鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
3月は講演が3回。おしゃべり3時間。鎌倉、浜松、静岡と楽しく韓国の話をしました。
 

3月は講演が3回。おしゃべり3時間。鎌倉、浜松、静岡と楽しく韓国の話をしました。
 
3月3日の鎌倉「長谷の高徳院」では「徒歩の旅でまいた【種】が大きく【芽】を出した」。
ソウルへの徒歩の旅の出発の日、石渡前鎌倉市長の一言で6年にもわたる大河ドラマになった話。(3月3日参照)。



今回は2年前から静岡県の「韓国広報アドバイザー」を委嘱されている関係で、
「富士山静岡空港」から韓国や中国への観光旅行促進の一環で、
「韓国の魅力、風景、生活」のお話をすることになった。
タイトルは「韓国と私」。シンプルである。
韓国の居住経験も重要な要素で、住んだものしか分からない視点での話も求められた。
 
韓国に関わる講演としては新しい切り口である。
どういう展開で話をつくろうか?
 
赴任中の事を思い出した。
 
「行きたいところはどこですか?」
「まみや!案内は任せるよ」
そんな時はいつも「昔の韓国」「今の韓国」「現実の韓国」で決めたものだ
 
「昔の韓国」は昔の建物(旧市内にある王宮や民俗村)。
「今の韓国」は流行の街角(明洞、梨泰院、仁寺洞、東大門市場など)。
「現実の韓国」は38度線。韓国と北朝鮮の軍事境界線。JSA(共同警備地域)の訪問体験。

この流れで1時間の講演は構成した。
さっそく説明画面に入ろう。

(なお、観光写真(画像)の一部は「韓国観光公社」から講演の趣旨により写真提供して戴きました)。
まずは「昔の韓国」。





ソウルから南に1時間・水原(スウォン)にある「韓国民俗村」と「華城(ファソン)の説明。
「民俗村」は昔の建物が展示されて文化体験の場でもあり、伝統韓国料理も味わえる。
「華城」は周囲6kmにわたる城壁の城である。一時遷都も考えて築城したが、
あえなく失敗に終わった。現在、世界遺産に登録されている。
どちらも機会があるごとによく訪ねたものだ。



こちらは旧市内にあるので身近に体験できる世界遺産。
「昌徳宮(チャンドックン)」。
中にある「秘苑(ピウォン)」も日本語案内ガイド(時間限定)が居ます。
ここはツアーでも訪問する機会が多いとおもいます。
 
そのほかにも「景福宮」「徳寿宮」「光化門」などの魅力にも触れる。
 
「今の韓国」。ソウル訪問で一番人気のある流行(はやり)の街だ。



なんといっても「明洞(ミョンドン)」。いつでも若い人でいっぱいの街だ。
ファッション、エステ、食べ物、化粧品、何でもあります。
市内の有名ホテルからは歩いて散策できるのが良い。



美術品、骨董品、伝統茶などでは仁寺洞(インサドン)。
他には梨泰院(イテゥオン)、江南の新興地・狎鴎亭(アックジョン)の話。

狎鴎亭(アックジョン)のTearoom



24時間オープンしている東大門市場(トンデムンシジャン)。



李明博(イ・ミョンパク)大統領がソウル市長時代に行った清渓川(チョンゲチョン)の復活大工事の話。
川の上にある高速道路を壊して、きれいな川を再現した。
高速道路を利用していた我々駐在員はには、とても不便な話だったが、
日本では考えられない思い切った政策を行ったものだ。

南大門焼失の影響に触れないわけにはゆきません。





2008年2月、心無い市民により放火され一瞬に燃え尽きた。
京都の金閣寺とほぼ同じころに建てられ、南大門も金閣寺も放火で大事な文化財を失った共通点がある。

最後が「現実の韓国」。
人工衛星と言い張る北朝鮮との境(軍事境界線)。
友人を案内して何回も行きました。

自由の橋。

板門店の緊張

板門店で韓国と北朝鮮の兵士に囲まれて・・・。



嘘です。

現在、韓国と北朝鮮は「休戦中」という戦争状態といえる。これが現実なのだ。

38度線が引き起こす悲劇を描いた多くの映画が撮影されたソウルの映画スタジオです。
右か韓国の兵士、左が北朝鮮の兵士。ともに緊張感のない兵士達です。
 
後半は韓国の食べ物紹介です。
実際の画像は43種の食べ物を説明しました。(ここでは4種だけ)。

ブルコギ

部隊チゲ
米軍の払い下げのスパムやソーセージに最後はラーメンを二つ。
大体一人前500円前後で食べられます。

オリコギ(カモ肉の丸焼き)
漢南洞(ハンナムドン)の一角にある「ウネンナムチップ(銀杏の木の家)」がおいしいです。

大腸(テッチャン)。
とてもうまくてソウルへ行くとかならず「良味屋(ヤンミオク)へ寄ります。
もっとたくさんの食べ物をご紹介したのはやまやまですが・・・。

最後は私の生活体験の一部から市民生活の紹介です。


冬山歩き。赴任して最初の冬に北漢山(ブッカンサン)に登りました。


3年目の夏、岩山の水落山(スアクサン)に登りました。
山好きの友人がたくさんいるので、簡単に案内してくれます。
 
なんといっても心躍るのは桜の季節ですね。


最初の春は南の鎮海(チネ)の軍港の櫻。
14万本のソメイヨシノが見事でした。



韓国の花見は茣蓙を敷いて車座に飲むなんてことはしません。
歩きながら桜をめでるのです。
赴任中5回の春は韓国でも有名な桜の名所を、最後は一人で旅したものです。
 
思えば5年間の赴任中に韓国全土を旅した経験がこのような講演につながりました。

【追記】
浜松市での講演では主催者が「富士山静岡空港」の利便性を画面で説明しました。


ところが静岡市での講演の前に、サプライズゲスト・久保ひとみさんが登場。
会場がドット湧きました。なんだこの驚きようは・・・!!。



久保さんは静岡のローカルタレントで、元気の良いおばさんキャラで、
静岡では物凄い人気を誇っています。

ローカルではこういうこともあるのです。
ドロンズ石本さんと第一テレビ「〇ごとワイド」で静岡空港から各地に海外旅行して、そのレポートをしています。
「久保ひとみと行く***ツアー」はいつも定員オーバーになるほどです。

「この間はソウルへ行ったんですよ〜!」
「おいしいものばかり、それが安いんでえすよ〜!」
会場を煽り立てます。

受講者たちは大喜び。どうしよう、このテンション!
結局、このテンションに引きずられて私の講演も始まりました。

また講演のおかげで、久しぶりの浜松、静岡。
旧交を温める良い機会にもなりました。
浜松で学生時代の友人と一献。



静岡では主催企画してくれた元勤務先(地元)のスタッフの皆さんと打ち上げの一献。

久しぶりの楽しい3月の講演旅行でした。
企画してくれた地元の後輩達に大感謝です。
| team-mamiya | from-mamiya「講演・講義」 | 23:02 | comments(0) | - | - | - |
高徳院の大広間でひさしぶりの講演。大学の同窓会が開いたお雛様祭り。お天気が良くて・・・。
 

高徳院の大広間で久しぶりの講演会。地元の大学同窓会が開いたお雛様祭り。お天気が良くて・・・。
今日は3月3日のお雛様祭りなのです。

女性のお祭りに、何故男性の私が講師なのでしょう。





長谷の大仏で有名な「高徳院」の大広間はこちらから入ります。



大学の鎌倉同窓会が招いてくれました。女性中心に男性もたくさん参加されました。
ここ数年は外人講師が続いたそうです。
「たまには日本人の講師はいないのですか」の要望にタイミングよく私に白羽の矢です。

「歩いて見つけた、新しい生き方」。
=徒歩の旅でまいた「種」が大きな「芽」を出した=



05年3月9日。鎌倉からソウルへの徒歩の旅の出発日。
鎌倉市役所で石渡市長が見送ってくれるという事で記者会見の後、
「先輩!韓国で鎌倉市の姉妹都市候補があれば紹介して欲しい」との一言が、
たった80日の徒歩の旅が、とてつもない、あしかけ6年以上の大河ドラマになりました。



今日の会場参加者には「鎌倉安東友好交流会」副会長で前鎌倉市長の石渡徳一さんも居ます。
その張本人を前に1時間の講演は、なかなか気恥ずかしい。

徒歩の旅を終えて「姉妹都市」の候補に慶尚北道・安東市を推薦、提案した。
このブログでも報告していた6年間の活動も最後に加えてお話ししました。

06年春 市役所に「姉妹都市のご提案」
08年秋 鎌倉「面掛行列」が安東「国際仮面舞フェスティバル」に参加。
09年春 安東「河回伝統仮面劇」が「鎌倉まつり」に参加。
10年夏 韓国の守護神「チャンスン」の作製披露イベント。
11年秋 安東で「青少年写真文化交流展示会」開催
12年冬 鎌倉で『子ども達が撮った「鎌倉」「安東」写真展』

新しい友好都市の形「パートナーシティー」制度での都市提携が近づいて来ました。



大広間いっぱいに準備された席。講演の後はそのまま懇親会。
今夜の食事は、ミシュランガイド(横浜・鎌倉編)で紹介された「鉢の木」から取り寄せてある。



大広間から見るお庭はとても美しい。



応援の垂れ幕や日韓の地図、新聞記事の陳列準備が済みました。


先日行った「子どもたちに写真展」のパンフレットも席におかれた。



元鎌倉ケーブルテレビの記者・安本浩子さんは受付係りと写真記録班。
若手も熱心に幹事手伝い。頼もしい存在だ。
数年にわたる我々の交流活動をしっかり「鎌倉テレビ」で取り扱ってくれました。
 
つい最近知り合った今日の幹事・渡辺範子さんの紹介で講演が始まりました。







旅のいきさつから講演は始まります。
「実は僕は野球少年でした」開口一番、このフレーズから始まります。
今日は女性(それも私と同世代)が多いのでいつもの語り口を変えて、
多少ドラマっチックな話し方に変えました。
 
実はこの一言が、大変に長い話になったんです。最後のほうで説明しますね」。
「実はこの美談が、後でとんでもない事件に繋がったんです」。



講演を終えて石渡さんと一杯・・・・。
「なかなか良い話でした」とありがたいお褒めの言葉でした。



高徳院の責任役員の佐藤美智子さん。
 
昨年オバマ米大統領が大仏様を訪問した。ホワイトハウスでその予定が発表されると、24時間の警備体制が始まったという。
当日は、息子の住職さんと共にオバマ氏を出迎え、境内を案内。3人並んで抹茶アイスを食べる姿は全世界に配信された。
その佐藤美智子さんである。
我々の鎌倉同窓会の副会長でもあります。



最後には同窓会会長で「鳩サブレ」で有名な豊島屋の久保田会長さんから特製の紅白のお菓子が届いていました。
 
来週は静岡県の依頼で浜松市と静岡市で韓国に関する講演があります。
「韓国の魅力、風景、生活ぶり」を2回にわたって1時間お話します。

これからパワーポイント原稿を作り始めます。
こちらも乞う!期待ですね。
 
| team-mamiya | from-mamiya「講演・講義」 | 00:00 | comments(0) | - | - | - |
6月22日はコピーライター・眞木準さんの3回目の命日。いろいろと考えること・・・。
・。
 
6月22日はコピーライター・眞木準さんの3回目の命日。いろいろと考えること・・・。
元気なころの眞木準さん

6月23日。11期「春の東京教室」開講講座

あの日(眞木さんが逝った日)の翌日の夕方、宣伝会議の7期「広告営業職養成講座」の開講講座だった。

まだ世間に「眞木さん逝去」の報が伏せられていた時に、
いつものように「講座の枕(眞木さんの話からはじめる)」を話さざるを得なかったあの時。
つらい時間だった。
 
あれから3年の月日が経ちました。

「東京教室」の開講講座は何故か偶然ですが命日の翌日のケースになります。
 
そもそも「宣伝会議」との付き合いは、ある日の眞木さんの一本の電話から始まった。
「もしもし、マキです。お元気ですか、実は・・・」
「・・・この閉塞状況の中、宣伝会議は初めての広告営業のための講座を検討したいんだって」
「間宮サン、ぴったりだと思うので・・・時間があったら相談に乗ってあげてください」。

そこから足かけ6年にもわたる私の講義への関わりがはじまったのだ。
業界の状況が刻々と変化する中で、回数を重ねるにつれて講師としての責任感が増してきたと感じる今日この頃だ。
同時に徐々に講義のツボを得てきたというか・・・。




前回の10期「東京教室」から「提案営業力養成講座」と名を変えて、
より提案力の大事さを伝える講座シリーズになったのです
 
今回は第11期生の講座になるのですが、
「3・11 東日本大震災」の影響を受けて業界としても大変な状況下、
各企業(広告会社など)から派遣される受講生の数は従来より半減したのです。
しかし、こういう状況で講座に参加出来た受講生達には、
いつも以上の【熱】を持って講座を展開しなければならないと感じている。

眞木さんから始まった【縁】は関連会社「マスメディアン」での
3年間の顧問業務(アドバイザー、セミナー講師)と続き、

更にそこから生まれた「新しいご縁」、東銀座の広告制作会社(社員100名)に顧問として参画して1年。
ますます現場対応が深い関係になってゆきます。
「現場」が「新しい現場」を生んでゆく。そんな感じの6年間です。

私のようなものでも、まだまだ業界の一角で「やるべきこと」がたくさんありそうです。
 
まっ、今私のやるべきこと、今私のやらなければならないこと、何より、今私がやりたいこと。
それぞれの中でプライオリティーを考えて、楽しく前向きに対応して行きたいと考えています。
(「鎌倉から、こんにちは」であまり触れないことであり、今後もあまり触れないことだと思います)。

定年を過ぎても、この私が何らかの形で元気に「業界」の仕事に関わっていられる・・・。
つくづく「あの眞木さんの一本の電話」からすべてが始まったのだと・・・。ありがとう!

眞木さんへのオマージュの気持ちでつい書いてしましました。眞木さんへのリスペクト、感謝ですね。
 
そんな中最近、昔の同僚で仕事仲間だった友人が不治の病で天に召されるという悲しい出来事がありました。
有名炭酸飲料の広告展開の開発段階からの仕事をともに戦った、同じ歳の【戦友】のクリエーティブディレクターMS氏。
 
その彼の告別式の会場が、まさに眞木さんの菩提寺ということを先日眞木さんの命日に知りました。
なんという偶然。
業界仲間や巷間であまり知られていない話です。
近々、そのお寺に眞木さんのお墓参りをします。

そんなことを考えている日の夕方、我が家のベランダから見えた光景。
雲が「心」の文字を天に書きました。こころ。
 
気持ちを切り替えてアジサイの話題を。

今や鎌倉は紫陽花のトップシーズン。
ところがいつものアジサイ散策がママにならない今日この頃ですが、
そこへ韓国からソウル仲間が「ある事」で急に鎌倉へ来ることになりました。

鎌倉プリンスホテルのアジサイ

週末、鎌倉プリンスで「藍生(あおい)」俳句会の会合がありました。
その句会に参加のソウル仲間が、鎌倉のアジサイを見たいと・・・。

御霊神社

踏切とアジサイ

御霊神社の境内
韓国伝統舞踊家のKR(リエさん)です。

寸暇を惜しんで御霊神社、成就院を案内しました。
成就院のアジサイと海

明月院、長谷寺と近くの名所を回る時間がありません。
ほんの1時間余りのアジサイ見物でした。

我が家の庭のアジサイ




アジサイの競演。
仕方なく我が家の庭に咲くアジサイを楽しんでいます。


最後は我が家の玄関に咲く「Welcome」の紫陽花を紹介します。
 
「いらっしゃぁ〜い!!」
 

| team-mamiya | from-mamiya「講演・講義」 | 21:48 | comments(0) | - | - | - |
久々の「アジ、さば、回遊魚」。朝から静岡、夕方には横浜で一日二回の講演です。

今年の4月から静岡県「韓国広報アドバイザー」の委嘱を受けました。
昨年、静岡空港(富士山静岡空港)が開設されて韓国との往来が容易になり、
県では韓国での「静岡県」PRに力を入れることになり、ご縁がありアドバイザーになりました。

先日、関係者の方々に対して「韓国広報戦略について」をお話する機会を得ました。
大雨の中、早朝に新幹線で「静岡」へ。

会場に到着、パソコン映写の確認を行い、90分の講話です。


【韓国をもっと知ろう!】と題して、詳細内容は避けますが、現状分析から具体的な提案までお話しました。

途中から上着を脱がせて戴きました。

韓国在住の30数名の韓国人の友人達に【静岡に関するアンケート】を発信したところ、
60通を超える返信アンケートを戴き、立派なアンケート調査になりました。
ありがたい事にひとりで10人規模のアンケートを集めてくれた友人も居ました。
半数以上は私を知らない方からの「お答え」で信憑性の高いデータになりました。

おかげで「世界で」「日本で」行きたいところ、その理由。
「静岡に対する認識度」も、結構クリアに判明しました。

またソウル仲間の「自治体」赴任者が当時現地でどのようなプロモーションを行ったかも、
十分に事前取材が出来て、我ながらしっかりした提案になったと思います。
最近私の中で流行っている「ひとり広告会社(ひとり代理店)」。
とは言っても、やりがいのあるミッションです。

昼食を終えて、午後は再び新幹線で横浜へ移動。


夕方からは横浜のホテルで、『クラブツーリズム(近畿ツーリスト)』の韓国ツアー説明会です。

【韓国人の心のふるさと・古き良き伝統が息づく 安東を体験する旅 4日間】


このツアーを仕切っている星野さん。


このツアー希望者への説明会で、50分「安東と私」と題して安東の魅力をお話しました。


私と安東の関係、国際仮面舞フェスティバル、河回(ハフェ)別神伝統仮面劇、安東の風景と人々。

パワーポイント原稿を駆使して、さながら「電気紙芝居屋」さんです。






特に河回村(ハフェマウル)の素晴らしさを、心を込めてお伝えしました。

結果、ツアー参加を検討中の方々からたくさんの方が「ツアー参加」にサインをされたと聞き、逆に大きな責任を感じました。
期待を裏切らないツアーにして戴きたいと思いました。

ひょっとすると、来年は「間宮武美と行く安東仮面舞ツアー」が出来るかも・・・。期待してください。
さらに安東について勉強しなければなりません。

当日のお客様の中に2年前の町田市での講演会にお出で戴き、拙著(サイン入り)を求めて、
かねがね安東に興味を持っていただいたご夫婦が「ツアー参加」にサインをされました。

【安東:河回村が世界文化遺産に】

そしてその講座の直後、1日(日曜日)に安東市「河回村」が「世界文化遺産」の登録されました。
日本国内ではほとんどニュースになりませんが、われわれ「鎌倉安東友好交流会」の仲間にはすぐ伝わり、
安東市長への祝電も送りました。

姉妹都市を標榜する関係の中で多くの共通点のひとつ「世界遺産の登録準備中」が、変化しました。
「鎌倉」より一足先に「安東」が世界文化遺産の登録者になりました。

今後は彼らの良きアドバイスを受け、「鎌倉」も早く「世界文化遺産」登録の仲間入りしたいものです。
ファイティン!
| mamiya | from-mamiya「講演・講義」 | 12:34 | comments(0) | - | - | - |
今年初めての講演会。小さな夢、大きな夢、普通の夢と「元気高齢者」の今の生き方をお話しました。

「国際交流ハーティー」主宰の小野里純子さんが企画、上大岡「港南国際交流ラウンジ」で講演会を開いてくれました。
会場の上大岡のゆめおおおかオフィスタワー
小野里さんとは昨年2月に鎌倉の一角で行われたファミリーパーティーで初めてお会いし、
すぐに講演を依頼されましたが、彼女は国際交流のボランティア活動で大変忙しい方で、約束実行は年を越えました。

タイトルは『歩いて見つけた、新しい生き方』。
鎌倉ーソウルの徒歩の旅で撒いた種が大きな芽を出してきたと言う、足掛け5年にわたる大河(?)ドラマです。

ハイチの大地震、阪神淡路大地震15年、政界の大地震の中、
「元気高齢者」が語る明るく楽しく元気の湧き出る物語を話しました。
と言いますか、元気にお話する機会を戴きました。

日曜日の午後、寒い午後、参加予定者はすべておいでになり会場は満席状態。
ありがたいことです。



会場のスタッフ。私の右側が小野里さん。

第1部はソウルまでの旅の話。
話の途中で、180枚のパワーポイント画面を見ながら、
皆様をソウルまで25分でご案内します。
いつもお話しする内容なので、スムースにパワーポイント画面が流れます。


日韓友情年のゼッケンを説明。浅葉克己さんからプレゼントの旗の話。



今回は休憩時間に小野里さんがプサン出身の友人と料理した「チャプチェ」を持参、会場でご馳走してくれました。
参加者は珍しいホスピタリティーに大喜びでした。

第2部は旅でまいた【種】が大きな【芽】を出した現在進行形の話です。
この辺からは私にとっも新鮮な気分でお話が進みます。
日本の「さば街道」歩き。
韓国の「さば街道」歩き
鎌倉「面掛行列」が安東国際仮面舞フェスティバルに参加。
韓国・安東の伝統仮面劇が「鎌倉まつり」にやって来た。
鎌倉市と安東市の姉妹都市計画の夢があと一歩まで来ました。

講演は時間通り4時にピタッと終了。
クロージングでは、初めて公開する秘密の「夢」を少しだけお話しました。

そして最後の質問タイムで、初めての経験です。
なんと花束を戴きました。

皆様、喜んで聞いていただけたようです。
拙著も好評裏に売れてサイン会です。

おかげさまで2時間あまり充分にお話できて、充実した時間を戴きました。
こうして私の【初夢ばなし】は終わりました。

後片付けが終わり、スタッフの皆様と珈琲とケーキで・・・。


講演ポスターの歩いているおじさんを見てください。
参加者のお一人がポスターより断然素敵ですね。と。
さすが漫画のおじさんよりはね・・・。

しかしクロージングでお話したことは将来への夢の話。
どんな内容かって?

その内容は会場にいらした方限定にしておきます。

【悲しい知らせが・・・】
この記事を書いているときに学生時代の同級生の逝去の話が飛び込んできました。
若い頃は『札幌の、みのもんた』と言われるほどの人気アナウンサー。
「ササッパラ」と言うニックネームは学生時代に私がつけました。
彼は、そのまま番組名などに長い間使用していました。
急な旅立ちで彼からネーミング料を戴き損ねました。

=2007年10月30日の「鎌倉から、こんにちは」の一部です=。

そして今日は日本晴れの一日。大学時代に「放送研究会」でひとつの鍋を囲んだ仲間、ササッパラ君が鎌倉へ来ました。
彼は札幌テレビの有名アナウンサーとして活躍して、昨年6月に完全リタイアー組になりました。
在籍中、入社後まもなくラジオ番組で「ササッパラの駄洒落道場」。
その後はテレビで「ズームイン!!朝!」北海道担当初代キャスター、「どさんこワイド」初代プロデューサーなども務めた。
笹原嘉弘。通称【ササッパラ】。
ちなみに番組タイトルにまでなった、このネーミングは当時私が名づけたと言うことを最近本人から聞き驚いています。
鎌倉ははじめてというのでゆっくり案内しました。

今日は【ササッパラ】が主役です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昨年に続き、同じ年代の仲間がいきなり旅立って行きます。合掌。

講演後のQ&Aで「どうしてそんなに元気なのですか」と言う質問がありました。
野球少年の頃から体を鍛えていましたから。

答えになっていません。
【健康で元気】。
そんな普通のことに感謝しています。
| mamiya | from-mamiya「講演・講義」 | 15:01 | comments(1) | - | - | - |
カンビールの空カンと破れた恋は、お近くの屑かごへ。SUNTORY CAN BEER。

仕事の仕という字は人にサムライと書く。良い広告を打つ企業には、必ずといっていいほどサムライがいる。
床波範人さんは、サントリーのサムライである。
博報堂の営業部長だった羽場祥修さんが間宮武美さんと現れ、競合のキリンを担当する本部にいた僕を、
一本釣りで引き抜いて床波さんに引き合わせた。
(中略)
ホテルにカンづめになる。一ヶ月家に帰らない。
相棒はそれまで飲み歩いていたADの戸田正寿さん。CDは長沢岳夫さんだ。
ふと気がつくと、会社にはほとんど出社せず、まわりはフリーランスばかり。
何だ、ひとりでできるんだ、という組織ドロップ・アウトの直接の悟りこの仕事がなった。

「一語一絵」眞木準(宣伝会議)。39ページからの抜粋である。

1983年に眞木準さんが博報堂からフリーランスとして独立した瞬間だ。
その眞木準さんが22日、急性心筋梗塞で急逝した。

私には22日の午後に眞木さんに近い方から連絡が入りましたが、
業界(友人)へのお知らせはマスコミ発表まで控えてとお願いされました。

缶ビールの仕事から何十年と時は流れた。

「宣伝会議」が営業講座の立ち上げ準備している時に、
真っ先に私を紹介してくれたのが眞木準さんだった。定年退職後の2005年暮れのことだった。

そして宣伝会議「広告営業職養成講座」は06年6月に1期生を迎えた。
それから回を重ねて7回目の開講が迫った。

6月23日7期生を迎えて開講講座「広告営業の役割とその活動」。私の担当講座。



冒頭、講座開設のきっかけ(意味)の話し、一部講座内容で眞木さんと手がけたカンビールのケースに触れます。
ビンビールからカンビールへ啓蒙活動のために「カンビール」を入れたコピーを3年間書き続けた。
そのコピーの数は300本以上とか。
カンビール需要促進協会の気持ちでのキャッチフレーズだ。

前日の急逝、翌日の講座では、まだ公表できない。
宣伝会議の担当者や受講生にも説明せずに淡々と講座を進めました。
後日、「実はあの時は」と種明かしをします。

現在、広告業界は(未曾有)の状況を迎えている。
「08年総広告費」はマイナス4.7%と5年ぶりに前年を割りました。
広告業界を囲む環境の大きく、急激な変化。
特に短期的には急激な経済悪化による業績の大幅なダウン(最大手広告会社:3月前年同月比83%)
広告業界売り上げは14ヶ月連続前年割れ。


しかし長期的な観点では、業界環境も構造的な変化を起しています。
広告売り上げの大半だったマスコミ4媒体(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)が、全体の50%を割る状態になってきた。
不況は単なるきっかけで、根底にはテレビや新聞、雑誌に依存してきた業界構造が大きく変わったのだ。
企業は最終ゴールの生活者にいかにコンタクト(タッチ)してゆくかを大きく模索しているからです。
いかにブランドエンゲージメントを達成するかだ。

それをベースに営業パーソンのプロデューサーとしてのスキルを、業界という大きな山、林、そして木や枝葉に至るまで、
私流のスキル(ワザの棚卸)を熱っぽく伝えた。

(業界における女性の活躍はめざましい。アドマンはアドパーソン、キーマンはキーパーソンと言い換えている)。

しかし、過去6回の講座そのままでは充分に説明しきれない大きな問題が点ある。
パワーポイント原稿も書き換えて講座に向かった。
受講生の皆さんは、受け止めてくれたと思います。


7月8日から神奈川県民ホールでの「浅葉克己展」

「快晴盛夏」(カイセイセイカ)は土屋耕一さんのコピー。お得意の回文。 
「デザインの港 浅葉克己展」は眞木準さんのコピー。

コピー界の大御所・土屋耕一さんは、ある意味で眞木さんの師匠でもある。
伊勢丹の仕事も、土屋さんから眞木さんが引継ぎ、
「恋を何年、休んでいますか」「恋が着せ、愛が脱がせる」。
「四十才は二度目のハタチ」などヒットコピーを続けた。

“三度目のハタチ”に、師に続き弟が・・・。
師弟が同じ年に一緒に逝ってしまうとは・・・。

かつて、乃木坂周辺には多くのコピーライターが事務所を構えていた。
「乃木坂ビレッジ」。
設立しないまま幻に消えた、アイデアだけのコピーライターのプロデュース会社の社名。
名付け親は眞木さん。
既に30代後半になっていた私は、そのオフィスを思い切って独立して立ち上げなくて良かったと思う。
現在、乃木坂で活躍するコピーライターは何人いるだろうか。

眞木さんは、そのことを今でも覚えていただろうか。
| mamiya | from-mamiya「講演・講義」 | 14:38 | comments(0) | - | - | - |
緑の木立の中、鎌倉市教養センターで市民講座。一日に2回の講演は初めて・・・。

鎌倉山の一角に緑に囲まれた「鎌倉市教養センター」があります。
この地に移り住んで約30年。全く初めての訪問でした。

図らずも春期一般教養講座(全7回)にお招き戴き講演をさせていただきました。
この講座は市内に住所を有する60歳以上の皆さんが学ぶ事を通じて教養を高める事、
自主的に仲間づくりをしながら地域社会へ参加を推進してゆく事を目的に開講しています。

目的にどれだけお役に立つかわかりませんが、精一杯自分の体験を通じて鎌倉市へのかかわりをお話しました。

教養講座第3回目。タイトルは「歩いて見つけた、新しい生き方」。
市の広報の都合でタイトルに字数制限があったのでこんな形になりました。

朝9時過ぎから、受講者の方々が集まってきました。

毎回の事ですが徒歩の旅で使用した地図、記念シャツや、新旧のウォーキングシューズ、
垂れ幕に取材を受けた新聞、雑誌を展示します。
みなさん、どれも興味深く、じっくり見てくれます。

10分前にはほぼ満席状態。午前の部は110名、午後が105名。2時間ずつ同じ話を2回行います。
●日韓『さば街道』交流 」
=若狭から京都へ「さば街道」歩き。
=江口(カング)から安東へ「さば街道」歩き
●鎌倉市ー安東市「姉妹都市計画」
=『面掛行列』が『安東国際仮面舞フェスティバル」へ。
=『河回(ハフェ)別神グッ仮面劇』が『鎌倉まつり』へ。
今回の話の骨子です。
姉妹都市提案の理由。6つの共通点。
徒歩の旅でまいた【種】が大きな【芽】を出した。具体的な旅以降の活動をパワーポイント画像を駆使してお話ししました。

講演の前後でもいろいろと話しかけてくれます。
同じ会社に姪っ子がいます。近所に**さんが居ます。同じマンションなのです。
と、元勤務先の先輩後輩の名前が出てきます。

九州にもおいしい鯖寿司があり、やはり鯖街道がありますか?

「Team MAMIYA 主宰」ということで、「チームには、どうしたら入会できますか」というありがたい質問もありました。

中には「あんとう市」は兵隊の時に駐留していました。「??!」
安東市の地図を見ながらこの川は「鴨緑江」ですか。「??!。いえ!洛東江(ナクトンガン)です」のやりとり。
講演を終えて「ごめんなさい。中国と韓国を間違えました」「ほっ!」
中国にも安東県、安東市 があり、中華人民共和国遼寧省丹東市の旧称で現在は丹東市。
学びました。

また、午前午後と同じ話をすぐにするので「さっき、この話ししましたっけ?」アドリブ話の確認です。
「??!」
午前と午後では受講者が違います。当たり前ですが確認しても皆さんもわかりません。

しかし、2時間の間、皆さんが熱心に集中してメモを取りながら聞いてくれました。
さすがに受講慣れされています。
100名の枠に抽選で漏れる方が居ると聞き驚きました。
みなさま、ありがとうございました。

玄関ホールには、さまざまな活動クラブの案内があります。じっくりと見てしまう私がいました。

会館は立派なもので舞台つきの休憩ホール、地下には大きなお風呂があり講座や教室の間に「一風呂」浴びる方もいます。

落ち着いた中庭もあり、このような空間が家の近くにある事を知り、今後はお世話になる事もあり、うれしくなりました。

講師メンバーには偶然ですが池井優先生(慶応義塾大学名誉教授)がいらして「戦後日本外交とスポーツ」(6回目)をお話します。
池井先生とは大学のクラブのOB活動で、日頃いろいろとお世話になっています。

06年秋には、先生が会長をされている「横浜青葉三田会」でも1時間の講演の機会を戴いたことがあります。

先生の講座には特別に受講してみようと思います。
講座後の一杯が楽しみです。
| mamiya | from-mamiya「講演・講義」 | 09:03 | comments(0) | - | - | - |
「学徒動員」。大先輩が与えてくれたプレゼント。「歩いて見つけた、新しい生き方」講演会。

「昭和19年三田会」(東京会)という集まりがあります。
昭和19年に本来であれば大学を卒業した仲間の集まりです。
つまり第二次世界大戦末期の昭和18年(1943年)に戦力不足を補うために、
「学徒出陣」として一部の病弱者を除き根こそぎ戦地へ動員された方々である。

当時、高等教育機関に在籍する20歳以上の文科系(および農学部農業経済学科などの
一部の理系学部の)学生を在学途中で徴兵し出征させたことである。
それまで(旧制)高校や(旧制)大学に在籍する学生は、26歳まで徴兵猶予されていたのです。
軍隊へ行かれた先輩方は昭和19年9月、本人達が誰一人知らないうちに卒業という事になり、
「卒業証書」が家族に手渡されたのである。

その後戦争から生きて帰られた、その大先輩の方々が後に「昭和19年三田会」という会を結成しました。
「年度三田会(OB会)」がないのは昭和19年卒業生だけという事で、
慶応義塾から呼びかけがあり沢山の方々の骨折りで結成できたとの事です。
昭和38年6月のことである。そこには、なんと卒業して20年の歳月が経っていました。

当初は全国規模で集まりを開催していましたが、近年東京近郊の約40名の方々が、
「東京会」として年に4回集まり、いろいろな義塾関係者から興味ある話を聞かれています。


開始時間前から会場にはメンバーの皆様はほとんどが集まっていらっしゃいます。
それも矍鑠としたネクタイ・スーツ姿で皆さん楽しそうに懇談されています。


今日のメンバーの中に「塩爺」こと塩川正十郎さんも仲間に会いにお出でになっていました。

今回の講演はフリーアナウンサーで原村仲間の小林節子さんからのご紹介で、
大先輩の前でお話させていただく光栄に浴した次第です。

長男の結婚式の余韻もおさまらないある日。懇親会場は東京銀座「東芝ビル」7階にある「クルーズクルーズ」。

いつもの講演に持参する写真、新聞記事、記事掲載雑誌、垂れ幕、Tシャツなどを持ち込み会場へ参りました。


司会は代表幹事の神代忠男(こうしろ ただお)さん。当時この会を結成するときに奔走されて、
今日まで会の維持に貢献されています。


いつもは多少先輩面をして講演会などに赴いたりするのですが、
今日は大先輩の方々を前に大緊張して会場へ参りました。
ステージにも上がらずにフロアからのスピーチ。


今日のテーマは「歩いて見つけた、新しい生き方」。90分のお話である。
2005年3月から5月までの80日間の徒歩の旅。
「鎌倉=ソウル2328キロを歩く」で、沢山の人との交流から生まれた「種」が大きく「芽」をだした。

特に鎌倉市と安東市を結ぶ、【仮面の踊り】の交流。
昨年9月鎌倉「面掛行列」(一行36名)が「安東国際仮面舞フェスティバル」への参加。
この4月12日「鎌倉まつり」に「河回(ハフェ)伝統仮面劇」(一行34名)がやってくる話。
鎌倉・安東の姉妹都市計画が着々と進んでいる事など。

講演後には活発な質問がありました。
朝鮮半島の南と北の関係から始まり、韓国人の人情、先輩方が現役時代の韓国ビジネスと今の違いなど。

懇親会が終わりある先輩から三田のキャンパスにある「戦没者慰霊碑」の説明と墓碑銘に関わる話を伺いました。
その墓碑銘に日本人学生と一緒に戦地へ赴いた韓国人学生の名前が無いとの事。
これまでいろいろと議論されてきたが、日韓の間にある複雑で重いテーマが、
横たわっていて一朝一夕には解決しない、と。
帰宅して「韓国三田会」会長の李一揆(イ・イルギュ)さんにも確認しましたが同様の説明がありました。

大先輩のおかげで普段の講演では知りえない沢山のお話を伺ったわけです。
そもそも昭和19年は私が生まれた年である。私にとっては人生の大先輩である。

いずれにしても60歳、65歳はまだまだ「ハナタレ小僧」と思い知りました。
拙著「鎌倉ーソウル2328キロを歩く」を半分以上の方が記念で求めていただきました。ありがたい大先輩です。

これからも精進して頑張るぞ!
元気を沢山戴いき、勇気100倍になりました。


【おしらせ】

講演会でもお話しましたが、4月12日(日)鎌倉まつりに「河回(ハフェ)伝統仮面劇」(一行36名)が、
11時過ぎから若宮大路のパレードに登場します。
14時頃には「鶴岡八幡宮」の舞殿横で無料公演(約30分)を行います。
珍しい異文化体験になります。

委員会メンバーから指名されて会場での司会進行をやることになりました。
お時間のある方は、鶴岡八幡宮へ、是非おいでください。
| mamiya | from-mamiya「講演・講義」 | 08:20 | comments(2) | - | - | - |
徒歩の旅で撒いた【種】が大きな【芽】を出した。地元鎌倉で「市民講座」です。

鎌倉市生涯学習センターの講座で4時間お話しました。
2回の講座で各2時間ずつ。
テーマは、
(發スピードで見たもの、触れたもの。歩くスピードで考えた事、感じた事
徒歩の旅で撒いた【種】が大きく【芽】を出した。

徒歩の旅の詳細は、これまで東京や地方や、ソウルでも、いくつも何回ともなく「講演会」でお話して来ましたが、
第2部のテーマは、はじめての話になります。
●「日韓さば街道」歩きで生まれた交流
●鎌倉の伝統芸能「面掛行列」が海を渡る。
この二つの話をしました。

どちらも興味深くお聞きいただけたようです。

歩いた道を赤く塗った日韓の地図や取材記事など旅の道具を陳列しています。

スリーンの前で、ボランティアの野田さんから紹介されました。。

私は講演でも講座でも座ってしゃべるのが嫌いです。だから2時間でも立ってお話させて戴いています。

「宿はどうしました?」「靴はこんなに擦り減ってしまうのですね」
休憩時間には地図の説明など・・・。

ソウル到着まで毎日、一日フィルム一本。目の前の「道」を撮り続けましたので、
会場の皆さんは「道」を眺めているだけでソウルへ到着です。

一週あけて、第2部です。

講座が終わると受講された方から、来春に「鎌倉教養センター」の一般教養講座での講演を依頼されました。
2時間を2回です。教養講座ともなるとまた準備が大変ですが、楽しみです。
地元鎌倉に関する話なので興味を持ってお聞き戴いたようです。

翌日は、いつもの広告業界セミナーでは、こちらも初めて「CM業界セミナー」。

昔の仕事を通じてピンチをチャンスに変えるスキルなどを1時間お話しました。
前向きの気持ちを持って、決してあきらめない。決着をつける工夫。
プレゼンテーションとは実施の中で難問があっても決着つけて、最後は約束通り納める。約束の儀式、その連続だ。と。

憧れだけでは成就しないと、いまでも活躍を続けている業界の大先輩達の辛口のアドバイスを引用しての講義です。

最後はちょうど半分の量のウィスキーを見て
「まだ、半分も」「もう、半分しか」
どうせならばプラス思考で・・・と。
昔のアメリカの有名な広告を参考に講座を〆ます。

PS:
鎌倉の伝統芸能「面掛行列」、海を渡る。
ソウル仲間のご縁で、日本政府観光局(JNTO)の機関紙に依頼され「特別寄稿」で10Pのレポートが掲載されました。
観光が軸になるために、現在日韓往復路線は年間500万人時代。
ゆくゆくは1日2万人時代が到来する日も遠くはない。
そのときには「鎌倉=安東・市民ツアー」が頻繁になっていると楽しいでね。と結んだ。

表紙にも拙文のタイトルが踊っていました。

さて、日曜日からは厳冬のソウルです。
| mamiya | from-mamiya「講演・講義」 | 08:19 | comments(0) | - | - | - |
講座がひとつ、セミナーがふたつ。国分寺、青山、表参道と講師生活の一週間でした。
若い人と話すのは楽しいですね!
若いエネルギーを前に業界で得た幾多の経験を身近なスキルに置き換えて話しています。
友人から「業界の伝道師」と冷やかされました。「シニアの力」なのでしょうか。

「宣伝会議」講座タイトルは「広告営業の役割とその活動」
武蔵野美術大学就職セミナータイトルは「広告業界就職ガイダンス」
宣伝会議グループでは「2010広告就職ガイダンス」

まずは武蔵野美術大学にて。
キャンパスに入ったとたんに「韓国語」が聞こえました。
「おっ!君達、韓国語だな」と私。
「エッ!(このお年寄りが)これから、何をされるのですか(敬語)」
「広告の授業だよ。4時半からだから、興味と時間があったら教室へ来ると良いですよ」と。

いきなり韓国語のやり取りに、セミナー担当のアシスタントは目を白黒。
学校関係者に伺いましたら、現在留学生150人のうち、韓国からは80人だそうです。
韓国人のアート感覚は、なかなかだと予てより感じていました。
それにしてもすごい人数ですね。

トイレのマークがさかさま。「?!」
早速、セミナーの枕で話しました。
「トイレのマークが逆さ、マークが芸をしていました。さすが美大。
何故と考える前に、緊張しろ!と言われているようで気を引き締めてお話しましょう」。
普通の形が普通ではなくなると、人間はハッとする。
それがデザインの力とでも言いたいようなシーンでした。

おかげさまで150人の教室が満室になりました。
大半が女学生。およそ一見して97%。
それにしても広告業界は女性が活躍する業界になりました。
私も現場時代は、女性のアシスタントにずいぶんと助けられたものです。

最近は講座では「キーマンを探せ」「アドマンは・・・」といえません。
「マン」ではなく「パーソン」、または「ピープル」です。

後半はグラフィックの作品例での解説もあり、講師仲間の三井敏雄さんが出番です。

質問も沢山ありました。
「広告会社のデザイナーと制作会社のデザイナーでは仕事が違いますか」
これひとつでも、150人の真剣な目と耳があり、きちんと答えないといけません。
何でも、どんな質問でも何とか答えてしまう自分が怖いですね。

宣伝会議の講座は3年目。今日は6期生の開講講座です。
「営業はプロデューサー」と行動と姿勢のチェックリストの数々を、わかりやすく自分の経験をベースに、
今日からでも使えるスキルとして説明します。
2時間の講座のエンディングの10分は「先輩から新人への手紙」です。
ここだけは「私と君だけ」という関係での距離で話を続けます。
いつも印象深いパートとして聞いていただいています。
「15年後か20年後には、君がここに立って、次代の若者達に、君流の話をしてあげてくれ!!」
インパクトのある瞬間のようです。

表参道のセミナーも今日は130人も集まりました。
「専門学校だけですと、広告業界は難しいですか?」
桑沢デザイン出身の学生の質問です。もちろん問題ないと思います。

あくまでも一般論ですが、近年企業・大学間協定が廃止されて、いわゆる「シューカツ」の活動時期が早まった。
我々の時代は4年生の夏に活動していたと記憶する。
今の学生(3年生)は「2010」に向けて熱心に「シューカツ」が既に始まった。
不況の響きの中で売り手市場が終わり、就職氷河期再来のおびえが渦巻いている。来春の内定取り消しも出始めたそうだ。

しかし、いろいろな学生がいて息子達より少し若い学生との話とは、真剣の中で楽しい瞬間です。

いつまでこのような形で続けていられるかなぁ。と、思ったりして・・・。
されど、しばらくは「老兵は去らず!」で参ります。

【お知らせ】夏に八ヶ岳農場のクイズキャンペーンを行いました。
10月31日で応募の締め切りでした。
約1000通の応募がありました。
原村リングリンクホールで、17日「八ヶ岳農場を愛する会」の小林節子さんほか立会人のもと厳正な抽選会が行われました。
あなたのところに「八ヶ岳農場アイスクリーム」や「八ヶ岳農場カレー」、「ブルーベリージャム」、「チーズ」などが届くといいですね。
| mamiya | from-mamiya「講演・講義」 | 20:34 | comments(0) | - | - | - |
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