鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
第5次 21世紀の朝鮮通信使 友情ウォークがソウルへ向かって出発しました。


江戸時代に12回も来日した【朝鮮通信使】。
「通信」とは両国が信(よしみ)を通わす平和外交を現します。
当時、500人近い朝鮮の大使節団が8ヶ月から1年をかけてソウルから江戸を往復しました。
私の仲間たちが先人たちのあしあとを再現するイベントを2年に一回実行しています。
公募により日本人、韓国人、在日韓国人で編成する「21世紀の朝鮮通信使」友情ウォークです。


 
私の10年ぶりの徒歩の旅。
「安東から時計回りに一周安東まで」=鎌倉市安東市パートナーシティ提携記念=
外務省の日韓国交正常化50周年の記念事業で認定行事になった旅は、
彼らがソウルから安東を通過するときに合流して、4月13日から出発することになっていました。
3日間一緒に歩いて、彼らは釜山へ。私は西へ向かうのでした。
都合、約40日の徒歩の旅が待っていました。
残念ながらやむなき事情の為に一時延期にしました。
 
3月30日にメンバーたち20数名が成田空港からソウルへ向かって出発しました。
私はせめて見送りだけでもと成田空港へ向かいした。





 
「エアポート成田」が途中で人身事故のために長い時間止まってしまってしまいました。
以前に東京駅八重洲口から(格安高速バス)があるという情報を知り、なんとかそのバスに飛び乗りました。
空港のチェックインになんとか間に合い、挨拶と応援をすることができました。


前回はソウル(景福宮)から初日を一緒に歩きました。

4月1日(水)。その彼らがこの時間にソウル(景福宮)前を出発します。
元気に5月22日までの55日間、無事に歩いて欲しいと願うばかりです。
 
5月19日には小田原から藤沢までの一日ウォークには参加します。
私の徒歩の旅は、当分出発の目処が立ちません。
| team-mamiya | from-mamiya「日韓の話」 | 09:03 | comments(0) | - | - | - |
日韓国交正常化50周年記念事業の認定行事になりましたが、計画は一時延期にしました。


冒頭から恐縮ですが、残念ながら4月13日に安東市を出発する、
以下の計画を「一時延期」にいたします
間宮武美

先日「日韓国交正常化50周年」で外務省から記念事業の発表がありました。
私は10年前の日韓友情年と同じように、早速企画書や資料、前回の報告書などを提出して応募しました。
 
「安東から、時計回りに徒歩で一周安東まで」
=鎌倉市安東市パートナーシティ締結記念企画=

日本語版(企画書)
韓国語版(企画書)
 
国同士がこんなにギクシャクしている中、国(外務省)の50周年記念行事に我が企画が再び「認定行事」になりました。
認定番号16番。(10年前は158番でした)。
 
(ソウルから韓国一周)や(釜山から韓国一周)は日韓の方々がたくさんが経験していますが、
(安東からぐるり一周安東まで)という徒歩企画は、ほかにはありません。
早速マークを取り込んでリュックに貼り付けるゼッケンをデザインして布にプリントする準備をした。
 
この日まで昨年暮れから半年間、様々な準備を行ってきた。


 
・体力:ジムで脚の筋トレ。
・装備:長距離の歩行に耐える高価なシューズはじめリュック、雨具、身につけるもの一式買い替え。
・コース案の作成。
・サポートの協力ネットワーク。
・企画書の整理、ハングル精密地図での地点距離の確認。
・エアラインの確保。
・マスコミ取材リストなど。
・そしてゼッケンの制作。




10年前は鎌倉発、ソウルまで2300キロの徒歩の旅だった。
しかし、今回は日本を2ヶ月も歩くことはない。
 
韓国内を安東から安東へ歩くことがコンセプトの一部になる。
第1次案は主に海岸線をたどって2ヶ月かけて歩くコースを企画しました。
しばらくして家人が「2ヶ月も仕事を(放りっぱなし)は好ましくない」と。
「せめて半分でしょう」と。家人に反対されてはかなわない。
すぐさま1ヶ月で回るために歩くコースの輪を小さくした。
 
現在はこのコース案で歩くことになっています。
 
2015年4月13日、「第5次 21世紀朝鮮通信使友情ウォーク」の仲間が安東を通過時に永川まで二泊三日一緒に歩きます。

安東(アンドン)=義城(ウィソン)=義興(ウィフン)=永川(ヨンチョン)=大邱(テグ)=高霊(コリョン)=居昌(コチャン)=
威陽(ハムヤン)=南原(ナムウォン)=任実(イムシル)=全州(チョンジュ)=益山(イクサン)=郡山(クンサン)=
熊川(ウンチョン)=保寧(ポリョン)=洪城(ホンソン)=牙山(アサン)=天安(チョンアン)=平沢(ピョンテク)=水原(スウォン)=ソウル
良才(ヤンジェ)=龍仁(ヨンイン)=安城(アンソン)(竹山)=金旺(クムワン)(無極)=忠州(チュンジュ)=
水安堡(スアンボ)=聞慶邑(ムンギョンウップ)=聞慶(ムンギョン)=禮泉(イエチョン)=安東(アンドン)

約35日ほどで990kmのコース案である。

朱色の線が最終案。黄色が2ヶ月案。

 
「何も国同志がこんな中に、やることないだろう」。多くの友人の意見です。
普通の景色の中、普通の人々との触れ合いの中、肩肘(かたひじ)はらずに身の丈のサイズで淡々と歩くのみです。
歩くスピードで見えるもの、歩くスピードで感じること。見えるままに、感じるままに歩きます。

 
とても楽しみにして準備万端ですが、母が2月中旬に緊急入院しまして、予定通り実施か一時延期か検討していましたが、
94歳の誕生日の昨日、断腸の思いで計画を一時延期にいたしました。

 
まっ!気楽に構えて年内に実行できればと思いなおしています。
ただモチベーションだけは失わないように・・・。





 
期待して朗報をお待ちください。
そして、今朝も元気に歩いています。
 
| team-mamiya | from-mamiya「日韓の話」 | 09:13 | comments(0) | - | - | - |
NHKBS1に、日韓の架橋・安東の緒方恵子さんが出演しました。


日韓の架橋・安東の緒方恵子さんがテレビに出演しました。
NHKBS1で「アジアで花咲け、なでしこたちのシリーズに安東の緒方恵子さんが出演しました。
韓国の行政でひとりだけの日本人の公務員です。


 
10年前、日本の新聞で紹介されています。
初めて会いしたのは9年前に安東で友人の崔宗燮さんから紹介をされました。

今回のテレビ番組のテーマは安東市の「氷祭り」に日本から観光客を動員するプロセスを追いかけています

河回村(ハフェマウル)
 
韓流ブームの時は日本から安東「河回村(ハフェマウル)」へたくさんの人がやってきましたが、
現在の国と国の関係で観光にもブレーキがかかり、日本からの観光客の足並みは途絶えました。

オフィスの緒方さん
ひうらさんを案内しています。



 
そんな中、安東市役所の公務員(観光課)の緒方さんの日常を漫画家の(ひうらさとる)さんのレポートで描いています。
そんな緒方さんの志に打たれています。
昨年は安東市への観光客の誘致を「プレスツアー」という形でお手伝いしましたが、政治的な状況ではかばかしくなく延期になりました。
とても残念でした。

 
緒方さんと私は鎌倉市と安東市の姉妹都市を目指した活動でも何回か、ご一緒しました。


 
09年、「鎌倉まつり」に安東の「河回伝統仮面劇」一行33名が参加した時には、副市長とともに鎌倉来ました。
関係者の歓迎会パーティーで挨拶する恵子さん。


 
鎌倉市民歓迎会では韓服をまとって安東の一員として紹介っされました。


 
07年、姉妹都市を目指して安東に訪問時、金暉東(前)市長の脇で通訳に専念しています。


 
11年、権寧世市長の横にも緒方さんが通訳でいますね。


 
14年は大勢の安東のメンバーが来鎌。円覚寺で観光ガイドの方の通訳をしています。


 
そして若宮大路で羽田に向かうバスでの別れ。
安東か鎌倉で、またお会いしましょうね。

 
緒方さんは、いつも鎌倉と安東の活動に真ん中にいてくれる強い味方です。

 
私は足掛け8年、鎌倉市と安東市の都市提携に事務局長として前向きに関わり、
13年7月に「パートナーシティ」として締結したあとは、新執行部に交流テーマの活動はお任せして、
「鎌倉安東友好交流会」会員として「同心円」的な動きとは別に「異心円」的な活動として、
積極的に【安東市】の名前を日本に広げてゆきたいと思っています。

 
ますます、緒方さんを支援してゆきたいと考える今日このごろです。
| team-mamiya | from-mamiya「日韓の話」 | 12:27 | comments(1) | - | - | - |
外務省からホットニュースです。日韓国交正常化50周年。
2月13日。外務省から以下の発表がありました。


 
 
外務省では,日韓国交正常化50周年を日韓間の幅広い交流の年にしていくため、
地方自治体,企業,民間団体等の皆様に積極的に参加していただきたいと考えています。
今般,地方自治体,企業,民間団体等で,2015年12月までの期間に、
日韓間で実施が予定されている行事やプロジェクトを、
当省の審査を経た上で日韓国交正常化50周年記念事業として認定することとなりました。
認定基準,認定事業の特典,申請方法,注意事項などは以下のとおりです。
多くの方々からの申請をお待ちしております。
 

いよいよ民間ベースが動き始めました。



 
 
2005年「鎌倉発、韓国ソウルまで」=日韓交流、徒歩の旅=。
いわゆる「鎌倉ーソウル2328キロを歩く」(講談社+α新書)の個人的な旅が、
外務省の2005年:日韓友情年記念事業の認定行事に指定されました。

 鎌倉出発

 韓国のさば街道
 
 
2015年は「友情年」という定義付けにはなっていませんが、日韓国交正常化50周年を記念して、
両国の外務省(外交通商部)との間で交わされました。
 

共に開こう新たな未来を。
함께 열어요 새로운 미래를
 
このマークは申請が受理されると、チラシ、パンフレット、ポスター他印刷物、映像、WEBなどに使用できます。
 


2015年にはブラジル(60周年)などいくつもの周年記念行事があります。

2005年の徒歩の旅から10年経ちました。
現在計画中の企画も応募してみます。
 
後日ご報告します。
| team-mamiya | from-mamiya「日韓の話」 | 08:39 | comments(0) | - | - | - |
朝鮮通信使ゆかりのまち:川越で行われる「唐人まつり」参加しました。


朝鮮通信使ゆかりのまち:川越で行われる「唐人まつり」参加しました。
この週末は川越にいました。
江戸時代200年に12回、家康の時代から将軍が変わるごとに朝鮮半島から、
「朝鮮通信使」が派遣されました。
通信とは(信=よしみ)を通わす)という意味です。
その後、川越氷川例祭(川越まつり)では「唐人揃い」という練り物が行われてました。
川越町人の異国情緒を楽しむ心意気が、今日に続いています。
「21世紀朝鮮通信使友情ウォーク」のメンバ−がパレードに参加します。
このところ毎年参加しています。
 
今年は仲間の韓楠洙(ハン・ナムス)さんが正使に続く従事役に扮してパレードに出ます。


 
パレードが始まりました。


 
対馬藩士が警備と案内役で歩きます。


 
対馬藩は日本と朝鮮の架橋。当時は警備と先導役として江戸まで一緒にやってきました。
続いて「正使」。ソウルの培花女子大学の蔡京希(チェ・キョンヘ)教授が先頭を歩きます。


 
そして従事官役の韓楠洙さん。緊張していませんか。
 

 
続いて「上官」たちが歩きます。日韓の方々で行列です。


 
蔵作り通りには「サムルノリ」の賑やかな太鼓やチャンゴの音が響きます。
釜山から参加した南山ノリマダンとチョン・シンヘ舞踊団のメンバーです。


 
「日韓友情ウォーク(朝鮮通信使)」メンバーです。
一年おきにソウルから東京まで通信使が歩いた道2000kmを歩く日韓のウォーカー。
来年4月1日「第5次21世紀朝鮮通信使友情ウォーク」がソウル景福宮を出発します。


 
メンバーの遠藤さん(右)、大嶋さん。


 
私も一緒に歩いていました。


 
続いて色々なパーフォマンスグルぷが続きます。
埼玉エイサー隊



 
埼玉在住タイ人クラブ
伝統的なたいの踊りを披露しています。


 
こんなマスクの方もいます。


 
民族衣装グループ
世界各地の民族衣装を着て平和と友好をアピールしています。


 
パレードの折り返し点はすれ違いのグループで賑やかです。


 
最後は路上でのパーフォマンス。


 
会場の交流広場:蓮馨寺(れんけいじ)に全参加者が集まってきました。
いよいよエンディングです。


 
正使と従事官が太鼓で迎えています。




 
いよいよ大団円。クロージングです。
大勢の記念写真。画面に入りません。
はじめて参加した川越(唐人まつり)。
正式には「川越唐人揃い」=多文化共生、国際交流パレード=。
実行委員の方々の努力に拍手です。
来週週末はこの川越の街を大学のクラブのOBのメンバーでハイキング(散策)します。
| team-mamiya | from-mamiya「日韓の話」 | 08:12 | comments(0) | - | - | - |
秋の恒例の「渡韓」、ソウルで会った方々。貴重な情報交換でした。


秋の恒例の「渡韓」、ソウルで会った方々。貴重な情報交換でした。
3泊4日の安東市滞在は前回報告しましたね。
 
28日(日)
午後3時20分安東ターミナル発の高速バスで、ソウルへ向かい3泊4日ソウル仲間と旧交を温めました。
ソウルでの邂逅で旧知の広告会社社長、新聞社系雑誌社社長、元家庭教師の韓国外大の教授との
新聞に出ない日韓問題を話ができたことは有意義でした。


 
まずは日曜日の夜、仁寺洞(インサドン)の古いお店で韓国舞踊家の金利恵(キム・リエ)さんと、
本当に久しぶりにジャーナリストの伊東順子さんと会いました。
利恵さんとは毎回のようにお会いするのですが、いつも一緒の元産経新聞記者の黒田勝弘さんがスケージュールが合いません。
伊東さんとはフェイスブックのお友達関係で(メッセージ)の交換で久しぶりの邂逅になりました。
デジタルコミニュケーションのおかげです。


 
引き続きハイアットホテルのバーで元ハイアットの社長の小沢さんと深夜の一献。
小沢さんは最近日本と韓国が半々で日本では八ヶ岳の別荘にいることが多いのです。
原村のお宅でご馳走になり、今回はソウルでお酒をご馳走になりました。
「ソウル三田会」会長を引き継いだ関係です。
次回は原村でお会い出来そうです。
 
29日(月)
ランチはベストウエスタンソウルの会長・李一揆(イ・イルギュ)さんと元秘書の洪知恩(ホン・チウン)さん。
ホテルが改修中なので市内で美味しいお寿司をご馳走になりました。
ベストウエスタンソウルの新装を待って12月には泊めていただこうかと・・・。


 
夜は韓国語の家庭教師だった金玉姫(キム・オクヒ)さんとの会食。
当時は韓国外国語大学日本語学科の教授でした。
来年は日本語の授業で漫画を使った講義をしたいとのことで、「孤独のグルメ」総集編を持参しました。
いつまでも日本語の講義に対する情熱には頭がさがります。
綺麗に撮ってねと真ん中に座っています。


 
牛肉専門店で焼肉をご馳走になりました。
先生は日本語教教師ですが、最近の若者が日本語を勉強しないと。
生徒数がどんどん減っていると嘆いていました。
 
30日(火)


 
最大手の広告会社「チェイルコミュニケーション(第一企画)」の顧問・金楽会さん。
彼が若いころ元勤務先へ研修に来て先生として会った時以来の、ほんとうに長いお付き合いです。
社長時代は夜の会食を遠慮していましたが、今回は朝のジム通いの後の朝食会議(?)。


 
私の定宿「現代レジデンス」から歩いて10分のお店。
「ピョルネオク」ソルロンタンで有名なお店です。
普段は話をしない日韓の関係について少しだけ意見交換しました。


 
ランチは「中央日報」M&B」の社長・趙寅元(チョウ・インウォン)さん。
新聞社系の雑誌社で、海外との有名なブランドブックと契約しています。
社長業で超多忙。マラソンマンは少しお太りになりました。



 
今日の「中央日報」に出ていましたと、新聞を見せてくれました。
サムスンとLGの財閥2社も景気の後退で苦戦中。大幅な従業員削減を検討している中、
来年の新卒大学生は「日本語」「ベトナム語」のできる学生を優先最小すると発表しています。
企業にとっては政治がギクシャクしても「日本語」のできる学生が必要なのです。
(これで財閥志望の学生達は、本気で「日本語」を学び始めるのでは・・・)。


 
松本ひとみさんは「市庁舎前」で大きな居酒屋(とんあり)を経営しています。
ばったりお会いしました。


 
実は夜に会う元勤務先の後輩社長(秋葉さん)に(とんあり)を提案したら、
今週は本社の会長、社長などが出張で来ていて(とんあり)に案内したと。
できたらほかのお店でと・・・。
必ず寄るウルチロ3街にあるホルモン料理の店・良味屋(ヤンミオク)で会いました。



ソウル最後の晩で「広蔵市場(カンジャンシジャン)」に足を伸ばしてマッコリをたらふく飲みました。
途中から参加した李昌 鎬(イ・チャンホ)、李ハンミル親子です。
母が仁寺洞で貼り絵の個展をした2002年以来の友人です。
どこにも現れます。



その日の午後、市庁舎前広場へ行きました。
【セウォル号犠牲者合同焼香所】
4月に起こったセウォル号の沈没事件。多くの高校生の命を奪いました。
「合同焼香所」が今でも設置されています。
祭壇の一番上に
たくさんの犠牲者の写真があります。(よく見えませんが・・・)。
殆どがあどけない高校生の遺影です。




 
故人の冥福を祈ります。
ごめんなさい。忘れないです。

 
両脇の看板に大きな文字もそのままです。
10分程度お参りしていましたが、その間、お参りする人は一人もいませんでした。
政府側と遺族側で解決市内問題が山積しています。
悲しい「風化」を感じました。合掌。


 
最後に「ソウルジャパンクラブ(SJC)」に顔を出しました。
オフィスがプレスセンタービルから永豊(ヨンプン)ビルの12階に移転していました。
でも相変わらず、「可愛い朴(パク)さんとやさしい金(キム)さん」は元気に仕事していました。

 
短い時間でみなさんの協力で効率的に時間調整ができて楽しい会食ができました。
個人的には(ここには書けない)いろいろな情報収集ができました。

多分12月にまた行きますね。
| team-mamiya | from-mamiya「日韓の話」 | 16:07 | comments(0) | - | - | - |
秋の恒例の「渡韓」、安東国際仮面舞フェスティバルに参加しました。


9月の最終金曜日から10日間、安東では「国際仮面舞フェスティバル」が開催されます。
今年は9月26日(金)が開幕式。
もう何回もフェスティバルにお邪魔しています。
顔見知りの仲間が増えています。


この日をめがけて世界各国から仮面舞、仮面踊りなどが集まってきます。
2008年には鎌倉(坂の下)の「面掛行列」が参加しました。
鎌倉ー安東の都市提携(パートナーシティ)のきっかけになりました。
今回は「韓国仮面劇研究会」。
つまり仮面舞フェスティバルの記録写真を撮るメンバーと一緒です。


 
ウォーキング仲間でもある金井三喜雄さん(元朝日新聞カメラマン)と一緒のフライトです。
初めて搭乗するLCC(済州航空)です。お昼に飛びますが機内食はありません。
成田空港で張り込んで「お寿司」を買い込みました。
ビールは機内で400円で買えます。
仁川空港で仲間が待っています。

倉内先輩。会社社長で初めての韓国。ハングルを初めて約2年で熱心にお話しています。
杉田重雄さん。既にお一人で何回も安東の仮面劇を撮っています。鎌倉の写真展にも出展しています。
金井三喜雄さん。伊能ウォークから、韓半島一周友情ウォーク、21世紀の朝鮮通信使ウォークの中心的メンバー。
韓楠洙(ハン・ナムス)。同じく朝鮮通信使ウォークの韓国側の世話人。
みなさんはプロ並みの写真好きです。
私はデジカメ、スマホで撮影するだけです。



 
一台の車に男が5人。トランク、撮影機材が積み込まれて韓楠洙(ハン・ナムス)の運転で、
高速道路を一路(安東)に向かいます。


 
夕食時に安東へ到着。いきなり「ブルコギ」「サムギョプサル」の宴会。


 
今回の安東行きのメンバーです。私の左から韓楠洙さん、金井さん、杉田さん、倉内さん。
初対面同士の方もおりますが、すぐに友達同士です。




 
宿舎は世界遺産登録した「河回村(ハフェマウル)」の古宅です。
名前は「徳如斎(トクヨチェ)。ホテルと違った不便さが心地よい。



 
翌朝早く河回村の山に登ります。
「河回伝統仮面劇」保存会メンバーで祝祭が執り行われます。
「仮面舞フェスティバル」が無事に開催できるようにお祈りをするのです。
懐かしいメンバーが集まってきます。
人間文化財の李相浩(イ・サンホ)さんとパチリです。



 
粛々として雰囲気の中で祝祭の儀が始まりました。
河回(ハフェ)の山中にサムルノリの太鼓や鉦、笛の音が響きます。

 
約30分ほどで祝祭が終わると、私は取材を受けた「安東MBC」(放送局)の車に乗せて戴き安東市内へ向かいます。


 
市庁舎へ権寧世(クォン・ヨンセ)市長を訪問するためです。
開幕式前の多忙な時間を15分ほど戴き、来年の安東に絡むイベントを説明し、
「安東市公式認定行事」になるようお願いしました。一応趣意書も持参しました。
「検討しましょう」とおっしゃいましたが、どうなることか安東の仲間たちと推移を見守ります。



 
夕方からフェスティバル公演場で開幕式が始まります。
韓服に着替えて市長もセレモニーに出席です。



 
舞台では「河回伝統仮面劇」保存会メンバーが主役でセレモニーが進行します。


 
開幕式を終えて我々メンバーは宿舎の近くで「安東チムタク」(鶏肉と野菜と春雨のような麺を甘辛く炒めたた料理)を堪能。



 
よく朝早く起きて村を散策します。朝もやにつつまれた村の中を歩きます。とても幻想的です。
全員がそれぞれ大きなカメラをもって撮影しています。



 
朝食は「安東塩さば定食」。


 
私は河回村の公演場で友人の保存会メンバーでもある柳弼基(ユ・ピョルギ)さんと打ち合わせがあります。


 
そのあとは公演を終えた李相浩さんと金春沢(キム・チュンテク)会長とマッコリとおつまみ(おでん)で懇談。
そして渡し舟で芙蓉台(ブヨウデ)に登ります。


 
ここからは河回村が一望できます。



 
花火が始まります。

 
そして翌朝、宿舎を去ることになります。オーナー夫人(中央)と一緒にパチリです。



 
このあと「安東鎌倉友好協議会」尹柄鎮(ユン・ビョンジン)会長と崔宗燮(チェ・ジュンスプ)事務局長と昼食、
食後は「フェスティバル会場」を対岸に見るコーヒーショップで、懇談をして、私はソウルへと向かいます。

次回はソウル報告になります。
| team-mamiya | from-mamiya「日韓の話」 | 20:59 | comments(0) | - | - | - |
「韓楠洙」と書いてハン・ナムスと読みます。韓国文化院での写真展の翌日からは信州の旅です。


「朝鮮通信使」とは江戸時代に200年に12回、韓国から江戸幕府までお祝いの貢物を運んだ
使節(約500名)の事です。

 「21世紀の朝鮮通信使ウォーク」というソウルから江戸城(日比谷)まで、約2ヶ月弱で歩くイベントがあります。
2007年から隔年4月1日ソウル出発で江戸城には5月の20日前後に到着する徒歩の旅を実行しています。

そのメンバーの中に韓楠洙さんが居ます。


正使の衣装の韓楠洙さん
韓国の大学生20名が一緒に歩きました。
オープニングでの韓楠洙さんと金井三喜雄さん

韓国文化院で6月24日から6月29日まで「21世紀のユース朝鮮通信使」という写真展が行われました。

終了の翌日から景色の良い露天風呂体験をしようと同じ仲間の金井三喜雄さんがクルマで信州原村へ。
私は前日から二人を原村でお待ちしていました。




お二人が到着の前に「八ヶ岳農場」へ行き、こちらの主催する「八ヶ岳農場写真展」の案内チラシを配布します。
農場へお出での方は、ほほ100%がスマホかデジカメ持参で景色や子供達、牛やヤギを撮っています。


入賞するといいですね
 
さっそく子ども連れの方は応募作品の撮影を始めています。





お二人が到着する頃、雑木林を抜けてペンションに戻ります。この道は良い気が流れています。




リングリンクホールのお隣のペンション(アカデミー)に到着の金井三喜雄さんと韓楠洙さんに合流できました。
八ヶ岳農場で応募用の写真撮影。二人共プロの写真家なのでどんな写真になるのでしょう。






ランチは当然「八ヶ岳農場 鶏めし にわっとり」。



金井さんが小さな花を片手に遠景写真を撮る新手法を教えてくれました。
手間のボケ具合が味になっていれば良いのですが。

水面に大粒の水滴。

午後早い露天風呂。お客が一人もいないので思わずロッカーからスマホを取り出して、蓼科の八ヶ岳を一望にする露天風呂を撮りました。(冒頭写真)。
ところが一転して土砂降りの温泉浴。手前の水面が大粒の水滴に。
土砂降りの程度がわかりますね。




温泉から原村に帰り、本来の目的の「秘密会議」。
地図を広げてその上に何やら文字や線が踊っています。




夕食は日本料理の店。
韓国では珍しい「馬刺し」。




韓楠洙さんご希望の「トンカツ定食」。



我々はいつもの「そば定食」。



のれんの前で記念写真をパチリ。



ペンション「アカデミー」に戻り、ほかのお客さんと一緒にハングル教室、一部は英会話。
楽しい国際話に花が咲きます。

こうして原村の夜は更けて参りました。
韓楠洙さんは満足そうに、今度は「韓国で会いましょう」と。
つい節子さんも「是非行きたいです」と。
大丈夫でしょうか?
| team-mamiya | from-mamiya「日韓の話」 | 19:43 | comments(0) | - | - | - |
今回も韓国(ソウル、安東)でいろいろな方に会いました。それぞれテーマがありました。


三泊四日の安東滞在を終えて、ソウルへ戻りました。
完全なプライベートタイムです。二日半で
あっというまにたくさんの方と会いました。
 

 
【李承穆(イ・スンモク)さん】
 
韓国赴任時代に彼が代表である広告会社が元勤務先の
二つ目の現地法人になりました。
第一拠点(Hチェイル)は半年て作りましたが、
第2拠点は小ぶりでも良いからと半年かからずに提携先を探しました。
彼が社長で私は副社長として3年間仕事しました。
会社の名は、「ComOn21」。
今は提携が解消されて、再び彼個人の会社(Comon)になりましたが。
 
久しぶりに会社訪問して、広告業界の今後について情報交換をしました。
日韓の業界環境は酷似しています。
現役時代は秘書が居ましたので、ほとんどダイレクトトークはありませんでした。
今は韓国語と英語で、十分に直接コミュニケーションが取れます。
 


 
【緒方恵子さん】
 
安東市役所・体育観光課に勤務しています。韓国で唯一の日本人公務員。
 
日本から安東市長へのお客様には通訳として関わり、
パートナーシティ提携については、今回は資料作成など
陰ながら情報共有に協力してくれました。
 
今回は、時間が取れて個人的に両市長の提携書(署名)に至るまでの
韓国側の事情を情報交換しました。彼女の働きに感謝しています。
宿舎の確保で困っていると、ホテル予約なども協力してくれました。
 


 
【有名なタレント?】
 
日本の「遠くに行きたい」のようなテレビ番組で、たぶん有名なタレントが済州島を旅していました。
町で行き交う人との会話が面白そう。
しかし、どこかで見た姿??旗の大きさも同じよう。旗の真ん中にマークがデザインしている。
 

 
三角の旗をリュックにさして旅するのは、私が元祖ではないか。
ソウルへの旅でも、ずいぶんテレビで取材されましたので、番組企画者が参考にしたのかなと、
思わずテレビ画面を撮影しました。
 
 

 
【フェスティバル会場で私を待っていた方】
 
広島大学の難波博孝教授。初めてお会いしました。
 
国際仮面舞フェスティバルに来るために広島からキンポ空港に、そして安東へ。
キンポ空港で迎えの観光ガイドさんから、
「これから安東へ行くなら、間宮武美さんという人がフェスティバル会場に居るはずだ。

鎌倉からソウルへ徒歩の旅をしたその人(私)を尋ねるといい」
とアドバイスされたそうだ。
 
フェスティバル会場の展示コーナーで偶然に私を探しているお二人にお会いしました。
ご専門は国語科教育ですが、演劇にも興味があり、国内外の演劇をよく見るそうです。
その流れで、安東の仮面劇に行こうと考え、安東へいらしたそうです。
 
偶然、空港で私の事を紹介した観光ガイドの友人は、だいたい見当が付きました。
 

 
【冨井先生】
 
漢陽大学校建築大学専任教授です。
 
八ヶ岳農場の高橋先生から紹介されて、かつて八ヶ岳農場で会いました。
農場の素晴らしい建物をデザインした方です。



 
現在は韓国の漢陽大学に招かれて6年間教鞭を取っています。
 
前からソウルでお会いしたかったのですが、今回は時間の余裕があり、
麻浦(マッポ)のホテルで情報交換しました。
ソウルジャパンクラブ(SJC)の次回号には、偶然二人の寄稿文が掲載されます。



 
【宋根燮(ソン・グンスップ=左)さん、李昌鎬(イ・チャンホ)さん】
 
宋(ソン)さんは99年に私が赴任した時の提携会社(広告会社)のマーケティング担当でした。
 
私の元勤務先に半年も研修を受けていました。日本語がとても上手です。
今でもソウルの遊び仲間であります。私の活動を理解してくれるありがたいメンバーです。
現在は京畿道(ソウル特別市をぐるりと囲む行政区域)の広報担当官室で戦略チーム長。
1年後に考えている企画の相談をしました。
 
李(イ)さんは私のソウルへの徒歩の旅に2回も一緒に歩いてくれた方。
息子のイ・ハンミル君と一緒に会いますが、ハンミル君は海外に語学研修で留学中。
とても義理堅い友人です。
いつも、いろいろと困ったことを助けてくれます。



 
【李一揆(イ・イルギュ)会長】
 
ソウルガーデンホテルの会長で大学の韓国OB会長。
 
赴任時代から今に至るまでお世話になり続けています。
ご家族に悲しいことがあり、白い花束持参でお悔やみに上がりました。
次回は東京でお会いすることになりました。

 



 【趙寅元(チョウ・インウォン)さん】
 
赴任した99年からの業界の友人。当時は「中央日報」の営業責任者。
 
後に「日本総局」に移り、私はソウル、趙さんは東京。
お互いの地元の友人を紹介し合ってネットワークを広げました。
 
今は中央日報系列の会社で雑誌出版社(M&B)の社長です。
当時講談社を紹介して以来、今では両社で友好プログラムを進行中です。
家族ぐるみのお付き合いです。
 

 
【 白吉鎬(ペク・ギルホ)さん】
 
白(ペク)さんは99年に私が赴任した時の提携会社(広告会社)の東京駐在員でした。
 
お互いの会社の両国を代表する駐在員同士で、一番交流が多い仲間の一人です。
何でも相談できる仕事仲間(もちろん日本語も達者です)。
大学の学部の後輩でもあります。
今は化学製品の輸出入担当常務です。
 
上海から帰国したばかりの彼の新オフィスを訪問しました。 



【黒田勝弘さん】
 
長い間産経新聞ソウル支局長を務めて、現在は産経新聞ソウル駐在・特別記者兼論説委員。
 
すごい肩書になっています。在韓30年の方です。
今回は同じ仲間の金利恵(キム・リエ)さんと一緒に食事をしました。
世宗文化会館の近くの「平家家(ピョンガオク)」というお店で、
北朝鮮でキーセンのお店の「まかない飯」の鍋という珍しいメニューでした。

 
新聞に書かれない最近の日韓関係を中心にお話を伺いました。
 
近著に「韓国 反日感情の正体」(角川ONEテーマ21)。
さっそく読み始めました。
 
というように、私の韓国で親しい方、珍しい方にたくさんお会いしてきました。
これからの自分の生き方に直接関わる方々ばかりです。
 
第2の故郷はソウル、第3の故郷は安東、もちろん第1の故郷は鎌倉ですね。
 
二日半の予定の中で勝手な申し出を、いきなりの短い電話ひとつ、メール一通で、
今でも気持ちよく会ってくれる仲間を、
いつまでも大事にしたいと思います。
 
| team-mamiya | from-mamiya「日韓の話」 | 08:30 | comments(0) | - | - | - |
安東国際仮面舞フェスティバルが開幕しました。安東のみなさんに会えました。


毎年9月の最終金曜日から10日間。「国際仮面舞フェスティバル」が開催されます。
このフェスティバルは国、道(県)、市あげての【韓国二大祝祭】のひとつである。




 
世界の仮面が登場するステージです。


 
ショーのフィナーレの後は、権寧世(クォン・ヨンセ)市長の力強い開幕のあいさつです。

 
そのあとは会場を移して「安東鎌倉友好協議会」主催の懇親歓迎会です。

いくら今回「鎌倉安東友好交流会」は非公式訪問(18名)と言っても、
ここに着いたら相手から見れば公式訪問団になります。
(鎌倉側は新会長チーム、元会長夫人チーム、女性チーム、元市長の友人チームと、個人参加の私です)。
 
変と言えば変な訪問団なのですが・・・。
 
お店の大きな部屋は40人前後の食事会になりました。
 


 
会場では古くからのいつのもの仲間(大半が女性)は歓迎してくれました。
 
席上、私は自己紹介の場面で(韓国語)で以下の通り思いのたけ(要旨)を伝えました。
 
安東市のみなさん、鎌倉市のみなさん。
鎌倉と安東がパートナーシティという姉妹都市になったのは、尹柄鎮(ユン・ビョンジン)会長のお蔭なのです。
私はここ安東に来た理由のひとつは、二人の友人との友情を確認しに来たのです。
1999年から始まった崔宗燮(チェ・ジョンスップ)さんとの友情、
2004年年末、箱根から始まった尹柄鎮さんとの友情を確認するためでした。
この友情は、今日までではありません。今日からも長いあいだ継続することを確認しました。
 
タシハンボン(もう一度)、尹柄鎮サン トップネ・・・(ユン・ビョンジンさんのお蔭で・・・)。
 
新しく入会してきた鎌倉の人々にも、この事実を確実に理解して欲しい気持ちでした。
鎌倉の人には誰かが翻訳してくれるでしょう。
挨拶が長くなるので韓国語だけでやめました。
 
今回は非公式訪問という立場なので、私は敢えて個人的に参加でした。
なので他の17名と宿舎も異なります。
とりあえず、一部スケジュールは皆さんと行動は一緒ですが、
基本的は自由行動が許されます。かつてない奇妙な体験でした。
 
いつもは簡単に予約が出来る「MOTEL」も各国の団体で満室が多く、簡単に予約が取れず、
気の毒に思ったのか安東市が駅前で有名な「老舗HOTEL」を私のために一部屋抑えてくれました。
1泊50000ウォン。ホテルの割にはリーズナブルです。2泊お世話になりました。

 
翌朝、リーチェル・ホテルに集合です。
この日は夕方の花火見学まで、食事場所以外はバラバラな安東観光。
グループごとの車に乗って、それぞれが希望する場所へ・・・。

 
私も朝だけは、一応はリーチェルで合流ですが、初めてお会いする崔載奎(チェ・ジェキュ)さんが、
終日クルマで私をエスコートしてくれました。


 
特別に見学した「シニアタウン」。崔さんが経営に関わっています。
ハンデキャップの方のボールゲームを観戦しました。
おかげで普通の安東市を知る有意義な発見でした。
(公式訪問団では、来られない場所ですね)。
 
昼ごはんで集まり、純豆腐(スントゥブ)料理を楽しみ、


 
夕方は宮廷料理で集まる。
 
食後から雨が・・・。雨宿り・・・。花火ははたして?


 
河回村の花火会場へ移動した頃から小雨模様。
川に浮かんだ船では韓服に身を包んだ男女が踊っています。


 
しかし、無残にも今夜の花火(ブルッコノリ)は中止になりました。
イベント中止のサインの一瞬の花火です。




2008年に楽しんだ「河回の花火」。
今回初めての人は残念でした。
 
「鎌倉安東友好交流会」の仲間はリーチェルホテルへ帰還。
私は一人「パークホテル」へ戻り、ホテルの隣の「24時間木浴湯(モギョルタン)」へ。
サウナでさっぱりと汗を流しました。
 
翌朝は、尹柄鎮さん、崔宗燮さんと朝食会議をして、早々に高速バスでソウルへ戻ります。
朝食会の目的は、今回の安東の仲間の特別な接遇に関してのお礼と、
今後の両市のパートナーシティ活動の個人的な方針確認でした。
 
しかし「鎌倉安東友好交流会」元事務局長としては、複雑な旅でした。
これから、考えることが、たくさんあります。
 
私は以前の立場と違って、韓国的な表現ですが、組織的には「奥歯」になりました。
新執行部の今後の活動方針に期待するしかありません。
 
== 続く ==
| team-mamiya | from-mamiya「日韓の話」 | 07:32 | comments(0) | - | - | - |
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