鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
角を曲がると、旅がはじまる。知らない道歩きました。

 
 

平日の朝、湘南は朝から日本晴れ。早速短パンで歩き始めました。

今日は、坂道中心に歩くので七里ヶ浜住宅街を歩きます。

134号線を七里ヶ浜高校とプリンスホテルの間の坂道から上ります。

振り向くと青い海が見えます。


 

日蓮の雨乞いの池の前に来ました。ここから住宅街へ急な坂道になりますが、

いつもは通り過ぎる左の道へ入ります。


 

「角を曲がると、旅がはじまる」永六輔さんの言葉だ。


 

ここは車や人通りの少ない登り坂が続きます。


 

ひたすら上ります。

「この先行き止まり」が気になりますが、歩いているには関係ないでしょう。


 

まだまだ登ります。ここに生活しているお年寄りはどうしているのでしょう。


 

急な階段を降りると、江ノ電の側道。いつもの道にでた。

すぐ近くの細い生活道路を、踏切を越えて登ります。


 


 

階段をゆっくり上ります。

陽のあたる坂道。(石坂洋次郎の小説)石原裕次郎が主演の映画。

この道は少しイメージが違います。

 

右手には太平洋が見えます。


 

電信柱には七里が浜2丁目とあります。いずれにしても近くの町内には違いない。


 

いつも住宅街に出て来た。


 

アジサイが咲き始めています。


 

目の前は、いつもの江の島。白灯台が見える。

家から白灯台まで往復1万歩。7キロの場所だ。


 

海が開けて見えます。朝陽の中で好きな場所のひとつです。


 

見おろすと134号線の走る海。


 

坂を下ると鎌倉高校駅。


 

踏切にはどこかの国の観光客がたくさん集まっている。

住人には大変迷惑な話だ。

 

しかし、私がソウルに住んでいた頃は日本からオバチャン達が「冬のソナタ」の

人気場面の高校の正門に、このように平日もたくさん集まってきたことを思い出す。

歴史は繰り返すのことわざの通りだ。気にしない、気にしない。

 

さぁ、シャワーを浴びたら東京に出かけるぞ。

 

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 14:02 | comments(0) | - | - | - |
一人でハイキングの下見。迷った挙句に横須賀の街散策、海を渡り猿島へ。

 
 

大学のクラブ、放研三田会のハイキング。昨年の秋のハイキングは雨で中止。
半年ぶりのハイキング企画になります。今回は幹事団の事情に寄り、下見から幹事は私が一人です。

あっちにしようか、こっちにしようかと散々迷った末に「横須賀の街」にしました。


 

JRの横須賀駅を降りると、目の前はもう横須賀軍港。大きな軍艦が見えます。



 

ヴェルニー公園の木道を歩くと桟橋越しに「横須賀製鉄所(現在の横須賀造船所)」が見えます。

対岸に開けるドライドッグは、当時は欧米先進国にも負けないもので、

現在も現役の造船所として利用されている。



 

平日の午前中の「どぶ板通り」は、人通りもなく、シャターがまだ締まっていて、静まり返っている。

大きなエキゾチックな看板。

更に進むと米軍横須賀基地のゲート警備室を横目に、更に歩くと三笠公園に着く。

戦艦「三笠」のある広場には東郷平八郎司令長官の大きな像が我々を迎えてくれる。



 

この三笠は日露戦争で一躍世界的にも知られる軍艦で、

戦艦そのものが博物館になっている。本番の時には内部に入ることになるでしょう。

 

 

三笠公園から海を眺めると、少し先に緑あふれる島が見える。




 

東京湾に浮かぶ唯一の無人島「猿島」だ。かつて「東京湾要塞」のひとつで砲台や弾薬庫、司令部などが置かれていた。

船で10分ほど乗ると、周囲1,5キロの島に着く。ここで島一周の散策とランチを予定している。

今日は、雲行きが怪しいので、猿島の下見はパスする。
 

案の定、一転黒い雲が現れて、雷と同時に大粒の雨になった。

下見を休止してラーメン屋に飛び込んだ。
ざっつと一雨過ごすと、晴れ間が見えたので横須賀中央駅の北側にある「中央公園」に向かった。

横浜市自然・人文博物館の見学をする。


 

ナウマンゾウの化石や、大きな水槽の中には35年前に相模湾で捕獲された
ミツクリザメの標本が展示されている。



 

江戸時代の両市の生活がジオラマ風に展示されている。

天気が良くなったので中央公園に行ってみた。

横須賀市街が一望でき、海には猿島も見える。




 

中央公園を下ると、懇親会場が待っている。本番では仲間と共に海の幸を肴に楽しい一献が待っている。

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 16:39 | comments(0) | - | - | - |
いつもの徒歩に合わせて、冗談のように、わずかな字数で「間宮林蔵」を思っていました。

 

  

いつもの徒歩の写真とソウルへの徒歩の旅のシーンのコラージュです。
歩きながら13年前の大変な行動を思い出しています。
間宮林蔵は、もっと大変な歩きで偉業を成し遂げました。


こちらは太平洋。方向が違うので樺太は見えません。


 

間宮隼人は関東に攻め入る豊臣秀吉に対峙した北条軍勢を

海から守る間宮水軍の将であることはあまり知られていない。
間宮林蔵の7代前の先祖に当たります。



  

あの秀吉であれば一夜で城ができてしまったと北条軍勢は思ってしまったのでしょう。

一夜城の戦いに負けた北条方の間宮水軍はぐるりと房総半島を経て一気に常陸国の海岸に船を捨てて、

隼人は筑波郡上平柳村で帰農した。(ここが大事なところです)。



鎌倉からソウルへ続く134号線。海はありますが……。

 

安永9年、なんとこの地の農家に生まれたのが間宮林蔵である。

隼人の7代後の子孫であると前述した。
幼いころから利発な子と言われ、地元では有名であった。

わずか13歳にして役人の下僕として、普請役人と共に江戸に出ることになったのです。

 

 

江戸で測量技術や地図作成術を覚え24歳にして東蝦夷地、南千島の測量に従事し、

その後、海峡地帯を突破して、ついに間宮海峡を発見するのでした。わずか30歳の時だった。

私が鎌倉からソウルまで2328キロを踏破したのは、倍の年齢の60歳の時だった。



 

 


 

 

林蔵は、その功を褒められて役職についた。

私のソウルへの徒歩の旅は外務省の「日韓正常化40周年」の記念行事に認定されたのですが……。

マスコミにも取り上げられて、一人旅が大げさな話になってしまったのです。

 

 

 


 

江戸に戻っての林蔵は、公の職を離れて、
全国を歩き回り異国船渡来の見聞内偵の仕事のために隠密的な生活を送っていた。

晩年は「シーボルト事件」に巻き込まれて表だった役目から離れた。
 

 

一方、伊能忠敬は幕府の命により日本全国を測量し「大日本沿海興地全図」を作成したが、

忠敬の死後も林蔵は地図を書き続け、その日本地図の大半を完成したことは世にあまり知られていない。
 

64歳、江戸の深川でその生涯を閉じた。

 

 

天保15年2月26日の事だ。

今でいう1844年。その100年後に私は生まれた。

 

私は間宮林蔵の子孫かどうかは大きな謎である。

いつかは、その謎を解かねばならない。(続く)

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 14:02 | comments(0) | - | - | - |
今年の記念ウォークは、元箱根から箱根旧街道を下る楽しい企画になりました。


毎年3月9日は、「鎌倉ーソウル2328キロを歩く」の鎌倉出発記念日。
2006年から、あしかけ数えて13回目の記念ウォークになります。
当日の天気が小雨模様だったので、通常ならば中止のところを、
今回は新企画だったので、皆さんに図って26日に延期しました。


 
参加者各自、JR小田原駅に11時までに集合しました。
伊豆箱根バスで、箱根町港まで1時間余り乗車。一気に箱根山を登ります。

私の徒歩の旅の二日目は小田原を朝7時に出て、箱根旧街道を箱根峠まで。
昼食のあと三島までの旧街道を下り歩き、三島着は夕方の6時という記録がある。
これでは、あまりに厳しいコースで、とても仲間が集まらない。
逆方向に元箱根から小田原方面に旧街道を下り歩きの企画にしたら、9名の仲間が集まりました。




 
好天の中、観光客で二義合う中お店も混雑している。
並んでいる時間がないので元箱根のコンビニのイートインで軽いランチを済ませて、芦ノ湖畔で記念写真。
午後1時過ぎに小田原めざして歩き始めました。




 
箱根旧街道の石畳は、先日の雪がまだ残っていました。
注意深く歩かないと危険です。



おしゃべりも控えめに慎重に歩きはじめます。



今回は新しいメンバーの参加がありました。私が通うサークルのメンバーが静岡からご家族3人で参加しました
お揃いのファッションで参加しました。お父さんは、先に歩いています。


 
歩いてほぼ1時間、峠の「甘酒茶屋」でひと休憩。


 
陽だまりの中、縁台に座っておしゃべりが始まりました。


 
当時の大名が乗った籠。
籠に乗る人、かつぐ人、そのまた草鞋を作る人
思い出しました。




 
石畳の旧道が続きます。


 
母と、御嬢さんは全く同じ衣装で歩いています。とても仲が良いのです。



 
だれかが、折れた枝を使って金剛杖をつくり、歩きが楽になったようです。


 
たまには公道を歩きます。




 
江戸時代の石畳の表示。
ここまで大八車もつかえない。ここまで早川の石を運んだのだろう。
大変な工事だったに違いない。
どことなく石畳が丸みを帯びていて年月を感じさせます。
どれだけの旅人や通行人が歩いたのでしょうか。


 
もう少し歩こうか。そろそろバスのお世話になろうか。
迷いながら、歩き続けます。
とうとう時間切れもあり、あっさりとバス停で、バス待つ人間に戻りました。


 
今日一日小さなリュックに旅の間つけていたゼッケンを下げました。
箱根湯本まで乗車して、小田急線で小田原まで戻り、目指すは「魚国」。
美味しい酒とうまい肴を求めて、その為に一日歩いてきたような。




 
まずは生ビール。
魚三昧で、楽しいおしゃべりが続きました。


 
最後はお店の前で記念写真。
 
さて、次回の企画は普通ですと、小田原からバスで元箱根まで。
そこから箱根峠を通り、下りの旧街道を三島まで。
三島でうまい鰻で打ち上げでしょうか。
良く考える必要がありますね。
このままでは記念ウォークはソウル到着まで何十年かかるでしょうか。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 11:02 | comments(0) | - | - | - |
3連休の最後は「体育の日」。そうだ、ひさしぶりに三崎港まで歩こう。


秋晴れの好天気です。体育の日は、やはり体を動かさないとね。
久しぶりに「鎌倉から三崎まで35キロを歩こうの企画」の復活です。


 
しかし今回は、少し(ずるけて)逗子駅からのスタートです。
鎌倉の家から134号線、逗子の渚橋までの10キロを省略し、JR逗子駅から出発しよう。
途中で孫たちの家に寄っても、いたら一緒に遊んでも良いという考えもありながら・・・。
(結果は近くの地区運動会に参加していたので不在でしたが)。
2005年に行った「鎌倉からソウルまでの2328キロの徒歩の旅」。一日平均35キロの歩きだった。
鎌倉の家から134号線で三崎港まで35キロ。一日単位の距離です。
今回は逗子駅出発です。



 
駅から渚橋まで20分、海はレジャー気分で一杯です。



 
葉山海岸通り(134号線)を勢いよく歩き出します。


 
沖には裕次郎灯台と江の島が見えます。
灯台の上空にはうっすらと富士山があるはずですが、今日ははっきり見えません。



ラマーレ・ド・チャヤは昼時で人がいっぱいいますね。



 
一色海岸の近くに何本もススキが生えています。秋の気配を象徴しています。


 
葉山の御用邸です。ご主人はお留守です。


 
元S〇APのKTの個人宅と言われていますが、いつもお留守でしたが・・・。アレ!?。


 
ここの地点は家から三崎港までのちょうど真ん中。
という事は、三崎まであと17km。


 
二車線の134号線。大楠山の入り口付近で、事故。
大渋滞の中、なぜこんな事故になるのでしょう。
理由は確かめましたが、ここではちょっと・・・。
武山駐屯地まで来ました。目標まで、あと9km。


 
黙々と歩いています。
体育の日とは言え、頼まれたわけでもなく、何故、一人でこんなにロングウォーキングをしているのでしょう。
最近の人生の出来事、これからの人生進路とか、いろいろな事を考えながら歩いています。
ペットボトルの水も2本飲んでしまいました。
夕方に三崎港に到着したら、交差点の角のコンビニでビールを買って、海を見ながら達成感を味わおう。
いつものレギュラー缶ではなくて、ロング缶を一気に飲んだら、気分がいいだろうな。


 
とかいううちに、京浜急行の終点の三崎口駅を通過です。ちょうど4時。
港まで、あと一時間の歩きだ。5時には到着だな。
10年前は9時に鎌倉を出て、途中で簡単ランチを取って、5時には三崎でビールだった。
今日は逗子から出発。多少のエコウォークのつもりだったが、意外と時間が掛かっている。
年齢を重ねたので、仕方がないか。
明るいうちに着くだろうから、ビールもうまいだろう。
頭にはビールの事を考えながら、もうちょっとの道が続きます。


 
もうちょっと!
あっ!海が光っています。いつもは富士山がくっきりと見えるんですが・・・。




 
もうちょっと!もうちょっと!


 
ちょうど5時に海に到着。やったね。


 
海を見ながら、汗でぬれたTシャツを着替えて、新しいTシャツになったら、ビールタイム。



 
朝10時半に逗子駅を出てから三崎まで徒歩27キロ。何度も踏破した道のりだが、今日は気分的には、結構長かった。
やっぱり年齢かな。
次回はいつ歩くだろう。年内か、新年だろうか。
とにかく元気が一番。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 11:56 | comments(0) | - | - | - |
小雨決行!鎌倉のアジサイウォーク。残念ながら小雨でした。


いつもの昔の仕事仲間にシニア仲間の鎌倉ウォーキング。
今回は鎌倉のアジサイ歩きです。


 
今回は常連シニアの参加が少ないのですが、メンバーのIYOBEさんが、前日に新宿で古希コンサート。
韓国からの友人たちがコンサートを聞きに参りました。


 
その勢いで4人の仲間が初めての鎌倉観光(アジサイ歩き)に同伴しました。
さて、当日は毎回晴れ男なのに小雨です。しかし、アジサイには小雨が良く似合います。(負け惜しみ?)
北鎌倉駅に集合しましたが、「明月院」最後尾の看板が駅から近くの場所にあり、
あっさりとあきらめて作戦変更、第2案の「東慶寺」に向かいました。(想定内でした)。


 
さっそく線路を渡って東慶寺に向かいます。山門にはアジサイが咲いています。
 
羅(うすもの)の後ろ姿や東慶寺 武舟

かつての句会で私が詠んだ句です。
古くから「縁きり寺」として有名な東慶寺。
後ろ姿の女性はどんな運命だったのでしょう。


 
私は東慶寺は結構好きなお寺です。
小雨の中、しっとりとした庭園の風情は何とも言えません。



 
白アジサイに紫アジサイ


 
山門前で記念写真。
この頃から小雨は止んで来ました。


 
次に訪れたのは「長寿寺」。



 
季節限定で公開するこのお寺は、昨年も秋に訪問しました。
紅葉の時期に加えて、アジサイの時期の週末は公開してくれます。


 
限定公開というだけに、あまり多くの観光客に知られずに穴場としても、とても美しい寺です。
足利尊氏のお墓でも有名です。



 
静かな竹林のとアジサイの前で4人の異国の方々。
お顔だけでは、まったく異国の方とは分かりません。
日本語もお上手で、若い仲間は全く困りませんでした。


 
記念写真です。


 
鶴岡八幡宮をお参りして、源平の池の蓮も楽しみました。
鎌倉駅前の「生涯センター」。何時もランチタイムでお世話になります。



 
ランチの後は「瑞泉寺」。
ここのお寺も私は大好きなお寺です。
この頃から、また小雨が降ってきました。
途中に山肌一面にアジサイの咲きほころんでいる道があります。
いたずら坊主の後ろ姿です。


 
男坂を登ると瑞泉寺の山門があります。
庭には、我々の他にだれ一人いなく、アジサイ観察は独占状態です。



 
ここも、鎌倉の奥座敷。いつ来ても落ち着いた風情がたまりません。
遠景には鎌倉の山々。
帰りがけのおうちの玄関の前にも、何気ない一輪のアジサイが飾ってあります。


 
一輪のアジサイは、かえって美しい存在に見えますね。
 
夕方早めからいつものお店に席が取ってあり、楽しい会話でお酒が進みました。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 11:28 | comments(0) | - | - | - |
大磯に集まろう!島崎藤村を訪ね、吉田茂にも会える。旧東海道をおしゃべり歩き。


久しぶりの母校の大学の放研三田会のハイキングです。
大磯に集まろう!島崎藤村を訪ね、吉田茂にも会える。
城山公園(旧:三井邸跡)で海を眺めて旧東海道の松並木の中を歩く。〆は鴫立つ沢の秋の夕暮、鴫立庵に。
今回も晴れ男、晴れ女の幹事のおかげで日本晴れのハイキングです。
参加者17名の先輩後輩は、三々五々、定刻に大磯駅に集まってきました。 


 

初めての西湘を歩く企画です。余にふさわしき閑居なり。島崎藤村旧宅は終焉の地。

さっそく旧島崎藤村邸を訪問します。

 

 

ボランティア説明を聞いています。1943年8月22日が命日。

(私は丁度この1年後に東京で生まれました)。 



 

この後、大磯の住宅街を抜けて城山公園に向かいます。


 

公園の広場で記念写真。



 

竹林の涼しい風に吹かれながら、展望台からは180度の相模湾を望み、見事な富士を拝むことが出来ました。

ここでランチタイムそれぞれ旧交を温めながらのおしゃべりタイムです。

 


 

午後のコースはお隣の旧吉田茂邸へ。

旧吉田邸の火災後、見事に修復された旧吉田邸修復公開中で、全員が500円の観覧料を支払い邸内に入りました。





 

書簡集、檜風呂、居間などが復元されていました。

玄関にあった、焼け残った虎の置物。焼け焦げていました。

 

小山の上には遥かサンフランシスコ眺めるような大きな吉田茂像。

 

しばらくは海に沿った散策路を歩き、浜に出てみました。




 

最後は旧東海道の松林の中を歩き、鴫立庵で俳句の雰囲気を味わう。




 

西行法師がこのあたりの海岸を吟遊して、

「こころなき身にもあわれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮」という名歌を残したことは有名だ。

 

この後一部のメンバーは化粧坂の松並木まで歩いて、今日のハイキングは終了しました。

約11キロ前後の歩きです。

電車で大船に戻りなじみの店で打ち上げ会を行いました。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 12:17 | comments(0) | - | - | - |
2年ぶりです。朝鮮通信使友情ウォークに小田原から参加しました。


5月20日(土) 小田原〜藤沢。40km。
2007年に始まった「朝鮮通信使友情ウォーク」。ご縁があり第1次ウォークから、
地元の小田原―藤沢、藤沢=川崎、川崎―江戸城に参加しています。
今回は第6次ウォークです。


 
「ユネスコ・朝鮮通信使、世界記憶遺産登録」の祈願の旅でもあります。
小田原―藤沢(40km)、藤沢から戸塚まで10km参加しました。




 
炎天下の中小田原を8時45分に出発、1号線を東に向かって歩きます。
ところによっては1列縦隊になります。


 
大磯へ入る旧道です。この先には吉田茂邸、城山公園があります。



 
12時半い城山公園の広場に到着。それぞれが仕入れたお弁当タイムです。
シューズや靴下を脱いでの休憩になります。
13時10分、再出発。


 
大磯の松並木。


 
相模川を渡ります。




 
茅ヶ崎公園で休憩して、18時30分に藤沢の遊行寺前の藤沢交流館に到着。
藤沢市の関係者が歓迎してくれました。



 
5月21日(日) 藤沢〜川崎 35km。
私は午後から別の用事があるために戸塚駅までの10kmのお供です。


 
友人の金井さんと北海道から参加の元大学教授の奥谷さんです。


 
遊行通りを行進。学生時代はこの道を通って東京に出ていました。
懐かしい通りです。


 
藤沢橋を渡ります。


 
遊行阪を行進しています。
箱根駅伝で有名な場所です。


 
戸塚の原宿交差点近くの並木道です。
後2kmで戸塚駅です。


 
私はここでお別れです。

 
5月22日(月)最終日 川崎〜江戸城。
私は仕事の都合で、日比谷公園(江戸城)でみなさんお到着をお迎えすることになっています。
とにかく私より年齢の高い男性、女性が日本人、韓国人、在日の方々が約30名も
ソウルから約2000kmも歩いてきたのです。
私の12年前の「鎌倉ーソウル2328キロを歩く」で鍛えた足も、いきなりの40km歩きは応えます。
やはり日頃の訓練が大事だという事を思い知らされます。
足裏に小さな豆が出来てしまいました。情けないことです。

 

| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 07:48 | comments(0) | - | - | - |
今年の12回記念ウォークは大磯から小田原まで、いつものシニア仲間で歩きました。


2005年3月9日に鎌倉からソウルへ向けての徒歩の旅の出発記念ウォークは、予定を変えて7日に実施しました。
いつもは、省略して鎌倉ではなく、小田急線(片瀬江の島)から小田原を目指して、二宮あたりでギブアップを繰り返していました。
今回は大磯から、第1日目の終着点の小田原を目指そうという事になったのです。
メンバーはいつもの高橋夫妻、伊豫部夫妻に毎回参加の鍋倉さん。
高橋夫妻は小田原までとか京都からのさば街道。伊豫部さんは韓半島の部分で歩いてくれました。


 
予定通り大磯駅に集合、人によっては未踏のコースになる。




 
まずは近くの島崎藤村邸を見学する。
1943年8月に藤村は、ここで亡くなる。当時の部屋はそのまま保存されている。
(余談だが亡くなった日から丁度1年後に私が生まれているのだ)。


 
大磯の松並木。当時の東海道を思い起こさせる。


 
一度、海側の道を歩く。横は西湘バイパスが通っている。




 
吉田茂邸は平成21年(2009年)3月に焼失した。大磯町が再建の為に動き、完成まじかになっている。
赤白の梅が見ごろだ。


 
丘の上には吉田さんの像が立っているが、向かっているのは霞が関の国会方面。いつも睨みをきかせているのだ。


 
一路、目標の小田原を目ざして、昼時を外してランチタイムだ。私はカツ丼、今日はカロリーは気にしない。


 
江戸(日本橋)から18里(約72キロ)の一里塚。説明を読み、しばらくは旧道を歩く。



 
国府津あたりから海が見え始める。
そして酒匂川。富士山東麓と丹沢山地を主な源流として、昔は暴れ川だった。


 
十国峠も夕景に染まっている。


 
いよいよ小田原城だ。
当時の合戦図。
こんなに完璧に囲まれては北条も手を出せないですね。




 
小田原城をバックに記念写真。








 
そして魚の旨い店を調べたら数名が一致した、海鮮横丁「魚国(うおくに)」。
そこそこに飲んで魚三昧で3500円割り勘。シニアにはぴったりのお勘定感覚だ。


 
シニアと言っても古希前後のメンバー。身も軽く、気持ちも若いです。
来年の企画は小田原から箱根峠を越して三島へ降りるコース。
三島では鰻を堪能しようという事で解散。

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| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 09:55 | comments(0) | - | - | - |
恒例の地元メンバーの「鎌倉七福神歩き」が復活しました。


 
毎年地元メンバー(関東史跡研究会)が主催する「鎌倉七福神歩き」が復活しました。
リーダーのひとりの伊藤さんが昨年急逝して、これからの企画はどうするか。
しばらくは取りやめになるのではと思っていました。
長老の田中さんが、この企画を復活させてくれました。

 
七福神は室町時代にインド・中国・日本の仏教、道教、神道の源をもつ神仏七体で成立しています。
江戸時代中期に開運祈願の正月行事として七福神めぐりが広まったという。

今年はとても暖かい毎日が続きます。




 
今回は平日の開催だったので北鎌倉の円覚寺前は我々だけのメンバーしか居ません。
紅葉とか紫陽花の時は足の踏み場もないくらいの人が集合していました。


 
いつも満開の蝋梅が我々を迎えてくれます。


 
まずは「浄智寺」です。


 
(布袋尊)は弥勒菩薩の化身といわれる福徳円満の神様です。
愛らしい笑顔で境内奥の洞窟に祀られています。


 
早咲の梅が咲き始めています。



 
鶴岡八幡宮の(旗上弁財天)は芸能・開運の神で、像は鎌倉国宝館にある。
次は「宝戒寺」の(毘沙門天)。病魔退散のご利益があります。


 
「宝戒寺」は(毘沙門天)を祀っています。仏教を守護する四天王のひとり。病魔退散の神様です。



そして「妙隆寺」の(寿老人)です。
長寿の神さまです。ケヤキの一木つくりの像が鹿を伴って鎮座しています。



 
「本覚寺」は(夷神)です。ちょうど十日夷でにぎわっていました。
「商売繁盛、ささ持って来い」という関西の掛け声とは少し違いますが、大金払って大きな熊手を買い求めています。

最後の二福を求めて長谷に移動します。


 
「御霊神社」の(福禄寿)が待っています。ちょうど境内の前を江ノ電がすれすれに通り過ぎていきます。


 
幸福・材福・長寿の神様。
面掛行列はこのブログで、何回も紹介しています。
鎌倉市と韓国・安東市との都市提携の原点です。
仮面行事を大事する両市の共通点で民間交流が始まり、2013年7月にパートナーシティになりました。


 
最後は「長谷寺」の(大黒天)です。財福の神さまです。


 
大黒堂には(さわり大黒天)が祀られています。
今回は、いつもと違って全員が写る記念写真は掲出しません。
 
この歩きが決まって、いつもの仕事仲間の若者たちとの「七福神歩き」は、新企画として「鎌倉の梅見歩き」に変更しました。
2月の中旬、梅見のグッドタイミングで歩きます。

 
ではでは。
| team-mamiya | from-mamiya「徒歩の話」 | 12:16 | comments(0) | - | - | - |
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