鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
「やすらぎの郷」ってご覧になっていますか。初回からすべて見ていました。



最近、テレビドラマは大河ドラマ以外は、あまり見ていません。
在宅時間が少ないためか、ほとんどが録画で見ています。


 
「やすらぎの郷」はなぜか最初から録画を取って、ほとんど視聴しています。
なぜならば、我々がターゲットであるシニア対象のドラマだと思ったからです。
見てるうちに、結構若いポストシニア世代の方々も、喜んで見ているようだと知った。


倉本聰さん役の石坂浩二さん

 

大御所と呼ばれる主役級の俳優さんたちが、それぞれ肩を並べて出演しているのがすごい。

 

 

裏話としては主役の石坂浩二と浅丘ルリ子の元夫婦、その前に付き合っていた加賀マリコも寄りそうに、

毎日、倉本聰役の石坂浩二と一緒に、役柄はほぼ自分自身という設定で

演技も本人そのものの様に振る舞い演じているのが奇妙な魅力になっている。

今はほとんど見かけない喫煙シーンもふんだんにある。

八千草薫さん、五月みどりさん、の野際陽子さん、有馬稲子さん、・・・・。錚々たるメンバーです。。

 
 




 

ミッキーカーチス先輩や藤竜也さん、山本圭さん等が久しぶりに毎日登場してくるのもおかしい。

 

それにしても、野際陽子さんが、実際に放映中に亡くなられたのはショックだった。

 

私が初めて野際さんをテレビで見たのは中学生の頃。

定期試験など、学校の行事の関係で午前中で帰宅した時にNTVで資生堂提供の「女性専科」に毎日出ていた。

その頃のプロマイドを定期入れに入れていたぐらい、初めてのファン行動だった。

 

 

亡くなられて、だいぶ経つのに時折、回想場面ではなくライブ的に登場してくる。
加納会長の逝去のお知らせが、(やすらぎの郷)の館内放送で流れた時に、
館内放送を聞く野際さんがオンタイムで出てきました。

私にとっては感動にちかい。

女性専科の頃の魅力をそのまま、持ち続けていました。

 

今週でクライマックスを迎えるのでもなく、ドラマは淡々と終わっていくようですね。もう終わってしまうのですよ。

創設者の加納会長が「やすらぎの郷」を作ったきっかけは、有名女優だった大村洋子が自分の部屋で孤独死。

一週間も誰にも気が付かれなかった。

 

私は、大村洋子は大原麗子さんだとすぐに思ったが、25日の放送でその気付きがあたった。


 

「すこし愛して、なが〜く愛して」のコピーで有名な洋酒のCMの仕事で長いお付き合いをさせて戴いた。

その本人のナレーションがラストシーンで流れたのだ。

 


 

半年の間、毎日のように見ていたドラマの結論がそうなるのか、だった。

野際さんの時に感じた、感動が重なってきた。

おふたりとも、もうこの世にはいないのだ。
 

原作の倉本聡さんは、フジテレビに長年お世話になった関係で企画持込みしましたが、あっさり3日で断られたそうです。 

テレビ朝日が「徹子の部屋」の流れでシニア向けの昼ドラマとして採用して、新しい狙いのドラマがポストシニアの男女に受けているのだ。
ゴールデンタイムではなく、昼のシニア時間にぶつけてきたことも興味深い。
 
ある意味で、現在常識の放送文化を改革したと大げさに考えてみたい。

ついでに少し書き加えますと・・・。
5年間のソウル暮らしで、当時は日本の民放番組は、今のようにパソコンで見られる時代と違って、
NHKのBS1、BS2の放送しか見ることが出来なかった。

BS1は国際ニュースとスポーツ中継、BS2は連続ドラマや情報番組をもっぱら楽しんでいた。

民放よりも十分な予算を掛け、十分な取材でしっかり制作した番組を見慣れていた。

当時仲間内でいわれていたことは、ソウルの放送局の番組制作者たちは、番組改編期になると釜山のホテルで
日本の民放番組を漏れ電波(スピルオーバー)で見ていてそれをヒントに新しい番組を企画していた。 

 

 

おそらく、韓国のテレビ企画者たちは、釜山のホテルで漏れ電波をのぞき見して、

しばらくしたらシルバー向けの番組(やすらぎの郷)に似たドラマが流れる日は近いのではないかと思う。


 「続:やすらぎの郷」は絶対に見られない。日本では、絶対に。

模倣の文化は昔から古今東西、すぐそこにもあるのだから。
ソウルの友人の今後の情報を待ってみたい。

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 08:45 | comments(0) | - | - | - |
「まだん俳句連中」の特別吟行は、一泊二日の初秋の伊勢路。伊勢の間宮の遺伝子が騒ぎました。


『まだん』と言う俳句連があります。韓国駐在時代の『ソウル俳句会』の帰国仲間が中心の会です。
「まだん」とは韓国語で「庭(ひろば)」と言う意味です。
 
父の故郷です。文政3年の間宮たえさんから記録があり、間宮耕山(兵次郎)、間宮酒煙(貞二郎)と、
船江の町を治めていた有名な方々も私の先祖です。
江戸時代には伊勢に500万のおかげ参りのお客さまが来ました。
その食料の大半は江戸から海を経由して伊勢に届いたのです。
そんな物資の取り扱いを行っていたのが船江の庄屋。間宮の系譜です。
 
父の兄は貞二郎(幼名は和一)。長男の世襲で二男の父は、名古屋の学生時代以降は東京に出てきて、私が生まれました。
それなので伊勢(宇治山田)は、私の故郷でもあります。
小さなころは毎年、夏になるとひと月は山田の家で過ごした記憶があります。
 

 
19名の俳句の仲間が伊勢市の駅改札に集まりました。
初日の主な予定は、昼食の後、外宮参拝、内宮に移り、おかげ横丁を見て、内宮の宇治橋、
五十鈴川あたりまでで時間切れ。
(ちゃんとした内宮お参りは早朝の参拝が予定されています)。
近くの「神宮会館」が句会場であり、今宵の宿泊になっています。
 
外宮にお参りです。

 二の鳥居

 
宮に入り色なき風に我は此処 武舟
 
二の鳥居木々の緑や秋気澄む 武舟
 

 
空澄みて対なる千木や天を射る 武舟
  



 
おかげ横丁は平日だというのに、伊勢参りの観光客でにぎわっています。


 
生の原酒を立ち飲みで飲ませてくれる店を見つけました。
なんと仲間たちが大勢いました。
今日は特別でお酒を飲んでの句会参加はいいようです。だって、特別な日だから・・・。

おかげさましぼりたてなる秋の酒 武舟
 

 
内宮に入り五十鈴川まで来ました。
 
五十鈴川ひややかなるや指の先 武舟
 
 神宮会館の句会場
 夕食は豪勢なセットになっています。

 
夜の句会は夜の9時から、大浴場での風呂を終えて、一杯ひっかけて幹事部屋で男性のみ9人で行います。
兼題は「橋」。20分で3句出します。
お酒のお蔭で筆が進みます。
 
橋渡る後ろ姿や秋遍路  武舟 (4点句、うち特選1)
 
燈籠の灯りほのかに橋むこう  武舟 (3点句、うち特選1)
 
宮の橋見えざる神や露の玉 武舟 (1点句)


 
さて、早朝5時に仲間たちは、神宮会館から徒歩で内宮の正殿までお参りです。
私は、もう一泊して、明日ゆっくり参拝するので朝風呂を楽しんで皆の帰りを待ちます。
部屋から朝熊(あさま)山を見ると小雨の中、霧で包まれています。
 



 
チャーターバスが来て、出発前の記念写真です。 
バスで朝熊山へ。伊勢神宮をお参りして、金剛證寺をお参りしないと片参りと言いあまりよくありません。 
海抜550Mの金剛証寺につきました。あたりは一面霧の中です。



 
金剛の山門の先は霧襖  武舟  
 
季語を探していたら「霧襖」と微小な水滴が大気中を浮遊して、煙のように見通しが悪くなるさま。
格好の季語を見つけました。




蓮間の池と連珠橋の下には睡蓮の花が咲いています。

 
睡蓮や露のひとつぶ置いて咲く 武舟  



角塔婆戒名見上げし霧の中 武舟

 
四角い卒塔婆が高さと太さで値段(お布施)はかなり違います。
地獄の沙汰も銭次第という言葉を思い出しました。
 
バスは二見浦へ移動します。



身に沁みて結ぶ絆や縄強し  武舟
 
二見浜波の静かさ風の色  武舟



最後の句会が料理屋さんの座敷で始まりました。
今回は、おもいきりたくさん作って、5句、3句、5句と大変エネルギーを掛けました。
いつもより、伊勢の血が騒ぎ、たくさん点を戴き、伊勢句会に参加して本当によかったと思います。
仲間達は二見駅4時の特急で東京方面に帰りました。


 
私は東京からいとこ夫婦が来て、今夜は合流して久しぶりの一献。
明日は間宮の先祖様のお墓参りをして、ゆっくり内宮をお参りして、夕方伊勢路を後にします。
 
=続く=
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 13:37 | comments(0) | - | - | - |
あらら!早いもので古希3(スリー)になりました。今日は孫とのお祝いパーティーです。ありがとう。


不安定な天候が続く、8月後半。
江の島の夏も、もう終わりかぁ〜。なつかしい写真が書斎の棚から出てきました。


雨模様の日に、急にKIP君とトッキ―君が、早めの誕生会に鎌倉の我が家に来てくれました。
その知らせを聞いて、私は日比谷の仕事先から一気に帰宅して二人の孫と一緒に遊びました。
おんもは小雨なので、我が家のお風呂がプールになりました。
私は帰宅のシャワーのはずが、いきなり一時間近い水遊びにつきあうことになりました。





全員が揃ったので早めの食事会が始まります。



 
乾杯。
ケーキのキャンドルに灯が点きました。
吹き消すのは私ではなく、トッキ―が強引に受け持ちます。



 
早速おいしいお肉が出て来ました。



 
楽しい食事会が終わり、デザートのケーキがでたら、(とうと)が二人と遊び始めます。
 
今年で私は広告業界の現役生活48年目。
もう少し現場で頑張ります。


 
冒頭の若いころの私。慎太郎か裕次郎、加山雄三か。
夢にあふれた未来が、あふれるようにあったころです。

 
今では、たまには孫に囲まれたり、たまには友人達とゴルフを楽しんだり、
週二日は元気に日比谷の仕事場に出かけたり。
健康な毎日と、元気な伴侶と楽しい週何回かの夕食。
おかげさまで、とっても幸せすよぉ〜。
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 12:30 | comments(0) | - | - | - |
炎暑の渋谷で「まだん俳句連中」の吟行です。みなさん、いい句がたくさん出来ました。


『まだん』と言う俳句連があります。韓国駐在時代の『ソウル俳句会』の帰国仲間が中心の会です。
「まだん」とは韓国語で「庭(ひろば)」と言う意味です。
 
炎暑、大暑、炎天下、日照り、油照り、・・・等々、季語が暑苦しい日に仲間が渋谷ヒカリエ前に集まりました。
 
まずは渋谷の大改革。昔の感覚では目的地まで歩けない。
とにかく工事中が多く、巨大クレーンが大活躍しています。
 
今日の句会は、ヒカリエ⇒金王八幡宮⇒氷川神社⇒塙保己一資料館⇒国学院大学キャンパスが主なコースです。
昼ごはんはキャンパス内の学食(一般の人も入場可)です。句会は氷川区民会館。




さぁ〜、出発です。
まずは渋谷のど真ん中の人混みを抜けていくと静かな佇まいの「金王八幡宮」に到着。
(王)と(玉)の取り違いを句にした仲間もいましたが・・・。


 
人混みを抜けて宮あり蝉の声 武舟

炎暑の中、静かな境内ではお参りする人もほとんどいません。


 
炎天に二礼二拍手人の影 武舟

この庭には渋谷区指定の天然記念物(金王桜)がある。
頼朝のご縁で鎌倉にあった「憂忘桜」を移植し「金王桜」と名付けたいきさつがある。
江戸の三大桜と言われ芭蕉も訪れていたようだ。傍らには松尾芭蕉の句碑もある。


 
しばらくは花のうえなる月夜かな はせお(芭蕉)
 
氷川神社に移り句材を探して歩く。
ただただ、蝉の声だけが聞こえてくる。
庭には我々の句友以外には、ほとんど人影もない。
木陰のベンチが涼しそうです。


 
緑陰に杖もつ老爺居眠りす  武舟




 
今日の目的のひとつ。塙保己一(はなわ ほきいち)史料館。(公益社団法人 温故学会)
休日は休館のところを特別に開けてくれました。
実はここに来るまで【塙保己一】の存在を知りませんでした。



現在の埼玉県本庄市に生まれ、7歳の時に完全に失明。以降目が見えなくなってから和尚や家族から聞いた話を完全に覚え、
一言一句違わず覚え、すべてそのまま語ることが出来るようになった。
その能力を活かして15歳で江戸に出て3年間盲人としての修業を重ねた。
いろいろあって雨宮検校に学問への思いを告げて学びの道を進んだ。
後に検校となり、記録や様々な資料を集め、編纂したものが「群書類従」。ものすごい方なのだ。
史料館の群書類従版木倉庫(約1万7000枚)を見学した。
当時の人はいまから考えるとすごい技術を持っていたことになる。




 
ヘレンケラーは母から塙先生をお手本にしなさいと言われて育った。
昭和12年の来日時に、まずここの史料館を訪問して、この保己一像を感慨深く触れることができたと、
記されている。



 
大学のキャンパスの食堂で「カツどん定食(500円)」を戴きました。安い!


 
キャンパスの涼しい一角で句のまとめを小一時間してから会場へ向かいます。


 
炎天にサンダル姿の女学生  武舟
 
いよいよ句会場の氷川区民会館。
その手前にある、
昼下がりの公園には猫一匹居ません。

ダメ押しの一句。この句は数人から得点を戴きました。

野球でいえば、滑り込みセーフの句。


 
ブランコの揺れず動かず炎暑かな 武舟



 
句会は楽しい句評などで、あっというまに終わりました。



 
打ち上げは近くの中華料理の店。
2時間以内で飲み放題、食べ放題。〇〇〇〇円!
シニアのやることではないと思いながら、テーブルには料理の山。
全てたいらげてしまった仲間達でした。


 
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 08:22 | comments(0) | - | - | - |
梅雨は明けたのか。私の夏本番は始まっています。
【桑ちゃんの船上パーティー】


 
17日は海の日。横浜ベイサイドマリーナのオーナーズロビーに桑ちゃんの仲間が集まります。
恒例の桑ちゃんのヨットパーティーです。日本晴れの港に10人の仲間が集まりました。
全長25フィートの「バターボール号」はサロン、キッチン、寝床、個室水洗トイレ、冷蔵庫などが揃っています。
何度も乗せてもらっているので勝手は、よくわかります。
当日は会費制でワイン、お酒各種、バーベキューの材料とたくさん準備されています。
まずはイーストハウスでBBQパーティーを楽しみ、目の前の桟橋に係留してある「バターボール号」に乗り込みます。


 
係留されているヨットに、BBQで残った食材やお酒を持ち込みます。


 
私は特等席に座らせてもらいます。


 
いよいよ海へでます。炎天下のもと風が顔にあたってとても気持ちが良いです。


 
酔っ払いの乗りすぎを避けるために一部の仲間は桟橋で待機します。
(この方たちだけが酔っ払いという訳ではありません。みんなです)。


 
開始時間から3,4時間たっても話は尽きません。


 
夜も更け居残る仲間は元気です。


 
楽しかったパーティーも夜9時には解散です。
今回は何事もアクシデントもなく本当に楽しい一日でした。
キャップテンの桑ちゃんに大感謝です。
 
【孫の襲来】
実は「うれしい孫襲来」。楽しい時間が続きます。


 
我が家に到着して、ベビーギャングのトッキ―。いきなりおもちゃ箱が散乱状態になります。
木製の電車のおもちゃ。レールや鉄橋、駅舎もあります。
赤い積み木が携帯電話になり、何やら電話をかけてきます。


 
Kip君はレゴの入った衣装ケースにかじりつきます。
どのおもちゃも我が息子たちが昔遊んだものが、何十年も保管されていて、
昔の息子たちと同じように、来るとすぐにおもちゃに集中です。


 
そこで早めの夕食に。お肉が卓上コンロで、おいしく焼けています。
お行儀よく(?)、ミニBBQパーティーです。


 
おまけにトッキ―は食後のデザートにスイカまでかじりついて、大半平らげました。



爺とKip君のTシャツは同じ模様です。
去年の誕生日プレゼントでお揃いのシャツを戴きました。

 
【夏の西東京大会】


 
豊多摩高校は、立川市民球場で2回戦から出場。相手は創価高校。
ピッチャ―がよいと聞いています。



 
初回のバッターがライト線にライナー性ヒットで出ました。


 
応援席は盛り上がります。


 
しかし、相手のピッチャーの好投の打線は抑え込まれます。
四球で塁に出ても、後続が断たれます。




 
結局は、ヒット一本の惜敗。
来年の夏に期待です。
こうして夏は盛りを迎えます。
 
次回予告:鎌倉の花火大会報告。良い写真がたくさん撮れていますよ。
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 13:09 | comments(0) | - | - | - |
今月の偲ぶ会、2度目が広瀬さん、3度目は眞木さん。偲ぶ会が続きます。

 
【6月18日】 信州原村にて。
 
原村仲間の広瀬さん(写真左)が亡くなって、早くも1年が経ちました。
信州原村で親しい仲間が集まり偲ぶ会を行いました。


 
まずは、慈雲寺の納骨堂へお参りです。


 
このお寺は1300年、臨済宗建長寺派の寺院として創建されました。
建長寺住職の一山一寧禅師を招いて開山したと記されています。
諏訪大社下宮の近くに在り、なんと鎌倉と関わりがとても強いお寺なのですね。
石庭も禅寺の様子です。


 
お参りのあとで仲間で記念写真です。
さて夕方から親しい仲間20名がリングリンクホールのお隣の「サンドリヨン」に集まりました。


 
玄関には写真嫌いだった広瀬さんのたった2枚の写真を探しだして、
故人を偲んで焼香台には線香ではなく、こよなく好きだったタバコそのものです。
これは「八ヶ岳農場を愛する会」会長の小林節子さんのアイデアで、
永六輔さんのかつて友人を送る葬儀の方法をそのままお借りしました。


 
それぞれ煙草を吸う人、吸わない人がタバコに火をつけてお祈りします。



 
私も10数年ぶりにタバコを口にして、神妙にお祈りです。


 
会場で献杯から偲ぶ会は始まりました。




 
取り寄せのお弁当に一品持ち寄り。



 
それぞれが思い出のスピーチを紹介します。
全く知らない広瀬さんの一面をそれぞれが披露しては故人を偲びました。
仲間同士、本当に久しぶりに会う人同士もあって、広瀬さんのおかげで十分に親交を温めることが出来ました。


 
翌朝は、姿を現した八ヶ岳に挨拶を行い、早めに鎌倉へ帰宅です。

 
【6月22日】 都内広尾にて。



コピーライターの眞木準さんの9回目の命日です。
サントリーのカンビールを担当した親しい仲間4人が広尾のカジュアルなイタリアンに集まりました。
北イタリアで修業をを積んだ本格的なイタリア料理と素材を生かした炭火料理のお店です。
眞木準さんは自著「一語一絵」で参加しています。







特別なパスタ2品。
ウニを和えて、白貝バター和えのパスタ。コクのある味付けになっています。
二つ目のパスタは、高級な白のダイヤモンドと言える白トリュフが味付けになっています。


 
話も佳境になったころに特大のステーキが現れました。
しかし4人の健淡家はぺろりと片付けてしまいました。


 
勢い余って昨年同様、福ちゃんの案内で赤坂の(う〇ぎ)へ繰り出しました。
会長の佳代さん、ママの香織さん。相変わらず美しく元気いっぱいの方です。


 
ここでは、偲ぶ会にも関わらず、はしゃいだ記念写真になりました。
 
いつもの仲間が、逝ってしまった仲間を忘れずに語り続けるという事は、大事にしたいです。
今日も元気に過ごせる幸せを、かみしめながら・・・・。
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 19:55 | comments(0) | - | - | - |
久しぶりの家族の旅は出雲の神話の里。


久しぶりの家族の旅は出雲の神話の里。
神様は、大別すると二つに分かれます。
天津神(あまつかみ)と国津神(くにつかみ)です。
国津神の代表の大国主命は出雲大社に坐します。
 
「出雲」の意味を神霊的に紐解くと、
「雲が出て地球を守る」=天からのエネルギーを媒介する雲」という意味になるそうです。
天と地の間で層をなして地球を守り、住みよい場所に変える働きを司るのが国津神です。
そんな出雲の旅です。
 
2005年4月12日。鎌倉からソウルへの徒歩の旅で松江から出雲まで37.4キロ歩いていました。
鎌倉からちょうど1110.8キロ。まだ半分の距離だが、1000キロも歩いたことになる。
今では考えられない快挙と言える。
出雲縁結び空港から玉造温泉行きの直行バスに乗ります。
 

 
一日目の宿の庭です。
 

 
近くの玉造神社へお参りをしました。
 

 
ゆっくり温泉につかり食事を楽しみました。
美肌の湯という事で肌はつるつるになったようです。
 


温泉街のボランティア協会の企画で食後は近くの山で蛍見学。
 
 出雲大社駅
 
翌日は一日、出雲大社で過ごすことになっている。
 

 
電車を乗り継ぎ思い出の出雲大社の大鳥居。
 

 
参道も昔のままだ。
 

 
大国主命も迎えてくれました。


 
大きな注連縄の下で記念写真。


 
今回の目的は本殿にてお祓いを受けることにあったので「神恩感謝」とのお祓いを受けた。


 
出雲大社の日の丸といえば、日本最大の日の丸と言われて有名です。

神楽殿の前にある国旗掲揚塔の高さは47mもあり、これは出雲大社の古代の本殿の高さが166丈(約48m)と
言われる高さとほぼ同じです。古代の本殿はあの高さまであったのだ。
また、国旗の広さはなんと畳75枚分、重さは49kg
もあります。



 
大和族と出雲族の戦いの結果、大きな社をつくった出雲族。
「古代出雲歴史博物館」では、学者の研究の結果、いくつもの大社の考え方があることを初めて知りました。


 
稲佐の浜
大国主神ら「国津神」に対して、高天原にいた天照大御神ら「天津神」が、この国を譲ることを迫る「国譲り神話」。その重要な舞台となったのが、出雲大社からも程近い海岸だ。



 
出雲大社を堪能して、一畑電車で1時間、宍道湖を真横に見ながら松江に向かいました。


 
この宿でもお茶請けのお菓子は同じ「どじょうすくい」でした。



 
この宿は昔、留学でやって来たラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が定宿にしていた旅館です。
食事の部屋からは宍道湖の湖水が松江大橋を抜けて大橋川になります。
夜景がきれいです。


 
朝、よく見ると景観重視でガードレールがありません。
歩きスマホなどしていると、川に転落します。

 安来駅前のドジョウすくい

 
今日のメインは夕方のフライトまで「足立美術館」めぐりです。
松江から安来までJR快速で30分。


 
横山大観の名画など巨匠の作品がたくさんあります。
(写真が撮れません)



 
枯山水庭、白砂青松庭、苔寺、池庭などの名園を楽しむことが出来ます。
いずれも見事な目を見張るような庭園です。




 
となりにある【安来節園芸館】に寄りました。



どじょう亭ではどじょう鍋を戴きました。



夕方になる前に松江に戻り、中心地にある松江城を見学して、
「出雲縁結び空港」から東京へ戻りました。



 
鎌倉ーソウルの徒歩の旅では、ゆっくり見られなかった出雲三昧でした。
実家筋が伊勢なので、神道ですし大和族の私ですが、出雲はまた行きたい場所です。
9月には伊勢神宮の予定です。
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 11:29 | comments(0) | - | - | - |
片岡一郎先生を偲ぶ会に参加しました。

 
大学の思い出は何と言っても放送研究会での活動だった。
もう一つは、3年からの三田キャンパスでのゼミの思い出です。
三田キャンパスにうつり、学部の商学部では三年から片岡一郎教授のマーケティングゼミに入ることが出来ました。
日本におけるマーケティングの実務研究の出発点であるジョン・ハワード教授の「マーケティングマネジメント」や、
フィリップ・コトラー教授の「マネージリアルマーケティング」を原書で学んでいました。
少数精鋭のゼミで当時の片岡先生は、ハーバード・ビジネス・スクールからお戻りになってわずか数年、
若くてとても厳しい授業でした。
うっかり予習をサボってゼミに臨むと大変なことになりました。
原書の翻訳を四週連続で当てられるペナルティーを受けたことがあったほどです。
卒論のテーマも「日本の風土におけるマーケティングのあり方」です。
かろうじて二年間、無事に履修できてなんとか卒業に漕ぎ着けられたのだ。

 

勲三等旭日中綬章

数々の賞
 

 

その片岡先生が4月6日に93歳でお亡くなりになりました。大往生です。
 

 
「片岡一郎先生を偲ぶ会」に片岡会のメンバー160人余が日吉の会場に集まりました。
 

 
まず、献杯の挨拶は安藤宏基さん(日清食品・会長)が心温まるスピーチをされました。
 

 
安藤さんはゼミでは1期後輩で、元勤務先の広告会社が「きつねどん兵衛」や「カップヌードル」のCMを担当していたために
ゼミの会合では、長い時間良くお話をしてくれます。
 

 
献杯のあとでは、先生のご活躍の跡がスクリーン画面で紹介されました。
1期から18期までのゼミ仲間の懇談が続きますが、この歳になると上も下もありません。
さながらクラス会のノリです。
(同年齢のクラス会でも、担任の先生と間違われる老成した中もいるものです)。
 

 
1期の先輩方は、推定年齢は80歳前後、たくさん集まってきました。
記念写真も見事に整列です。
 

 
3年前の先生の卒寿、奥さまの米寿の会で3人で撮っていただいた写真です。
いまは、昔の厳しい先生ではなく、心やさしい大先輩なのです。
 
 銀杏並木
 
お開きの後は、キャンパスをひとりで散策しました。
 

 
記念館(2020年までに改築されます)。
 

 
陸上グランドは、人工芝いがいは、ほぼそのままですね。
 

 
案内図を確認して、我がクラブ「放送研究会」の部室を尋ねましたが、
日曜日の為に鍵が締まっていて誰も居ませんでした。
 
今月は18日に原村仲間のヒロセさんの1周忌。(原村で20人)
22日はコピーライターの眞木準さんの8回目の命日。(麻布で4人)
しばらく、偲ぶ会が続きます。
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 19:43 | comments(0) | - | - | - |
元勤務先のOB会は町の名前を取って「錦会」。鎌田實さんの講演でした。


年に一回、元勤務先のOB会総会がある。最近は旧本社のあった神田錦町のTKPガーデンシティで開催される。
旧本社のビルの一角が残されてる懐かしい場所だ。

総会に先立ち講演は鎌田實さん(医師で作家)。
長野県茅野市にある諏訪中央病院の名誉院長である。
医大を卒業後あえて赴任した4億円の赤字病院を4年で黒字に転換したという。


 
講演のテーマは、「健康寿命を延ばす秘訣」。
30年近くの医師生活で長野県を幸せ度、寿命No1にした秘話を伺った。
おんぼろ病院を「暖かい病院」のコンセプトで生き帰らせたユニークな心温まる秘話だ。
当時は4人の医師が、いまは1000人ほどの医師へ。
全国の医大生5500人の中、日本中の医大から「諏訪中央病院」に応募が殺到していると。


 
心理学でいう「行動変容」が人のココロを変える。地域医療が功を奏して免疫力をつけ減塩。
野菜摂取が日本一になり。古い食文化を守り寒天、凍み豆腐などの産地だ。
海のない県でオメガ3(DHA,エゴマ油等)を摂取して、腸が丈夫になれば免疫力も強まる。
結果、脳卒中が減り、No1長寿県になった。すごい話だ。



 
自分の命は自分で決める。がんばらない。
1%は誰かのために手を差し伸べる。
をモットーにしている。

今日の講演のギャラは全部、イラクの北部の都市(アルビル)を拠点に
難民キャンプの子どもたちの薬代になると聞いた。

 
著書「検査なんか、嫌いだ」を求めてサイン会では、
1分ほど八ヶ岳農場のボランティアでお世話になった事の話が出来た。
ご本人に直接その時のお礼もできた。

 
1時間半の、なかなか楽しい講演会だった。




この建物は旧本社のビルの一角を思い出になるようヘリテージとして今も残された。
我々社員にとっては、とても思いで深い一角である。

 
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 10:38 | comments(0) | - | - | - |
今日はKip兄ちゃんの入学式。僕はお留守番役で、お爺ちゃん、お婆ちゃんと遊んでいました。

 
今日はKip兄ちゃんの入学式です。
朝から腰越のお爺ちゃんとお婆ちゃんが家に来ました。
(かあか)はきれいな着物をお婆ちゃんに着せてもらいました。
ボクはお留守番でいい子にしていました。


 
天気がいいので近くの山にお散歩に出ました。
坂道を登りながら溝をまたいで新幹線ごっこです。
線路には橋もトンネルもありました。


 
景色も良いです。


 
さくらが咲いていました。


 
お爺ちゃんが、面白いものを見つけました。
畑の真ん中に棒の上に額縁がおいてあり、向こうの景色が絵のようです。



 
山の絵になったり、ミモザの花の絵になったり面白いことをフェースブックというもので送っていました。


 
電信柱に隠れましたが、お爺ちゃんに、すぐ見つかってしまいました。
溝に落こって運動靴とズボンが濡れてしまい、大きな声で泣いてしまいました。
お爺ちゃんが抱っこしてくれて、「痛いの痛いの飛んで行け〜」と言ったらいたくなくなりました。


 
お婆ちゃんが手をつないでおうちに帰ろうと言い、
自動販売機でジュースを買おうねと言ってくれたのでどんどん歩きました。



 
おばあちゃんが海を見ながらジュースを飲もうと言って海に行きました。
家から海が近いので毎日楽しいです。


 
おうちに帰っておもちゃの電車で、一人で遊んでいたら、
入学式を終わったお兄ちゃんが(とうと)や(かあか)と帰ってきました。
少しお昼寝をしましたけれど今日はちっとも寂しくなかったです。
 
トッキーは「腰越に行きたい」と何度もお爺ちゃんやおばあちゃんに言いました。
本当に早く腰越に行きたいな。 
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 09:22 | comments(0) | - | - | - |
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