鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
童心に戻って上野動物園。久しぶりのまだん句会は動物園。シャンシャンも見ましたよ。
『まだん』と言う俳句連があります。韓国駐在時代の『ソウル俳句会』の帰国仲間が中心の会です。
「まだん」とは韓国語で「庭(ひろば)」と言う意味です。
 
今年初めて参加した吟行句会は上野動物園です。
天気予報では、好天の今日は真夏日になるという。
 
我々はパンダのシャンシャン人気で大混雑を予想される表門(東園)を避けて、
不忍池の弁天門(西園)に集合した。
 

 
久しぶりの上野です。まずは上野の山に西郷さんの銅像に挨拶しなくては・・・。
山を登ると何とパイプフェンスが組まれている。
見ると「西郷南洲像清洗式」と書かれている。
年に一度の大掃除なのだ。黒服の紳士たちが式典の準備に邁進していた。
 

 
さて30分も早く集合場所に到着し、不忍池の弁天堂をお参りする。


 
定刻の10時に弁天門から西園に入場。16人の参加者は、65歳以上の入園料300円。
 
池の西側のコースを歩きながら吟行をはじめた。
この池にはペリカン、ニホンコウノトリ、オオワシなどに鴨も居る。
鴨は春になると北へ帰るのだが、一部にはそのまま留まる鴨が居る。
残る鴨には残された哀れさを感じたりする。

 
不忍に残る番の春の鴨  武舟(特選を戴きました)
 
しかし句会で(春の鴨)には残るという意味があり、(残る番)は意味が重なるという指摘があった。
 
不忍の池に番の残る鴨 武舟 
 
「残る鴨」も季語であり、このように詠み変えても少しの哀れさは出るだろうと思います。
 
ペリカンの家族だろうか、数匹が群れを成して同じような動き方をしている。


 
池のほとりの我々に向かってショータイムを愉しんでいるようだ。
 
ペリカンの群れなす列に水温む  武舟
 



 
池の周りには数々の樹木があり、ミズキが目立って花を咲かせていた。
 
風光る並びて競ふ花ミズキ  武舟
 
一つの幹から何本も垂直に枝が付いていて花を咲かせている。奇妙な光景に気が付いた。
 
池の北側にはフラミンゴやハシビロコウがいる。
フラミンゴがご存知でしょうが、ハシビロコウとはなんだろう。



 
中央アフリカに多く生存する鳥で、体長は大きいもので150cmほどになる。
ゆったりとした動きで、しばしば彫像のように動きを止めるため、「動かない鳥」として知られる。
 
私が見たときには羽根を大きく開き閉じるところだった。
一旦閉じたのでカメラをむけて再び開くまで私も動かない、ハシビロコウも動かない。
数分間の意地比べになった。
 
あきらめてフラミンゴの檻に移った。

 
春の昼一本の足なるフラミンゴ 武舟
 



 
(いそっぷ橋)を渡り猿山を見ながら、東園の入り口近くのジャイアントパンダの檻へ向かった。
話題のシャンシャン(香香)は整理券がないとみることができない。
生憎今日の整理券は配布が終わってしまった。

 



父親パンダを見て帰ろうとしたら、なんと檻の奥の垣根の向こうにシャンシャンが見えるではないか。
何枚もシャッターを切った。
全体の姿が見えていたのだが、次第に後ろ姿になったままだ。
句としては(後ろ姿)を詠みました。
 
香香の後ろ姿や春うらら 武舟  三点句(特選一句)。



なんでシャンシャンだけが人気者なんだ。父親パンダは若干ふてくされているようだった。
 

 
今日の上野公園は、小さな子どもを連れた親子連れが、とても多かった。
この家族の光景を見て、80年代に子どもを育てた私達には動物園に子ども連れて行った思い出はほとんど無い。
時代が大きく変わったのか、私たちがあまりにも家にも帰るのを忘れて働き過ぎていたのか・・・。
あのバブル時代の働きすぎの複雑な思いで若い家族たちを眺めて居ました。


 
句会はカッパ橋の近くの江東区生涯学習センターの会議室。


 
句会の後の記念写真。


 
そのあとは会費3500円の懇親会。飲み放題で飲みすぎました。
もちろん食べ過ぎました。
 
ところで、吟行句会のために参加できなかった母校の豊多摩マスターズの東大球場での野球の試合は、
麻布高校を相手に23対5で大勝利。満塁ホームランもあったようだ。あっぱれ後輩野球部員!
今年度の大会の初戦で豊多摩マスターズは初勝利を飾った。大きな成果だ。
次回の試合が楽しみだ。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 21:20 | comments(0) | - | - | - |
母は3月24日に満97歳になりました。あんなに体が弱かった母が97歳。100歳まであと3年。


正月には、母を囲んで鎌倉の我が家で家族(7年前はひ孫まで入れて)13人が集まりした。
上は90歳、下は0歳。大変な食事会でした。
家人の準備、当日の対応の大変さを考えて、妹たちの提案で正月は間宮だけの会にして、
全員集まるのは母の誕生日にどこかのお店で集まろうという事になりました。
今年はちょうど24日の誕生日が土曜日なので、仕事で忙しい孫たち(母にとっては孫)も仕事を休める。
一人を除いて、私達子ども(3人+伴侶1名)、孫(5人+伴侶2名)、ひ孫(2名)に母。全部で14名。


 
地元の知り合いのレストランを借り切っての誕生会になった。
もともと釣り宿(秋田屋)で、1階は創作イタリアンの(鱗亭)。
肉はあまり出ないが、極上の魚が調理される。
カルパッチョ、鎌倉の新鮮野菜の前菜、野菜サラダ、ピザ、パスタ、魚の煮つけ、
デザート、コーヒー。



 ヒラメのカルパッチョ

 鎌倉野菜の盛り合わせ







 
ここで7歳と3歳のひ孫は、普段口にする刺身系(カルパッチョ)も手を付けない。
かつて「お爺ちゃんちは、楽しいけれど食べるものが、ぜんぶ大人系ばかり」と言われたことがある。
急遽、子供用のボンゴレパスタをお願いして、ご機嫌を取り直してもらった。



母も出てくるものは、すべて食べている。





 
母には魚は妹たちが食べやすい大きさに分けて、パスタはショートパスタに。
母は通常はキザミ食なのだが、、ここではみんなと同じもとを楽しんでもらえる。


 
大皿に大きな鯛の煮つけが出てきた。
味付けも口当たりが良い。



結構おなか一杯になりました。懇談が続きます。


 
いよいよ6人の孫達からの花束のプレゼント。ひ孫が代表でひいおばあちゃんへ。


 
花束を抱える母。


 
スピーチは、今年は座ったままで「みなさまのおかげで…(泣き始める)」
「この先も元気にしていきます。よろしくお願いします」。


 
ハッピーバスデ―の歌と共に、お祝いのデザートのキャンドルを吹く。


 
実はこの日は私の次男の誕生日でもあり、
それに合わせて長男夫婦の結婚記念日でもある。
加えて家人の母の命日でもある。
 


今回は室内で記念写真です。Kip君だけがお得意の変顔。
トッキーは、こちらを向かってカメラ目線。

 
今年もめでたく、おいしい誕生会になりました。

 2013年(92歳) 大船の友人のお店「新羅亭」
 2014年(93歳) 横浜中華街
 2015年(94歳) リハビリ入院中
 2016年(95歳) 地元レストラン 「クッチーナ」
 2017年(96歳) 地元レストラン 「クッチーナ」

子ども、孫、ひ孫と一族がみんなが、楽しみにしている母の誕生日会です。


 
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 08:06 | comments(0) | - | - | - |
懐かしい方が遠方から来ました。「三田会」の仲間として会えました。鎌倉と有楽町で楽しい邂逅です。
【鎌倉にて・・・・・・】




 
韓国でお世話になった李一揆(イ・イルギュ)さんです。白髪の方です。
マスクの女性は同じく三田会の(たかしま)さんと、韓国で一緒だった後輩の三木さん。

 
李一揆さんは大学では同期生になりますが、数年の兵役を過ごしているので私より少し先輩です。
李さんは「韓国三田会」会長でホテル「ベストウエスタン」(元ホリデーイン・ソウル)の会長です。
「韓国三田会」とは、韓国の方が慶応義塾大学を卒業し帰国したメンバーで約500名ほどの団体です。
「ソウル三田会」は慶応義塾大学の卒業生でソウルに当時赴任しているメンバーです。
赴任と帰任で差し引き、常時約50名ほどが現地で会員になります。
 
一時、私が「ソウル三田会」会長の任にあった時に、李会長と日韓の三田会でいろいろと会合を持ったことがあります。


 
今回、来日を期に鎌倉へお出でになり、半日鎌倉散策を楽しんで戴きました。
ポカポカ陽気の日でしたが鎌倉の桜(染井吉野)はまだ開花していません。
鶴岡八幡宮の鳥居下の早咲き「河津桜」は満開でした。


 
また旗上弁財天社の「大島桜」も満開でした。


 
その後、北鎌倉まで歩いて「明月院」に向かいました。
梅と桜の間でアジサイまでは、まだまだで鎌倉は珍しく観光客が少ないのです。


 
ほとんど人けのない明月院。珍しい光景です。






 
今日のランチは鎌倉で有名な「鉢の木」。今日は精進料理を戴きます。湯葉のてんぷらも珍しいです。


 
「鉢の木」のオーナーの藤川譲治社長(右)。
私が所属する「鎌倉三田会」の幹部メンバーで、そのご縁もあり鎌倉で山ほどある和食の店の中から、
「鉢の木」を選んだわけです。オーナーから歓迎のサービスもありました。




 
食後は北鎌倉駅前の「円覚寺」に参ります。
山門を入ると、やはり人影はないです。
こんなに人影の少ない鎌倉をご案内するのは、めったにない事です。
そんなことは抜きに、楽しい一日になりました。

 
【有楽町にて・・・・・・】


 
こちらは「放研三田会」20期の仲間です。大学の放送研究会の同期の仲間です。
6月に開かれる「放研三田会総会」は第20回目を迎えます。
その意味で20期の我々が要のイメージで事前に盛り上がろうという企画です。

 

有楽町の広東料理の「慶楽」。かれこれ40年以上通っているお店に仲間達が集まることになりました
今回は福岡から(しばた君)、浜松から(かみや君)、千葉の(うちやまさん)が加わって13人。
(しばた君)が乾杯のあいさつです。




幹事役の私から今日、参加出来ない仲間の消息を伝えています。







久しぶりに会う仲間は、おしゃべりと笑顔が絶えません。

 
ヒョンな仲間の一言から、昔の思い出が呼び起されて、細かなことまで頭に浮かんでくるのでした。
「良く、おぼえているなぁ〜!」と、それぞれに驚きの声が上がるほどです。
懇談が続きます。


 
(しばた君)と千葉から来た(うちやまさん)。3人ともまだ、それぞれ仕事は現役です。
しばた君は福岡の天神町で老舗の家業の洋傘店を経営しています。
うちやまさんは千葉県アマチュアゴルフ協会の事務局のお仕事をしています。
ゴルフもお上手だと思います。

 2005年8月

 
この20期は卒業してからも、長い間、ほかの期の仲間よりも仲良く会い続けていました。
残念なことに、すでにMT、SS、HT、SM、YS、YKと6名も鬼籍に入りました。
2005年8月の記念写真です。
この中からすでに2名が亡くなっています。

 2012年2月


同期の人気者SM君の1周忌。偲ぶ会でした。

今回は6年ぶりの久しぶりの会になりました。
大勢の仲間の中で、参加する顔ぶれは、結構同じだと気がつきました。
それにしても、放送研究会、よくしゃべるは。
それにしても、しゃべる割には、飲む量が格段に減りましたね。
寄る年波には勝てないのでしょうか。
 
とにかく、元気な笑顔で、またお会いしましょう。
20期だから20日にこだわりたいとのことばで、解散。

しかし13人の中で半分の7名が二次会に向かいました。
飲み足りないというより、しゃべり足りないという雰囲気。
とにかく元気な仲間です。


次回は6月の三田のキャンパスで開催の「放研三田会」総会と懇親パーティーで会えることになります。

 
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 23:14 | comments(0) | - | - | - |
豊多摩高校野球部OB会の総会。豊多摩愛、野球部愛が集まりました。


 

僕たち1年生は一番後列で並んでいます。

今年の野球部OB会の総会が永福町の「永福和泉区民センター」で行われました。
この会場は高校のある浜田山に近いところです。
昨年、作成された「70年記念誌」は、まだまだ注文が続いて増刷されています。
記事作成に関わったものとしては、大変うれしい気分です。


 
部屋の前には「都立豊多摩高校野球部OB会」と手書きの看板があります。


 
部屋のボードには今日の議題が書かれています。


 
定刻にはほぼ全員が集まってきました。


 
広報担当理事の山川さん(36期)が今日の受付です。
いつもは事務局で元女子マネの石黒さん(27期)が受付を担当するのですが、急用で欠席です。
従って、今日は男性だけの総会になりました。


 
豊多摩マスターズの監督の水澤さん(33期)が総会の司会です。



 
早速、同期のエースでいまだにマスターズでも投げている吉田会長(15期)の挨拶。
昨年の活動の報告の総括からOB会の課題などを熱を込めて話ています。
聞いてていい内容でした。



議長の渡辺さん(27期)と書記の横山さん(29期)が選出されました。


 
早速、事務局長の馬場さん(28期)が、昨年の活動報告を説明します。
昨年度の会計報告(収支報告)を説明し、満場一致で承認されました。
続いて新年度の活動方針案、予算案の説明、すべて承認されました。




 
豊多摩マスターズの活動報告を、代表の大久保さん(40期)が、試合の結果報告と、
新しく取り入れた(軟式野球リーグ)の意味を説明しています。
マスターズとは全国の高校野球部OBが、元プロ・アマのキャリアの壁を越えて、
出身高校別に同窓会チームを結成して甲子園を目指す野球大会の事で都内で約20校が、凌ぎを削っている。


 
以降、幹部会メンバーの挨拶とそれぞれの意気込みや豊富を自己主張(?)。
副会長の葛西さん(17期)が絆の大切さを訴えています。


 
同じく副会長の谷中さん(21期)が、女子マネの組織化、40期以下の若い世代の開拓の意気ごみを語ります。


 
そして統括理事の私(15期)は来たるべき10周年記念イベント(19年秋)にむけての抱負を語ります。
理事12名を統括するお役目ですが、あまり表に出ずに後輩たちに任せています。



15期の同期、吉田会長(左)と有坂前会長(右)のユニフォーム姿です。
既に古希を過ぎています。



 
理事の中山さん(18期)は同時に都立城北高校のマスターズの監督を務めています。
昨年の東京大会で対国学院久我山チームとの決勝戦、神宮球場で戦い惜敗した。
その試合ぶりを簡単に報告していました。
また豊多摩マスターズの可能性についても解説していました。
この神宮での試合は年末のMXテレビ深夜枠でも放送されました。


 
前述の山川さんが広報としてHPの説明をしました。


 
最後に若手理事を代表して池田さん(54期)が今後の抱負を語りました。
池田さんはマスターズ35歳未満監督として若手の仲間のネットワークをしっかりつかんでいます。
今後の野球部OB会の将来を担ってくれることでしょう。


 
最後に記念写真を撮って、西永福駅前の懇親会会場に向かいました。
吉田会長の考えもあって、楽しい総会、楽しいOB会を感じてもらおうと、
たくさんの仲間が発言の機会をもったことで、
ある意味で新しい雰囲気の中で成功裏に終わりました。
さて10周年記念イベントは、どんな事になるでしょうか。
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 16:59 | comments(0) | - | - | - |
三軒茶屋でパントマイム、横浜馬車道でネイティブアメリカンフルート、文化的な過ごし方。


【パントマイム パーフォマンス】3月1日
私の姪に、アリサというパントマイムのパーフォマ―が居る。
かつては江の島の水族館のイルカのショーに水の精・アクワンとしてパーフォーマンスしていたこともあった。
最近はパントマイムのソロ活動で頑張っている。


 
三軒茶屋の茶沢通りに面している「Orbit 」という店に、
「Alisa in Wonderland」というパーフォーマンスを見に行った。








 
今回は映像作家の武子直樹さんとのコラボレーション。
アリサ イン ワンダーランド。ソロ活動を始めて既に7回目の公演になった。
観客は全てアリサと同世代の若者である。


 
約2時間のショーで、第2部は観客から3つの言葉を貰って、その3題話を即興で演じる。
リボン、スカイダイビング カーリング。
これで一つのショートストーリーにする。これが結構、楽しい。



クロージングは3人によるトークショー。
舞台裏の楽しいエピソードに終始しました。
武子さんのキャラもなかなかだ。

 
アリサの独創的なパントマイムショーは、また見てみたい。
 
【ネイティブ アメリカン フルート】 3月3日



マーク・アキクサさんとの付き合いは2004年からだから、14,5年の付き合いになる。
今回は関内から歩いて5分。馬車道にある「KAMOME」というダイニングバーでの公演。
いつものパートナーの太田光弘(ギター)、よしうらけんじ(パーカッション)に加えて特別ゲスト・穴田貴也(チェロ)。


 
お店に入る前にギターの太田さん(右)、パーカッションのよしうらさんとご挨拶でパチリ。





60人も入ると満席なのに70人近いファンがぎっしり。補助椅子を出すくらいの盛況だった。
マークのファン、太田さんのファン、よしうらさんのファンとお店のファンでいっぱいである。
ネーティブアメリカンフルートはアメリカ大陸の先住民の若者が求愛の為に吹くのだと冒頭に説明があった。




 
ステージは「風の道」から始まり、「コンドルは飛んでいく」、
自作の「世界軸」は富士山の5合目で泊まった時に
浮かんできた楽曲。
5合目の清らかな空気の中で、マークなりのひらめきがあったに違いない。
 
先住民たちの考え方を披露しながら曲につなげていく。
このところ曲と曲の間のトークもなかなか良くなってきた。
2部になって「アメージンググレース」が始まった。アメリカで一番多く慕われ愛唱されている。
マークは、必ず一度は吹いてくれる。私は好きな曲だ。

 
蛍をモチーフにした「光の精霊たち」、「迷路の男」。曲のタイトルも良い感じである。
ラストはおなじみの「とうもろこしの乙女」「コヨーテの夜」と続いていく。




 
太田さんのギターのソロ、よしうらさんのパーカッションもノッテくる。いつものノリで楽しい2時間が、あっという間に終わった。


 
ところで、このKAMOMEの隣組に、滝ともはるさんのライブハウス「パラダイスカフェ」があるのを見つけた。
80年代のサントリービールのCMに堀内孝雄さんと滝ともはるさんの男性デュオ「南回帰線」でお世話になった。
アリスのステージに超忙しい堀内さんの代わりに新人の滝さんが多くのラジオの番組に出て、
僕たちの歌として曲紹介してくれるというプロモーション作戦も功を奏した。
 
「・・・君だけに生きていけたら どんなにか いいだろう 男は夢に追われる孤独なランナー・・・」
アリガトー サントリービール。

この「南回帰線」をきっかけに、堀内さんは歌った後で、「アリガトー!」と叫ぶようになった。
滝ともはるさん。とても懐かしい方だ。
パライダイスカフェはここにあったんだ。
一度連絡を取ってライブハウスを訪ねてみよう。

 
歩けば棒にあたる。現場に情報ありだ。
楽しい一日になったなぁ〜。
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 15:27 | comments(0) | - | - | - |
何の予定もない日曜日、熱海の来宮神社に行ってきました。


「午後から熱海の来宮神社に行かない」と家人が書斎に入ってきた。
たまには二人で出かけるのも悪くはないな。
一気に出かける支度をして、江ノ電、湘南電車、伊豆急行で「来宮駅」に向かった。
ひる時をすぎても熱海行の電車は混んでいた。
何処へ行く人たちだろう。いま盛りの熱海の梅園に行く人々の様だ。
隣の大国から来た観光客達が自国語で興奮したように大声で話していいる。
彼らは熱海に泊まって、梅見の観光なのだろう。


 
私にとって来宮神社は初めての参詣である。
昨年は、地元の江の島神社、鶴岡八幡宮、龍口明神社の他にも、出雲大社、伊勢神宮、寒川神社とお参りを重ねた。  

 

江の島神社



出雲大社



伊勢神宮(内宮)



鶴岡八幡宮



龍口明神社 


 
電車を乗り換え15時過ぎに来宮駅に到着した。
神社は駅から徒歩5分である。
来宮神社。本州一の巨樹。国内屈指のパワースポットと言われるので、若い女性の参拝者も多い。
竹林に囲まれて参道を抜けて本殿に至る。




 
本殿の裏手には、国指定の天然記念物の「大楠」。樹齢2000年超、幹周23,9m、高さ約26m。
健康長寿、心願成就のパワーを秘めている。
大楠のまわりを一周回わると寿命が一年伸びて、心に願い事秘めて右回りに回ると願いがかなうと言われる。


 
何故か龍に見えますね。


 
庭の周りには清流が流れています。
上を見ると木々が空を覆っています。


 
お守り「酒難除け」を求めて帰ります。
と言っても、最近は家飲みが多く、飲む量も可愛いものです。






 
湘南に戻り、先日仲間達と訪ねたモノレールの湘南江の島駅の近くの「常立寺」。
枝垂れ梅が白と赤に見事の満開でした。
 
思いたったら吉日。
そんな一日でした。
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 23:56 | comments(0) | - | - | - |
バーンロムサイって、「ガジュマルの木の下の家」という意味です。

 
原村の節子さんから「明日、銀座の伊東屋で名取美和さんが来てトークショに出るの。
一緒に行きましょう」とメールが来ました。
 

 
名取美和さんは1999年にHIV感染孤児のホームをタイの北部チェンマイでスタートした方です。
ご縁があって、節子さんと共通に、長いお付き合いがあります。
もう少し詳しく説明しますと、バーンロムサイは、HIVに母子感染した孤児たちの生活施設として美和さんがチェンマイに設立しました。
当時、国立孤児院から30名の子どもたちがやってきました。
開設から3年の間に10名の子どもたちがエイズを発症して命を落としました。
今では抗HIV療法を取り入れ2002年以降は誰ひとり亡くなってはいません。
 

 
バーンロムサイでは、自立のための事業としてNPO法人バーンロムサイ・ジャパンの支援のもと、裁縫工場とゲストハウスを運営しています。
この事業がいわば“家業”となり、子どもたちの将来の職場や職業訓練の場ともなることを願い継続してきました。
娘が母の活動を支え始めています。すごいです。
 

 
銀座伊東屋B1で、2月3日〜12日までバーンロムサイ主催の「+ARTイベント」です。
「川村亘平斎の影絵と音楽」というイベントです。
おそなえ きのみ(木の実をお供えしてきれいな花を咲かせる話)です。
バーンロムサイ・ジャパンは+ART活動として国際的に活躍する若手アーチストを、
チェンマイのバーンロムサイに隣接するホシハナビレッジに招聘しています。

 


木の実がいっぱいお供えになると、ガジュマルの木が、きれいなカラーの花を咲かせます。

 

 
このイベントを主催する名取美和さんのお嬢さん。
 

 
名取美穂さん。バーンロムサイ・ジャパンの代表です。


 
川村さんは、かつてバーンロムサイで子どもたちを前に、スクリーンで影絵を見せました。
言葉は何と流ちょうなタイ語。


 
英語でなぜ影絵がカラフルなのでしょうと。
見事に花が咲いたスクリーンのエンディングです。
 
影絵でおかげさまの心を学びました。
今日のトークショーは美和さんではなく、お嬢様の美穂さんでした。
 
私はご縁があって2004年10月に家人とともにチェンマイのバーンロムサイを訪問して、
当時のホームの作品としての熊の人形作りの奉仕をしました。





 
工房で二人でひたすら、かわいい人形を作りました。
 

 
美和さんと語る家人。


 
私の力作・スーパーマン。



 
以前、東京六本木の展示会で買った作品。
ナット君の作品ですが、今はもう立派な大人となっています。
生きている。車の作品をつくったこの子は元気に生きている。
今はチェンマイ大学でファインアートを学んでいます。
美和さんはすごいことをしています。


 
今の子どもたちの絵です。
作品として売れたお金は、すべて子どもたちの薬代になっています。
子どもたちは死なずに18歳以上は自立して生きていけるようになりました。
良いお話です。
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 21:32 | comments(0) | - | - | - |
もうじき2月。時の立つのは、早いですね。記録的な寒さの中、俳句会と偲ぶ会です。



 
【まだん勉強句会】
『まだん』と言う俳句連があります。韓国駐在時代の『ソウル俳句会』の帰国仲間が中心の会です。
「まだん」とは韓国語で「庭(ひろば)」と言う意味です。
 
新年早々の句会は、椿山荘の近くの会場での俳句勉強会から始まりました。
勉強会とは、普段の吟行句会と違って、兼題と嘱目季語で句を作って持ち寄り、みんなで句評をするのです。

今回の兼題は―夜、除夜の鐘 1句 △年玉の1句。残り3句は当季嘱目3句。
私は葱(根深)、寒見舞い、雪の3句を出句しました。

会場は肥後細川庭園(旧名:新江戸川公園)。
今日は、他に夜も集まりがあるので、句会の懇親会は欠席で、午後の句会のみの参加です。
出句した5句とも全部点を戴きました。珍しい。



 
神田橋の駅を出ると神田川。その川沿の道を1kmほど歩きます。




 
「肥後細川庭園」は幕末時代は細川家の下屋敷で、明治になって細川家の本邸として使われました。
整った庭は素敵な庭園になっています。
先日の大雪もきれいに邸内の縁路は除雪されていました。
雪吊りもキリリとして、佇まいが素晴らしい。


 
記録的な寒さで、池には薄氷が張っています。
 
池凍る何か投げたくなる気持ち UTさんの句

勉強会ですが、吟行句のような、さっき見た景色が詠まれています。
2番目に多い得点の5点句でした。




 
句会の準備で清記用紙、選句用紙、予備選句用紙と配られて、
句を書き込む短冊も5枚あります。
そうです、今日は5句提出です。
 
リュックより頭出したる根深かな  武舟 3点句(特選句含む)
根深は葱のことです。
良く見かける風景ですよね。

寒見舞い里から届く伊勢手拭   武舟 3点句

お年玉母の手づくりポチ袋     武舟  並選句

紫の法衣の揺れし除夜の鐘    武舟  並選句

雪はげし五輪の里は視界ゼロ   武舟  並選句
平昌(ピョンチャン)五輪を平壌(ピョンヤン)五輪と言われるくらい韓国は妥協して譲歩しています。
オリンピック&パラリンピックが終わった後は「北」がまた暴れだすんでしょう。
ソウル赴任経験者ならば理解できます。
 
五句の提出句が全て点が入りました。
このところない快挙ですね。



会場の前で記念写真で、解散。
 
【スタンプガーデン 充子さんを偲ぶ会】
 
その足で地下鉄を有楽町線、半蔵門線、大江戸線と乗り換えて一気に六本木まで。
夕方からの会合は、高校の仲間で14年前に亡くなった、スタンプ充子(ちかこ)さんを偲ぶ会。
10人ほどの仲間が集まりました。



 
近くには30年通った俳優座裏のバー「若いおまわりさん」がありました。
2006年に閉店しました。今は違う名前の店になっています。
オーナーだった同年代の南子さんは、どうしているだろうか。


 
そのすぐ近くに今日の会場「スタンプ・ワインガーデン」があります。
充子さんのご主人の故:スタンプさんのお店です。
 
お店の真ん中のテーブルに高校仲間の男女が集まり、ガヤガヤとおしゃべりを続けます。

 コンソメスープ
 佐賀牛のステーキ

 
ウニのカクテル、コンソメスープ、佐賀牛のステーキ、デザート。シェリー酒、白ワイン、赤ワインが続きます。
こんがり焼けたフランスパンもおいしい。
デザートは写真を撮り忘れました。それに〆はコーヒー。
 
そもそもこの仲間の集まりは、1964年の12月から高校の野球部の男性中心に始まった会です。
その流れで、いつしか女性も加わり、いつしか、充子さんの薦めで「スタンプガーデン」が会場になりました。
私はソウル赴任中も、ほぼ100%駆けつけました。
50年近くも続く会なのです。
 
今回も清水市、西浦和から、鎌倉市からと遠方から集まってきました。
食べて、飲んで、しゃべっての3時間。
昔は人数分のワインが空いて、今は3時間で3本のワインが空いただけです。
みんな年取ったんですね。


 
お店の前で記念写真を撮って解散です。
 
2000年12月5日。
充子さんとあった最後の日です。
恒例のスタンプの会の出席の為に、ソウルから駆けつけました。


 
二次会のお店「若いおまわりさん」で、残った人数で唄って、飲んで、おしゃべりです。


 
和服姿の充子さんは、今でいうフラッグシップのキャビンアテンダント(スチュワーデス)で、
私はその航空会社が広告の得意先なので話が合い、ウマが合いました。
みなさんをそっちのけで、二人で話が続いたものです。

 
2003年に、私にとっては忽然と姿を消した人です。
ソウル赴任中でもあり知らない間に、彼女は天に召されて仕舞いました。
今では懐かしい友人です。
 
人生いろいろですね。
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 21:31 | comments(0) | - | - | - |
2017年。この一年の総集編の抜粋版です。感謝をこめて・・・。
みなさま
既に、この一年でご覧になった内容の抜粋編です。
もう一度お付き合いください。
あっという間に2017年も暮れていきますね。
あっという間に1年間です。
あっという間に1ヶ月です。
あっという間に1週間です。
流石に一日はあっというまという訳にはいきませんね。
今年も毎月、主だった思い出を振り返ってみます。

 
まず1月です。
【初日の出】

 
大晦日から長男家族全員と次男も加えて、総勢7名で新年を迎えました。
歩いて8分、鎌倉高校前の海岸で日の出を迎えます。
 
【鎌倉七福神歩き】
毎年、地元メンバー(関東史跡研究会)が主催する「鎌倉七福神歩き」が復活しました。
しばらくは取りやめになるのではと思っていました。
長老の田中さんが、この企画を復活させてくれました。



この日はちょうど十日夷にぶつかり、賑わっていましたました。「本覚寺」は(夷神)です。
「商売繁盛、ささ持って来い」という関西の掛け声とは少し違いますが、大金払って大きな熊手を買い求めています。
 
2月
【鎌倉梅歩き】


 
若手中心の今回の鎌倉歩きはいつものシニア仲間も加わり新企画の梅見歩きにしました。
それも、いつもは歩かない鎌倉のお寺巡り。
まずは、片瀬にある枝垂れ梅の名所でもある「常立寺」。
一日中、いつも歩かないお寺巡りに、この新企画は、みんな喜んでくれました。鎌倉は奥が深い。
 
3月

【高校の同期ゴルフ会】


 

年に3回の高校同期の湘南組のゴルフ会。
のびのびした仲間のゴルフ会。心置きなく遊べる同じ歳のゴルフ。

同期の櫻という言葉がありますが、同期は本当に素晴らしい存在ですね。

現役時代と違いなかなか100が切れません。末永くお付き合いください。
 

4月
【桜の季節】 
ある時、家人の還暦の贈りものを探すために、近所のある花屋さんに入ったところ4月末に満開になる桜の苗木を見つけました。


 
と言っても背丈1mほどのものである。つぼみが色づいていました。 お店の方に質すと、ちょうど家人の誕生日の頃に満開になると言います。
「兼六園の菊桜」の存在を知りました。さっそく購入してお店で1週間ほど保管してもらいました。
桜の思い出です。


5月
【豊多摩マスターズのユニフォーム】 
豊多摩高校野球部OB会は(マスターズ甲子園)に参加しています。
仲間の監督の提案で軟式で練習試合が出来たら、野球慣れすると言い出しました。
さっそく元勤務先の後輩のチームに頼み、練習試合を世田谷公園球場で行いました。それもナイターです。


 
私は後半戦で代打で打順が回って来て打席に立ちました。見事に・・・。ナイスバッティング!!
(この写真は種も仕掛けもあります)。
 
6月
【出雲大社へ家族旅行】


 
久しぶりの家族の旅は出雲の神話の里。神様は、大別すると二つに分かれます。「出雲」の意味を神霊的に紐解くと、
「雲が出て地球を守る」=天からのエネルギーを媒介する雲」という意味になるそうです。
今回の出雲旅行の目的は、大社の本殿にてお祓いを受けることにあったので、「神恩感謝」とのお祓いを受けました。



最終日のメインイベントは、夕方のフライトまで「足立美術館」めぐりの後は、
となりにある【安来節園芸館】に寄りどじょうすくいの舞台を見て、どじょう鍋を楽しみ機上の人になりました。

7月
【桑ちゃんのバターボール号】


 
海の日です。横浜ベイサイドマリーナのオーナーズロビーに桑ちゃんの仲間が集まります。
恒例の桑ちゃんのヨットパーティーです。日本晴れの港に10人の仲間が集まりました。
当日は会費制でワイン、お酒各種、バーベキューの材料とたくさん準備されています。
まずはBBQパーティーを楽しみ、目の前の桟橋に係留してある「バターボール号」に乗り込みました。夜更けまで宴は続きました。
 
8月
【鎌倉のぼんぼり祭り】


 
毎年8月、立秋の前の日から9日までの3日間(または4日間)執り行われ、鎌倉の夏の風物詩です。
そして9日は源実朝公の誕生日に当たります。この日には実朝祭がおこなわれます。
境内には鎌倉市在住の文化人、各界の著名人が揮毫して奉納します。
そして、約400人の作品の中、15年連続で我が家の巨匠の力作です。
 
9月
【いつもの俳句会でお伊勢さん詣で】 


 
伊勢は父の故郷です。
文政3年の(間宮たえ)さんから記録があり、間宮耕山(兵次郎)、間宮酒煙(貞次郎)と、
船江の町を治めていた有名な方々も私の先祖です。
江戸時代には伊勢に500万のおかげ参りのお客さまが来ました。
その食料の大半は江戸から海を経由して伊勢に届いたのです。

私の父・富雄は二男のために、実家は兄に任せて、若いときから東京で仕事をしました。

それなので伊勢(宇治山田)は、私の故郷でもあります。
小さなころは毎年、夏になるとひと月は山田の家で過ごした記憶があります。

 
10月
【倍賞千恵子さん。澄んだ声で、楽しく元気なコンサート】
倍賞千恵子さん。一年ぶりに会いました。


 
JR王子駅前の「北とぴあさくらホール」倍賞千恵子(歌とトークのコンサート)です。
「私の歌も聴きに、たまには来なさいね!」と、以前お会いした時に言われて、昨年の大宮会場に次いで、
今年は王子会場まで行ってきました。
 
11月
【和光学園評議員20年表彰】


 
小中でお世話になった母校の84周年の創立記念日に参加した。
当日、大学のホールで式典の受付に行くと「おめでとうございます」と、いつもの係りの先生がニコニコと挨拶してくれた。(???)。
聞くと案内状に、書いてあったという。うかつにも気が付かないまま出席したのだ。帰宅して案内状を見てみると、
本学園のためにお尽くしいただいてきている労に対し感謝の敬意を表したいと考えております」
と、書いてあった。「評議員永年勤続20年表彰」を見逃したのだった。
 
12月
【鎌倉の紅葉歩き】





12月初めの日曜日、日本晴れで鎌倉の紅葉見物で、北鎌倉駅前は観光客であふれかえっていた。
しかし、一週間前だったら紅葉のピークだったのに・・・。
と思いつつ、今週は今週でそれなりの紅葉を楽しめた。
人生は考えようだ。
何しろ久しぶりの参加者に神田紅師匠の弟子の神田紅佳さんが何を思ったのか、ハイキングに着物で現れた。

「鎌倉から、こんにちは」に、今回も訪ねていただき、ありがとうございました。
また、来年からも、よろしくお願いします。間宮武美

 
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 19:54 | comments(0) | - | - | - |
小学校一年生の時の作品ノートが出てきた。私の表現者としての「DNA」は、これだ。なんちゃって!


書斎の机の中から一年生の作品ノートが出てきた。
いまでもクレパスの色が鮮やかな絵が現れた。
鉛筆で書かれたひらがな文字もたどたどしいのだが、徐々に成長を見せている。
和光学園は当時ユネスコの実験学校で、このような絵日記を授業で書いていたのだろう。
 
現代の学校では、何を教えているのかはよくわからないし、
いまの子どもたちは放課後はサッカーや習い事で、
落ち着いてこのような作品作りには時間を掛けられないのだろう。

じっくりと作文を書く時間もないのだろう。アナログ生活とデジタル生活の差は何とも言い難い。
このノートは2年生後半まで現存する。母が長い間、実家で保管してあり、
私が結婚し独立した時に我が家に持ち込んだのだろう。

大変な私の宝物である。

先日、ホームにいる母と一時間ほど、このノートを読んで見せた。当然父と母も日記に出てくる。


 
初めての絵は通学途中に見た風景。家を建ている絵で大工さんがコンクリを箱でこねて、
仕事の準備しているのだろうか…。


 
何と電車が出てきたが、平面的ではなく、何と俯瞰図だ。
私が通っていた電車通学の路には歩道橋のようなものがなく、何故俯瞰で書けたのか。


 
初めての文字が現れた。あめ、あめ、いいこ、いいこ。
 


この絵の隣には、かき、かき、かきと1ページの書き取りがある。
この絵は自宅の家のそばの玉川上水の橋の淵の柿の木が描かれている。


 
母に連れられて行った映画館で「小鹿のバンビ」を観ている。
客席に(ぼく)(おかあさま)とある。
(*)調べたら日本での封切りは1951年5月18日。7歳の1年生の時の話だ。
 
ゆめ


 
このあいだ ぼくわ ゆめおみて おもしろかったです
あさおきました かおおあらいました
はおみがきました
それから ごはんおたべました
それから 学校 いきました  (なぜ学校だけ漢字なのだろう。不思議だ)
夢の内容は馬に乗ったカウボーイです。映画の影響でしょう。
 
のう大のおはなし
のう大で しゃせいをしました
せんせいに みせました
そしたら せんせいはだめといいました
それでも ぼくはへいきで あそびにいきました おわり
(和光学園の隣にはいまでも東京農大がある)。なんという子なのだろう。
許す先生も先生だが、おおらかな学園生活が見えてくる。

 
三りんしゃ



ぼくは くにおちゃんとぼくで三りんしゃで でんしゃごっこをしました。
そして ぼくはきゅうこうに なりました
くにおちゃんは かくえきになりました
(当時の杉並区の平屋の生家です。石でできた門柱がありました。良く描けてます)
 
小学校高学年の冬休みに一冊の雑誌を発刊しました。もちろん宿題ではなく、自主的作業です。
雑誌のタイトルは「こけし」。


 
表紙の絵から、グラビヤのような絵のページまで、自分で描いていた。
記事もしっかり書いてある。
最終頁の感想を書く欄では、先生のコメントを書くスペースがある。


 
第2号は マミタケ社:発行となっています。学校が休みの間に発行したようだ。
先生のコメントが、妹達や家族の応援もあると良いですねとあった。


 
第3号では表紙のスワンは、先生のコメントによって、絵の上手な母が担当してくれました。
中の本文では妹たちが協力してくれたようです。


 
第4号まで。これが最終号のようです。
全て、言われてやったのではなく、私が自発的に作成したことだけは、よく覚えている。
表紙の裏にはしっかりと広告ページがあるのです。(えへん!)



正義の武士が二人そろって、こけしを読んだらみんな来た。
鞍馬天狗がちゃんと、雑誌こけしを推奨している。
何しろ時代のヒーローが無料で出演しているのです。


 
おもしろいわね。
サザエさん、カツオ君、ワカメちゃんが出演しています。


 
面白いでしょうとフクちゃんが表紙を書いている。

なんと小学校のころからの広告業界に興味を持っていたのかなぁ〜。
人生とは不思議なものですね。

 
何と別冊付録もありました。
間違って焚火にくべて、あわてて拾い上げました。一部が焼けています。


 
タイトルは「出世 花丸山」。
堂々3部までの大作(?)です。
一部は、「まずしい家」、「入門」と続きます。
父は駅かどこかで靴磨きで生計を立てています。



 
少年時代から強い子供が、海山部屋に入門します。


 
めきめきと強くなったとき、なぜか悪い人にピストルで撃たれてしまいます。
はたして花丸山の運命は……。2部につづくです。
1ページを使い、生まれたときから弟子時代、
関脇、大関、横綱、親方までの一生を似顔絵で綴られています。


 
第2部の表紙ですが、まだ髷を結っていません。
その続きは、現物が見当たりません。
 
大分時を経て、高校は野球少年ですごし、浪人時代を一橋学院ですごして、無事に大学へ。
好きだった野球の道を断念して「放送研究会」に入部しました。

 作品が収録されているカセットテープ

 
1年の夏休みのにラジオドラマの研究発表会で「浜辺に残されて」を発表した。

この作品が先輩の目にとまり、大学3年の時に、クラブを代表して大学放送連盟ラジオドラマコンクールに
参加し見事に入賞した。
タイトルは「太鼓よ響け」。
全国学生ドラマコンクールに勝ち残ったのだ。断念した野球ではなく、ドラマで実現した甲子園出場になった。
手書きの原稿(第4稿だ)。4稿までは、まだ仮題になっていますね。自信持てよ。



 
その何回か書き直して、最終の録音台本が出来上がった。
最終稿にも(仮題)とスタッフが書き込んだ。

ガリ版刷りのシナリオが懐かしい。


 
第一場面の効果音、せりふが見える。
タイトル(枠アナ)、
SE 波の音(岩場) FI−UP−FO(次第に音が入りアップになり次第に消えていく)
右ページは出演する主人公他のキャスト。
その下は連絡先。個人情報なので、ほとんどは家の電話番号だが、
念のために一応カセットテープで隠してある。


 
次は演出ノート。激しく場面転換、じっくりと聞かせるなど書き込んである。


 
そして、このテープは現在デジタル化して、放研三田会のデジタルアーカイブに、
収録され永久保存されている。


 
この後は、広告業界で40年以上暴れて、最近はこのDNAを頼りに新しい人生行路を模索している。
さてさて、どうなりますことやら……。
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 13:09 | comments(0) | - | - | - |
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