鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
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小学校一年生の時の作品ノートが出てきた。私の表現者としての「DNA」は、これだ。なんちゃって!


書斎の机の中から一年生の作品ノートが出てきた。
いまでもクレパスの色が鮮やかな絵が現れた。
鉛筆で書かれたひらがな文字もたどたどしいのだが、徐々に成長を見せている。
和光学園は当時ユネスコの実験学校で、このような絵日記を授業で書いていたのだろう。
 
現代の学校では、何を教えているのかはよくわからないし、
いまの子どもたちは放課後はサッカーや習い事で、
落ち着いてこのような作品作りには時間を掛けられないのだろう。

じっくりと作文を書く時間もないのだろう。アナログ生活とデジタル生活の差は何とも言い難い。
このノートは2年生後半まで現存する。母が長い間、実家で保管してあり、
私が結婚し独立した時に我が家に持ち込んだのだろう。

大変な私の宝物である。

先日、ホームにいる母と一時間ほど、このノートを読んで見せた。当然父と母も日記に出てくる。


 
初めての絵は通学途中に見た風景。家を建ている絵で大工さんがコンクリを箱でこねて、
仕事の準備しているのだろうか…。


 
何と電車が出てきたが、平面的ではなく、何と俯瞰図だ。
私が通っていた電車通学の路には歩道橋のようなものがなく、何故俯瞰で書けたのか。


 
初めての文字が現れた。あめ、あめ、いいこ、いいこ。
 


この絵の隣には、かき、かき、かきと1ページの書き取りがある。
この絵は自宅の家のそばの玉川上水の橋の淵の柿の木が描かれている。


 
母に連れられて行った映画館で「小鹿のバンビ」を観ている。
客席に(ぼく)(おかあさま)とある。
(*)調べたら日本での封切りは1951年5月18日。7歳の1年生の時の話だ。
 
ゆめ


 
このあいだ ぼくわ ゆめおみて おもしろかったです
あさおきました かおおあらいました
はおみがきました
それから ごはんおたべました
それから 学校 いきました  (なぜ学校だけ漢字なのだろう。不思議だ)
夢の内容は馬に乗ったカウボーイです。映画の影響でしょう。
 
のう大のおはなし
のう大で しゃせいをしました
せんせいに みせました
そしたら せんせいはだめといいました
それでも ぼくはへいきで あそびにいきました おわり
(和光学園の隣にはいまでも東京農大がある)。なんという子なのだろう。
許す先生も先生だが、おおらかな学園生活が見えてくる。

 
三りんしゃ



ぼくは くにおちゃんとぼくで三りんしゃで でんしゃごっこをしました。
そして ぼくはきゅうこうに なりました
くにおちゃんは かくえきになりました
(当時の杉並区の平屋の生家です。石でできた門柱がありました。良く描けてます)
 
小学校高学年の冬休みに一冊の雑誌を発刊しました。もちろん宿題ではなく、自主的作業です。
雑誌のタイトルは「こけし」。


 
表紙の絵から、グラビヤのような絵のページまで、自分で描いていた。
記事もしっかり書いてある。
最終頁の感想を書く欄では、先生のコメントを書くスペースがある。


 
第2号は マミタケ社:発行となっています。学校が休みの間に発行したようだ。
先生のコメントが、妹達や家族の応援もあると良いですねとあった。


 
第3号では表紙のスワンは、先生のコメントによって、絵の上手な母が担当してくれました。
中の本文では妹たちが協力してくれたようです。


 
第4号まで。これが最終号のようです。
全て、言われてやったのではなく、私が自発的に作成したことだけは、よく覚えている。
表紙の裏にはしっかりと広告ページがあるのです。(えへん!)



正義の武士が二人そろって、こけしを読んだらみんな来た。
鞍馬天狗がちゃんと、雑誌こけしを推奨している。
何しろ時代のヒーローが無料で出演しているのです。


 
おもしろいわね。
サザエさん、カツオ君、ワカメちゃんが出演しています。


 
面白いでしょうとフクちゃんが表紙を書いている。

なんと小学校のころからの広告業界に興味を持っていたのかなぁ〜。
人生とは不思議なものですね。

 
何と別冊付録もありました。
間違って焚火にくべて、あわてて拾い上げました。一部が焼けています。


 
タイトルは「出世 花丸山」。
堂々3部までの大作(?)です。
一部は、「まずしい家」、「入門」と続きます。
父は駅かどこかで靴磨きで生計を立てています。



 
少年時代から強い子供が、海山部屋に入門します。


 
めきめきと強くなったとき、なぜか悪い人にピストルで撃たれてしまいます。
はたして花丸山の運命は……。2部につづくです。
1ページを使い、生まれたときから弟子時代、
関脇、大関、横綱、親方までの一生を似顔絵で綴られています。


 
第2部の表紙ですが、まだ髷を結っていません。
その続きは、現物が見当たりません。
 
大分時を経て、高校は野球少年ですごし、浪人時代を一橋学院ですごして、無事に大学へ。
好きだった野球の道を断念して「放送研究会」に入部しました。

 作品が収録されているカセットテープ

 
1年の夏休みのにラジオドラマの研究発表会で「浜辺に残されて」を発表した。

この作品が先輩の目にとまり、大学3年の時に、クラブを代表して大学放送連盟ラジオドラマコンクールに
参加し見事に入賞した。
タイトルは「太鼓よ響け」。
全国学生ドラマコンクールに勝ち残ったのだ。断念した野球ではなく、ドラマで実現した甲子園出場になった。
手書きの原稿(第4稿だ)。4稿までは、まだ仮題になっていますね。自信持てよ。



 
その何回か書き直して、最終の録音台本が出来上がった。
最終稿にも(仮題)とスタッフが書き込んだ。

ガリ版刷りのシナリオが懐かしい。


 
第一場面の効果音、せりふが見える。
タイトル(枠アナ)、
SE 波の音(岩場) FI−UP−FO(次第に音が入りアップになり次第に消えていく)
右ページは出演する主人公他のキャスト。
その下は連絡先。個人情報なので、ほとんどは家の電話番号だが、
念のために一応カセットテープで隠してある。


 
次は演出ノート。激しく場面転換、じっくりと聞かせるなど書き込んである。


 
そして、このテープは現在デジタル化して、放研三田会のデジタルアーカイブに、
収録され永久保存されている。


 
この後は、広告業界で40年以上暴れて、最近はこのDNAを頼りに新しい人生行路を模索している。
さてさて、どうなりますことやら……。
| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 13:09 | comments(0) | - | - | - |









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