鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
夏のど真ん中。恒例の桑ちゃんの「バターボール号」に全員集合。

 
 

元勤務先の同僚の桑ちゃん(桑原明さん)の親しい仲間が、夏のど真ん中、横浜のヨットハーバーに集まった。

恒例のクルージングとBBQパーティーだ。

以前は元勤務先のデジタル関係者のヨットの船上パーティだったようだが、

いまではクリエータ仲間にマーケティング仲間、さらにプロモーション仲間が集まる。

博学会メンバーも参加してきた。その中で営業出身者は、なんと私だけなのだ。

徐々に常連が増えて、今回は14名になった。

こうして集まるのは、もう何年続いているのだろうか。

 

 

この日も日本晴れになった。天候の心配よりも「熱中症」が心配だ。

定刻の12時半に全員が自慢の手料理、ワイン、ビールなど差し入れの手荷物を持参で集まった。





 

全長25フィートのバターボール号を桟橋に接岸し、パーティー用のデッキ(ウキ桟橋)が準備された。

BBQ用のテーブルやチェアがセッティングされた。

 乾杯!
 一気に手料理が並んだ。

 カモメも食べ物をせがんでいる。
 

桑ちゃんが焼き鳥を焼いています。




なかには、まだシニア現役のメンバーもいて多士済々。

飲み始めたら、全員の最近のトピックスのショートスピーチが始まり話題は尽きない。

とにかくおしゃべりの得意なメンバーだ。しゃべり出したら止まらない。


 

写真は全て笑顔に笑顔。

あっという間にビールが無くなり、ワインも何本も空いていく。時間が経つのも忘れる。



お待たせしました。タンドリーチキンが焼きあがりました。

焼き鳥、タンドリーチキン、ビシソワーズ、野菜のマリネ、餃子?、ビーフンサラダとレストラン並みです。
コリアンダーは、別添えです。

 

 

隣のボートは100キロ以上のカジキマグロを釣り上げて帰還した。

 


今日は風が強いので、バターボール号は、クルージングはやめました。
なのでキャビンは倉庫状態です。



夕方になり、三々五々と仲間が帰っていく。

最後まで残るのはなぜか毎年同じような仲間だ。


 

既に飲み始めて7時間以上たっている。後ろ髪を引かれるようにヨットハーバーを去る。
その前に、食べたもの、飲んだものの片づけは酔っていてもちゃんとやります。



暗くなったハーバーを後にします。

しかし、数名が最寄りの駅前にあるラーメン屋での反省会で〆になる。

 

今夜も飲みすぎによるトラブルもなく、無事解散になった。

桑ちゃん、準備に幹事にお疲れ様でした。

仲間の皆さんも、ルールを守り楽しいパーティーをありがとう。
また次回。どんな仲間が集まるか楽しみです。

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 07:59 | comments(0) | - | - | - |
移住計画。考えてもいませんでした。楽しそうでクリエーティブな新らしい行動かも。

 
 

湘南生活55年。その中で鎌倉生活は35年になります。

マイブログ「鎌倉から、こんにちは」足かけ13年。
 

韓国の安東(アンドン)市とのパートナーシティ提携(都市提携)は事務局長として8年掛かって、

一市民として民間と行政の間でリーダーシップを果たしました。

 

 

信州原村も友人との関わりで活動拠点として「八ヶ岳農場」支援活動もしました。
農場の食材を活かした駅弁「鶏めし にわっとり」の企画が実現して、

おかげさまで、今では定番商品になりました。


 

森ミドリさんとの協働で「にわっとり音頭」の作詞を受け持ち楽しい曲が出来ました。

そんなこんなで仲間から原村へ移住の誘いもありました。

よく考えると生活環境も変化ありすぎで、東京での仕事や母の問題など考えると、

ちょっと遠すぎます。

 
ある朝、テレビのワイドショーで「三浦市の移住計画支援」のニュースを偶然に見ました。

人口流出、空き家問題、商店街のシャッター化など社会的な問題を解決するために、

新たな活動が動き始めたとのニュースでした。
 

腰越港と江の島、三崎港と城ケ島。冬は温暖な点も何か環境が似ています。

 

思い起こせば私と三浦市も関係が深いのです。

三浦ハーフマラソン参加は80年代後半から5年間走り続けました。

勢い三浦ハーフマラソンと提携しているホノルルマラソンも完走しました。

48歳の時です。


 

港の三崎館を貸切で営業局の一泊旅行もしました。

大学のOB会で三崎口から三崎港経由で城ケ島ハイキングも楽しい思い出です。


 

我が家の前の海に出て134号線を、ひたすら歩くと夕方には三崎港に。

35kmという距離は、鎌倉ーソウル徒歩の旅の一日の平均的徒歩の距離を意味します。

徒歩の旅を終えて、あれから何度もこの距離を楽しみました。

夕方三崎港に到着、缶ビールのロング缶を、夕焼けを見ながら一気に飲み乾す。

至福の一瞬です。

 

今日はその「三浦市トライアルステイ」の応募者を対象にオープンルームの日です。

対象物件の見学、周辺の環境、実際の生活イメージを実感するキックオフイベント。

 希望した部屋
 希望した同じ広さの部屋


移住者や地元の関係者との情報交換や交流のイベントがありました。



三浦市の市役所の幹部の方々や運営会社の社長のKさんのご挨拶で懇親会は始まりました。
K社長は同じく移住者で、活動的でなかなかのアイデアマンと感じました。
ひとことで「陽気な戦略家」と言える。

 


 

 

なんといってもマグロの解体ショーまであるのです。

お刺身やお寿司としてご馳走になります。

もちろん交流会は有料ですが、地場のミサキポートエールビールの飲み放題もある。

地ビールですね。早速交流会にも参加しました。


 

 

マグロの解体ショーで本マグロが黒マグロという理由はというクイズ。

「はい!黒いからです」と私。「大正解!」で拍手がありました。

結果はステージ前に出て、大トロの刺身を戴きました。

ひとこと感想は「築地よりうまーい(笑)」と。
結果的に三崎を大PRしたと司会者に受けていただいた。
会場もおお受けでした。

 

自然の中で子育てを希望する若い家族、保育所の待機児童ゼロにひかれて応募する若い夫婦、

現地の三浦市で就職希望の若い方、シニアの第二の生活拠点を求めて応募の方。

それぞれのニーズは、迎える三浦市のコンセプトにも合致する。

では、私の動機は何でしょう。

2週間の移住経験、1ヶ月の移住経験といろいろと組み合わせがあり、

どのタイミングが良いかも思案のしどころです。
 

  参加者全員での記念写真

Team MAMIYAの主宰者の私は、

三浦市と何かの新しい関係を繋ぐことに意欲的に関わります。






 

バス停のロータリー脇には酒屋の山田酒店がある。
 

 


 

 

お店の真ん中はミニ居酒屋さんになっている。
そこが地域交流の核で情報基地になります。
いろいろとシミュレーションしながら、イメージは膨らむばかりだ。

 

ご興味ある方は「三浦市トライアルステイ」を検索してみてください。

 

しかし、応募の抽選にあたらなければ、すべて始まらない。

既に今期の計画の応募は締め切られた。どれほどの応募者が集まったのだろうか。

激しい競争率に違いない。

 

私は運を天に任せて結果を待つしかない。
 

 

 

帰りがけに気がつきました。

「三崎口駅」は「三崎マグロ駅」だったんですね。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 17:38 | comments(0) | - | - | - |
「あっ、あぁ〜!」 西東京の夏の大会は2度喜んで、結局は、「あ〜ぁ」でした。


 軟式野球の試合(私)


【二回戦:錦城高校】
今年の豊多摩高校の西東京の組み合わせは、「ラッキー」と「えっ!」という組み合わせだった。

母校の第一戦は、2回戦からだった。

4回戦まで勝ち進むと、昨年7点差のコールド負けした日大三高にあたる可能性がある。

立川球場で対錦城高校だ。一応手ごわい相手なので油断は禁物。



 

先発の田中投手は厳しかったが4回からリリーフした宮下投手(2年)がベストピッチング。

完璧に抑えました。 馬場事務局長の話では宮下投手は今や豊多摩のエース。

しかし完投のスタミナに不安とのこと。

打線は12本のヒット、そのうちほとんどが右方向 監督指示に選手が見事に応えたと見受けられた試合でした。
 

豊 014003000 8

錦 021000100 4   

結果は8対4で打ち勝った。


 

 

【三回戦:多摩工業」 
豊多摩は第一戦をコールドゲームで勝ち上がってきた多摩工業と対戦。

府中球場10時試合開始。




 

炎天下で試合が始まり。2回で4点先取。
「この試合は戴きだ」などとネット裏で微笑んでいた。

見事8回コールドの10:3で快勝した。



 

今日も多くの豊多摩野球部OBの応援に支えられての快勝だった。

豊 31030021  10

多 00100020   3
 

先発は錦城高校戦と同じ田中、今回は好調で3イニングを失点1で無難に投げ切り、

2番手はやはり3年生控えの伊藤を登板させる余裕 3イニングを無失点投球

3番手がエース級の2年生宮下、代わりばな2ランホームランとピリってせず。

打つ方は皆よく打った あの程度の投手だと豊多摩打線は万全だ。

特に2番の石田は5打席のうち初回から2塁打、3塁打、シングル、シングルの猛打賞

(4打席目でホームランであればサイクルヒットの偉業だった)。

錦城戦の最終打席の3塁打と併せ5打席連続ヒットは見事な打撃だ。

全てがクリーンヒットだった。

守備は、今日は褒めてあげられます エラーは3ツ4ツは当たり前が今日は好守備の連続 いいチームになりました。


 

【4回戦:日大三高】
そして16日(祭)での日大三高戦。八王子球場 10時試合開始。

実は私たちが府中球場で多摩工と戦っているのと同じ時間に日大三高は杉並高校と戦っていた。

なんと中盤戦を終えて4対3と負けているではないか。もしも杉並高校が勝ちあがってくれば、
日頃、練習試合をしていて勝っている相手だ。杉並頑張れ!

しかし、最終的に日大三高が勝って今日の試合になった。



八王子球場にて夏予選4回戦(3試合目)が日大三高と対戦した

日大三高とは新チームとして昨秋予選で対戦、9−0のコールドで敗戦。リベンジ対戦でした
 

同チームはこの春甲子園にも出場しており相手にとって不足なし!
2回の表に逆転で2対1となった。






 

試合は祭日ということもあり、八王子球場は、ネット裏、一塁側スタンド(日大側)も、

三塁側スタンド(豊多摩側)も満席。

いつも以上大変多くの豊多摩野球部OB、豊多摩高校生、父母会と駆けつけてくれた。 

今までの記憶の中では、観客数は一番の試合になった。
 

豊多摩  002000010 3

日大三高 10122110X 8


 

 

一時はリードする場面もあり大いに盛り上がったのですが、

やはり地力に勝る三高に敗れてしまいました

選手達は立派に戦いました 将に豊多摩健児でした

ヒットの数では豊多摩9本 日大三高8本 と豊多摩が上回りました 凄いことです

エラーの数、豊多摩0、日大三高1と、これも豊多摩が上回りました。

OB会としては過去にピッチングマシンを寄贈していますので、

その効果もあったのではと信じています

一方三振も14個と多くランナー出ても要所をしっかり締められてしまったという事になります。

投手陣も先発の田中が4回まで、リリーフ宮下(2年)が5回から投げたが、ずるずる加点を許し残念な結果となりました

豊多摩投手陣は全て右投手 日大三高は先発メンバー5人が左 そこらも結構厳しいところでしょう

この夏の3試合、豊多摩は素晴らしい戦いをした。

称賛に価する結果を残した。 選手たちはいい思い出を創ることが出来たと評価します。

問題は、此の上に行く為にはどうするか これからの大きなテーマでしょう

この秋には豊多摩のグランド改修が始まります、全てにワンランクアップを目指しOB会として応援して行こうと思います。





 

 

今回の試合の報告の青色の文は、15期の同期の吉田のコメント。
元慶応大学野球部投手で豊多摩マスターズでは、まだ投げている吉田の解説文だ。

豊多摩高校野球部のOB会長としてOB会メンバーに送ったメールの一部コメントを使用させて戴いた。
 


一年の夏、神宮球場で父親が望遠も使わずに撮ってくれた数枚の写真。

バッターボックスに立つ私だ。

 

私の時代のゲームに比べると、彼らははるかに素晴らしい野球人生ではないか。
私も野球少年に戻って、素晴らしい3試合だった。真夏の眞昼間の夢を見させてもらいました。
現役選手の諸君、ありがとう。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 14:59 | comments(0) | - | - | - |
9回目の偲ぶ会。眞木さん、僕たちは相変わらずやんちゃ坊主のままですよ。

2009年6月22日は、コピーライターの眞木準さんの命日。

今回で9回目の偲ぶ会。命日の近くで行います。
元得意先宣伝部の床波さん、アートディレクターの戸田正寿さん、

制作会社の福田さんと元広告会社の私。いつもの4人が集まります。



 

「サントリーのビールは最下位です。でもカンビールだけを取ればブービーです」
床さんのオリエンテーションでした。

「カンビールの空きカンと破れた恋は、お近くの屑かごへ」

眞木さんのコピーで、カンビール広告の幕が開いた。

「笑わないで聞いてください。まずこのスケッチを見てください」

戸田さんはポケットから一枚の紙切れを出して言った。

ペンギンキャラクターの登場の切っ掛けになった言葉だった。


 

「このペンギン、いいですね」床さんは反応した。

「ドント キスミー ベービー」松田聖子の「スウィートメモリーズ」がペンギン広告に火を点けた。

つまり、カンビール広告が、『瓶からカン』へ時代を変えたのだ。

 

 

今年の「偲ぶ会」は表参道の「望洋楼」。
戸田さんの故郷、福井の店だ。


 

眞木さんの「一語一絵」(宣伝会議・刊)を前に献杯。

 




 

突出し、地元のさかなの刺身、アユの塩焼き、そしておろしそばと福井の味が並ぶ。


 

地元の酒「ときしらず」がのどを潤す。

 

 

眞木さん(本)も一緒に恒例の記念写真。

「間宮さんのおかげで、眞木さんは、幸せだなぁ」と床さん。

いやいや、眞木さんのおかげでこの業界の片隅でまだ存在できているのです。

幹事は当たり前です。
2005年、宣伝会議に紹介してくれたのが眞木さんなのだ。
「提案営業力養成講座」の講義も、今年で13年目になった。
その関係で日比谷にある広告制作会社にも、まだ特別顧問として席がある。


 

 

そして、3年連続福ちゃんの案内で赤坂の「卯●木」へ繰り出す。

今は簡単に手に入らない「山崎12年」が迎えてくれる。一年に一度の贅沢だ。
ところで、山崎の埼のつくりが奇ではなくて寿だって知っていましたか。
二代目社長の佐治敬三さんのやんちゃ心。社名の「寿屋」の頃の名残の洒落だって。


 

ここでも記念写真。この時間帯になると4人は既にやんちゃ坊主状況。

ここに眞木さんが居たら、どうなることだろう。

 

ところで6月22日。福井の三国町に戸田さんのミュージアムがオープニングした。
全くの偶然です。

 

福井 三国、雄島。たったひとつ 時間に生命を感じることのできるミュージアムです。

Brilliant-heart-museaum.jp  ホームページをご覧ください。

 

 

4m×1,5m、大窓の中に雄島が見えます。刻々と変わる自然の時の流れに窓の絵が変わります。
来年の10回目の「偲ぶ会」は、福井の美術館訪問になりそうだ。
本場のうまい酒が楽しみだ。

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 23:26 | comments(0) | - | - | - |
楽しい健康生活、ジム通い。長い間、お世話になりました。

 イメージ写真です。
 

 

若い頃から転々としてずっと通っていたスポーツジムを、ある理由て退会した。
ソウルでもちゃんと高級ジムに通っていたんだけど。
やめる理由のひとつは、ある事に集中したいことがあるためだ。
最近はフィジカル強化の目的もなく惰性になり、帰りがけのサウナだけになっていた。

入会しているという義務感が強くなったからですね。

東京に出ている日は、藤沢経由で帰る。

東京に出る日は、サウナに入ってから電車に乗る。
仕事の合間の気分転換には効果がある。

しかし、なんか、やっぱり縛られているという意識が強くなった。

木曜日は休みか。日曜日は7時までだとか、縛られていない清々しい気持ちもわかった。


3階のロッカールーム。大体、ロッカーの位置は決まっている。

2階ではまずはプールとジャグジー、ミストサウナは負担が少ないので10分は大丈夫だ。 

プールの日の荷物は水泳パンツ、ゴーグル、耳栓のセットにタオルセットだけでいい。

仕事用のバッグに簡単に入る。それでスケジュールを組めばいい。

4階のジムではマシンで脚力、腹筋などを鍛えて、あとは自転車。

画面のテレビを見て40分ほどこぐ。

これは、まずシューズ、短パン、ソックス、ティーシャツ。

それにプール用のセットにタオル。リュックが必要になる。

なので、終日地元にいる日しか予定が組めない。

あっ!木曜日だ。ジムは休みだ。サウナには入りたい。

 

退会の理由は他に今集中したいことがある。

母親の施設訪問も予定に入ってくる。

 


 

 

昨年の8月から新しいNASに入会した。清潔で新しい設備があり、魅力的だ。

風呂も温泉だ。心地よい1年だった。

 


 

 

30代から5年の海外生活を除いて、エグサス、キッツ、ダンロップと

名前だけ変わったジムに通算で20年、韓国で5年。

30数年。ずいぶん長い間、世話になった。
おかげで昔、仕立てたジャケットもそのまま着ることができる。
久しぶりに会った後輩からも、全然変わりませんねと。

 

ジムでは名前も覚えた顔なじみもいる。お互い長い間通って来ている。

これからは気ままに当分は自然が相手だ。
 

 


最後の日のロッカー番号はさ、い、ご(最後)。315を選んだ。サ、イ、コ、―(最高)とも読める。
 

 


 

 

サウナなら近くの日帰り温泉、最近はスーパー銭湯にもある。
鎌倉市では65歳以上に「福寿手帳」が配られる。
その恩典の一つに、市内で5つの銭湯の「入浴助成券年間72枚)を取得できる。
入浴料200円、サウナ200円で利用できる。
銭湯も最近では、いろいろと工夫していて、昔の銭湯のイメージとだいぶ違う。
新しい楽しみ方だ。

 

なんて言って、サァー、行こう!(315)とまたいつかジム通いしているかも…

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 08:50 | comments(0) | - | - | - |
9番ピッチャー星野君、4番キャッチャー田淵君。神宮で初めての女性による場内アナウンスです。

 
 

放研とは放送研究会。私が所属していた大学の文化系のクラブです。

浪人した結果、それまでの野球部入部をあきらめてラジオドラマのシナリオを書くために放研に入部しました。


 

そのOB/OGが集う「放研三田会」の第20回総会の日となりました。


 

OB/OGの参加は約120名、現役の幹部メンバーも招いての大掛かりな総会です。


 

 

総合司会は日本テレビの「Every」のレポート役で活躍中のアナウンサー藤田大介さん(55期)。

現役の3年生女子アナがアシスタントです。



 

山下名誉教授の会長挨拶、佐藤事務局統括による一年の活動報告の後、続いて会計報告・監査報告、
現役活動報告がスムースに進行しました。


 

今回のイベント企画は「〜それぞれの慶早戦〜 朝早くからの応援ご苦労様です」。

放研は神宮の六大学リーグ戦で裏方としてサポートしてきた長い歴史があります。

どの年代はどんなことをしていたか、実行委員会で調べて内容を取材し登壇の交渉した結果、

とても楽しい企画になりました。




 

年初の実行委員会で企画した時は予想もしなかった想定外の現実になったのです。

春季シリーズで母校は勝ち点4で優勝。27年ぶりの秋季春季の二連覇を成し遂げました。

慶早戦で勝利すれば完全優勝となるはずだった。

現役はその熱戦ぶりをダイジェストにまとめ会場ホールで先輩達に披露してくれました。

会場でスクリーンを見ながら、先輩後輩がまるで実戦を楽しんいるような錯覚になったのです。


 18期の板橋雅子さん、東雅子さん
 

50年前の「神宮球場で始めての女性場内アナウンス」の話です。

当時は六大学の野球部の男性が毎年順番に場内アナウンスを担当していて、

母校の担当の順番の年に神宮球場から女性でお願いしたいという事で、さっそく放研にお鉢が回ってきた。

当時、野球の(野)の字も知らない18期の女子大生二人が当日神宮へ。あわてたスタッフは、1は投手、
2は捕手、3は一塁手と懇切丁寧に教えてくれました。

翌週は別の18期の女子大生二人が神宮へ。「先週教えた二人は?」と不思議がり、再びスタッフは1は投手と、同じことを教えた後で「いちいち大変なので、先週と今週の4人だけにして」とお願いされた。
アナウンス部長の女子アナが毎週全員が貴重な経験をするという考えは頓挫したという。


 

そんな中、当時一年生から活躍していたのが明大の投手(星野仙一)、法大の捕手(田淵幸一)。

そこで、「9番ピッチャー星野君**高校」、「4番キャッチャー田淵君**高校」
というアナウンスになった訳です。

50年前の事ですが良く覚えていましたが若い後輩はどこまで具体的にその凄さを理解してくれたのか心配です。
(ちなみに、この出来事は当時のスポーツ新聞の記事になり、放研三田会のアーカイブ資料として残しました)。


43期、61期の若い後輩の頃になると試合前の応援合戦のMC(セレモニーの司会役)、つまり応援席の学生を元気づける役ですが、どのような活動だったかのレポートです。

歴代の女性アナがダッグアウトの上で、大声をあげて声援するのです。いろいろな経験を話してくれました。

最後は慶早戦の3回戦でMCを務めた現役女子アナ君が、ステージで迫力ある実演をしてくれました。
(調べると、当時「バンド合戦」として僕らの20期の女子アナがMCに立っていた事実が判明しました)。

 
 
ステージで記念写真です。

さて会場を変えて生協食堂を借り切っての第二部の懇親会です。

現役を交えて150人ほどの大宴会です。

現役の一年生で未成年は胸に「U20」のマーク、お酒を飲ませません。



 

ここでも活動報告があります。「就職活動相談会」の報告。
先輩OBが現役の就活メンバーに「エントリーシートの書き方」「働く意味」などを指導します。 


 

「ハイキング部会」の報告。3分のはずが5分以上に。
楽しかったあのときのハイキング、きつかったあの時のハイキングと、止まりません。


 

「ゴルフ部会」の報告も3分のはずが、負けずと5分以上に。
運営メンバーの後輩たちは、元気な先輩のコメントオーバーを許しています。




そのあとも、会場内はにぎやかに懇談が続きます。
私も記念写真を撮ってもらいました。




 

最後は恒例の「丘の上」「若き血」を全員が肩を組んで歌います。

現役代表のエールです。


 

総合司会の藤田大介さん、和歌山の事件の中継から、台風のレポートの合間に、母校のイベントの総合司会。
急な取材仕事が入らないように特別休暇を取ってのボランティア精神豊かなお仕事(?)ありがとう。
本当にすべてに配慮した進行、お疲れ様でした。




さらに後輩で60期の天野裕真君、65期の山崎真君も、日本テレビの若手アナウンサーとして
活躍しています。(山崎さん、今日テレビで見ましたよ)。



 

実行委員長の35期の星野さん、お疲れ様でした。

一部プロデューサーの40期の高橋さん、いい企画をありがとう。

二部プロデューサーの45期の山口さん、50期の永井さんお疲れ様でした。

 

放研三田会の運営のコアメンバーの世代交代で、ますます組織がパワーアップしました。

 

18期も若い佐藤博之さんに事務局運営を世代交代して数年。
本当に若いネットワークが広がりパワーアップしました。
老兵は死なず、ただ消え去るのみ。
最近は事務局担当補佐の黒子として会の運営を楽しくサポートしています。

さて二次会は、古希前後のシニアメンバー23人(17期から21期)と三田仲通りの一番奥にある
いつもの店に流れ込みました。

更にお店をかえて残った12名が11時過ぎまで飲んで喋って、しぶといシニアパワー炸裂の夜でした。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 17:56 | comments(0) | - | - | - |
5月の最終日曜日。高校15期D組のクラス会だよ。今年もよく集まった。


 

 

5月27日(日)。5月の最終日曜日は年に一度の高校15期D組のクラス会です。

今回は四谷三丁目のとある企業の四谷クラブの御座敷に集まった。

公認会計士のTS君。まだ現役ですが、最近は時間に余裕を持てて、

ゴルフや囲碁、合気道に力を入れているとのこと。

会場を押さえてくれたので代表して乾杯の音頭です。はじめから仲間の顔は笑顔に満ちている。
 

 


 

 

スピーチの一番バッターは、昨年は珍しく事情ありで欠席だったKY君。
 

 


 

 

房総の館山の隠れ家の部屋には、彼のたくさんの著作が並んでいる。俳人、農夫、作家。

いまの私にとっては、とても羨ましい活躍ぶりである。

 

幹事で司会のYF君が、うっかりスピーチの内容は「病気」と「孫」の話は禁止と言い忘れて、

早速、仲間のスピーチは体の具合と孫の運動会などの話が続いた。

 


 

 

私は昨年から始めた大学という名の学校での勉強の話と、
健脚の私が、電車に乗り遅れまいと走り、道で転んで手で体を受け止め、
大変な目にあった話でみんなの受けを狙った。
最近、特に右足が上がりきれずに、突っかかることがある。
そんな人が、いきなり走ってはいけないのだと。

また、書斎でパソコンい向かって座りすぎて「腰部捻挫」という珍しい怪我になった話も付け加えた。

私のスピーチは(怪我)の話で(病気)の話ではないと言い張った。

 


 

 

記念写真。男性7名、女性9名の合計16名。

このところ、大体こんな人数になってきた。参加者は、やっぱり元気な仲間で、
参加するメンバーは固定的になってきた。

今日はスピーチをする仲間の顔のアップ写真だけを撮っていたので、ブログにしにくい。

仲間の元気な姿と変わらない容姿を思い出して、最近のクラス会の写真をピックアップしてみた。どうだろうか。

 


 

 

2017年は小石川後楽園で、幹事が部屋を押さえてくれた。
 

 


 

 

クラス会にはもったいないほどの庭園である。
 

 


 

 

この日のビッグイベントは登山家で釣り名人のYT君が、
この日のために遠海の深海で釣れる紅鮟鱇(べにあんこう)を持参して、刺身におろしてくれた。
プロ並みの手さばきである。

 

 


 

 

記念写真は久しぶりに屋外で撮りました。

 

2016年は、5年続けての新宿プリンスのトリアノン。5月の最終日曜日にトリアノン集合。
誰もが、覚えやすいというアイデアだ。

 

 


 

 

毎年解散時に一年後の予約を取るので、幹事は助かります。
 

 


 

 

手を振り回しながら、この日は何を話したのかな。もう忘れた。

 


 

 

 

2015年。トリアノン。

いつものメンバーが集まった。

 

2014年

同じくトリアノン。いつものメンバーが元気に集まった。
 

 

 

2013年

同じくトリアノン。私が幹事だった。席の予約は1年前のクラス会の後で済ませてある。

みなさんのスピーチは「病気」と「孫」の話題は禁止で始めたところ、みなさん工夫して考えたので、

たくさん楽しい話題が飛び出しました。
 

 


 

 

私の話は、鎌倉市と韓国の安東市との姉妹都市提携が迫っていた頃で、

8年がかりでの夢の達成を語っていたと思う。
 

 

 

2012年

 

新宿プリンスホテルのトリアノンをはじめて幹事が予約したのだ。

みなさんが、いろいろな方面から集まるので、やはり新宿は便利な街なのだろう。幹事のお手柄だ。
 

 


 

 

二次会に向かう途中でオープン撮影の記念写真。

二次会は都庁の北側でティールームのオーナーAKさんのお店で貸切。

ケーキとコーヒーでゆっくり二次会を愉しんだ。

  

2011年

幹事は苦労して企業のクラブを予約したと思います。

席は結構バラバラのレイアウトだった。

苦心して二次会は、ミンアが一緒に話せる、ちゃんとしたレストランだった。

 

この頃からクラス会は1年おきではなく、毎年開催しようとなった。

仲間の年齢は65歳だった。

いわゆる前期高齢者になったのだ。

(私は”元気高齢者”と名付けているが、なかなか流行らない)。

 

2007年

杉並のとある町のレストランだった。
 

 


 

 

私は韓国の赴任を終えて2年後、久しぶりに参加した思い出がある。

 

2005年の5月の最終日曜日に行ったクラス会は、ちょうど鎌倉=ソウル2328キロを踏破して、

ソウルでNHKラジオに出演していた。なので不参加だった。

 

参加するメンバーは何故か元気だ。とにかく、よく喋る。よく飲む。

50人のクラスで退職後は25名前後の参加者だったが、最近は15名〜18名の参加者にとどまっている。

しかし、何かの原因でハンデキャップを課せられた仲間も、何とか平気な顔して参加してくる。

ノンアルコールか、ウーロン茶でも、二次会、三次会と、ほとんどが帰らない。
毎回、札幌から参加する人気者のSM君が来ているので、大体三次会まで残っている。
時間にすると、12時から夜の8時くらいまで老々男女が帰らない。

 

来年の幹事は私に決まった。2014年以来、5年ぶりの幹事だ。

とにかく、楽しいクラス会をマネージメントしたいと思う。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 20:52 | comments(0) | - | - | - |
童心に戻って上野動物園。久しぶりのまだん句会は動物園。シャンシャンも見ましたよ。
『まだん』と言う俳句連があります。韓国駐在時代の『ソウル俳句会』の帰国仲間が中心の会です。
「まだん」とは韓国語で「庭(ひろば)」と言う意味です。
 
今年初めて参加した吟行句会は上野動物園です。
天気予報では、好天の今日は真夏日になるという。
 
我々はパンダのシャンシャン人気で大混雑を予想される表門(東園)を避けて、
不忍池の弁天門(西園)に集合した。
 

 
久しぶりの上野です。まずは上野の山に西郷さんの銅像に挨拶しなくては・・・。
山を登ると何とパイプフェンスが組まれている。
見ると「西郷南洲像清洗式」と書かれている。
年に一度の大掃除なのだ。黒服の紳士たちが式典の準備に邁進していた。
 

 
さて30分も早く集合場所に到着し、不忍池の弁天堂をお参りする。


 
定刻の10時に弁天門から西園に入場。16人の参加者は、65歳以上の入園料300円。
 
池の西側のコースを歩きながら吟行をはじめた。
この池にはペリカン、ニホンコウノトリ、オオワシなどに鴨も居る。
鴨は春になると北へ帰るのだが、一部にはそのまま留まる鴨が居る。
残る鴨には残された哀れさを感じたりする。

 
不忍に残る番の春の鴨  武舟(特選を戴きました)
 
しかし句会で(春の鴨)には残るという意味があり、(残る番)は意味が重なるという指摘があった。
 
不忍の池に番の残る鴨 武舟 
 
「残る鴨」も季語であり、このように詠み変えても少しの哀れさは出るだろうと思います。
 
ペリカンの家族だろうか、数匹が群れを成して同じような動き方をしている。


 
池のほとりの我々に向かってショータイムを愉しんでいるようだ。
 
ペリカンの群れなす列に水温む  武舟
 



 
池の周りには数々の樹木があり、ミズキが目立って花を咲かせていた。
 
風光る並びて競ふ花ミズキ  武舟
 
一つの幹から何本も垂直に枝が付いていて花を咲かせている。奇妙な光景に気が付いた。
 
池の北側にはフラミンゴやハシビロコウがいる。
フラミンゴがご存知でしょうが、ハシビロコウとはなんだろう。



 
中央アフリカに多く生存する鳥で、体長は大きいもので150cmほどになる。
ゆったりとした動きで、しばしば彫像のように動きを止めるため、「動かない鳥」として知られる。
 
私が見たときには羽根を大きく開き閉じるところだった。
一旦閉じたのでカメラをむけて再び開くまで私も動かない、ハシビロコウも動かない。
数分間の意地比べになった。
 
あきらめてフラミンゴの檻に移った。

 
春の昼一本の足なるフラミンゴ 武舟
 



 
(いそっぷ橋)を渡り猿山を見ながら、東園の入り口近くのジャイアントパンダの檻へ向かった。
話題のシャンシャン(香香)は整理券がないとみることができない。
生憎今日の整理券は配布が終わってしまった。

 



父親パンダを見て帰ろうとしたら、なんと檻の奥の垣根の向こうにシャンシャンが見えるではないか。
何枚もシャッターを切った。
全体の姿が見えていたのだが、次第に後ろ姿になったままだ。
句としては(後ろ姿)を詠みました。
 
香香の後ろ姿や春うらら 武舟  三点句(特選一句)。



なんでシャンシャンだけが人気者なんだ。父親パンダは若干ふてくされているようだった。
 

 
今日の上野公園は、小さな子どもを連れた親子連れが、とても多かった。
この家族の光景を見て、80年代に子どもを育てた私達には動物園に子ども連れて行った思い出はほとんど無い。
時代が大きく変わったのか、私たちがあまりにも家にも帰るのを忘れて働き過ぎていたのか・・・。
あのバブル時代の働きすぎの複雑な思いで若い家族たちを眺めて居ました。


 
句会はカッパ橋の近くの江東区生涯学習センターの会議室。


 
句会の後の記念写真。


 
そのあとは会費3500円の懇親会。飲み放題で飲みすぎました。
もちろん食べ過ぎました。
 
ところで、吟行句会のために参加できなかった母校の豊多摩マスターズの東大球場での野球の試合は、
麻布高校を相手に23対5で大勝利。満塁ホームランもあったようだ。あっぱれ後輩野球部員!
今年度の大会の初戦で豊多摩マスターズは初勝利を飾った。大きな成果だ。
次回の試合が楽しみだ。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 21:20 | comments(0) | - | - | - |
母は3月24日に満97歳になりました。あんなに体が弱かった母が97歳。100歳まであと3年。


正月には、母を囲んで鎌倉の我が家で家族(7年前はひ孫まで入れて)13人が集まりした。
上は90歳、下は0歳。大変な食事会でした。
家人の準備、当日の対応の大変さを考えて、妹たちの提案で正月は間宮だけの会にして、
全員集まるのは母の誕生日にどこかのお店で集まろうという事になりました。
今年はちょうど24日の誕生日が土曜日なので、仕事で忙しい孫たち(母にとっては孫)も仕事を休める。
一人を除いて、私達子ども(3人+伴侶1名)、孫(5人+伴侶2名)、ひ孫(2名)に母。全部で14名。


 
地元の知り合いのレストランを借り切っての誕生会になった。
もともと釣り宿(秋田屋)で、1階は創作イタリアンの(鱗亭)。
肉はあまり出ないが、極上の魚が調理される。
カルパッチョ、鎌倉の新鮮野菜の前菜、野菜サラダ、ピザ、パスタ、魚の煮つけ、
デザート、コーヒー。



 ヒラメのカルパッチョ

 鎌倉野菜の盛り合わせ







 
ここで7歳と3歳のひ孫は、普段口にする刺身系(カルパッチョ)も手を付けない。
かつて「お爺ちゃんちは、楽しいけれど食べるものが、ぜんぶ大人系ばかり」と言われたことがある。
急遽、子供用のボンゴレパスタをお願いして、ご機嫌を取り直してもらった。



母も出てくるものは、すべて食べている。





 
母には魚は妹たちが食べやすい大きさに分けて、パスタはショートパスタに。
母は通常はキザミ食なのだが、、ここではみんなと同じもとを楽しんでもらえる。


 
大皿に大きな鯛の煮つけが出てきた。
味付けも口当たりが良い。



結構おなか一杯になりました。懇談が続きます。


 
いよいよ6人の孫達からの花束のプレゼント。ひ孫が代表でひいおばあちゃんへ。


 
花束を抱える母。


 
スピーチは、今年は座ったままで「みなさまのおかげで…(泣き始める)」
「この先も元気にしていきます。よろしくお願いします」。


 
ハッピーバスデ―の歌と共に、お祝いのデザートのキャンドルを吹く。


 
実はこの日は私の次男の誕生日でもあり、
それに合わせて長男夫婦の結婚記念日でもある。
加えて家人の母の命日でもある。
 


今回は室内で記念写真です。Kip君だけがお得意の変顔。
トッキーは、こちらを向かってカメラ目線。

 
今年もめでたく、おいしい誕生会になりました。

 2013年(92歳) 大船の友人のお店「新羅亭」
 2014年(93歳) 横浜中華街
 2015年(94歳) リハビリ入院中
 2016年(95歳) 地元レストラン 「クッチーナ」
 2017年(96歳) 地元レストラン 「クッチーナ」

子ども、孫、ひ孫と一族がみんなが、楽しみにしている母の誕生日会です。


 
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 08:06 | comments(0) | - | - | - |
懐かしい方が遠方から来ました。「三田会」の仲間として会えました。鎌倉と有楽町で楽しい邂逅です。
【鎌倉にて・・・・・・】




 
韓国でお世話になった李一揆(イ・イルギュ)さんです。白髪の方です。
マスクの女性は同じく三田会の(たかしま)さんと、韓国で一緒だった後輩の三木さん。

 
李一揆さんは大学では同期生になりますが、数年の兵役を過ごしているので私より少し先輩です。
李さんは「韓国三田会」会長でホテル「ベストウエスタン」(元ホリデーイン・ソウル)の会長です。
「韓国三田会」とは、韓国の方が慶応義塾大学を卒業し帰国したメンバーで約500名ほどの団体です。
「ソウル三田会」は慶応義塾大学の卒業生でソウルに当時赴任しているメンバーです。
赴任と帰任で差し引き、常時約50名ほどが現地で会員になります。
 
一時、私が「ソウル三田会」会長の任にあった時に、李会長と日韓の三田会でいろいろと会合を持ったことがあります。


 
今回、来日を期に鎌倉へお出でになり、半日鎌倉散策を楽しんで戴きました。
ポカポカ陽気の日でしたが鎌倉の桜(染井吉野)はまだ開花していません。
鶴岡八幡宮の鳥居下の早咲き「河津桜」は満開でした。


 
また旗上弁財天社の「大島桜」も満開でした。


 
その後、北鎌倉まで歩いて「明月院」に向かいました。
梅と桜の間でアジサイまでは、まだまだで鎌倉は珍しく観光客が少ないのです。


 
ほとんど人けのない明月院。珍しい光景です。






 
今日のランチは鎌倉で有名な「鉢の木」。今日は精進料理を戴きます。湯葉のてんぷらも珍しいです。


 
「鉢の木」のオーナーの藤川譲治社長(右)。
私が所属する「鎌倉三田会」の幹部メンバーで、そのご縁もあり鎌倉で山ほどある和食の店の中から、
「鉢の木」を選んだわけです。オーナーから歓迎のサービスもありました。




 
食後は北鎌倉駅前の「円覚寺」に参ります。
山門を入ると、やはり人影はないです。
こんなに人影の少ない鎌倉をご案内するのは、めったにない事です。
そんなことは抜きに、楽しい一日になりました。

 
【有楽町にて・・・・・・】


 
こちらは「放研三田会」20期の仲間です。大学の放送研究会の同期の仲間です。
6月に開かれる「放研三田会総会」は第20回目を迎えます。
その意味で20期の我々が要のイメージで事前に盛り上がろうという企画です。

 

有楽町の広東料理の「慶楽」。かれこれ40年以上通っているお店に仲間達が集まることになりました
今回は福岡から(しばた君)、浜松から(かみや君)、千葉の(うちやまさん)が加わって13人。
(しばた君)が乾杯のあいさつです。




幹事役の私から今日、参加出来ない仲間の消息を伝えています。







久しぶりに会う仲間は、おしゃべりと笑顔が絶えません。

 
ヒョンな仲間の一言から、昔の思い出が呼び起されて、細かなことまで頭に浮かんでくるのでした。
「良く、おぼえているなぁ〜!」と、それぞれに驚きの声が上がるほどです。
懇談が続きます。


 
(しばた君)と千葉から来た(うちやまさん)。3人ともまだ、それぞれ仕事は現役です。
しばた君は福岡の天神町で老舗の家業の洋傘店を経営しています。
うちやまさんは千葉県アマチュアゴルフ協会の事務局のお仕事をしています。
ゴルフもお上手だと思います。

 2005年8月

 
この20期は卒業してからも、長い間、ほかの期の仲間よりも仲良く会い続けていました。
残念なことに、すでにMT、SS、HT、SM、YS、YKと6名も鬼籍に入りました。
2005年8月の記念写真です。
この中からすでに2名が亡くなっています。

 2012年2月


同期の人気者SM君の1周忌。偲ぶ会でした。

今回は6年ぶりの久しぶりの会になりました。
大勢の仲間の中で、参加する顔ぶれは、結構同じだと気がつきました。
それにしても、放送研究会、よくしゃべるは。
それにしても、しゃべる割には、飲む量が格段に減りましたね。
寄る年波には勝てないのでしょうか。
 
とにかく、元気な笑顔で、またお会いしましょう。
20期だから20日にこだわりたいとのことばで、解散。

しかし13人の中で半分の7名が二次会に向かいました。
飲み足りないというより、しゃべり足りないという雰囲気。
とにかく元気な仲間です。


次回は6月の三田のキャンパスで開催の「放研三田会」総会と懇親パーティーで会えることになります。

 
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 23:14 | comments(0) | - | - | - |
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