永六輔さんが街角を曲がると、そこから旅が始まると言いました。
 
まだまだ、鎌倉には見落としている財産がたくさんあると思います。
時間をかけて歩き回りましょう。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 15:45 | comments(0) | - | - | - |
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  • あれから4年半。初めて東日本大震災の被災地へ行きました。多くのことに気がつきました。
    小林節子 (11/11)
  • 21世紀の朝鮮通信使友情ウォーク。本州に。あっという間に名古屋まで来ました。
    間宮武美 (07/24)
  • 21世紀の朝鮮通信使友情ウォーク。本州に。あっという間に名古屋まで来ました。
    安部 典子 (05/15)
  • 久しぶりに家人と二人で高遠・芝平へ行きましたが、最後はロードサービスのお世話になりました。
    三戸 寛子 (05/11)
  • NHKBS1に、日韓の架橋・安東の緒方恵子さんが出演しました。
    小嶋英生 (03/07)
  • まだんの新年句会は世田谷・豪徳寺句会。その前に松蔭神社もお参りしました。
    yasuto (02/05)
  • 洪知恩と書いて(ホン・チウン)と読みます。ソウル時代の秘書さんです。
    Jieun (06/09)
  • ヨットでワイン。ジャズでワイン。元気な同世代と過ごした週末です。
    植村 (02/02)
  • 初めて見る黒部ダムのアルペンルート。しかし天気は絶望的。ロープウエイは動くだろうか?
    山本雅世 (09/27)
  • 高遠の隠れ家は早朝18度。長袖のパジャマが丁度良いです。都合2泊の天国でした。
    noriko8 (08/14)
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