鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
【三浦トライアルステイ】第11弾 三崎生活を振り返って考えています。

 


10月14日(日)に三崎港の宿舎を引き払って、腰越に戻り半月が経ってしまった。
 

 


 

 

その間、軽井沢の友人の別荘に泊まり2日間ゴルフをしたり、
 

 

 


 

 

辻堂の「湘南T−SITE」で本を探しに行ったり、

孫の運動会に参加したり、
『食べる女』。映画を見たり、

 

 


 

 

大学のクラブ仲間との武蔵野ハイキングの下見をしたり、

書きおろした著作の読み直しをしたり、

ある大学でラジオドラマのシナリオの講義を受けたり、

ソウル仲間との鎌倉の俳句会に参加したり、

そのあと会社の先輩と深酒をしたり、

仕事場で社長と久しぶりに経営課題を話し合ったり、
 

 

 

川喜多映画記念館で「市川昆監督作品の裏方の方々のトークイベント」に参加したり・・・。

 

三崎の穏やかで物思いに更けた単調な生活と、うって変わってぐちゃぐちゃな生活に戻りました。 

その間、三崎生活のトライアルステイの「日誌」30日分を丁寧に書き込んだり、

ブログ風に写真を張り付けたり、

プロジェクトについての35項目のアンケートに真面目に答えを書き込んでいた。

三崎で出会った方々のことを、しっかりと書き込んだり、

行政については甘口、辛口、提案も含めての返答だった。

 

 この部屋が三崎の書斎。

ブログも書いていた。
もう一つの大事なレポートは「鎌倉から、こんにちは」の【三浦トライアルスティ】の

第1弾から第10弾までのアクセス数を検索した結果を三浦市へ報告した。

7月24日〜11月5日までのアクセス数は(1127アクセス)となった。

一つのテーマで、ここまでアクセスが増えたのは初めてである。

今日以降でも、まだまだアクセスは継続して続いている。

読者のみなさまへ、感謝!

 

三崎で出会った方々を通じて三崎生活の魅力を、もう少し考えてみようと。

後に何かの形になれば、それはそれで素晴らしい事だ。

辻堂の湘南T−SITEも、時間をつくって、ゆっくり行ってみたい。

施設全体が本とお茶のためにある。ゆったりした気分を味わえる空間だ。
 

 


 

 

ここは、三崎の「本と屯(たむろ)」も素晴らしい発想だが、三崎にはない空間だった。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 12:45 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルステイ】第10弾 1ヶ月の三崎生活を堪能しました。みなさまに大感謝です。

 

ある朝、テレビのワイドショーで「三浦市の移住計画支援」のニュースを偶然に見た。

人口流出、空き家問題、商店街のシャッター化など社会的な問題を解決するために、

新たな活動が動き始めたとのニュースだった。

腰越港と江の島、三崎港と城ケ島。冬は温暖な点、魚が上手い点で環境も似ている。

 


 

さっそく、今年度の募集に応募して、7月29日に第3期(移住体験)の狭き門突破の知らせを戴いた。

ソウル赴任以来のひとり暮らしが決まったのだ。

移住体験の滞在の間に、私は何をやろうか。いろいろと考えた結果、三崎生活を楽しむ。

いろいろと会って、しゃべって、また会って、またしゃべる。

その結果、見えてくるものがあるだろう。

9月14日、私の「移住体験」が始まった。

 

【私設移住相談所】

 
三崎銀座商店街
 

三崎銀座商店街を散策すると、かつてテレビ番組で見た「私設移住相談所」の看板があった。

古道具「ROJI」の安原芳宣さんが店の前に座っていた。

簡単な挨拶のつもりが、話が弾み三崎が抱える課題についての情報交換の場になった。

安原さんは昨年までの全3回の「トライアルステイ」の推進者であった。

簡単な情報交換が、きっかけになって町の方々との情報交換が始まった。
 

【CFネッツの倉橋隆行さん】



 

今年から「トライアルステイ」企画の運営をしているCFネッツの社長。

不動産コンサルティング会社として移住体験する家具家電付5物件を提供している。

運営スタッフのおかげで、三崎生活が満喫できた。

倉橋さん自らが横浜からの移住者で、いろいろと町の中で多方面での改革を推進している。

昔の住人からは「倉橋に町が乗っ取られる」との声も。そんなことはないと。

このままで良いと何もしない人と、前に進むために動く人とは天と地の差ができる。

倉橋さんの自著「教訓」を読んだ。不動産業の体験をもとにした実用書。

  1. 環境は自分で作る。
  2. ビジネスはできる人と付き合う。
  3. 若い時の時間は人間力を高めるために使う。
  4. 物事はまず良いか悪いかで判断する
  5. 一歩を踏みこむ経験の積み重ねが差をつける

滞在中に何度か直接お話をする機会を持った。今後もおつきあいが続く方だ。

 

【八木哲夫さん】



 

湘南産業の三代目で84歳、地元で蒟蒻の製造販売している。

三崎港へ下る道に面したお店で会った。

蒟蒻の粉は群馬、埼玉から買い、ここで製造している。

三崎のマグロ全盛時に政府の減船政策で漁師たちは仕方なく船を近くの外国に売った。

韓国、台湾はその中古の船で、当時はマグロ漁を続けて大いに稼いだ。

日本への影響は大きかったし、いまでもその影響は残るという。

マグロの歴史の発端を伺い、それをベースに各方面の方々の情報入手の手掛かりになった。

 

【朝、港を眺める古老から聞いた話】



 

台風がやってくる。ほとんどの漁船が北条湾に戻ってくる。

縦に舫う、横に舫う。どちらから吹く風でも、この湾ではびくともしない、大丈夫なのだ。

ほとんどの船は三宅、八丈で金目狙いの船だ。一時代に比べて船の数は大幅に減った。

昭和の減船政策でほとんど船を海外へ売却したと同じ話を聞いた。

最近は冷凍技術が高まり遠洋漁業が可能になった。個人の力では設備投資が追いつかない。

資金力を持った他地域からの経営者が冷凍技術を駆使して力を発揮。地元漁師は打撃を受ける一方だ。

次世代はここで働かずに都会へ。京急の最終電車は終点が三崎口の後は、三浦海岸、久里浜止まりになる。

親が深夜にそこまで車で迎えに行くが、次第に申し訳ないと次世代は都会に住むことに。

若者にとってここでは仕事が少ない。町の大きな課題だ。

 

【高野厚子さん】

NYの9.11のテロでLAに移り15年の米国生活を経験し帰国。

残りの人生を一人で楽しく過ごしたい。

帰国後ネットで調べて三崎の不動産屋さんに飛び込み、古民家を契約しその日に移住を始めた。
その行動力には驚いた。

そんな移住者もいる町だ。

 

【台風時の市の防災スピーカー】

「台風24号が近づいてきました。危険を感じたらお近くの避難所に避難活動を」

このアナウンスでは、いつどうしてよいかわからない。全国共通の問題。

 

【篠田和也さん】 


 

「蔵でアナゴのてんぷらがないので、キスのてんぷら定食を食べて来た」

「三崎港・蔵」はランチでもマグロ丼などリーズナブルな値段で楽しめる。

観光案内所にふらっと入って来た方だ。地元の一番古い廻船問屋「や印」の社長。

マグロ漁業に関して質問に対して1時間ほど熱心に答えてくれた。

おまけに地名の「花暮」の意味や、「浜流し」の実話を話してくれた。

城ケ島に桜を頼朝が植えて、暮れなずむ頃、こちらの湾から桜を楽しんだ逸話から「花暮」という。

三橋美智也、春日八郎は東北の港町から南へ港を廻り流しで歩いて稼いだという。
三崎堂書店の岩部かづみさん(後述)は、三崎館で幼子の頃、若いころの春日八郎に
抱っこされた写真がある。今、その理由がわかったと言ってくれた。
一方、北島三郎は新宿、渋谷の店を流したことは有名だ。

マグロの完全養殖の話は興味ある話だった。近畿大学の世界で初めての養殖に成功した話など。

この町の人は親切にたくさんの話をしてくれる。

 

【三崎港「蔵」の人々】



 

店長の福本啓太さんは移住者。

「城ケ島遊が崎リゾート」(隠れ家のようなホテル)を社長が社員の反対を押し切って手に入れた。

ホテルの料理を任された福本さんは、次第に週替わりメニューを考えて常連をつかまえた。

黒字経営への陰の立役者だ。


 

中川康太さんも移住者、スタッフとして、いつもお店に出ている。ニコニコ顔が印象的だ。

我々の移住体験者のサポート役でもある。

私のルームのワイハイ環境を瞬時に構築してくれた。これで毎日、PCもスマホも安心して使える。



 

黄川田亨さんも、隣の山田酒店で我々のサポート役で3年前から常駐している。頼りになる人だ。

苗字が読み難いので、みんなと同じように(とおるさん)ですませた。

 

【三崎銀座の三崎堂書店】


 

三浦で新刊本を販売しているわずか2店のひとつ。店主は岩部かづみさん。

「三浦や三崎の本が並んでいませんね」「誰も書いてくれないんですよ」。

店の半分くらいが漫画本。それも全巻そろっている。本の並べ方で疑問を持った。

「昔のマグロ船の船員さんが、長期の漁のために全部まとめて買いこんでくれたの」

コナン、ベルサイユのばら、黒子のバスケ、ワンピースが並んでいた。

「それが、最近は外人さんの乗組員は、漫画に見向きもしないんですよ」

昔は船員さんにH本も揃えていたが、「それは他の店に任せて今は止めたの」と。

この町は本の文化が少し違います。



 

薦められるままに「三浦図書館」へ。三浦関係の書物は、僅か棚一つだけに並んでいた。

三浦市の図書館は鎌倉市、藤沢市、逗子市、横須賀市の図書カード会員は、市同士が連携していて、

それぞれの地域で図書カードで本を借りられることができると初めて知った。

                                                                        

【三浦海岸のナガシマケイコさん】



 

元勤務先の広告会社の営業局員で、三浦マラソンの事務局の定宿だった民宿のお嬢さん。

縁があって三浦マラソンで5年も走ったときには、着替えや荷物保管でお世話になった。

もう35年前後も昔の事。気になって滞在中に消息を求めて訪ねてみた。

民宿のあった辺りは(長島)という苗字ばかりで探しようがない。

交番、近くの長島さんと。やっと近所の洋品店のご主人夫妻が心当たりを思い出した。

民宿のご主人はなくなっているが、弟さん(ケイコさんの叔父)が三浦海岸駅前の(いろは寿司)に居る。

その店のお嬢さんは市会議員の長島まり子さん。ケイコさんの従姉妹だった。

親切な輪で二日後に長島恵子さんと連絡がついて簡単な食事ができた。

いまは有名な作詞家でプロデューサーの(あきもとやすし)さんの専任秘書。すごい!

ここでは善意の人の輪に支えられた。鎌倉や都会ではありえない人情があった。

 

【オーシャン不動産】

 
白地図の部分の多い地図。

親の代からの地元の不動産を引き継いだ二代目社長の勝俣弘文さん。
私の住処のお隣にあるが、なかなかお忙しいようで会えなかった。
ある日、夕方オフィスにいらしたので挨拶をした。
「お住まいを探しているのですか」。
「ここは安くて、良いところというのでは、何もありませんよ」。第一声だった。
不動産に対する考え方は、親の代。子の代で変わってくる。
父親の経営する時代とは状況が大きく変わった。
三浦地区の不動産の課題を熱心に話してくれた。
市街化調整区域。地図を見ると白い部分が大半。家を建てたくても新築は出来ない。
「古い家を改築するのならできますよ」。
行政はどうやって他の地域から人口誘導するのか。行政の課題について聞いた。
いずれ、この地区のことは進次郎さんが考えてくれる。
行政は進次郎の行動力に学べと力説していた。説得力のある話が聞けたようだ。
また、ゆっくりとお邪魔しますと……。店を後にした。

【ミサキプレッソ、ミサキドーナッツ】



 
ミサキドーナツの行列

 

三崎銀座の一角に「ミサキプレッソ」がある。藤沢宏光さん。

10数年前に三崎に移住。しばらくは南青山の音楽事務所へ。

移住から6年目に三崎銀座に「ミサキプレッソ」を開店、一時はコーヒー以外にパスタも作っていた。

その2年後には「ミサキドーナツ」をオープンした。今では三崎マグロ切符のおかげで、いつも満席だ。

音楽関係の縁で「かもめ児童合唱団」の世話役も務めている。

業界ですれ違った関係で、町を変えて行くエネルギーを感じ、今後も交流を続けたい人だ。

 

【本と屯】




 

藤沢さんの関係から「ミネシンゴ」さんを知った。横浜で育って逗子から2年前に三崎に。

ご夫婦で出版社を営む。町の蔵書を楽しんで欲しいという思いから「本と屯(たむろ)」をオープンした。

雑誌、児童書、コミックなど所狭しと並んでいる。
同じく町を変えていく人だ。

移住生活の最終日の数日前に地元の若者10名近くの集まるBBQパーティーに声をかけてくれた。

この歳になっても、新しい仲間に遠慮なく溶け込んでいく自分に驚いている。
この町へのそれぞれの「思い」「考え方」を聞くことができた。


このたまり場の本棚に拙著「鎌倉ーソウル2328キロを歩く」が仲間入りさせて戴いた。

 

【三崎観光案内所】 



 

「三崎観光案内所」をまかされている斉藤富江さん。

澤田痴陶人美術館の1Fの観光案内所と3Fルームの関係で、毎日、三崎の話を聞いた。

とても親切で、人柄も良いので観光客が引いた夕方には地元の仲間たちが立寄ってくれる。

ここで知り合った人は数えられない。いちいち名前も覚えていられない。
夕方にはこんな方も現れる。

地元のピアノの先生であり、毎朝早朝に三崎港から城ケ島まで往復散歩をしている。

三崎港のロータリーのゴミ掃除を20年続けていて、体が健康なのはこのおかげという。

このボランティア活動に対して県警察から表彰状を戴いている。笑顔の自然な方だった。
この観光案内所には、いろいろな人が集まってきた、それぞれの生き方に触れることができた

 

【三浦市役所の担当者】


 

三浦市政策部 市長室の澤口大輔さん。「トライアルスティ」の現場責任者。

いろいろと最初から最後までお世話になった。

出来たら、来年の企画にも呼んで戴きたい。それは、たぶん無理ですね。

まだまだ紹介できなかった方々がたくさんいらっしゃる。
みなさん!また、近々お会いしましょう。

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 12:37 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルスティ】第9弾。いつもの鎌倉歩きの仲間が、三浦にやってきた。

 
 

一度セッティングした予定を私の急な事情で延期した。

私の移住体験の最終日前日に「小網代の森、三崎、城ケ島散策とマグロ三昧」企画になった。

当初、小雨模様の予想が、「晴れ男」現象で小雨模様が曇りに変わり、めでたく実施になった。


 

朝10時半に京急「三崎マグロ駅(三崎口)」に集合。

記念写真を撮ったら、目の前の134号線をすぐに目的地に向かい歩き出した。

引橋のバス停から「小網代の森」へ入る。

何回も鎌倉から134号線を歩き、三崎港までの35キロの歩きを経験しているが、

小網代の森へ入るのは、今回の下見を入れて2度目になる。



 

すぐに整った木道が始まる。おしゃべりをしながらの歩きが始まった。

静かな森の中を歩き、時々鳥の声を楽しむ。天気の心配はない。

森と干潟と海に繋がる約1時間の散策。

一度市街化地域に決まったこの広大な土地を市民が中心になって、

三浦市や京急電鉄に掛け合い、緑の森の保全の協力を求めて調整地域になった。
鎌倉市の広町公園と同じ思想で緑の森が守られた事になる。



 

干潟にはカニや蝶、トンボが生存して、シーズンには蛍が楽しめる。

森〜川〜海のつながりで多くの生き物を育んできたようだ。

 




小網代湾に出た。白髭神社にお参りして、シーボニアヨットハーバーを抜けて、

油壷湾、諸磯湾を眺めながら三崎港へ到着した。

 

さかな館、やさい館のある「うらりマルシェ」のベンチでサンドイッチなどの軽食。

三崎観光案内所で斉藤富江さんの三浦の説明を聞き、2階の澤田痴陶人美術館の案内を受けた。

三崎銀座の商店街散策でスタンプラリーに参加して子ども達はおもちゃを戴いた。

 

 

連絡事務所の「山田酒店」、「本と屯」の前で記念写真。

ちょうどタイミングよく来た城ケ島行きバスに乗り

いくつかのバス停を過ぎて「城ケ島大橋」で降りた。城ケ島大橋は歩いて渡るのだ。

この橋は「三浦マラソンで」何回も走った懐かしい景色だから、仲間にもゆっくり見てほしくて案内した。


 

歩きではマラソンの気分にはならないが、

橋の上から見る伊豆半島、房総半島の遠い風景も楽しめるのだ。

残念ながら今日は大きな富士山は見えない。


 

島内に入り、赤羽根海岸を見下ろしてウミウの生息地を眺める。



 

良く見ると獅子か猿の顔に見えませんか。





そのまま「馬の背洞門」へ降りて記念写真等撮って、

最後は岩浜を歩き最終目的地の城ケ島灯台に到着した。

 



 

バスで三崎港へ戻り、三崎で打ち上げです。

馴染みの「蔵」は横浜のそごうで「京急創立120周年記念企画の「沿線グルメ」で、

三崎では「蔵」が選ばれて、このところ本店は休みなので、

今回で知り合いになった女将さんの「鮮味楽」にお願いしました。

ご覧のようにマグロ尽くしの食事に、冷えた生ビールに、みなさん喜んでくれた。

今日の徒歩の距離は途中バスに乗ったりしたが16キロになった。

 

さて、次回はこのトライアルスティで出会った地元のすごい人、
移住してきた多くの名物の方々に迫ります。

「三浦トライアルスティ」 第10弾。 乞う!ご期待です。

おそらく総集編になります。 
続きがあるとすれば、それは、また時の運になります。

 

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 09:06 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルステイ】 第8弾 3連休の中日、快晴の城ケ島へ散策の下見で歩いた。

 
 

トライアルステイも終了まで残すところ、後1週間となった。

孫の運動会とダブルブッキングになった東京の仕事仲間達との「三浦半島歩き」。

今回は「小網代の森」と「城ケ島」を中心に散策してマグロ料理を味わう企画だ。

3連休の中日で朝から観光客が多そうだ。

 

【三崎朝市】



 

朝7時。朝市へ。

ほとんどのお客は大きな買い物袋を下げて帰りを急いでいる。

なにしろ5時に開場だが、6時前後で売り切れが多発している。

 

先週は空っぽだった駐車場は、川崎、足立、湘南、多摩、山梨、品川、世田谷、

なにわ、千葉と多彩なナンバーの車が並んで、ほぼ満車。

買い物の常連客で賑わっていた。
 

知り合いの売り場もご夫婦がわき目も振らずにお客の対応で大忙しだった。


 

迷惑を考え、声を掛けずに来場の記念に「朝市そば(うどん)」400円をいただいた。

ここでの買い物は一切せずに、アイショッピングだけで済ませた。

基本的には冷蔵庫の整理、外食経験の開始で、ほとんど買い物はしない。

アジの開きを1枚のみ購入。
 

朝市での買い物が終わり。8時半頃の駐車場は横浜ナンバーの車ばかりだった。

 

【城ケ島散策】


 

午後から城ケ島へ向かう。

丁度、城ケ島行のバスが来たので満員のバスに飛び乗った。

しかし、停留所をいくつか過ぎて城ケ島大橋のバス停で下車した。

橋は歩いて渡る事にしたからだ。


 

この橋を何度も三浦マラソンで走った。まだエネルギーは残っていて元気に走っていた。
橋を渡りきったところで約9キロ地点のはずだ。
帰りのコースは少し大回りで約21キロを完走するのだ。

 

坂を下って中央の大通りを観光線発着所あたりで折り返す。良い思い出だ。

 

まず島へ渡り、県立城ケ島公園へ。





 

松林の通りを抜けて一番奥の「安房崎灯台」のある岩場まで長い階段を降りる。

地元の江の島の岩屋へ降りる感じと同じだ。


 

3連休で家族連れが磯で、水辺で、元気に波と遊んでいる。

公園を出て西へ馬の背洞門に歩いている。

 

その時に、三浦海岸で消息を調べていた(長島恵子)さんから電話が入った。

5時に三崎口の駅で会おうと。(このことは、第7弾で詳しく触れています)

 


 

馬の背洞門に降り順番を待って人気の洞門を撮影する。


 

続いて海岸ハイキングコースを歩き「城ケ島灯台」へ。

この地点は、ここまでバスで直接やってくる人も多く混雑していた。

急な約束ができたので三崎港までは、バスに乗って帰る事にした

 

【三崎港「蔵」で一杯】


 

京急120周年記念イベント「沿線グルメ廻り」で沿線の品川、川崎、横浜、

上大岡、横須賀、三浦海岸、三崎口。三崎で選ばれたのが「蔵」。

10日から15日までスタッフが横浜に出向くために三崎の本店は休業。

あわてて二日連続で寄ってみた。



 

一日目は焼き鳥に、あら煮にビール、ハイボール。


 

店長の福本さんとカウンター越しに料理談義をした。

二日目は福本さんや中川さんが準備のために横浜へ行ったきりなので、

カウンターで簡単なつまみに「ミサキ ポート エール ビール」をいただいた。



 

飲み終わると、なんとグラスに泡の輪。エンジェルリンクが出来ている。

きめ細かい泡と、よく磨かれたグラス、上手な飲み方によってできる。
料理がうまいだけでなく、調理場のスタッフの仕事の丁寧さにも感心した。

 

 

三崎生活は、もうわずかになったが、楽しみはまだ続く。

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 15:57 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルスティ】第7弾:昔の三浦での出来事。ノスタルジックな想いが叶った。

 

  フィニッシャ―(完走)証明証。

大げさに言うと「三浦は第二の故郷」と、ここでも言ってみたい。

「ソウルは第二の故郷」「姉妹都市の安東(アンドン)は第二の故郷」「信州原村は第二の故郷」。

いくつもあるのは、いろいろとそのその現場での楽しい充実した出来事があるからだ。

 

【小学生の頃の思い出。夏休みの別荘生活】



 

三浦のある湾の一角に三船敏郎さんの別荘があった。

その隣はタレントのEHエリックさんの別荘。

その隣は学園の友達の(カナハラさん)の別荘があった。

夏の間、空いている期間に数日間家族でお借りしていたことがあった。

湾の向こうの山の上には、当時の駐日大使のライシャワーさんの別荘があった。

このことを知っているのは、地元の老爺だけだと思う。 

天気が良いので三崎港から朝ウォーキングで、その湾まで歩いてみた。




湾の入り口の番小屋で網を修理している漁業関係の老人がいた。

「このあたりに三船敏郎さんの別荘がありましたよね」と私。

「あぁ、今は息子が住んで居るよ」

「隣はEHエリックさんの家が…」

「それは、もう無いな」

カナハラさんお家も跡形なくなっていた。

エリックさんは岡田真澄さんの兄で、3人のお嬢さんがいた。

Jさん、ミリさん、Sさん。

岡田ミリさんは、いまでも芸能界で仕事をしている。

Jさんは、昔ハワイでコーディネータをされていて、かつて一緒に仕事をしたことがある。



 

三船さんの家の前に来た。庭に東京ナンバーの外車が止まっている。

アレレ。息子さんがいらっしゃるのかな。

しばらくして、庭から車が出てきて、すぐに帰ってきた。

車が止まったところで、息子さんに話かけて見た。

「良く覚えていますね。その通りですよ」とにこりと答えてくれた。

「三船プロは、もう僕の息子が引き継いで、社長をしています」

「私は、ほとんどここにいるんです」と。
考えてみれば、みんなそんな歳周りになっているのだ。


 

お互いの共通した話題が続き、一緒に写真を撮っても良いという事になった。

写真は三船プロに後日送る約束して別れた。

思えば、約65年も昔の話だ。
 

息子さんというのは俳優の三船史郎さんだ。

 

【三浦マラソンとホノルルマラソン。お世話になったナガシマ・ケイコさん】



 フィニッシャー記念シャツ。

三十代半ば、私は健康のために鎌倉でジョギングを始めていた。

一度ちゃんとしたレースに出てみようと「三浦マラソン」に参加した。

前後して5年も参加して、ハーフマラソンに参加していた。


 

当時は2時間10分以内で走っていた。エリートランナーは半分の時間で走りきる。

私の成績は、ほぼ中位だった。

マラソンイベントを運営しているのは、4年間世話になった広告会社の「旭通信社」で、

担当は私の古巣のチームだった。
後に社長になった多気田さんから、

「レースに出るなら事務局の定宿に来て着替え、荷物を預かるよ」と言われて何年も世話になった。

 

 

三崎に滞在中に三浦海岸で三浦マラソンの事務局の定宿の民宿の方々の消息を調べてみよう。

できればその民宿「八郎兵衛」のお嬢さん(ナガシマケイコ)さんの消息がわかればと思った。

彼女はホノルルマラソンでもボランティアで旭通信社のスタッフとしてお世話になった。
その頃は、彼女はすでに博報堂の同じ営業局の一員だった。不思議なご縁なのだ。

かれこれ30年前後の昔話だ。
 

 

 


 

 

民宿のご主人の弟さんがご存命で、三浦海岸駅前も「いろは寿し」という店があるという。

「トータルファッションすずき」の鈴木さんご夫妻が、まず教えてくれた。
 

 

ここまで交番、めざす場所の長島さんを訪ねて空振り。
近くの洋品店などで、やっとの思いで情報を手繰り寄せられた。

親切に、いろいろと考えて、大きなヒントを戴いた。

何故ならば、この周りはほとんどが「ナガシマ」さんという家ばかりだ。
普通ならば探しようがない。

 

 


 

 

「いろは寿し」のお嬢さんが、市会議員の長島まりこさん。

ナガシマケイコさんの従姉妹で、毎週末には年老いた母親に会いに三浦に来るとの事まで分かってきた。

1か月前から、三浦に来てずーっと考えていたことが、だんだん現実っぽくなった。

 

結果、二日後にケイコさんから電話連絡があり、やっと三崎で何十年ぶりかで会えたのだ。

駅で待ち合わせて、すぐに彼女とわかった。ちっとも変っていない。


 

長島恵子さんは、当然現役なのだが、なんとあの有名な作詞家でプロデューサーの方の専任秘書だという。

現役中の現役なのだ。会っている間にも、スマホがすぐにぶるぶると鳴りやまない。
仕事の連絡が入ってくる
マスコミの人気者の専任秘書。休みも関係ないようだ。

 

 

この民宿「八郎兵衛」は100年の歴史があるが、最近立て直しのために土地を更地にした。

なので余計に探しにくかった。
 

しかし、町のみなさんの暖かい情報のつながりで、たった二日で本人と会えた。驚いた。

鎌倉や都会では、たぶん経験できない体験だ。


このように三崎生活は、いろいろな成果がありそうだ。

あと一週間、無駄にしないで過ごしたい。

こうして二つのノスタルジックな勝手な想いが、ここ三浦の移住体験の滞在中に、

数十年も経った思いつきが、具体的な現実のものになった。
胸が締め付けられるような嬉しさだった。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 15:44 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルスティ】第6弾 三崎港に台風が来た。南向きマンションが揺れた。

 
 

【台風襲来】

台風は日本列島の日本海側を進んでいるが、台風の目の東側は強風だ。

夕方近くから徐々に風が強くなってきた。窓ガラスから港の波の状況が良く見える。

鎌倉の自宅で待ち受ける台風は雨量よりも、庭のガラクタが飛ばないように

いつも強風に気を配っていた。

夜半から風が強くなり11時の情報では風速25mとあるが、

瞬間風速は30m〜40mではないか。

南向きのガラス窓がガタガタと音がする。

テレビのニュースでは各地で想像できない被害が映されている。

深夜2時半まで、音がうるさく床に着けない。

鎌倉の自宅も風は同じように吹いているようだ。家人が一人で心配だが……。


 

人生で初めて味わった過激な台風だった。

 

【三崎の朝市】


 

毎週日曜日、朝5時から三崎港の朝市は始まる。

しかし、忍び寄る台風でどうするのだろうか。

朝7時、目の前のコンビニで新聞を買う。「朝市、やっていますよ」と。

早速部屋に戻り、カメラと財布を持って出かけた。


 

しかし、いつもは遠来の来場者で賑わう駐車場は空っぽに近い。

早速、市場を覗いてみたが人影は少ない。


 

赤みの刺身、トロのマグロ、


 

カニやサザエも。


 

トロマグロの角煮、イワシのトロ炊きなど。



 

なんと、ロースハムやベーコン、干しエビ、めざしなどもある


 

マグロのぶっかけ丼、1杯700円也。


 

知り合いの男性も店を出している。

出店料は5000円、月に2万円。

月額の会費は1万円とか。

 

【星降る町の映画祭】


 

台風の影響の為、週末城ケ島で行う終日イベントが三崎港の(うらり)へ変更になった。

会場で行うワークショップや、フードテント、物販テントは縮小されて1日になった。

映画は予定通り大きなスクリーンで実施。星は降らないし、雨もまだ降らない。

 

「SpecialContents=Play with The Earth」

志津野雷:映像監督(45分作品)

旅を重ねて成長していくフィルムとライブ演奏のコラボ。珍し試みだ。

 

 

「さかな」神徳幸治:監督(45分作品)

高校最後の夏、水泳でオリンピック選手になる夢と想いを寄せていた少女(疾走する)を、

失った青年が一人の少女(沙加奈)と出会うところから始まる。全編、三浦でロケをしたのも話題だ。

 

 

「青い、森」井出内創+内山拓也:共同監督(47分作品)

大切なものを「喪失」を経て残された若者が、それでも人を思い懸命に生きる姿を描いた。

 

【三崎の「ケ」の生活から】

(篠崎和也さんのお話し)


 

1Fの観光案内所で出会った方。三崎で一番古い廻船問屋「や印」の社長、篠田和也さん。

三崎の荷受け業の「三崎魚類株式会社」も経営している。
うらりの横に「鮮味楽(海鮮レストラン)も妹さんの篠田まさこさんが経営している。

 

マグロ漁業に関して質問に対して熱心に答えてくれる。

「買替権」をテコに大手の漁業関係の「極洋」や「三菱」も加わることができるそうだ。

  

「マグロの養殖」(近畿大学)の事例を話してくれた。
後で詳しく調べてみた。近畿大学の水産研究所は水産庁の依頼を受けてクロマグロの養殖研究を始めて、
32年目の2002年に世界で初めての(完全養殖)に成功した。

                                                                        (養殖)一本釣りで20〜30cm、体重100〜500gのマグロの幼魚を、
生簀で2〜3年飼育し成長させる。脂ののった状態で出荷する。

                                                                           (完全養殖)海で採った天然マグロが産卵し、人工ふ化で育った親魚が生んだ卵を再びふ化させること。 

 

 

(岩部かづみさんのお話し)

三崎銀座の「三崎書店」の店主の岩部さんと30分ほど雑談。

昔の書物の取り揃えと現在の取り揃えの違いを説明戴いた。


 

それにしても書店の4分の1が漫画のシリーズを全編ディスプレイしている。

マグロの船員さんは、シリーズ全巻を買って乗船するのだと。
最近は外人さんの乗組員が多く日本語の本には興味を示さない。


 

 

(三浦市図書館)


 

岩部さんの話を聞いてさっそく「三浦市図書館」に行ってみた。
三浦市の図書館は鎌倉市、藤沢市、逗子市、横須賀市、三浦市の図書カードの会員は市同士が連携していて、
それぞれの地域の図書カードを作成し、希望の本を借りることができることを初めて知った。

 

【三崎のマグロラーメン】


 

「ハレ」の生活より不便さを楽しむ一人暮らしが、かつてのソウル赴任時代の一人暮らしより楽しい。
「ケ」の生活が大分続いたので、そろそろ町の食べものに挑戦した。

港楽亭の三崎マグロラーメン。
細めの麵とマグロがたっぷり入った餡が有名。餡の部分が少し甘みが強かったかな。850円だった。
「牡丹」の三崎マグロラーメンにも挑戦したい。とにかくB−1グランプリのご当地グルメなのだから。


 

「三崎から、こんにちは」まだまだ続きます。

 

     

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 09:05 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルステイ】第5弾、夕方散策、朝ウォーキング、少し歩こうか。

 
 

前日は信州原村での秋のイベントについて、直接会って話し合う必要があり農場長と会長の節子さんと、

食事と2時間の打ち合わせ。

 

 

三崎港からバス、京急、JR横浜線、特急あずさでJR富士見まで日帰り往復をしてきた。

人間は動いた時間ではなく動いた距離で疲れる。これは飛行機の話。

動いた時間は往復で8時間。動いた時間でも疲れた。簡単なすわり病だった。

 


 

朝から市役所の移住体験の窓口責任者とのアポがあり、歩いて5分の市役所へ伺った。

現在、移住体験で考えている事を説明し打ち合わせを行った。

三浦市は市制50周年の記念碑があり今年で市制63年になる。

一方、鎌倉は今年で市制70周年になる。

 

帰りがけに三崎港への下り坂に面したお店、こんにゃくの店があった。

奥から出て来たご主人と雑談させて戴いた。三代前の祖父は漁業ではなく、

農業でもないこんにゃくを売る仕事をはじめたそうだ。

こんにゃくの粉は群馬、埼玉から入手して倉庫のような工場で生産している。

昔は夏には氷を販売して別荘族対象に、忙しい想いをしたようだ。


 

84歳とは見えない元気な声で話してくれた。

さすがに最近スキーは止めたと。三浦の昔話を30分ほどしてくれた。

 

 

夕方に少し歩こうと下町通りを散策した。

西の空が真っ赤で、とんでもない夕焼け。思わず港の端に急ぎシャターを切った。

わずか15分の出来事だった。


 

「とろーまん」??。


 

「屋台」という店の中に屋台のある店。看板にはお好み焼き、焼き鳥、

マッコリとある。一度は滞在中に寄ってみよう。


 

郵便ポストのような郵便受けがあった。面白いがただの飾りかな。

 高台に登ってみた。



若い移住者が企画した「Guest House」の看板だろうか。


 

戦争で焼かれなかったのか、蔵の多い街だ。

しかし、既に人通りは全くと言っていいほどない。

 

 

翌朝は、朝から久しぶりのドピーカンの晴れ間。

カーテンを閉じていないマンションの部屋に朝日が差し込んできた。

6時半、たまらずに歩こうと。

目指すは北条湾をぐるりと回って城ケ島大橋まで坂を登って歩こう。

週末には台風が襲ってくるかもしれない湾は穏やかな中、漁船が多く見える。


 

城ケ島大橋に抜ける階段がありショートカットが出来た。


 

島の歩きは来週のテーマにしてある。

いつもの鎌倉の四季を歩くメンバーが、三浦半島を一緒に歩くのだ。

散策コースと打ち上げの店を探さなくては、ならない。



大橋の真ん中で富士山が見えた。

いつもの朝のウォーキングの江の島弁天橋からの景色に近い。

違うんです。城ケ島大橋からの富士山です。

 

今朝は大橋の途中で三崎港へ戻った。

 

「椿の御所」というバス停があった。停留所の名前としては珍しい。

そのバス停で漁船の動きを見ていた古老から、北条湾の入り口に「大椿寺」があり、

昔、「桜の御所」「桃の御所」「椿の御所」を三浦三崎源頼朝の三御所とあると説明された。

大椿寺は、「椿の御所」と呼ばれたが、今はひっそりと数本が残だけと港の古老が説明してくれた。

 

 

その古老から台風の漁船の避難方法を聞いた。

台風が来るとなったら、ほとんどの漁船は北条湾に待避のために集まってくる。

どちらからの風でもこの湾は大丈夫。縦に舫う、横に舫うは場所によって異なる。

 

 

 

気がついたら、8時過ぎなので三崎水産物卸市場でマグロのセリを見る事にした。

公式仲買人110名、今日は全部で415本のメバチマグロが並んでいる。

キロ700円から2000円。40キロから大きいもので150キロ。

ここでは南マグロ(インドマグロ、キハダマグロ)は鈴木水産で扱うが、

ほとんどが築地に入荷されるという。

 

 

輪切りの色を見て売り先の好みを考えてマグロを選ぶという。

中々見られない景色だった。

 

 

近郊の小学校の生徒が社会勉強でやってくる。

今日は4校が勉強に来ていた。

 

この土曜日で移住体験が、早くも2週間になった。

まだまだ、ワクワクの毎日が続く。(まだまだ続くのだ!)

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 18:50 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルステイ】。第4弾 早いもので移住体験生活が10日目になりました。ワクワク。

 
 

三崎港の真ん前のマンションでの三崎生活が、早いもので10日目になりました。

1ヶ月の移住体験期間中は全日、一度も鎌倉へ帰らずに、三崎に滞在するつもりです。

(三崎を出て日比谷や渋谷や少し遠方に出ても、日帰りで三崎に帰ります。

 京急三崎口駅から三崎港方面へ帰るバスは12時過ぎてもあるんです)。

 

周囲の自然に触れて、周囲に現れる方々とふれあい、新しい何かを見つけるつもりです。

不便な一人暮らしを、むしろ楽しもうと思います。

 

普段の鎌倉から三崎までの35キロの徒歩が134号線と26号線に分かれる「引橋」。

このバス停から小網代湾に向かって「小網代の森」があります。


 

森と干潟がつながっています。三連休の最終日に、ここを一時間近く歩くのです。

いつもは、小網代の森の看板を見るだけで、とっとと三崎へと徒歩を続けていました。

 

かつての三浦半島はいまよりも多くの森や湿地がありましたが、

住宅や道路の開発で、ほとんどの土地が失われました。

小網代の森も昭和45年に市街化区域になり、ゴルフ場や住宅の開発計画が起った。

しかし、市民による保全活動や自然環境を守ろうということになった。

 

ここまでは鎌倉の「広町緑地公園」の成り立ちと、ほとんど同じである。

 





 

早速、森へつながる小路に入ります。木道が続きます。

広町の自然な歩道より人工的な感じが強いですが湿地をまもるためには仕方ないですね。


 

今日はひさしぶりに夏日で30度。





 

リョウメンシダや河口をめがけて流れる浦の川。

自然の中で車の音もなく、鳥の声を聴きながら歩いています。


 

えのきテラスは唯一の休憩コーナです。ここからは干潟が良く見えます。

その先にシーボニアマリーナが見えます。


 

三崎港を目指します。



油壷湾のヨットハーバー。



諸磯湾のヨット。


 

なんと「海外」に来てしまいました。

 

二週連続の三連休の最終日は何処も混んでいます。

 

 先週の連休

 

わが家の近くの踏切。劇画の名シーンで台湾の方々の聖地化しています。

 


 

 

市場通りの「三崎ドーナツ」は京急マグロきっぷのおかげで大行列です。
 

 

 

三崎口行きのバス停はバス待ちの観光客で大変な事になっています。

 

 


 

 

三連休の最終日は、午後2時以降はバス停に並ぶ人影はまばら。

1Fの観光案内所には訪れる観光客はぱらぱら。

こうして9月の2週にわたる三連休は終わりました。(三崎生活はまだまだ続きます)。


(*)文中のバス停で「海外」とあるのは「かいと」と読む町の名前です。 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 13:25 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルステイ】が、いよいよ始まった。今日からドキドキ、わくわくの三崎生活。

いよいよ、三浦市の「移住体験プロジェクト」で三崎生活が始まりました。

 港の朝が来ました。

今回の三浦市提供の移住体験物件は全部で5つ。

1期〜5期まで5組から6組が、2週間か1ヶ月、それぞれ住むことになる。

どれもすぐに購入するか、家賃生活するか。希望すれば確実にかなう物件ばかりだ。

すぐ住めるように運営会社が、便利な家具付きで準備してくれています。

私の場合は三崎港の近くのマンション(50平米弱)の1Kマンションで3期めの入居です。

 

とは言え3Fからは三崎港が見えて、その奥には城ケ島が見える。

目の前のバス停を降りるたくさんの観光客、帰りは長蛇の列が見える。

混雑の度合いは鎌倉とは違うけれど、街のにぎわいは,どこも同じだと感しられる。

 

私の住居の他には、もうひとつ同じサイズのマンションと1戸建てが3軒である。

子どもを自然の中で育てたい。待機児童ゼロ。三浦で働き、三浦に住む職住接近。

それに我々シニア世代対象では本拠地(本宅)ともう一つの住む場所探しの動機。

三浦市のニーズと、応募者のニーズが合致すれば成功なのだ。

 

運よく狭き門を通過して、今から三崎生活が始まる。

私の移住体験の動機は約4万人の三浦市と何のプロジェクトが考えられるか。

つまり三浦市と何かをつなげられないか。

多くの人と会ってしゃべって考える頭の体操である。

 

昨日は家を出る時の心境は、何か違和感があった。

現役時代の海外赴任とは違う。どれだけの期間かよくわからない異国のひとり暮らしだった。

今回は自ら望んで応募した1ヶ月だけの移住体験。

同じひとり暮らしでも、複雑な気持ちで家を出た。

 

 

今日は3連休の最終日。朝から多くの観光客がやってくる。

住居下の観光案内所のスタッフの方と情報交換していると、いきなり外人客がやってきた。

「魚料理ばかりでイタリアンの店は無いですか」

何故か私がイタリアンの店までの案内人となった。店の開店まであと15分ある。

目の前の市場を案内して開店を待つ事にした。横須賀の上級軍人さんご夫妻だった。


 

 

とにかくマンションの周りはマグロの食堂ばかりだ。
 

 

 

観光案内所で仕入れた情報で下町商店街を散策しています。

下町商店街の真ん中にテレビドラマで有名になった「ユニバーサル広告社」の現場が残っていました。






主役の沢村一樹(企画担当CD)、和久井映見、要潤(デザイナー)、三宅祐司(社長)、
でんでん(喫茶店マスター)が出ていました。
広告業界育ちの私は、この番組を楽しんで観ていました。

 

観光案内所で週末だけ実施の「下町スタンプラリー」の応募券を貰い、

指定のお店を訪ねてスタンプを貰う。最後は粗品プレゼントを戴く。

今日はワカメではなくひじきだった。丁度、炊き込みご飯に使える量だ。

 

 

 

この周りのお店は観光客目当ての品物が多く、生活者にはどう見ても割高で向いていない。

夕方に1キロ先のスーパーで日常の食材を探しに行こう。

 

今日は午前中に住居下の観光案内所のスタッフの女性と1時間ほど周辺情報をきいた。


 かまどの修復したのは伊勢の人だった。
 

スタンプラリーの対象店の三崎昭和館で昭和の懐かしい三崎の生活風景を再現していた。

年配のスタッフから詳しい昔の三崎生活を伺った。

 

これから一日、数人の方と話していろいろと周辺情報を聞く事にする。

昨日と今日で、同じ質問に反対の答えが返ってくる。それがおもしろい。

そうでないと朝から晩まで、ひとこともしゃべらない生活になってしまいます。

 

この書斎から、少し散らかっていますが、何が生まれるのでしょうか。

生活には「ハレ」と「ケ」があるが、有名な観光地のここでも「ケ」の毎日を過ごすことになるだろう。
 

 


 

 

「鎌倉から、こんにちは」は、しばらくは「三崎から、こんにちは」になりますね。 

どうせならば、ドキドキ、わくわくする毎日を過ごしたいですね。(これから、何回も続きます)。

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 19:21 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルスティ】 三浦市移住者&住民交流会、市内バスツアーに参加しました。

 
 

もうじき私の三浦市移住体験が始まります。

私は第3期の移住者になるのですが、都合により、今回の第2期対象の、

「移住者&住民交流会・市内バスツアー」に参加しました。

移住に関すること、三浦市での生活に関することなど、気になることを、

食事しながらリラックスして気軽に聞くことができる会なのです。

トライアルステイ参加者限定イベントなのです。
 

この地域は三浦マラソンや数あるハイキングを企画したので、かなり地元には馴染みのあるものの、

イベント担当者の企画に乗ってみました。

当日の参加者は約10名強。年齢もバラバラ、移住意識も強そうな方々ばかりです。

 

 

三浦市役所の専用バスが三浦アピールの派手なラッピングバスになっている。

鎌倉市でも参考にできるケースだ。


 
 

今日のスタッフは三浦市からは澤口さん(右)、運営会社の黒川さん(左)、若い関谷さん(中)である。

入念なコースガイドが作成され配られた。天気はなんとか持ちそうである。



 

三崎マグロ駅は、いつから始まったのか。命名は17年10月5日。

京急電鉄の企画部の発案による。当時は地元マスコミを賑やかしたそうだ。

一時は期間限定で始まった駅名だが、いまだに続いている。

このまま浸透すれば楽しい観光行政に繋がるのではないだろうか。
こういう何気ない洒落は好きです。続けてくださいな。


 

三浦のランドマークだった風車は老朽化を理由に今秋にも取り壊されるという。残念!
 



三浦海岸ではホーストレッキングファームの集まりなのだろうか、馬が何頭もいた。

 


 

目的地の城ケ島に到着。

私はJ‘sフィッシングで鯛釣り体験に参加した。

海外赴任から帰国後、初めて竿を出したが、一時間という時間で大物の鯛にはお目にかかれなかった。

お土産の鯛を持ち帰り懇親会の食材にする。

 

 

懇親会は運営会社所有の「城ケ島 遊ヶ崎リゾート」。

プライベート感覚を重視したくつろぎの空間。隠れ家的な島のリゾート。

全室オーシャンビューと謳っている。

 

 

まずは釣り体験のお土産の鯛のさばき方教室。


 

よく切れる出刃包丁だったので、料理長の指導で結構、楽に(三枚おろし)が出来た。

 

 乾杯

見事なお刺身の料理を撮り忘れました。ウーーーム。
 

移住者のお子さん連れの若いご夫婦も参加して、地元情報をたくさん話してくれました。




そこからは各自が自己紹介の後、移住計画の応募した理由などを発言します。

私の隣に座ったMさんご夫婦は40年間住んだロサンゼルスから帰国した後は、

三浦に移住する可能性が高い方だった。

伺うと35年ごろ前に私も、よくLA出張して寄った日本料理「三木(みつき)」のご主人だった。

この偶然に驚いた。LAの共通の友人の名前も出て、更に驚く。

次回私の住むワンルームマンションの部屋にお住まいだと……。いきなりのご縁だ。

かなりの時間、参加者同士の移住意識や地元情報などの会話がはずんでいました。
何か年齢は別々でも志向性や考え方が共通しているような感じがしました。
みんな前向きだなぁと。



 

このリゾートホテル支配人の中川さんがご挨拶。
自分の移住体験も話してくれました。

お店の「蔵」はミシュランガイドの掲載店。楽しみはまたひとつ増えました。

 参加者同士の懇親の輪が広がって、これからの楽しみが増えた。

 

 

記念写真を撮って解散した。この項は引き継続き連載予定です。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 08:38 | comments(0) | - | - | - |
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>
+ RECOMMEND
鎌倉―ソウル 2328キロを歩く―定年退職、新しい自分に出会う旅
鎌倉―ソウル 2328キロを歩く―定年退職、新しい自分に出会う旅 (JUGEMレビュー »)
間宮 武美
講談社+α新書より、2005/10/20発売!
上の画像をクリックしてamazon.co.jpより、購入できます。

*電子書籍版も好評発売中!*
honto電子書籍ストア
紀伊國屋書店BookWeb
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
  • ハラハラ・ドキドキの今年の『原村合宿』が無事終了しました。
    間宮武美 (06/22)
  • 久しぶりに家人と二人で高遠・芝平へ行きましたが、最後はロードサービスのお世話になりました。
    間宮武美 (06/21)
  • 21世紀の朝鮮通信使友情ウォーク。本州に。あっという間に名古屋まで来ました。
    間宮武美 (06/21)
  • 「まだん俳句連中」の特別吟行は、一泊二日の初秋の伊勢路。伊勢の間宮の遺伝子が騒ぎました。
    原条令子 (03/03)
  • ハラハラ・ドキドキの今年の『原村合宿』が無事終了しました。
    miyu (11/02)
  • 鎌倉市民プール(鎌倉海浜公園プール)はオープンして58年目です。ここでお願いです。
    yuzo seo (04/21)
  • ハラハラ・ドキドキの今年の『原村合宿』が無事終了しました。
    カナダからの手紙 ♪ (10/31)
  • あれから4年半。初めて東日本大震災の被災地へ行きました。多くのことに気がつきました。
    小林節子 (11/11)
  • 21世紀の朝鮮通信使友情ウォーク。本州に。あっという間に名古屋まで来ました。
    間宮武美 (07/24)
  • 21世紀の朝鮮通信使友情ウォーク。本州に。あっという間に名古屋まで来ました。
    安部 典子 (05/15)
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ MOBILE
qrcode
+ LINKS
+ PROFILE