鎌倉から、こんにちは

「鎌倉発、韓国ソウルまで。」
徒歩の旅を終えて、あらたなスタート!
鎌倉から日常のあれこれをお伝えしていきます。
三崎のイベント「第3回 いしいしんじ祭」に、飛び入り参加しました。


 

 

いしいしんじ、という作家がいる。大阪出身で50歳前後の音楽好きのビール好き。

現在は京都に在住だが、2001年から2010年まで三浦半島先端の港町、

三崎で魚屋さんの家を借りて住んでいた。

その「まるいち魚店」が舞台になった三崎でしか書けない小説を書いたという。

2013年に「三崎いしいしんじ祭」を開いたのは、三崎という土地への、せめてもの恩返しのつもりだった。

今回の3回目は「ただいま、三崎」「おかえり、いしいさん」と。

いしいしんじのゆかりの土地。三崎の商店街を中心に小さなブックフェア、トークイベント、ライブ、パフォーマンスなど一日限りの3回目のお祭りが開かれた。

三崎の「本と屯(たむろ)」のオーナー、ミネシンゴさんが、いしいさんと初めて共同主催で開いたのだ。

 

かねてからの別件をキャンセルして、私はこのお祭りイベントに、当日チケットで参加した。

つまり、若い人達の集まるイベントにオジサンが混ぜてもらった。

 


 

 

この日に三崎に来たのは、本当は別の目的もあった。

来春から始める予定の外国人を三崎に招く個人的インバンド企画。

「三崎の朝市見学と、三崎銀座散策、城ケ島散策のために古民家宿泊の二日間」の打ち合わせがあった。

宿としての古民家の宿泊条件の打ち合わせ。食事の「店」のメニューと金額の打ち合わせだった。
 

 


 

 

三崎の仲間の「とおるさん」と「中川さん」と細かい打ち合わせを行った。

この打ち合わせの中で、週末開催に加えて二人から平日開催のアイデアが飛び出した。

 


そこで早朝の食堂の取材も必要になった。

「三崎魚市場食堂」にも寄って食事体験となった。
 


 

 

ランチに比べて早朝6時から始めるメニューは、1000円以下の安価なので安心した。

 


 

 

全ての取材と打ち合わせが終わり、午後からのお祭りイベントに参加した。

想定外の小雨のためのイベントが室内に移動した「出張ニジノ音楽祭」が始まっている。



 

次は酒宿山田の大広間で「小さなブックフェア〜贈り物にしたい本〜」を覗いた。
ここも無料会場だ。


 

なんと3年前に学芸大学で開催したサンパウロの友人の「ドキュメント映像イベント」で、

意気投合した鎌倉人の出版社「港の人」Uさんがいたのだ。
隣に座っていた新潮社の編集長Yさんは、15年前から週末移住のメンバーだった。
だから、ここに座っているのだ。



そのあとイベント会場の「三崎館本店」の大広間に移った。
主催者のミネシンゴさんの司会で本日の後半のイベントが始まった。


 

「湯浅学の音楽ライブ」が30分間。



いしいしんじさんだ。


 

「その場小説」は(いしいさん)が壇上で声を上げながらアドリブで30分の小説を書く。

タイトルは「のじ」。三崎仲間の野地さんのことを書いた。
大きなB3の紙に鉛筆で書き始めた。
全部で5枚の小説を書いて、あとでコピーで1枚を、会場のみなさんがお土産で戴いた。

 

私が戴いた原稿の3枚目の冒頭は、

「……次に電話のあったのはその翌年でした。「いしいさ〜ん」心なしか元気のない声でのじくんはいった。
英霊が、ぼくに「のんちゃん、またイオージマ」と聞きました。……



 

最後のイベントは「三崎談話(トークイベント)」





 

いしいしんじ×矢野優×石田千×戌井昭人×湯浅学。コンサートの出演者の、
飛び入りもあり楽しいトークがにぎやかに飛び交った。

 

最後は「三崎港 蔵」で、いつものように一杯飲んで帰途につくことにした。
料理人の福本さんや中川さんが待っているからだ。


 

カウンターの隣りの方から(極上のからすみ)を「この季節、とてもおいしんですよ」とすすめられた。
遠慮したが、何回もすすめられたので一口戴いた。


 

「旬の魚の焼き魚」を、せっかくだからと中川さんからサービスで戴く。
魚と大根の煮物が突出しだった。



 

カツオの塩辛と、ウツボのから揚げ。さっぱりした味にこりこり感が素晴らしかった・


 

陶芸家の澤田痴陶人の絵付けをした徳利に杯で熱燗を楽しんだ。 
 

イベント責任者で多忙のミネシンゴさんとは、ゆっくり話せなかった。
想定済みだったので、年が明けたらまた三崎に来ようと思う。


ということで、今回も「三崎から、こんにちは」になってしまった。
本年も毎回ブログにおいでになった方々へ。
平成最後の年の暮になりました、みなさま、良いお年をお迎えください。

来年も「鎌倉から、こんにちは」でお会いしましょう。

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 21:10 | comments(0) | - | - | - |
あの「慶楽」が12月28日で閉店だ。行列になる前に並ばなければならない。

 
 

「慶楽」は昭和25年(1950年)から営業開始した。

小説家の池波正太郎など文壇のお客様も懇意にしていた。

我々店の近くの広告会社、大手新聞社などのサラリーマンがランチに愛用していていた人気の店だ。

その昔は丸の内界隈にはエアラインが多く、パイロット、スチュワーデスなど、
航空会社のスタッフにも人気があったそうだ。

 

私は1973年からだから、あしかけ45年も通ったことになる。

先輩後輩たちは「チャーハンランチ」が多かったが、私は「もやし汁ビーフン」が好きだった。

「タイ式焼きそば」も3回に1回は食べていた。



 

ある日曜日、江の島でバッタリ会った会社の後輩から、

「あの慶楽が閉店ですよ」と。

「厨房のスタッフがいなくて閉店。毎日店の前が行列で入れないそうです」

早速、翌日11時過ぎに店の前に行った。一番の客だ。
11時半に店に入れてもらった。いつもの懐かしい店内だ。






 

店の張り紙には「昭和25年(1950年)から営業……。ビルの改装と、
昨今の飲食業界の変化など、昔気質の料理店の運営を続けていくことが、
今後、困難になると判断し、
一旦閉店と……」

何か腑に落ちない文面だ。

 

ランチ時間には、私のすぐ後には、既に店に入れない客で行列になった。

後輩の国際担当常務が飛び込んできたので相席にした。

とにかく、その日はいつもと違う「かき油焼きそば」に挑戦した。


 

「かき油焼きそば」は昔小松菜だと思ったが、今はレタスになっている。
 

一度、夜の慶楽を楽しみたいと予約を聞くと、2階と3階は最終日まで満席という。
それも、予約料理はコースで6000円で、お決まりのメニューという。
欲しい品物は追加での計算になるという。

 

一階は並んだら入れるという。早速、後輩を誘っていく事にした。

 

 

その日も4時半から一番で並んだ。



 

テーブルに乗らないほどメニューを頼んだ。

牛バラの柔か煮、カキ油の牛肉レタス炒め、焼売、春巻き、もやし炒め、タイ式焼きそば、チャーハン。




 

これがタイ式焼きそば。



 

紹興酒を瓶のまま熱燗で。この後は追加注文が出来ないルールだという。焦った。

レタスに牡蠣油がたっぷり使われているのもいつもの味だ。 

取りあえず、紹興酒のおかわりしながら、時間をかけて料理を満喫した。


 

隣りには、元職場の後輩が来ている。

 

会社を卒業したあとも、大勢の集まりは「慶楽」を選んでいた。




 

今年の春は大学のクラブ「放送研究会」の同期が15人も集まった。福岡から、浜松から。

このメンバーとは現役時代から、幾度もこの店で集まった。

 

私がソウルから帰任し定年退職の時には、サントリーチームが3階を借り切り25人が祝ってくれた。

思い出がたくさん詰まった店だ。

 

張り紙に「一旦閉店・・・」が気になり、オーナーに聞いたが「・・・」。

一番の番頭さんの様なAさんが、
「このスタッフはみんなクビ(全員終了)なの」と寂しげに言う。

 

昨日、母の施設で会った私の姪の旦那さんが、このオーナーのクー(區)さんの二男と友達だと判明した。

偶然のタイミングで、偶然の話になった。少し最新の内部事情を聞く事が出来た。

……残念な話だ。



昔から何かと無理なお願いにちゃんと融通をつけてくれた(あおきさん)。
お店がなくなっても、いつまでもお元気でね。
 

最終日の28日は、ランチ狙いで早めに(また一番で)並んで「もやし汁ビーフン」が、
思い出のメニューになるはずだ。

これが本当の〆のオーダーになるだろう。(お店に入れればね)。

そのあとはお店の近くにある仕事場での納会がある。
ランチで、最後の紹興酒を一杯戴いてから納会に向かおう。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 10:00 | comments(0) | - | - | - |
古い港のシャンゼリゼ。賑わっていた頃の三崎港の商店街を思い唄っています。

 
 

三崎の知人ミネさんと約束があり、鎌倉から三崎まで行ってきました。

車ではなくて電車です。

もしかして最後は「蔵」で挨拶代わりに一杯戴く予感があるからです。

朝から曇り空。なぜか気分が盛り上がりません。延期しようかな

なぜなら三崎は晴れていてこそ三崎。

何故だか1ヶ月移住体験中に比較して、なんかボルテージが上がりません。

鎌倉生活に戻って1ヶ月半。鎌倉人に戻ってしまったようだ。
 

 
 

電車を乗換え約2時間かけて三崎に着きました。

ちなみに我が家から三崎港まで、車で1時間強、歩いて8時間前後。

到着した途端に晴れ間が見えました。これでこそ三崎。

三崎に着いたら、気分も、ようようボルテージが上がってきました。

 

 

ところが約束の知人は急用で鎌倉へ。お店は留守でした。入れ違いでした。

帰りを待っている間に三崎銀座を散策です。



 

まずは「海南神社」へお参り。神社の銀杏を一袋、お土産に分けて戴いた。

 

商店街では古道具(ROJI)の安原芳宣さんが町内ミニ骨董市を開いていました。

彼は昨年までトライアルステイの主要メンバーで、町おこしをつづけています。

三崎のこれからについて少し立ち話をさせてもらいました。

 


 

隣りの「ミサキプレッソ」の藤沢宏光さんの店でコーヒーを戴きました。

こじんまりとした店内で大きな音が流れています。

地元の約40年の歴史のある「かもめ児童合唱団」の【古い港のシャンゼリゼ】です。

藤沢さんの作詞の楽曲です。

 

ひとけまばらな商店街

のんびりと猫が寝ています

時代遅れのショーウィンドウ

傾いた電信柱

どこから美味しい匂いがする

おなかがすいてきた

 

ギンギンと錆びついた自転車で

坂をこいできた

古い港のシャンゼリゼ

今日も日が暮れていく

 

三崎銀座の半径数百メートルの世界を、可愛い声の合唱で歌い上げています。

藤沢さんは、ここへ移住する前は東京で音楽関係の仕事をしていたのです。


 

月に数回、この店の中で合唱の練習指導もしています。

 

 

本と屯のミネシンゴさんが鎌倉から戻ってきました。

猫好きの奥さまには、原村の友人の写真集、眠る猫の本『寝児』を届けに来たのです。


 

ある方から是非と言われた「三崎移住物語」の腹案企画の可否を相談しに来たのです。

次回までしばらく考えるということで預かりに。


 

本と屯のミネさんは「アタシ社」という出版社としても活動しているのだ。

 

今日の用事は全て終わった。前の住処の1階は観光案内所。

斉藤さんのお茶を戴きながら雑談していると、

『鮮味楽』の女将のまさ子さんがやってきた。

「景気は、どうですか」の問いに、

「このところ中国、台湾、韓国と外人さんのお客さんが、マグロ料理たくさん食べに来る」と、

「アンニョンハセヨ」で対応しているわと、大変結構なことだ。

まさ子さんは韓国語も英語も達者な方のようです。

 


 

最後は、三崎港「蔵」によって福本さんの魚捌きを覗きながら、カウンター越しに近況報告。



 

久しぶりに熱燗とマグロの酒盗に穴子のてんぷらで、今日の仕上げとする。

福本さんの穴子のてんぷらは、前から評判で狙っていました。

 

次回はミネさんに借りた本を年内に返しに来るという約束を残して、

夕闇迫る中、三崎港を後にしました。

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 10:51 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルステイ】第11弾 三崎生活を振り返って考えています。

 


10月14日(日)に三崎港の宿舎を引き払って、腰越に戻り半月が経ってしまった。
 

 


 

 

その間、軽井沢の友人の別荘に泊まり2日間ゴルフをしたり、
 

 

 


 

 

辻堂の「湘南T−SITE」で本を探しに行ったり、

孫の運動会に参加したり、
『食べる女』。映画を見たり、

 

 


 

 

大学のクラブ仲間との武蔵野ハイキングの下見をしたり、

書きおろした著作の読み直しをしたり、

ある大学でラジオドラマのシナリオの講義を受けたり、

ソウル仲間との鎌倉の俳句会に参加したり、

そのあと会社の先輩と深酒をしたり、

仕事場で社長と久しぶりに経営課題を話し合ったり、
 

 

 

川喜多映画記念館で「市川昆監督作品の裏方の方々のトークイベント」に参加したり・・・。

 

三崎の穏やかで物思いに更けた単調な生活と、うって変わってぐちゃぐちゃな生活に戻りました。 

その間、三崎生活のトライアルステイの「日誌」30日分を丁寧に書き込んだり、

ブログ風に写真を張り付けたり、

プロジェクトについての35項目のアンケートに真面目に答えを書き込んでいた。

三崎で出会った方々のことを、しっかりと書き込んだり、

行政については甘口、辛口、提案も含めての返答だった。

 

 この部屋が三崎の書斎。

ブログも書いていた。
もう一つの大事なレポートは「鎌倉から、こんにちは」の【三浦トライアルスティ】の

第1弾から第10弾までのアクセス数を検索した結果を三浦市へ報告した。

7月24日〜11月5日までのアクセス数は(1127アクセス)となった。

一つのテーマで、ここまでアクセスが増えたのは初めてである。

今日以降でも、まだまだアクセスは継続して続いている。

読者のみなさまへ、感謝!

 

三崎で出会った方々を通じて三崎生活の魅力を、もう少し考えてみようと。

後に何かの形になれば、それはそれで素晴らしい事だ。

辻堂の湘南T−SITEも、時間をつくって、ゆっくり行ってみたい。

施設全体が本とお茶のためにある。ゆったりした気分を味わえる空間だ。
 

 


 

 

ここは、三崎の「本と屯(たむろ)」も素晴らしい発想だが、三崎にはない空間だった。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 12:45 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルステイ】第10弾 1ヶ月の三崎生活を堪能しました。みなさまに大感謝です。

 

ある朝、テレビのワイドショーで「三浦市の移住計画支援」のニュースを偶然に見た。

人口流出、空き家問題、商店街のシャッター化など社会的な問題を解決するために、

新たな活動が動き始めたとのニュースだった。

腰越港と江の島、三崎港と城ケ島。冬は温暖な点、魚が上手い点で環境も似ている。

 


 

さっそく、今年度の募集に応募して、7月29日に第3期(移住体験)の狭き門突破の知らせを戴いた。

ソウル赴任以来のひとり暮らしが決まったのだ。

移住体験の滞在の間に、私は何をやろうか。いろいろと考えた結果、三崎生活を楽しむ。

いろいろと会って、しゃべって、また会って、またしゃべる。

その結果、見えてくるものがあるだろう。

9月14日、私の「移住体験」が始まった。

 

【私設移住相談所】

 
三崎銀座商店街
 

三崎銀座商店街を散策すると、かつてテレビ番組で見た「私設移住相談所」の看板があった。

古道具「ROJI」の安原芳宣さんが店の前に座っていた。

簡単な挨拶のつもりが、話が弾み三崎が抱える課題についての情報交換の場になった。

安原さんは昨年までの全3回の「トライアルステイ」の推進者であった。

簡単な情報交換が、きっかけになって町の方々との情報交換が始まった。
 

【CFネッツの倉橋隆行さん】



 

今年から「トライアルステイ」企画の運営をしているCFネッツの社長。

不動産コンサルティング会社として移住体験する家具家電付5物件を提供している。

運営スタッフのおかげで、三崎生活が満喫できた。

倉橋さん自らが横浜からの移住者で、いろいろと町の中で多方面での改革を推進している。

昔の住人からは「倉橋に町が乗っ取られる」との声も。そんなことはないと。

このままで良いと何もしない人と、前に進むために動く人とは天と地の差ができる。

倉橋さんの自著「教訓」を読んだ。不動産業の体験をもとにした実用書。

  1. 環境は自分で作る。
  2. ビジネスはできる人と付き合う。
  3. 若い時の時間は人間力を高めるために使う。
  4. 物事はまず良いか悪いかで判断する
  5. 一歩を踏みこむ経験の積み重ねが差をつける

滞在中に何度か直接お話をする機会を持った。今後もおつきあいが続く方だ。

 

【八木哲夫さん】



 

湘南産業の三代目で84歳、地元で蒟蒻の製造販売している。

三崎港へ下る道に面したお店で会った。

蒟蒻の粉は群馬、埼玉から買い、ここで製造している。

三崎のマグロ全盛時に政府の減船政策で漁師たちは仕方なく船を近くの外国に売った。

韓国、台湾はその中古の船で、当時はマグロ漁を続けて大いに稼いだ。

日本への影響は大きかったし、いまでもその影響は残るという。

マグロの歴史の発端を伺い、それをベースに各方面の方々の情報入手の手掛かりになった。

 

【朝、港を眺める古老から聞いた話】



 

台風がやってくる。ほとんどの漁船が北条湾に戻ってくる。

縦に舫う、横に舫う。どちらから吹く風でも、この湾ではびくともしない、大丈夫なのだ。

ほとんどの船は三宅、八丈で金目狙いの船だ。一時代に比べて船の数は大幅に減った。

昭和の減船政策でほとんど船を海外へ売却したと同じ話を聞いた。

最近は冷凍技術が高まり遠洋漁業が可能になった。個人の力では設備投資が追いつかない。

資金力を持った他地域からの経営者が冷凍技術を駆使して力を発揮。地元漁師は打撃を受ける一方だ。

次世代はここで働かずに都会へ。京急の最終電車は終点が三崎口の後は、三浦海岸、久里浜止まりになる。

親が深夜にそこまで車で迎えに行くが、次第に申し訳ないと次世代は都会に住むことに。

若者にとってここでは仕事が少ない。町の大きな課題だ。

 

【高野厚子さん】

NYの9.11のテロでLAに移り15年の米国生活を経験し帰国。

残りの人生を一人で楽しく過ごしたい。

帰国後ネットで調べて三崎の不動産屋さんに飛び込み、古民家を契約しその日に移住を始めた。
その行動力には驚いた。

そんな移住者もいる町だ。

 

【台風時の市の防災スピーカー】

「台風24号が近づいてきました。危険を感じたらお近くの避難所に避難活動を」

このアナウンスでは、いつどうしてよいかわからない。全国共通の問題。

 

【篠田和也さん】 


 

「蔵でアナゴのてんぷらがないので、キスのてんぷら定食を食べて来た」

「三崎港・蔵」はランチでもマグロ丼などリーズナブルな値段で楽しめる。

観光案内所にふらっと入って来た方だ。地元の一番古い廻船問屋「や印」の社長。

マグロ漁業に関して質問に対して1時間ほど熱心に答えてくれた。

おまけに地名の「花暮」の意味や、「浜流し」の実話を話してくれた。

城ケ島に桜を頼朝が植えて、暮れなずむ頃、こちらの湾から桜を楽しんだ逸話から「花暮」という。

三橋美智也、春日八郎は東北の港町から南へ港を廻り流しで歩いて稼いだという。
三崎堂書店の岩部かづみさん(後述)は、三崎館で幼子の頃、若いころの春日八郎に
抱っこされた写真がある。今、その理由がわかったと言ってくれた。
一方、北島三郎は新宿、渋谷の店を流したことは有名だ。

マグロの完全養殖の話は興味ある話だった。近畿大学の世界で初めての養殖に成功した話など。

この町の人は親切にたくさんの話をしてくれる。

 

【三崎港「蔵」の人々】



 

店長の福本啓太さんは移住者。

「城ケ島遊が崎リゾート」(隠れ家のようなホテル)を社長が社員の反対を押し切って手に入れた。

ホテルの料理を任された福本さんは、次第に週替わりメニューを考えて常連をつかまえた。

黒字経営への陰の立役者だ。


 

中川康太さんも移住者、スタッフとして、いつもお店に出ている。ニコニコ顔が印象的だ。

我々の移住体験者のサポート役でもある。

私のルームのワイハイ環境を瞬時に構築してくれた。これで毎日、PCもスマホも安心して使える。



 

黄川田亨さんも、隣の山田酒店で我々のサポート役で3年前から常駐している。頼りになる人だ。

苗字が読み難いので、みんなと同じように(とおるさん)ですませた。

 

【三崎銀座の三崎堂書店】


 

三浦で新刊本を販売しているわずか2店のひとつ。店主は岩部かづみさん。

「三浦や三崎の本が並んでいませんね」「誰も書いてくれないんですよ」。

店の半分くらいが漫画本。それも全巻そろっている。本の並べ方で疑問を持った。

「昔のマグロ船の船員さんが、長期の漁のために全部まとめて買いこんでくれたの」

コナン、ベルサイユのばら、黒子のバスケ、ワンピースが並んでいた。

「それが、最近は外人さんの乗組員は、漫画に見向きもしないんですよ」

昔は船員さんにH本も揃えていたが、「それは他の店に任せて今は止めたの」と。

この町は本の文化が少し違います。



 

薦められるままに「三浦図書館」へ。三浦関係の書物は、僅か棚一つだけに並んでいた。

三浦市の図書館は鎌倉市、藤沢市、逗子市、横須賀市の図書カード会員は、市同士が連携していて、

それぞれの地域で図書カードで本を借りられることができると初めて知った。

                                                                        

【三浦海岸のナガシマケイコさん】



 

元勤務先の広告会社の営業局員で、三浦マラソンの事務局の定宿だった民宿のお嬢さん。

縁があって三浦マラソンで5年も走ったときには、着替えや荷物保管でお世話になった。

もう35年前後も昔の事。気になって滞在中に消息を求めて訪ねてみた。

民宿のあった辺りは(長島)という苗字ばかりで探しようがない。

交番、近くの長島さんと。やっと近所の洋品店のご主人夫妻が心当たりを思い出した。

民宿のご主人はなくなっているが、弟さん(ケイコさんの叔父)が三浦海岸駅前の(いろは寿司)に居る。

その店のお嬢さんは市会議員の長島まり子さん。ケイコさんの従姉妹だった。

親切な輪で二日後に長島恵子さんと連絡がついて簡単な食事ができた。

いまは有名な作詞家でプロデューサーの(あきもとやすし)さんの専任秘書。すごい!

ここでは善意の人の輪に支えられた。鎌倉や都会ではありえない人情があった。

 

【オーシャン不動産】

 
白地図の部分の多い地図。

親の代からの地元の不動産を引き継いだ二代目社長の勝俣弘文さん。
私の住処のお隣にあるが、なかなかお忙しいようで会えなかった。
ある日、夕方オフィスにいらしたので挨拶をした。
「お住まいを探しているのですか」。
「ここは安くて、良いところというのでは、何もありませんよ」。第一声だった。
不動産に対する考え方は、親の代。子の代で変わってくる。
父親の経営する時代とは状況が大きく変わった。
三浦地区の不動産の課題を熱心に話してくれた。
市街化調整区域。地図を見ると白い部分が大半。家を建てたくても新築は出来ない。
「古い家を改築するのならできますよ」。
行政はどうやって他の地域から人口誘導するのか。行政の課題について聞いた。
いずれ、この地区のことは進次郎さんが考えてくれる。
行政は進次郎の行動力に学べと力説していた。説得力のある話が聞けたようだ。
また、ゆっくりとお邪魔しますと……。店を後にした。

【ミサキプレッソ、ミサキドーナッツ】



 
ミサキドーナツの行列

 

三崎銀座の一角に「ミサキプレッソ」がある。藤沢宏光さん。

10数年前に三崎に移住。しばらくは南青山の音楽事務所へ。

移住から6年目に三崎銀座に「ミサキプレッソ」を開店、一時はコーヒー以外にパスタも作っていた。

その2年後には「ミサキドーナツ」をオープンした。今では三崎マグロ切符のおかげで、いつも満席だ。

音楽関係の縁で「かもめ児童合唱団」の世話役も務めている。

業界ですれ違った関係で、町を変えて行くエネルギーを感じ、今後も交流を続けたい人だ。

 

【本と屯】




 

藤沢さんの関係から「ミネシンゴ」さんを知った。横浜で育って逗子から2年前に三崎に。

ご夫婦で出版社を営む。町の蔵書を楽しんで欲しいという思いから「本と屯(たむろ)」をオープンした。

雑誌、児童書、コミックなど所狭しと並んでいる。
同じく町を変えていく人だ。

移住生活の最終日の数日前に地元の若者10名近くの集まるBBQパーティーに声をかけてくれた。

この歳になっても、新しい仲間に遠慮なく溶け込んでいく自分に驚いている。
この町へのそれぞれの「思い」「考え方」を聞くことができた。


このたまり場の本棚に拙著「鎌倉ーソウル2328キロを歩く」が仲間入りさせて戴いた。

 

【三崎観光案内所】 



 

「三崎観光案内所」をまかされている斉藤富江さん。

澤田痴陶人美術館の1Fの観光案内所と3Fルームの関係で、毎日、三崎の話を聞いた。

とても親切で、人柄も良いので観光客が引いた夕方には地元の仲間たちが立寄ってくれる。

ここで知り合った人は数えられない。いちいち名前も覚えていられない。
夕方にはこんな方も現れる。

地元のピアノの先生であり、毎朝早朝に三崎港から城ケ島まで往復散歩をしている。

三崎港のロータリーのゴミ掃除を20年続けていて、体が健康なのはこのおかげという。

このボランティア活動に対して県警察から表彰状を戴いている。笑顔の自然な方だった。
この観光案内所には、いろいろな人が集まってきた、それぞれの生き方に触れることができた

 

【三浦市役所の担当者】


 

三浦市政策部 市長室の澤口大輔さん。「トライアルスティ」の現場責任者。

いろいろと最初から最後までお世話になった。

出来たら、来年の企画にも呼んで戴きたい。それは、たぶん無理ですね。

まだまだ紹介できなかった方々がたくさんいらっしゃる。
みなさん!また、近々お会いしましょう。

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 12:37 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルスティ】第9弾。いつもの鎌倉歩きの仲間が、三浦にやってきた。

 
 

一度セッティングした予定を私の急な事情で延期した。

私の移住体験の最終日前日に「小網代の森、三崎、城ケ島散策とマグロ三昧」企画になった。

当初、小雨模様の予想が、「晴れ男」現象で小雨模様が曇りに変わり、めでたく実施になった。


 

朝10時半に京急「三崎マグロ駅(三崎口)」に集合。

記念写真を撮ったら、目の前の134号線をすぐに目的地に向かい歩き出した。

引橋のバス停から「小網代の森」へ入る。

何回も鎌倉から134号線を歩き、三崎港までの35キロの歩きを経験しているが、

小網代の森へ入るのは、今回の下見を入れて2度目になる。



 

すぐに整った木道が始まる。おしゃべりをしながらの歩きが始まった。

静かな森の中を歩き、時々鳥の声を楽しむ。天気の心配はない。

森と干潟と海に繋がる約1時間の散策。

一度市街化地域に決まったこの広大な土地を市民が中心になって、

三浦市や京急電鉄に掛け合い、緑の森の保全の協力を求めて調整地域になった。
鎌倉市の広町公園と同じ思想で緑の森が守られた事になる。



 

干潟にはカニや蝶、トンボが生存して、シーズンには蛍が楽しめる。

森〜川〜海のつながりで多くの生き物を育んできたようだ。

 




小網代湾に出た。白髭神社にお参りして、シーボニアヨットハーバーを抜けて、

油壷湾、諸磯湾を眺めながら三崎港へ到着した。

 

さかな館、やさい館のある「うらりマルシェ」のベンチでサンドイッチなどの軽食。

三崎観光案内所で斉藤富江さんの三浦の説明を聞き、2階の澤田痴陶人美術館の案内を受けた。

三崎銀座の商店街散策でスタンプラリーに参加して子ども達はおもちゃを戴いた。

 

 

連絡事務所の「山田酒店」、「本と屯」の前で記念写真。

ちょうどタイミングよく来た城ケ島行きバスに乗り

いくつかのバス停を過ぎて「城ケ島大橋」で降りた。城ケ島大橋は歩いて渡るのだ。

この橋は「三浦マラソンで」何回も走った懐かしい景色だから、仲間にもゆっくり見てほしくて案内した。


 

歩きではマラソンの気分にはならないが、

橋の上から見る伊豆半島、房総半島の遠い風景も楽しめるのだ。

残念ながら今日は大きな富士山は見えない。


 

島内に入り、赤羽根海岸を見下ろしてウミウの生息地を眺める。



 

良く見ると獅子か猿の顔に見えませんか。





そのまま「馬の背洞門」へ降りて記念写真等撮って、

最後は岩浜を歩き最終目的地の城ケ島灯台に到着した。

 



 

バスで三崎港へ戻り、三崎で打ち上げです。

馴染みの「蔵」は横浜のそごうで「京急創立120周年記念企画の「沿線グルメ」で、

三崎では「蔵」が選ばれて、このところ本店は休みなので、

今回で知り合いになった女将さんの「鮮味楽」にお願いしました。

ご覧のようにマグロ尽くしの食事に、冷えた生ビールに、みなさん喜んでくれた。

今日の徒歩の距離は途中バスに乗ったりしたが16キロになった。

 

さて、次回はこのトライアルスティで出会った地元のすごい人、
移住してきた多くの名物の方々に迫ります。

「三浦トライアルスティ」 第10弾。 乞う!ご期待です。

おそらく総集編になります。 
続きがあるとすれば、それは、また時の運になります。

 

 

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 09:06 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルステイ】 第8弾 3連休の中日、快晴の城ケ島へ散策の下見で歩いた。

 
 

トライアルステイも終了まで残すところ、後1週間となった。

孫の運動会とダブルブッキングになった東京の仕事仲間達との「三浦半島歩き」。

今回は「小網代の森」と「城ケ島」を中心に散策してマグロ料理を味わう企画だ。

3連休の中日で朝から観光客が多そうだ。

 

【三崎朝市】



 

朝7時。朝市へ。

ほとんどのお客は大きな買い物袋を下げて帰りを急いでいる。

なにしろ5時に開場だが、6時前後で売り切れが多発している。

 

先週は空っぽだった駐車場は、川崎、足立、湘南、多摩、山梨、品川、世田谷、

なにわ、千葉と多彩なナンバーの車が並んで、ほぼ満車。

買い物の常連客で賑わっていた。
 

知り合いの売り場もご夫婦がわき目も振らずにお客の対応で大忙しだった。


 

迷惑を考え、声を掛けずに来場の記念に「朝市そば(うどん)」400円をいただいた。

ここでの買い物は一切せずに、アイショッピングだけで済ませた。

基本的には冷蔵庫の整理、外食経験の開始で、ほとんど買い物はしない。

アジの開きを1枚のみ購入。
 

朝市での買い物が終わり。8時半頃の駐車場は横浜ナンバーの車ばかりだった。

 

【城ケ島散策】


 

午後から城ケ島へ向かう。

丁度、城ケ島行のバスが来たので満員のバスに飛び乗った。

しかし、停留所をいくつか過ぎて城ケ島大橋のバス停で下車した。

橋は歩いて渡る事にしたからだ。


 

この橋を何度も三浦マラソンで走った。まだエネルギーは残っていて元気に走っていた。
橋を渡りきったところで約9キロ地点のはずだ。
帰りのコースは少し大回りで約21キロを完走するのだ。

 

坂を下って中央の大通りを観光線発着所あたりで折り返す。良い思い出だ。

 

まず島へ渡り、県立城ケ島公園へ。





 

松林の通りを抜けて一番奥の「安房崎灯台」のある岩場まで長い階段を降りる。

地元の江の島の岩屋へ降りる感じと同じだ。


 

3連休で家族連れが磯で、水辺で、元気に波と遊んでいる。

公園を出て西へ馬の背洞門に歩いている。

 

その時に、三浦海岸で消息を調べていた(長島恵子)さんから電話が入った。

5時に三崎口の駅で会おうと。(このことは、第7弾で詳しく触れています)

 


 

馬の背洞門に降り順番を待って人気の洞門を撮影する。


 

続いて海岸ハイキングコースを歩き「城ケ島灯台」へ。

この地点は、ここまでバスで直接やってくる人も多く混雑していた。

急な約束ができたので三崎港までは、バスに乗って帰る事にした

 

【三崎港「蔵」で一杯】


 

京急120周年記念イベント「沿線グルメ廻り」で沿線の品川、川崎、横浜、

上大岡、横須賀、三浦海岸、三崎口。三崎で選ばれたのが「蔵」。

10日から15日までスタッフが横浜に出向くために三崎の本店は休業。

あわてて二日連続で寄ってみた。



 

一日目は焼き鳥に、あら煮にビール、ハイボール。


 

店長の福本さんとカウンター越しに料理談義をした。

二日目は福本さんや中川さんが準備のために横浜へ行ったきりなので、

カウンターで簡単なつまみに「ミサキ ポート エール ビール」をいただいた。



 

飲み終わると、なんとグラスに泡の輪。エンジェルリンクが出来ている。

きめ細かい泡と、よく磨かれたグラス、上手な飲み方によってできる。
料理がうまいだけでなく、調理場のスタッフの仕事の丁寧さにも感心した。

 

 

三崎生活は、もうわずかになったが、楽しみはまだ続く。

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 15:57 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルスティ】第7弾:昔の三浦での出来事。ノスタルジックな想いが叶った。

 

  フィニッシャ―(完走)証明証。

大げさに言うと「三浦は第二の故郷」と、ここでも言ってみたい。

「ソウルは第二の故郷」「姉妹都市の安東(アンドン)は第二の故郷」「信州原村は第二の故郷」。

いくつもあるのは、いろいろとそのその現場での楽しい充実した出来事があるからだ。

 

【小学生の頃の思い出。夏休みの別荘生活】



 

三浦のある湾の一角に三船敏郎さんの別荘があった。

その隣はタレントのEHエリックさんの別荘。

その隣は学園の友達の(カナハラさん)の別荘があった。

夏の間、空いている期間に数日間家族でお借りしていたことがあった。

湾の向こうの山の上には、当時の駐日大使のライシャワーさんの別荘があった。

このことを知っているのは、地元の老爺だけだと思う。 

天気が良いので三崎港から朝ウォーキングで、その湾まで歩いてみた。




湾の入り口の番小屋で網を修理している漁業関係の老人がいた。

「このあたりに三船敏郎さんの別荘がありましたよね」と私。

「あぁ、今は息子が住んで居るよ」

「隣はEHエリックさんの家が…」

「それは、もう無いな」

カナハラさんお家も跡形なくなっていた。

エリックさんは岡田真澄さんの兄で、3人のお嬢さんがいた。

Jさん、ミリさん、Sさん。

岡田ミリさんは、いまでも芸能界で仕事をしている。

Jさんは、昔ハワイでコーディネータをされていて、かつて一緒に仕事をしたことがある。



 

三船さんの家の前に来た。庭に東京ナンバーの外車が止まっている。

アレレ。息子さんがいらっしゃるのかな。

しばらくして、庭から車が出てきて、すぐに帰ってきた。

車が止まったところで、息子さんに話かけて見た。

「良く覚えていますね。その通りですよ」とにこりと答えてくれた。

「三船プロは、もう僕の息子が引き継いで、社長をしています」

「私は、ほとんどここにいるんです」と。
考えてみれば、みんなそんな歳周りになっているのだ。


 

お互いの共通した話題が続き、一緒に写真を撮っても良いという事になった。

写真は三船プロに後日送る約束して別れた。

思えば、約65年も昔の話だ。
 

息子さんというのは俳優の三船史郎さんだ。

 

【三浦マラソンとホノルルマラソン。お世話になったナガシマ・ケイコさん】



 フィニッシャー記念シャツ。

三十代半ば、私は健康のために鎌倉でジョギングを始めていた。

一度ちゃんとしたレースに出てみようと「三浦マラソン」に参加した。

前後して5年も参加して、ハーフマラソンに参加していた。


 

当時は2時間10分以内で走っていた。エリートランナーは半分の時間で走りきる。

私の成績は、ほぼ中位だった。

マラソンイベントを運営しているのは、4年間世話になった広告会社の「旭通信社」で、

担当は私の古巣のチームだった。
後に社長になった多気田さんから、

「レースに出るなら事務局の定宿に来て着替え、荷物を預かるよ」と言われて何年も世話になった。

 

 

三崎に滞在中に三浦海岸で三浦マラソンの事務局の定宿の民宿の方々の消息を調べてみよう。

できればその民宿「八郎兵衛」のお嬢さん(ナガシマケイコ)さんの消息がわかればと思った。

彼女はホノルルマラソンでもボランティアで旭通信社のスタッフとしてお世話になった。
その頃は、彼女はすでに博報堂の同じ営業局の一員だった。不思議なご縁なのだ。

かれこれ30年前後の昔話だ。
 

 

 


 

 

民宿のご主人の弟さんがご存命で、三浦海岸駅前も「いろは寿し」という店があるという。

「トータルファッションすずき」の鈴木さんご夫妻が、まず教えてくれた。
 

 

ここまで交番、めざす場所の長島さんを訪ねて空振り。
近くの洋品店などで、やっとの思いで情報を手繰り寄せられた。

親切に、いろいろと考えて、大きなヒントを戴いた。

何故ならば、この周りはほとんどが「ナガシマ」さんという家ばかりだ。
普通ならば探しようがない。

 

 


 

 

「いろは寿し」のお嬢さんが、市会議員の長島まりこさん。

ナガシマケイコさんの従姉妹で、毎週末には年老いた母親に会いに三浦に来るとの事まで分かってきた。

1か月前から、三浦に来てずーっと考えていたことが、だんだん現実っぽくなった。

 

結果、二日後にケイコさんから電話連絡があり、やっと三崎で何十年ぶりかで会えたのだ。

駅で待ち合わせて、すぐに彼女とわかった。ちっとも変っていない。


 

長島恵子さんは、当然現役なのだが、なんとあの有名な作詞家でプロデューサーの方の専任秘書だという。

現役中の現役なのだ。会っている間にも、スマホがすぐにぶるぶると鳴りやまない。
仕事の連絡が入ってくる
マスコミの人気者の専任秘書。休みも関係ないようだ。

 

 

この民宿「八郎兵衛」は100年の歴史があるが、最近立て直しのために土地を更地にした。

なので余計に探しにくかった。
 

しかし、町のみなさんの暖かい情報のつながりで、たった二日で本人と会えた。驚いた。

鎌倉や都会では、たぶん経験できない体験だ。


このように三崎生活は、いろいろな成果がありそうだ。

あと一週間、無駄にしないで過ごしたい。

こうして二つのノスタルジックな勝手な想いが、ここ三浦の移住体験の滞在中に、

数十年も経った思いつきが、具体的な現実のものになった。
胸が締め付けられるような嬉しさだった。

 

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 15:44 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルスティ】第6弾 三崎港に台風が来た。南向きマンションが揺れた。

 
 

【台風襲来】

台風は日本列島の日本海側を進んでいるが、台風の目の東側は強風だ。

夕方近くから徐々に風が強くなってきた。窓ガラスから港の波の状況が良く見える。

鎌倉の自宅で待ち受ける台風は雨量よりも、庭のガラクタが飛ばないように

いつも強風に気を配っていた。

夜半から風が強くなり11時の情報では風速25mとあるが、

瞬間風速は30m〜40mではないか。

南向きのガラス窓がガタガタと音がする。

テレビのニュースでは各地で想像できない被害が映されている。

深夜2時半まで、音がうるさく床に着けない。

鎌倉の自宅も風は同じように吹いているようだ。家人が一人で心配だが……。


 

人生で初めて味わった過激な台風だった。

 

【三崎の朝市】


 

毎週日曜日、朝5時から三崎港の朝市は始まる。

しかし、忍び寄る台風でどうするのだろうか。

朝7時、目の前のコンビニで新聞を買う。「朝市、やっていますよ」と。

早速部屋に戻り、カメラと財布を持って出かけた。


 

しかし、いつもは遠来の来場者で賑わう駐車場は空っぽに近い。

早速、市場を覗いてみたが人影は少ない。


 

赤みの刺身、トロのマグロ、


 

カニやサザエも。


 

トロマグロの角煮、イワシのトロ炊きなど。



 

なんと、ロースハムやベーコン、干しエビ、めざしなどもある


 

マグロのぶっかけ丼、1杯700円也。


 

知り合いの男性も店を出している。

出店料は5000円、月に2万円。

月額の会費は1万円とか。

 

【星降る町の映画祭】


 

台風の影響の為、週末城ケ島で行う終日イベントが三崎港の(うらり)へ変更になった。

会場で行うワークショップや、フードテント、物販テントは縮小されて1日になった。

映画は予定通り大きなスクリーンで実施。星は降らないし、雨もまだ降らない。

 

「SpecialContents=Play with The Earth」

志津野雷:映像監督(45分作品)

旅を重ねて成長していくフィルムとライブ演奏のコラボ。珍し試みだ。

 

 

「さかな」神徳幸治:監督(45分作品)

高校最後の夏、水泳でオリンピック選手になる夢と想いを寄せていた少女(疾走する)を、

失った青年が一人の少女(沙加奈)と出会うところから始まる。全編、三浦でロケをしたのも話題だ。

 

 

「青い、森」井出内創+内山拓也:共同監督(47分作品)

大切なものを「喪失」を経て残された若者が、それでも人を思い懸命に生きる姿を描いた。

 

【三崎の「ケ」の生活から】

(篠崎和也さんのお話し)


 

1Fの観光案内所で出会った方。三崎で一番古い廻船問屋「や印」の社長、篠田和也さん。

三崎の荷受け業の「三崎魚類株式会社」も経営している。
うらりの横に「鮮味楽(海鮮レストラン)も妹さんの篠田まさこさんが経営している。

 

マグロ漁業に関して質問に対して熱心に答えてくれる。

「買替権」をテコに大手の漁業関係の「極洋」や「三菱」も加わることができるそうだ。

  

「マグロの養殖」(近畿大学)の事例を話してくれた。
後で詳しく調べてみた。近畿大学の水産研究所は水産庁の依頼を受けてクロマグロの養殖研究を始めて、
32年目の2002年に世界で初めての(完全養殖)に成功した。

                                                                        (養殖)一本釣りで20〜30cm、体重100〜500gのマグロの幼魚を、
生簀で2〜3年飼育し成長させる。脂ののった状態で出荷する。

                                                                           (完全養殖)海で採った天然マグロが産卵し、人工ふ化で育った親魚が生んだ卵を再びふ化させること。 

 

 

(岩部かづみさんのお話し)

三崎銀座の「三崎書店」の店主の岩部さんと30分ほど雑談。

昔の書物の取り揃えと現在の取り揃えの違いを説明戴いた。


 

それにしても書店の4分の1が漫画のシリーズを全編ディスプレイしている。

マグロの船員さんは、シリーズ全巻を買って乗船するのだと。
最近は外人さんの乗組員が多く日本語の本には興味を示さない。


 

 

(三浦市図書館)


 

岩部さんの話を聞いてさっそく「三浦市図書館」に行ってみた。
三浦市の図書館は鎌倉市、藤沢市、逗子市、横須賀市、三浦市の図書カードの会員は市同士が連携していて、
それぞれの地域の図書カードを作成し、希望の本を借りることができることを初めて知った。

 

【三崎のマグロラーメン】


 

「ハレ」の生活より不便さを楽しむ一人暮らしが、かつてのソウル赴任時代の一人暮らしより楽しい。
「ケ」の生活が大分続いたので、そろそろ町の食べものに挑戦した。

港楽亭の三崎マグロラーメン。
細めの麵とマグロがたっぷり入った餡が有名。餡の部分が少し甘みが強かったかな。850円だった。
「牡丹」の三崎マグロラーメンにも挑戦したい。とにかくB−1グランプリのご当地グルメなのだから。


 

「三崎から、こんにちは」まだまだ続きます。

 

     

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 09:05 | comments(0) | - | - | - |
【三浦トライアルステイ】第5弾、夕方散策、朝ウォーキング、少し歩こうか。

 
 

前日は信州原村での秋のイベントについて、直接会って話し合う必要があり農場長と会長の節子さんと、

食事と2時間の打ち合わせ。

 

 

三崎港からバス、京急、JR横浜線、特急あずさでJR富士見まで日帰り往復をしてきた。

人間は動いた時間ではなく動いた距離で疲れる。これは飛行機の話。

動いた時間は往復で8時間。動いた時間でも疲れた。簡単なすわり病だった。

 


 

朝から市役所の移住体験の窓口責任者とのアポがあり、歩いて5分の市役所へ伺った。

現在、移住体験で考えている事を説明し打ち合わせを行った。

三浦市は市制50周年の記念碑があり今年で市制63年になる。

一方、鎌倉は今年で市制70周年になる。

 

帰りがけに三崎港への下り坂に面したお店、こんにゃくの店があった。

奥から出て来たご主人と雑談させて戴いた。三代前の祖父は漁業ではなく、

農業でもないこんにゃくを売る仕事をはじめたそうだ。

こんにゃくの粉は群馬、埼玉から入手して倉庫のような工場で生産している。

昔は夏には氷を販売して別荘族対象に、忙しい想いをしたようだ。


 

84歳とは見えない元気な声で話してくれた。

さすがに最近スキーは止めたと。三浦の昔話を30分ほどしてくれた。

 

 

夕方に少し歩こうと下町通りを散策した。

西の空が真っ赤で、とんでもない夕焼け。思わず港の端に急ぎシャターを切った。

わずか15分の出来事だった。


 

「とろーまん」??。


 

「屋台」という店の中に屋台のある店。看板にはお好み焼き、焼き鳥、

マッコリとある。一度は滞在中に寄ってみよう。


 

郵便ポストのような郵便受けがあった。面白いがただの飾りかな。

 高台に登ってみた。



若い移住者が企画した「Guest House」の看板だろうか。


 

戦争で焼かれなかったのか、蔵の多い街だ。

しかし、既に人通りは全くと言っていいほどない。

 

 

翌朝は、朝から久しぶりのドピーカンの晴れ間。

カーテンを閉じていないマンションの部屋に朝日が差し込んできた。

6時半、たまらずに歩こうと。

目指すは北条湾をぐるりと回って城ケ島大橋まで坂を登って歩こう。

週末には台風が襲ってくるかもしれない湾は穏やかな中、漁船が多く見える。


 

城ケ島大橋に抜ける階段がありショートカットが出来た。


 

島の歩きは来週のテーマにしてある。

いつもの鎌倉の四季を歩くメンバーが、三浦半島を一緒に歩くのだ。

散策コースと打ち上げの店を探さなくては、ならない。



大橋の真ん中で富士山が見えた。

いつもの朝のウォーキングの江の島弁天橋からの景色に近い。

違うんです。城ケ島大橋からの富士山です。

 

今朝は大橋の途中で三崎港へ戻った。

 

「椿の御所」というバス停があった。停留所の名前としては珍しい。

そのバス停で漁船の動きを見ていた古老から、北条湾の入り口に「大椿寺」があり、

昔、「桜の御所」「桃の御所」「椿の御所」を三浦三崎源頼朝の三御所とあると説明された。

大椿寺は、「椿の御所」と呼ばれたが、今はひっそりと数本が残だけと港の古老が説明してくれた。

 

 

その古老から台風の漁船の避難方法を聞いた。

台風が来るとなったら、ほとんどの漁船は北条湾に待避のために集まってくる。

どちらからの風でもこの湾は大丈夫。縦に舫う、横に舫うは場所によって異なる。

 

 

 

気がついたら、8時過ぎなので三崎水産物卸市場でマグロのセリを見る事にした。

公式仲買人110名、今日は全部で415本のメバチマグロが並んでいる。

キロ700円から2000円。40キロから大きいもので150キロ。

ここでは南マグロ(インドマグロ、キハダマグロ)は鈴木水産で扱うが、

ほとんどが築地に入荷されるという。

 

 

輪切りの色を見て売り先の好みを考えてマグロを選ぶという。

中々見られない景色だった。

 

 

近郊の小学校の生徒が社会勉強でやってくる。

今日は4校が勉強に来ていた。

 

この土曜日で移住体験が、早くも2週間になった。

まだまだ、ワクワクの毎日が続く。(まだまだ続くのだ!)

| team-mamiya | from-mamiya「その他」 | 18:50 | comments(0) | - | - | - |
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