鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、ずいぶん時が経ちました。
鎌倉の事、徒歩の事、その他の事。
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
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フェイスブックが結んだ61年ぶりの偶然の出会い。

 

下の妹のクラスに(かなはら)さんという転校生が入ってきた。

 

 

当時の世田谷にあった『和光学園』は小さな学園なので親同志もすぐに仲良しになった。

三浦半島の油壷の隣に諸磯湾があり、ある時(かなはら)さんが、

「そこに別荘があるのでお使いください」と。

 

 

夏休みの間、しばらく家族揃って利用させてもらったことがある。

私がちょうど中学3年の時だ。次の妹が中学1年生、下の妹が小学5年生だった。

 

 

(かなはら)さんのお隣にタレントのE・H・エリックさんの家族が住んでいた。

 

その隣は、俳優の三船敏郎さんの別荘だった。

諸磯湾を挟んで、山の上に駐日アメリカ合衆国大使のライシャワーさんの家が見えた。

 

諸磯に滞在中にエリックさん家族に誘われて、私たちはBBQパーティーに参加した。

その家には、かわいい3姉妹がいたが、当時はそれだけの思い出に終わった。

 

 

ちなみに3姉妹の叔父さんは、俳優の岡田眞澄さんだ。

 

その後、何十年経ったのだろうか、その3姉妹のみなさんとのかかわりが徐々に出てきた。

私がサントリ―ビールの広告撮影でハワイに行った時にお世話になった現地コーディネーター。

 

そこのコーディネーターメンバーに『岡田ジュリー(珠里)』さんがいた。

岡田ジュリーさんはE・H・エリックさんの長女で有名だ。

なんと、あの頃のかすかな思い出話に花が咲いた。

ビール広告が結んだ偶然の出来事だった。

その後、私はLA、NYでの撮影が多くなり、ジュリーさんとも、そのままになった。

 

次にご縁が復活したのは、広告会社を引退した後、コピーライターの眞木準さんに、

紹介されたサンアドからフリーになったディレクターの(とみざわ)さん。

 

私が博報堂を退職した頃(とみざわ)さんは交通遺児救済のための、

プロジェクトを進めていて、眞木さんからサポートしてと紹介された。

若くして亡くなるまでお付き合いが続いた。

その奥さまがヘアメイクなどの仕事をしているエリックさんの3女の『岡田サリー』さんだった。

広告業界の仲間も多いという。

その頃は不思議なご縁と受け止め、直接にはお会いもしていない。

 

『岡田美里』さんはタレント、エッセイスト、実業家。直接存じ上げないが、

上のお嬢さんが和光学園に通っていた。

私は先輩卒業生であり、現在は学園の評議員、同窓会理事であまり無関係とはいえない。

 

(サリーさんから、このブログ記事を読んで、自分のお嬢さんたちも世田谷の和光幼稚園、

和光小学校の卒業生と連絡があった。和光学園がつないだご縁にもなるのだ)。

 

ある日、友人のFBにジュリーさんが(いいね)をしていたのを見つけた。

さっそくFBの友達申請をすると、ハワイから5時間の時差を超えて、

すぐに友達申請を承認してくれた。

 

 ジュリーさんのFB

 

気がつくと美里さんも、サリーさんもFBで発信していることが分かった。

すぐに、3姉妹の2人の妹さんにも友達申請を出した。

ジュリーさんの薦めもあって、美里さん、サリーさんからも、すぐに承認の知らせが入った。

美里さんは東京在住だということも分かった。

 

「間宮さん、ご無沙汰しています。サントリーのCMの時のことをよく覚えています」

さっそく、うれしいお返事が来た。

 

美里さんのFB

 

 

サリーさんのFB

 

偶然に始まったジュリーさんとのFB関係が、さらに美里さん、

サリーさんとの偶然を生んだ。

 

なんとさらに偶然なのは、サリーさんのFBには鎌倉在住とある。

サリーさんとチャットの結果、私の家から江ノ電で一駅の毎日のウォーキングコースの近くに、

ご自宅があることが判明した。こんな偶然なことって、あるのだろうか。

 

 

サリーさんのご主人の(故:とみざわさん)は、

私たちが立ち上げたペンギンキャラクターのカンビールの広告が終了して、

数年後に眞木準さん、戸田正寿さんと組んで「キンカンのど飴」のCMをつくった。

その時のディレクターだ。

これも、キャラクターが結んだ不思議なご縁だ。

これだから、いつまでも経っても人生は楽しい。

 

ジュリーさんのFB承諾から始まった、メッセンジャーのチャットで二日以内の出来事だ。

それも日本とハワイの5時間の時差を超えて様々なチャットで、それぞれの情報交換が始まった。

 

 

3姉妹のFBにあった昔の3人と最近の3人の写真。

上の写真は、私たちが諸磯で会った頃だろう。

同じポーズでの最近の写真だ。相変わらず仲がよさそうだ。

 

皆さんに写真掲載の了解を取ると、すぐに了解が出た。

一番家の近いサリーさんとは、いつかコロナ禍が安定したら、

鎌倉でリアル面会ができることを楽しみにしている。

 

 

「良く会った。良く喋った。また会った。そして、またよく喋った」

こうしてゼロから築く人間関係。これが自著『僕たちの広告時代』のキーワードだが、

フェイス・トゥ・フェイスではないFBを通じてのSNSで、

一瞬に61年ぶりの人間関係が復活することもある。

 

SNSが結ぶ人間関係の復活にも感謝だ。

 

 

 

一昨年、私が三崎に短期移住した時に、諸磯湾まで30分歩いて思い出の地を尋ねた。

 

 

近くにいらした漁師さんに聞くと、

「エリックさんの家はもうないよ。三船さんの家は、たまに息子さんが来ているよ」と。

 

 

昔の場所へ行くと(かなはら)さんとエリックさんのお宅は、既に無くなっていた。

 

 

お隣の三船さんのお宅あたりを散策していると、家から三船史郎さんが出てきた。

正確には初対面なのだが、短い時間、昔話をさせて頂いた。

「昔のことを、よく覚えていましたね」と、ツーショット。

この写真も3姉妹と共有したことは、言うまでもない。

 

サリーさんから、最近ジュリーさんが来日した時のお揃いの写真を提供してくれた。

 

 

(*)岡田3姉妹、ジュリーさん、美里さん、サリーさんからの了解のもと、

   本文に実名と画像を紹介をさせていただきました。

| team-mamiya | from-mamiya「鎌倉の話」 | 10:52 | comments(0) | - | - | - |









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